新たなるバンドメンバー相沢鈴。
前回までのあらすじ。
マスターからサタ子おばあちゃんと、カノンは冥界から来た迷魂だと聞いて、様々な葛藤が私の中で起こる。
迷魂として現れたサタ子おばあちゃんと、カノンはいったい何なのか?直接本人に聞きたかったが、それはなぜか聞いてはいけない気がして聞けなかった。
この店でずっとこのまま幸せな毎日が送れれば良いと思ったが、それはダメな気がした。
幼い頃から家族に蔑ろにされ、アイドルとしてデビューした姉に私は嫉妬を抱きつつも、明日になればみんなに逢えるのだと言い聞かせる。
そんな時だった。
奈々瀬から連絡が入り、かつての仲間だった鈴が迷魂として現れる事を推理した。
迷魂として現れたサタ子おばあちゃんとカノンちゃんの目的は何なのかは分からない。
分からないけど、私たちのかつての親友だった鈴は来ると奈々瀬は推測している。
相沢鈴。享年十二歳。
彼女がこの世を去るまでは私たちは四人で仲間だった。彼女がこの世を去るまでは。
あの惨劇を思い出すのは苦痛なので、私たち三人の中で言葉に出さず、暗黙の了解で忘れることにしたんだ。
仕方がなかった。運が悪かった。巡り合わせが悪かった。そして忘れることでしか私たちは前に進めなかった。
奈々瀬から鈴の話を聞いた夜、私は怖くて眠れなかった。
一人で鈴の事を考えてはいけない。
でも奈々瀬は必然的に一人なる夜に鈴の話を持ちかけ、私は苛んだ。
そんな奈々瀬を恨んだりもしたが、奈々瀬もやっぱりその件に関して、一人で抱え込むことが出来なかったので私に話したんだと思う。
だから悪気があった訳じゃないことは充分に分かっている。
眠れない夜、私は早くみんなに会ってこの気持ちをどうにかしたいと思っている。
そして必然的に時は過ぎ、朝はやってくる。
時計を見ると午前五時を示していた。
いつものようにギターの練習して朝ご飯を食べて、シャワーを浴びて、着替えて準備して外にでる。
朝の光は私の不安を少しだけ払拭してくれる。
店に入り、とりあえず二人を待ちながらギターの練習をしていた。
そして奈々瀬はやってきた。
奈々瀬と会って話したいと思ったが、いざこうして会うと、どんな事を言えば良いのか言葉に迷ってしまう。
奈々瀬も同じ気持ちなのか?挨拶も出来ない感じでいた。
やはり鈴の事に関しては私たちにとって深刻でどうしようもなく、緊迫とした空気が私と奈々瀬の間に漂い、あまり良い気持ちではなかった。
そこで奈々瀬が思い切ったように、「あの」と素っ頓狂に声を出して私は少しびっくりして、奈々瀬は続ける。
「昨日はゴメンね。しかも夜にあんな電話をしてしまって。反省している。もしかしたら盟、その事で夜悩んで眠れなかったんじゃないかって、ちょっと心配だったんだ」
「いや、奈々瀬も一人で抱え込むのは苦だったんでしょ。その事を打ち明けて、気持ちが少しは楽になったんじゃないか」
すると奈々瀬は表情をほころばせ笑った。私もつられて笑った。
店内は私と奈々瀬の笑い声で飽和していた。
そこで琴美が来て、
「どうしたの?二人とも」
笑っている私と奈々瀬を見て、不思議に思っている。
それで私は鈴の事を思い出して、笑えなくなり、奈々瀬も同じ事を思ったのか?笑うのをやめた。
そこで私は意を決して言う。
「琴美も来たことだし、奈々瀬」
鈴の事で本題に入ろうと、目で訴える。
奈々瀬の推理によると、迷魂が現れたのは、私と琴美にそれぞれ何かを伝える為何じゃないかって。
そこで私は質問する。
「じゃあ、どうして鈴が現れるって奈々瀬は思うんだ」
すると奈々瀬は黙ってしまった。
何か隠しているような気がするが、怖くて聞けなかった。
そして琴美は言う。
「もし鈴ちゃんが来たら、もっと楽しくなるよ。だから奈々瀬ちゃんの言う通り、鈴ちゃんが来たら盛大に歓迎会をしてあげようよ」
夢見がちな琴美は楽観的だが、前向きだ。
「そうだよな。とにかく盛大に歓迎会をしてあげよう。なあ、奈々瀬」
「そうだね」
と笑ってくれたが、すぐに笑顔は崩れて深刻な表情になってしまった。
不可解な迷魂に関して不安なのか?それとも何か鈴に対して後ろめたい何かがあるのか?もし蟠りがあるというなら、それは私も琴美も同じだ。
鈴が亡くなったあの日、私は何度も思った。
もし時を戻せるなら、あの時、鈴を助けだしたかった。
それはほんの少しの勇気があれば出来たはずだった。
だが私には、いや私達には出来なかった。
あまり一人で考え込むと悪い方向へと向かってしまうので、私は二人に、
「とにかく今日の下拵えと掃除をやっちゃおう」と手を叩いて二人に促す。
そして用事が済んで、おばあちゃんとカノンちゃんはいつも通り来店してきた。
二人の明るい笑顔を見ていると、とにかくネガティブな事は考えないようにしようと言う気持ちになり、前向きになれる。
今週のレポートは終わっているので、とりあえず明日通信制の学校に行く日だ。
別にそれに備えるほどの事はなく私たちは、おばあちゃんとカノンちゃんを囲んでお茶をしながらトランプに興じたりしていた。
話す内容と言ったら、昨日は何をしていたとか、将来の事とか色々と些細な話だが、それでも二人は楽しそうに聞いてくれる。
もちろん私たちの黒歴史である鈴の事は伏せてある。
鈴の事は話題にはしたくなかった。
それは琴美も奈々瀬も同じだ。
でも本当に奈々瀬の言う通り、鈴が迷魂としてやってきたらどうしようと困惑してしまう気持ちに染まりそうな時は、私は即座に琴美の顔を見て琴美の楽観的でポジティブな考え方に切り替える。
そうだよね。もし鈴が来たら、笑顔で歓迎して上げればいいんだ。
私たちが鈴と出会ったのは小学校五年の時であり、鈴は本当に勉強が出来ず、周りとは打ち解けられない子だった。
鈴は絵を描くのが好きで、その絵を私たちは何度も見せてもらったことがあるが、それはもう手腕な芸術家が描いたような物だった。
私たち三人と鈴の共通点は人となじめないところであり、そんな鈴とはいつからか打ち解け友達になった。
鈴は授業中でも、ぼんやりしていることが多く、よく先生に注意されたが、鈴はあまり気にしていなかった。
それで私たち三人の中で鈴の面倒を見ていたのが成績も優秀な奈々瀬だった。
鈴はよく忘れ物をして、それに対して奈々瀬は叱っていた。
それで鈴は反省して、いつしか鈴と奈々瀬は鈴がだらしない妹で、奈々瀬はそのしっかりした姉のような関係になったんだっけ。
でも鈴は本当に間が抜けているから、何度言われても、同じ事を繰り返す、言わばバカって言ったら何だけど、いわゆる天然って言った方が適切だろう。
それで鈴と奈々瀬はお互いに、興味を持ち始めて、鈴の得意な絵を奈々瀬に教えたり、勉強が得意な奈々瀬は鈴に勉強を教えたりと相思相愛の関係だ。
でも奈々瀬は鈴のように絵がうまくなりたいと思っていたが、鈴のようには描けなくて、逆に鈴は奈々瀬のように勉強が出来れば良いと言っていたが、何度教えられても、やはり天然だからか、あまり身につかない。
今思うと面白いコンビだったんだな奈々瀬と鈴は。
そう思うと奈々瀬に対して、この店に来る迷魂は鈴だと確信が持てそうな気がした。
ハッと気がつくとどうやら私は眠っていて、夢を見ていたみたいだ。
寝ぼけ眼をこすりながら辺りを見ると、ソファーに座って絵を描いている鈴の姿があった。
それに享年十二歳で亡くなった時の体型だ。
これは不可解で不思議な事だろうが、私はもう驚きはしなかった。
きっと私は死んだ人が帰ってくる人を二人も見ているからだろうな。
でも私の中で蟠りがあって、何を語ろうかと思って、とりあえず奈々瀬と琴美の方に目を向けたが、二人はまるでここに初めから鈴がいて当然だと言うような顔でやり過ごしている感じだ。
とりあえず私は、
「鈴」
「起きた盟ちゃん」
その純粋無垢な笑顔は相変わらずで見ていると何か安心してしまう。
それに先ほど感じた蟠りも消えていた。
本当に鈴が来たらどうしようと考えていたのに、いざこうして出会うと、何か安心してしまう。
「いつここに来たの?」
「あんたが眠っている間に来たのよ」
そこで口を挟んで来たのが奈々瀬であり、そんな私をあきれたように見るのはやめて欲しい。
そこで鈴が来たら盛大に盛り上げようと言っていた琴美の方に視線を送ると、カノンちゃんと何か作業をしている。
「琴美」
と声をかけると、琴美はにっこりと鈴と重なるような笑顔を向け、
「盟ちゃん。起きた?今カノンと、鈴の歓迎会パーティーの催しを立てているの。盟ちゃんも何かアイディアが会ったら何でも言って」
アイディアと聞いて私は立ち上がりエレキギターを持って、アンプにつないで、今の気持ちをエレキギターを弾きながら歌った。
「突然の君が現れて、私はどんな顔をしていいか迷うけど、それでも私は鈴を歓迎するよ」
とありのままの言葉で歌い。私は鈴に笑顔で、
「ようこそ鈴。歓迎するよ」
「盟ちゃん」
鈴は嬉しいのか勢いよく私に抱きついてきた。
「よせよ鈴」
私も鈴が元気そうで嬉しい。
「元気な子だね」
とサタ子おばあちゃんは私と鈴のやりとりを見て、穏やかな表情で見ている。
そこで琴美が、
「じゃあ、歓迎の一発目はうちらの演奏だね」
「しょうがないわねえ」
と渋っている感じの奈々瀬だが内心は嬉しいと分かっている。
そしてカノンちゃんもバンドのマスコットとしてタンバリンを手にステージに上がった。
みんなスタンバイOKだと言う事が分かって、私は、
「鈴、私たちは鈴を歓迎するよ。
ちなみに私たちの歓迎の仕方は」
そこで私が激しくギターをかき鳴らして、それに続くように激しい琴美のドラム裁きに、奈々瀬のキーボードによるリズミカルな演出して、
「私たちの夢を披露すること」
そういって琴美に目で合図を送り演奏は始まった。
私たちは演奏して、そして私は歌う。
私たちのパフォーマンスを見て、鈴は瞳を輝かせている感じだ。
そんな鈴に心のアドレナリンは注入され、テンション上がっている感じだ。
バンドで演奏して聞いてくれる。
そして私達の歌が心に伝わる。
バンドを組んでこれほど嬉しいことはない。
サタ子おばあちゃんもいつの間にか手慣れない私のスマホで撮影している。
演奏が終わって、鈴とサタ子おばあちゃんは盛大に拍手をくれる。
「すごいすごい。まるで空を飛んでいるかのような気持ちにさせてくれる音楽だったよ」
「それは大げさだな」
何て私は照れてしまう。
鈴がステージの前まで来て、
「私も何か弾けないかな」
「鈴も私たちとバンドを組みたい?」
「組みたいけど、鈴は絵を描くこと以外何も出来ないし」
そこで奈々瀬が、
「ベースでよければ、やってみる?」
「ベース?」
「ベースギターって言って音をリードする役目をする楽器よ」
「よく分からないけど、鈴もみんなと一緒にバンドがしたい」
鈴の目を見てみると、それは好奇心溢れ、夢に意欲的に立ち向かおうとする目だと言うことが私にはわかり、鈴は本気だと思って、
「・・・じゃあ奈々瀬、明日、奈々瀬の家からベース持ってきてくれない?」
「仕方がないわね。まあ、でもベースがいてくれたら音源の範囲はずいぶん広がるわ」
確かにそうだろうな。今までベースの役割はキーボードで補っていたからな。
琴美が、
「これでメンバーが五人になったね」
「いや六人だよ」
私が言って、みんなどうして?と言うような顔をしている。
それで私はおばあちゃんの目を見て、
「あたし?」
「そうだよ。おばあちゃんも正式なメンバーだよ」
「ちょっとそれはいくら何でも無理があるんじゃ」
「まあ、役目としては裏方である撮影係だけど、私はサタ子おばあちゃんもメンバーの一人と数えても良いと思っている」
「好きにすればいいさ」
奈々瀬。
「じゃああたしはしっかりとみんなの事を撮影するからね」
これでバンドが全員集結した感じがした。
迷魂と呼ばれるいわゆるおばけとバンドを結成させるなんて何か滑稽だけど面白い。
そこで琴美が、
「そういえばうちらのバンド名は決めていなかったよね」
言われてみればそうだと思って、奈々瀬に降るように見ると、
「私に降られてもね」
ちょっと困っている。
バンド名か。
そこで私がある提案が思いついて、
「じゃあ私も含めて、みんなに宿題ね。
土日挟んで来週の月曜日までにバンド名をみんな一人ずつ考えてきて」
みんな私の意見には賛成で、そろそろお開きの時間だ。
時計を見ると閉店十分前だ。
カノンちゃん。鈴。サタ子おばあちゃんはそれぞれ挨拶して、扉を開け、冥界へと帰って行った。
とにかく来週の月曜日が楽しみだ。