嫉妬に狂う盟
前回までのあらすじ。
三人でバンドを組んで新しいバンドのメンバーが加わった。
その子は琴美の妹のカノン。
彼女は愛されるために生まれてきたような、かわいらしい天使のような女の子で、私たち三人と新たに加わったカノンをお店の舞台に立たせてタンバリンを持たせて一緒に演奏した。
その様子をサタ子おばあちゃんにビデオ撮影してもらい、かわいらしく写っているカノンは私たちのバンドになくてはならない存在になった。
そんなある日の事、私達に店を任して行ったマスターから一本の電話があった。
マスターには聞きたい事がたくさんある。
どうして数年前に亡くなったカノンちゃんとサタ子おばあちゃんがこの店に来店してきたのか?
急なマスターの電話に私は戸惑いつつも、私は気持ちを落ち着かせて、頭の中を整理して言葉にしようとする。
「あのマスター、聞きたい事が山ほどあるんですけど」
「なんだい?」
受話器の向こうのマスターの声は雑音がひどく声が聞き取りにくい。
「マスターが経営している店に死んでしまったはずのサタコおばあちゃんと琴美の妹のカノンちゃんが蘇って、この店に来店してきたんですけど」
「やっぱりそうか」
「何がやっぱりなの?」
うわー雑音がひどい。
そんな私とマスターの電話のやりとりを奈々瀬と琴美が身を寄せて、聞いている。
「実を言うと、私の店は冥界と繋がっていて、・・・・」
「冥界と繋がっていて何ですか?」
雑音が激しく本当に聞き取れない。
「悪いね。電波が悪くて、そっちの声もよく耳を懲らさなきゃ聞こえないんだよね。
今私は、あるボランティアで中東に食料物資を提供しているのさ」
「とにかく私の質問に答えてください」
「ああ、悪い悪い。君たちが出会ったのは迷魂だよ」
「迷魂」
「そう迷魂。迷う魂と書いて迷魂」
「何で私たちの前に?」
すると受話器からすさまじい爆発みたいな雑音が響き、私は驚いてとっさに受話器から耳元を離した。
「どうした盟」
奈々瀬。
「いや、何か爆発みたいな音がして」
そういって私は再び耳元に受話器を戻すと、電話はぷっつりと切れていて、
「もしもし。もしもし」
と言ったがマスターから応答はなく、無情な機械音が鳴り響いているだけだ。
「マスターは何だって?」
「奈々瀬、その話はみんなの前でした方が良いかもしれない」
とりあえず、私たちは円卓のテーブルに集まって、マスターが言っていたことをまとめて話した。
「で?その迷魂はどうして現れたの?」
奈々瀬は眉間にしわを寄せて、聞いてくる。
「それを聞こうとした瞬間に電話が切れて」
そこでお店の電話を見て、マスターがまた折り返し電話をしてこないかと思ったが、店の電話は何の反応もない。
この店は冥界と繋がっている。
サタコおばあちゃんとカノンちゃんに冥界の事を聞こうとしたが、琴美が、
「何だって良いじゃん。冥界だが迷魂だが知らないけど、今を楽しもうよ」
楽観的な意見を言う琴美。
私は琴美の意見に便乗して楽しもうと思ったが、奈々瀬が何か不安に思う気持ちも、一理あっても良いと思う。
私が言いたいのは、琴美の意見に賛同したい気持ちでありながら、このままではいけない気がしている。
おばあちゃんとカノンちゃんが現れて一ヶ月。
私たちは幸せな毎日を送ることが出来た。
でもこのままで行くと何か嫌な予感がしている。
改めてサタコおばあちゃんとカノンちゃんの方を見て、冥界の事を聞こうと思ったが、二人に直接聞いてはいけない気がするので聞かなかった。
とりあえず迷魂とは何なのか?
次にマスターから電話が来た時にその事を聞いてみる。
それと考えると怖くなるが、マスターは私たちにこんな妙な店で働かせて何かを考えているのか?
でもとにかく杞憂しても仕方がない。
そこは琴美の言う通り、今を楽しむ気持ちを尊重したいと思う。
話し合いは終わり、何となく、ギターの練習をしながら窓を見ると、蜂蜜を流し込んだ木漏れ日が窓から漏れていた。
時計を見ると午後四時半を示している。
奈々瀬は何やら小説に夢中で、サタコおばあちゃんも同じだ。そこで琴美の方に目を向けると、カノンちゃんとソファーで中睦まじい姉妹そのものって感じで肩を寄せ合いながら眠っている。
私はそんな二人を見てカノンちゃんが亡くなった事を思い出す。
カノンちゃんが亡くなったのはちょうど六年前で、学校の帰りの横断歩道を渡っていたら、飲酒運転のトラックに接触して、即死だった。
その訃報を聞いた琴美は、絶え間ない悲しみに打ちひしがれた。
私もカノンちゃんとは琴美の大事な妹として一緒に遊んだこともあるし、本当に良い子で、どうしてこんなに良い子が理不尽な事故に巻き込まれてしまわなくてはいけないのか、やるせない気持ちだった。
でも一番悲しかったのは言うまでもなく琴美だ。
琴美はカノンちゃんを本当に宝物のように大事にしていた。
ここまで妹を思う琴美が私のお姉さんだったら良いのにと非現実的な事も思ったりもした程だった。
あの悲しみに打ちひしがれていた琴美の気持ちは良くわかり、友達としてどうしたら良いのか考えたが、そっとしておくしか方法はなかった。
学校にも来なくなり、寂しかった。学校では唯一琴美しか友達がいないこともあったし、早く元気を取り戻して来てくれないかとか思ったりもした。
それで私は意を決して、琴美には本気で元気になってもらいたいと思って、琴美の家に行ったのだ。
だが母親に「申し訳ないけど、会いたくない」と言って会ってはくれなかった。
私は考えた。どうすれば琴美が元気になってくれるかを。
それで私は悲しい時、おばあちゃんが寄り添ってくれたことに悲しみが癒えた事をヒントに私は考えた。
そして私は毎日、琴美に手紙を書いて、下校がてらに琴美の家により、それを毎日渡した。
琴美に会いたい。元気になってもらいたいという思いを込めて毎日毎日。
あの時はちょうど冬だったっけ、毎日私は琴美の家に行き、琴美のお母さんに頼んで手紙を渡してもらった。
私もおばあちゃんを亡くした時の気持ちを考えると痛いほどわかる。
でも私は琴美に出会えた事によって、私は私でいられるようになり、おばあちゃんの悲しみから解放された。
そういった思いを手紙に込めて毎日毎日琴美の家に通って渡した。
そして琴美は会ってくれた。
その時の琴美はすっかりやせ細り、まるでゴボウのような体型で、表情に精気は感じられなかったが、それでも琴美は私の前で、笑顔をくれて私はそれを見て、本当に良かったと思えたのだ。
そう思うと私はそれが見たくて、こうして手紙を毎日届けていたんだなって思った。
そして琴美もカノンちゃんが亡くなった悲しみから少しずつ解放された感じだったんだな。
でも、今こうしてカノンちゃんに実際に出会って、本当に琴美は嬉しそうな笑顔だった。
もしかしたら琴美の心の奥底にはいつも、出来ればカノンちゃんに会いたい気持ちがずっと眠っていたのかもしれない。
カノンちゃんと琴美が肩を寄り添って眠っている姿を見て、二人とも本当に幸せそう。
そんな姿を見ていると、このままでいいんじゃないかと思ってしまう。
そんな時、私の肩に手を添えられる感触がして振り向くとサタコおばあちゃんだった。
「盟、おばあちゃんは盟に再び逢えて幸せだよ」
それを聞いた私は心がほっこりとしてしまい。
「私もだよ」
マスターから聞いたが、この店は冥界と繋がっていて、死者が出入りできる店みたいだ。その死者のことを迷魂と言ってカノンちゃんとおばあちゃんは現れた。
その事についておばあちゃんに聞こうと思ったが、何か言っていけない気がして黙っていた。
でも私の心の奥底には、このままではいけないと言う私自身が存在している。
時計が五時を示し、大きな振り子時計が大きな音で、その時間を知らせた。
「さてそろそろかな」
おばあちゃんが立ち上がり、
「みんなまた明日ね」
にっこりと微笑ましい笑顔で手を振るカノンちゃん。
二人はドアを開いて、消えていくように外に出た。
その扉は私たちが出入りする入り口だ。
たびたび思うが、二人が出ようとした時に、その世界をのぞき込もうと思っているが、それは怖くて出来なかった。
それに今日、この店は冥界と繋がっていると聞いて、二人が出て行った先はきっと死者が集う冥界なのだろう。
それを聞いて、なおさらやめた方が良いと思っている。
二人が扉の向こうの先に行き冥界に帰って行ったのだろう。
いつも思うがこの瞬間がいつも切ないが、また明日逢えるんだと思えば、その切なさは払拭できる。
そして二人も帰ったことだし私は琴美と奈々瀬に言う。
「さあ、後かたづけをして帰りましょう」
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帰り、琴美が先ほど撮った動画を見て瞳を輝かせて見ていた。
「やっぱりカノンはかわいいよ」
本当に琴美はカノンの事を愛しているんだな。
奈々瀬の方を見ると何か浮かない顔をしている。
「どうした奈々瀬」
「あ、え、別に」
何て受け答えに、今はあまり声をかけないようにした方が良いような気がした。
今の奈々瀬が考えている事は私にはわからないが、不安なのだろう。
こんな不可解な事に巻き込まれて。
でも奈々瀬もそう思いながらも楽しそうにしているけどな。
まあ今のままで良いのだろうか?
奈々瀬と別れ、琴美と別れ、私は一人になる。
一人になると私は、迷魂として現れたおばあちゃんがいつまでも一緒にいて欲しいと言う気持ちが強まった。
このままではいけないと思いながらも、いざこうして一人になると私は無性に寂しくなり、カノンちゃんもサタコおばあちゃんも行かないでと心の中で懇願してしまう。
矛盾だ。
そんな矛盾する心に支配される自分が嫌になる。
私は家に帰りたくない。
でも帰らないといけない。
自宅に到着して、今日は運が良いことに誰もいなかった事にほっとした。
部屋に行きテレビをつけると、ちょうど今、姉さんが所属しているアイドルグループのアイリんぐが歌を歌っている。
本当にお姉ちゃんはキラキラしている。
でも私はそんなお姉ちゃんを見て素直に喜べない。
むしろ死んでしまえと思ったり、芸能界の闇に飲まれて、自殺でもしてしまえば良いのだと私は本気で思う。
「お姉ちゃんばかりずるい」
そう人知れずに呟き、私はテレビを消した。
親はお姉ちゃんの事で私やサタコおばあちゃんの事を蔑ろにした。
嫌だ。私ネガティブな事を考えている。
そう思うと明日が見えなくなる。
でも明日になれば、またサタ子おばあちゃんに逢える。みんなに逢える。
だからいつまでもあの店にはサタ子おばあちゃんがいつまでも来れば良いのだ。
でも私の中で、根拠もなくそれで良いのかと言う葛藤が生じる。
そんな葛藤押し殺してしまえばいいのだ。
現実は醜い。
現に姉さんは私たちを蔑ろにして、親の愛情をしっかりと受け、あんな誰をも魅了するアイドルになった。
私もそうなりたかった。
そういえば、子供の頃、姉さんがアイドル活動していて、輝いている姿を見て何度も嫉妬した。
私はおばあちゃんに困らせるような感じでいつも言っていた。
『私もお姉ちゃんみたいになりたい』
それでおばあちゃんは私の気持ちを私の両親に伝えたら、サタ子おばあちゃんは父親に殴られてしまった。
私があんなわがままを言ったから、おばあちゃんは傷ついてしまったのだと私は蟠り、自分自身を攻めている私に、おばあちゃんは私を暖かいおばあちゃんの抱擁に包んでくれた。
その時思ったんだ。
私はアイドルになれなくて良い。
おばあちゃんと一緒に生きていればそれで良いって。
でもそうは言っても姉さんをねたむ醜い私自身が心にすくっていたのだ。
だからもう、両親の顔も姉さんの顔も声も姿も存在すべてなくなって消えてしまえば良いのだと、心の中で私は幾度も叫んだことがあった。
でもその思いは私の心を逆なでするかのように、両親も姉さんも順風満帆に幸せへの航海へと進めている。
学校ではチビで鈍くさくて、いじめられ、蔑ろにされ、家に帰れば憎たらしい家族が存在する。
だから私にはおばあちゃんがいた。
あらゆる嫉妬に狂いそうな私をおばあちゃんが入る事で私は私でいられた。
でも私はもう嫉妬に狂わなくて良い。
明日になれば、みんなに逢えるのだから。
このままで良いのかという、妙な葛藤を押し殺して私は明日に向かえばいい。
それは聖者でも、どんな罪深き存在でも、私のような矛盾だらけの心の持ち主でも、太陽は昇り、私たちの存在を一人一人示すかのように、照らす。
「一人暮らしがしたいな」
今の家族となんか共存もしたくない。
まあ、とにかく明日を待つことにする。
私が眠りにつこうとしたところ、私のスマホに一本の連絡が入った。
着信画面を見てみると、奈々瀬からだった。
「もしもし」
「あっ盟」
「どうしたのこんな時間に」
「迷魂の事で考えたんだけど、私の推理が正しければ、あの子は絶対に来るよ。迷魂として」
「あの子?」
奈々瀬が言うあの子って誰の事だろうと、思いめぐらすと、恐ろしい物が心に入ってくる感触に一瞬逸らしそうになったが、私は思い出した。
無惨な死に方をしてしまった私たちのかつての仲間の・・・・鈴。






