あなたに伝えたい事
店のピンク電話から一本の電話が鳴り響いている。
琴美と目を合わせて私は息を飲み、電話の方へとゆっくりと歩いて受話器を取る。
「もしもし柴田ですけど」
「ヤッホーみなさん元気している?私は後一週間で帰るけど、迷魂とはちゃんとお別れが出来たかな?」
暢気な口調のオーナーにいらだちを覚えて、「ふざけないでください」と震えた声で私は言った。
「・・・その様子だと、まだお別れが出来ていないのかな?」
「また肝心な所で通話が切れるのはなしですよ」
「大丈夫大丈夫。以前通話が途切れてしまったのは、いきなり背後から銃を突きつけられて、逃げるのに必死でさ。
でももう大丈夫だよ。
どこにいるかは教えられないけど、ここは安全だ。
もう途切れる事はないよ。
後の一週間はバカンス気分を味わって帰るつもりだから」
「奈々瀬があちらの世界に行ってしまったまま帰ってこれなくて」
「・・・詳しい事情は分からないけれども、君のお友達の奈々瀬さんがあちらの世界に行ってしまったって事だね。
大丈夫だよ。
あちらの世界に行って三日以内に帰って来る意志があれば帰れるから」
「帰ってくる意志って?じゃあその意志がなかったら?」
「・・・二度と帰って来れないね」
淡々と残酷な事を言うオーナーに全身が付きそうな感じになった。
「落ち着いて落ち着いて、呼吸が乱れているよ。受話器からでも分かるんだから。そう言う時は深呼吸」
そんなオーナーに私は堰が切れて「ふざけるな。あなたは私達の事を何だと思っているの?私たちをバイトで働かせたのは私達を陥れる為?・・・ねえ答えなさいよ」
「・・・」
「黙ってないで答えろーー」
通話口に向かって私は叫んだ。
すると琴美がソファーから起きあがって私の所に来て、
「盟ちゃん落ち着いて」
私の背中をさすって落ち着きを取り戻すように言い掛ける。
私は深呼吸をして落ち着いた。
でも私はオーナーの返事を待ちしっかりと受話器を耳に当てている。
「ゴメン。君たちなら私がいなくても乗り切れると思ったんだけど、何やら大変な事になってしまったみたいだね」
「奈々瀬にこの世に戻る意志はあるの?」
「それは私に言われても分からない」
確かにその通りだと思って私は目をつむり、絶望に苛んだ。
「とにかく事情を説明してよ。柴田さんの話からするとその奈々瀬ちゃんには何か隠された重大な事情があると私は睨んだ」
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私は事情を説明して、迷魂の事がどうして私たちの前に現れた理由も聞いた。
迷魂が現れた理由は私の予想通りであり、私達一人一人に大切な事を諭す為にあの世からこの店に経由して来た。
オーナーは私達が迷魂と遭遇しても大丈夫・・・いや遭遇して大丈夫じゃなければ私達には未来はないとも言われた。
どうしてこの店に来て私たちの前に迷魂が現れたかは、それは偶然であり、もはや過去に起こった事は必然と呼ぶべきだ。
オーナーが言っていたが、奈々瀬には何か迷魂である鈴に何か後ろめたい何かがあって戻って来れないんじゃないかと推測している。
それはあくまでオーナーの推測だが、私もそれは感じた。
奈々瀬は奈々瀬に対して現れた迷魂である鈴に後ろめたい何かを隠して入るんじゃないかって。
その事がネックになって戻って来れないんじゃないかと私は思っていた。
それが何なのか?詳しい事情は分からないが、鈴に対して何かがあることは確かだ。
そして鈴は奈々瀬に何を伝えに現れたのか?
因みに琴美に対して現れたカノンちゃんが伝えたかった事は、大まかに言うと過去の事は心の引き出しにしまい、その時その時の今を大事に生きる事を伝えたかったみたいだ。
それは琴美に限らずに、私にも奈々瀬にも、いや世界中の誰にでも幸せになる為に必要な事だ。
つまり迷魂はただ幸せになる為の当たり前の事を私達に知らせに来たのだ。
もしかしたら私達は過去に悲惨な事がたびたび起こっては、どん底に落とされたが、前向きに生きて色々と勉強したり、バンドを組んだりもしたが、私達の心には何かがかけていたんだ。
それは学歴ではない。ギターテクニックでもない。名声でもない。
じゃあ、何なのか?
きっと目の前の未来を描く事。
答えは簡単に出たが、理屈で分かってもダメだと言う事。
じゃあ希望?愛?勇気?
どれも正解で間違いではないが、本当に理屈だけ並べるならいくらでも出てくる。
考えるより、行くしかない。
私が選ぶ道は今はただ一つ、あの世から奈々瀬を三日以内に取り戻す事。
私はその思いを近くにいる琴美に言葉ではなく目で訴える。
私たちは一人じゃないんだ。一人では立ち上がれない。
あなたに伝えたい事。
作詞 盟 作曲 盟 琴美 編曲 カラフル
「何かに怯えて 目の前の現実から目を反らす君に 私は伝えなくてはいけない 私が言う事 君が言う事
たとえそれが傷つけあう言葉でも 見失った君の心を一緒に探しに行くよどこへでも だって君は私の大切な友達だから
君がいたから今の僕がいる 独りぼっちだった時、君はこっそり僕を見つめてさりげなく励ましてくれた
そんな君が大好き だから伝えたい その心を悲しみに染めてはいけない
君の見失った心は私達の伝えたい気持ちの中にあるのかもしれない だから君のその顔を見せて そしてまた笑って・・・」
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「琴美行こう」
「奈々瀬ちゃんを助けにでしょ。もちろんだよ」
時計を見ると午前九時を示したところだ。
「でも盟ちゃん行くってあの世の扉は・・・」
丁度その時、鈴があの世からこの店にいつものように来店して来た。
「おはよう」
「鈴」
一目見て分かったが鈴の様子に違和感を感じた。
「鈴ちゃん」
琴美はそんな鈴に歩み寄りその手を握って、
「奈々瀬ちゃんは鈴ちゃん達の世界に入るんだよね」
「そのこと何だけど、奈々瀬は待っているよ」
「・・・鈴ちゃん」
琴美も気が付いた。鈴の違和感に。
琴美はそんな鈴を見てその手を離して、ゆっくりと後ずさった。
何か分からないけれども、鈴は奈々瀬に何か吹き込まれている様子に感じた。だから私は、「鈴、連れて行ってくれよ。奈々瀬が私たちを呼んでいるんだろ」
「うん。呼んでいるよ二人共」
鈴は穏やかに笑っているが、その笑顔に何か不穏な何かを感じて私はぞっとした。
「盟ちゃん」
琴美は私にしがみつき、どうやら鈍感な琴美にもその鈴の笑顔の裏の不穏な何かを感じたみたいだ。
私はそんな琴美の手を取って、鈴に聞こえないように「奈々瀬を助けるにはあんたの力も必要だ」とその手を強く握った。
「じゃあ鈴は先行っているから」
そう言って鈴はあの世に繋がる扉を通って行った。
扉の向こうの世界を見ると光に包まれていて、危険な何かを感じた。
正直私は怖かった。この先に行ったら二度と戻れないんじゃないかと不安に感じたが、私達は友達の奈々瀬を取り戻しに行かなくてはいけない。
きっと奈々瀬は鈴に何をしたか分からないし、迷魂として鈴は奈々瀬に何を伝えに来たのか?
でも分からない事だらけだが、奈々瀬は鈴に対して何か後ろめたい何かから逃げている事が何となく分かる。
私は琴美の手を強く握り、琴美も強く握り返してくる。
私は臆病な琴美があちらの世界に行く事を拒んだらどうしようと不安だったが、その必要もないみたいだ。
琴美は怖い気持ちを押し殺すように私の手を強く握り、私も同じように強く握る。
琴美の目を見つめて、琴美の瞳には怯えながらも、覚悟を感じられた。
だから行くんだ。
私は一人じゃない。
私と琴美は手と手を取り合いながら、あの世に通じる扉の向こうの世界に歩み寄った。
そして私達は迷魂達が行き来しているあの世の世界へ。
私と琴美は扉の向こうの世界に一歩踏み出した瞬間に吸い込まれるようにあの世の世界に引き寄せられていく。
待ってて奈々瀬。私は鈴が奈々瀬に伝えたい事、そして私と琴美があなたに伝えたい事を私はあなたに伝えに行く。
あの世の世界に引き寄せられ、辺りは目をつむっていないとまぶしくて息も出来ないほどだ。
本当に怖い。
このまま帰って来れないかもしれない不安が生じて、せっかく姉さん達と和解して幸せな暮らしが出来ると思ったのに、そうも行かないかもしれない。
もしかしたらこれでお別れなのかもしれない。
それはあんまりだ。
だからその琴美の大きくて細い手を放してはいけないと強く言い聞かせながら、あの世に繋がる世界へと私と琴美は誘われる。
・・・奈々瀬。
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盟・・・盟。
奈々瀬の声が聞こえる。
気が付くとそこは辺り一面赤い彼岸花が咲き、空は黄金色に染まった言わば夕焼けだった。
私は気を失っていたみたいだが、琴美の手はしっかりと握られていた。
「琴美、琴美」
琴美を揺さぶり、琴美もおもむろにその瞳を開いて私の目をしっかりと見つめて、その体を起こして、「うちらは・・・奈々瀬ちゃんは」
「分からない。でも・・・」
辺り一面彼岸花が咲き誇る草原を見て琴美は「ここはカノンとお別れした場所だよ。うちはまだここに来るべきではないって」
「・・・」
私と琴美は立ち上がり、どこまでも続く彼岸花が咲き誇る草原を見渡して、黄金色に染まる夕焼けに照らされた。
何となくだけど、ここは琴美がカノンちゃんに伝えられたように私たちが来るべき所ではない感じがした。
それよりも奈々瀬は・・・。
「盟」
奈々瀬の声がして、
「奈々瀬」
と言うと琴美が、
「今、奈々瀬ちゃんがうちを呼んだ。琴美って」
私と琴美は顔を見合わせ、辺りを見渡しながら、「奈々瀬」「奈々瀬ちゃーん」と大声で交互に奈々瀬の名前を呼んだ。
すると目の前に奈々瀬が現れた。
「奈々瀬」「奈々瀬ちゃん」
私と琴美は奈々瀬の元へと歩み寄り、一刻も早く奈々瀬を私達が住む世界へと引き戻しに行かなくてはいけない。
すると奈々瀬は片手を上げ、私と琴美は何か見えない力に押さえられ身動きがとれなくなってしまった。
「何だよこれ。動けない」
「奈々瀬ちゃん?」
すると奈々瀬は怜悧な瞳を細めて、私と琴美に言う。
「無駄だよ二人とも」
「奈々瀬・・・お前は奈々瀬なのか?」
「もちろん。私は正真正銘の奈々瀬よ」
奈々瀬はそう言っているが私にはそうは思えずに、
「お前は奈々瀬じゃない」
私がそう言うと、いつの間にか奈々瀬の側に鈴がいた。
「いいや。この人は奈々瀬様だよ。正真正銘の」
「・・・奈々瀬様?・・・いったい何の真似だよ鈴」
「奈々瀬様は、奈々瀬様だよ、盟」
すると奈々瀬は見えない力にとらわれた私に近づき、私が動けない事を良い事にあろう事か私に口づけをした。
「・・・んん」
私は全身に悪寒が走る程、ぞっとしてしまい、ようやく私から離れて、
「何するんだよ奈々瀬。正直きもいんだけど」
すると奈々瀬は妖艶な笑みを浮かべて、
「盟、琴美も、現実の世界はくだらないと思わない?」
そこで琴美が、
「どうしたの奈々瀬ちゃん。いったい何があったの?」
琴美の言葉をスルーして奈々瀬は、
「二人とも七つの大罪って知っている?」
「知って入るさ、その七つの大罪の言葉に当てはまる事をしたら死に至る病だろ」
「良く知っているわね。さすが歌詞を書くだけの才能と知識は伊達じゃないわね」
「奈々瀬、お前は何が言いたいんだよ。そして何がしたいんだよ。話なら聞いてやる。だからこの呪縛みたいな物から解放してくれないか?」
「盟、この世界に人を欺く事は出来ないのよ」
「どういう意味だ」
奈々瀬の妖艶な瞳を見る。
すると奈々瀬の心の声と思われる言葉が私の脳内に張り巡らされる。
私は奈々瀬の事情を知った。きっと琴美もその事情を知ったと思う。
事情を知った私は無性に涙がこぼれ落ち、言葉を失った。




