報復
前回のあらすじ。
オーナーからの電話に、また肝心な事を聞く前に通話が途切れてしまった。
憎んでいた姉さんの気持ちを朝食を作る際に、置き手紙が添えられていて、手紙を見た段階では本当の気持ちは分からない。
とりあえず話を聞く気持ちになり、朝の光を浴びて前へと進もうとする気持ちに、姉さんの優しさを思い出して、許せる自分へと変わっていった。
そして何が起きたのか?店にサタ子おばあちゃんが来店してこなかった。とりあえず、みんなでトランプをしながら待ったが、来ない。
私は不安と悲しみに打ちひしがれそうになり、トイレで人知れず涙を流していた。
その時、思い出した。小さい頃そんな私を見つけて、サタ子おばあちゃんが私の涙のはけ口になってくれた事を。
サタ子おばあちゃんの前だけで、泣いて良い事にしてくれた。
私は泣いて立ち上がる度に強くなって行った。
サタ子おばあちゃん。行かないで。
私を一人に・・・しないでとでもバカな事を思いたいのか?
私は一人じゃない。
でも突然いなくなるなんて、いくら何でも寂しいし悲しいよ。
ダメ。涙が止まらない。拭っても拭っても涙は流れ落ちてくる。
すると私の心に何かが木霊した。
『今は思い切り泣きなさい。そして笑うのよ』
おばあちゃんの声だ。
トイレの中、こんな狭いところに二人は入る事はない。
でも何だろう。
トイレの中でも優しさに包まれている感じがして、心がポカポカとして気持ちが良い。
分かったよ。おばあちゃんの言う通り、今は思い切り泣いて、そして思い切り笑うよ。
トイレの中の狭い空間の中で私は泣いて、そして次第に涙が乾いていき、私はトイレから出て、みんなの前で、
「サタ子おばあちゃんは来ないけど、とにかく今日出来ることをしよう」
すると奈々瀬はクールな笑みをこぼし、琴美もカノンちゃんも鈴も笑顔を見せてくれた。
サタ子おばあちゃんが来ない。原因は分からないがもう来ないような気がした。
でもいつか終わりが来るように私達は迷魂とお別れをして、この店とも離れて行かなければいけない気がした。
お別れは寂しいけど、悲しい事じゃない。
その先の未来を見つめていくしかない。
その思いを胸に私たちは今出来る事を頑張った。
私たちはそれぞれ勉強して、教えて教えられたり、バンドの練習でも教え教えられ、気が付き大人になっていく。
日は暮れ、お店が終わった頃、私は気持ちはすっきりしていて、サタ子おばあちゃんにさよならの挨拶が出来た。
帰り道、琴美が悲しそうに俯きながら歩く。
奈々瀬はその理由を瞬時に察しただろう。私もその顔を見て分かった。
サタ子おばあちゃんがいなくなった事に、琴美も溺愛していたカノンちゃんともお別れをしなければいけない日が来る事を恐れているように見えた。
そんな琴美に何を話せばいいのか分からず、ただ、私たちの先を歩き、一日を終えるサインである夕焼けの光を照らされた琴美が何か切ない。
琴美は言っていた。『悲しい事があるなら言った方が良い』って。
でも琴美にどんな言葉をかけてあげれば良いのか、考え巡らしたあげく見つからなかった。
奈々瀬も同じだ。
琴美と別れて、寂しそうに「じゃあね。バイバイ」と笑顔を取り繕い無理しているのが丸わかりだった。
私も奈々瀬もそれぞれ挨拶をして、奈々瀬と私は語り合う。
「もう。サタ子おばあちゃんは来ないと思う」
「寂しくないの?」
「寂しいけど仕方がないよ」
泣くのを覚悟していたが、不思議と涙はこぼれ落ちなかった。
「そう」
なぜかそんな私を見て、嬉しそうに笑ってくれる奈々瀬。
「迷魂が現れて、どうして消えていくのかは分からないけど、このままずっと歩んでいけば分かるような気がする。
オーナーには詳しい事情は聞いていないけど、もしかしたらその必要もないかもしれない」
すると奈々瀬はそうは行かないと言わんばかりに、琴美が帰った方向を見る。
いずれ琴美が溺愛していたカノンちゃんもあるべきところに帰らなくていけない日が来る。
その時、琴美はこの現実を受け入れなくてはいけない。
それは決して避けられず、避ける事は許されない事だと思っている。
それに鈴も。
出会いの数だけ別れがある。
作詞 盟 作曲 奈々瀬 編曲 カラフル
『一つの物語が終演を迎え、僕たちは別れる
それは寂しいけど、悲しい事じゃない
あなたが僕に教えてくれた事を胸に、私は歩みを止めることはしない
その先に私を必要としてくれる人が必ずいる
嬉しい出会い、悲しい出会い
見えない力に心が閉ざされそうでも、あなたを思い出して、今いる仲間と共に私は歩み続ける。
人は一人では立ち上がれない。
人は一人では生きられない不安定な生き物だから。
人として強く生きたければ、それらを私は不本意でも認めるしかない。私たちは神様じゃない。
強く生きたければ、夢を持て。
夢を持ちたければ、友に会え。
友が持ちたければ人と出会え。
人に出会う事さえ出来なければ、君を思ってれる人の気持ちを大切にして育ませよう。
君は決して一人じゃない。
季節が巡り出会いと別れを繰り返し、それでも私たちは歩み続けなくてはいけない。
人として生きるならば』
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奈々瀬とも別れて、家路に向かう。
私は琴美に伝えなくてはいけない事がある。
先ほど『出会いの数だけ別れはある』と言う奈々瀬と私で作った歌を。
この世の者でない迷魂と交わることは、良くない事だと思う。
色々と考えているうちに家に到着した。
ドアを開け玄関で靴を脱いで部屋に行こうとすると、リビングから姉さんが顔を出して、
「お帰り盟」
「ただいま」
そう言えば私に話が合ると言っていたが、今日は疲れているので、また今度にして貰おうと黙って通り過ぎようとすると。
「盟、ちょっと話があるから、来て」
「ごめん。今日は疲れているから」
「夕ご飯まだでしょ。今日はみんなで食べようよ」
姉さんに手を引かれて、リビングへと連れて行かれた。
そこには母さんも父さんも改まった感じで席に座っている。
二人は私に珍しく『お帰り』と挨拶をくれてとりあえず、『ただいま』と言っておく。
テーブルにはすき焼きが用意されていて、目に付いた瞬間に口の中から涎が出そうで、私は相当お腹が空いていた。
そこで姉さんが、
「母さん父さん。盟は家族なんだから、これからは盟も食事は一緒にとれるようにして行こうよ」
姉さんの発言に私は怒りがこみ上げてきて、
「今更何なの?」
と怒った。
「とにかく怒るのも無理ないよね。今まで母さんも父さんも私も盟を蔑ろにしてしまったんだから・・・」
そのまま部屋から出ていこうとしたが、急激にお腹が空いていて、すき焼きの魅惑に勝てず、私は姉さんに促された席に座り。
「とりあえず、話は聞くよ」
「ありがとう」
父さんと母さんの顔を見ると、申し訳なさそうに視線を俯かせている。
それよりも私は自分でも嫌になるぐらい現金な女で、すぐにでもすき焼きが食べたかった。
「さあ、今日は奮発して、すき焼きにしたから、たくさん食べてね」
母さんがそう言いながらコンロに火をつけて、ぐつぐつと煮込んで、いきなりお肉から入り、涎がこぼれ落ちそうな程、おいしそうだ。
そこで父さんが。
「愛桜から聞いたよ。今まで蔑ろにするようなまねをして悪かった」
頭を下げる父さん。続けて、
「俺たちは愛桜の事で頭がいっぱいだった。でも決してお前の事をどうでも良いと思った訳じゃないんだ」
父さんの話を聞いて不快に思い、おいしそうだと思っていたすき焼きを食べる気になれなくなってきて、私は箸をおいて、父さんの目をそらした。
私はもう話にならないと思って席を立って部屋に戻ろうとしたところ。
「盟、その怒りは分かるよ。でも話をせめて最後まで聞いてくれないかな?」
私は姉さんに言われてとりあえず最後まで話を聞くことにした。
困惑した父さんを姉さんは深呼吸を促して落ち着かせた。そんな父さんに、
「誠意を持って謝りたいなら、まずおばあちゃんにも謝ってよ。今まで私とおばあちゃんはあんた達、家族に蔑ろにされて、苦しんでいたんだから、それにおばあちゃんのお墓もまだ用意していないんでしょ」
黙り込むみんな。
そんな中、沸々と怒りがこみ上げてきて、私は勢いに乗ってかんしゃくを起こして、すき焼きごとテーブルをひっくり返した。
「今更何なのよ。本当にどういう風の吹き回しで、私に和解を求めてきた訳?」
すると父さんが顔を真っ赤にして、私に手を挙げようとして、私は反射的に手でガードして顔を逸らした。
「お父さん落ち着いて」
姉さんが父さんを羽交い締めにして止めている。
私はそんな父さんをナイフを突き刺すような鋭い視線を向けて、
「殴りたければ殴れば良いじゃない。そうやって自分が気に入らない事がある度に、私やサタ子おばあちゃんにそうしてきたでしょ。
それで謝りたい?
笑わせないでよ」
「人が下手に乗っていれば調子に乗りやがって」
羽交い締めにされながらも、罵りながら私に暴力を振るおうとする父さん。
私は笑ってやった。
本当に本当に滑稽すぎて、怒りを通り越して笑ってしまった。
「盟、父さんは本当にあなたに謝ろうと本気なの?確かにお父さん気に入らないことがあるとすぐに癇癪を・・・」
姉さんの羽交い締めを解いて、すごい形相で私に立ち向かって胸ぐらを捕まれたが、私は毅然として冷静を保てた。
「殴れば良いじゃない」
そう殴れば良いのだ。そうすれば父親は何かしらの因果で、その見返りがどこかで来る。殴られる痛みは一瞬だ。そして私を殴った事により、その心は取り返しのつかない程、黒く染まり、いつかすべてをなくす日が来て慟哭するだろう。
それが私のバカな親父に対する一矢に報いる事に繋がる。
それは奈々瀬の報復の仕方だ。
さあ、殴ればいい。
すると、親父は胸ぐらをつかんだ手を離して、叫びながら、自分の顔面に思い切り、殴りつけた。
「お父さん」
母さんがそう言って姉さんとそれを止めようとしたが、父さんは、
「来るな」
と近所迷惑も良いぐらい叫び、私は訳が分からないと言った感じで、傍観していた。
親父は狂人者のように自分の顔面を何発も何発も殴り、私と同じように姉さんも母さんも傍観していた。
そしてその勢いに乗って、叫びながら私がテーブル事ひっくり返したまだ熱が残っているだろうすき焼きの鉄板を持ち上げて、自分の顔面を思い切り死ぬ勢いで振りかざそうとした所、さすがに母さんと姉さんは見ていられないとばかりに止めに入った。
「父さん」
姉さんの悲痛の声がする。
「うるせー」
黙り込む姉さん。父さんはすごい形相で私を見つめて、
「盟、俺はこんな事で許して貰おうなんて思っていない。実を言うとな愛桜は世間を取り巻くアイドルに登り詰めたんだよ。それで世間で妹を蔑ろにしているなんて知られたら、愛桜の評判ががた落ちになっちゃうんだよ。
それにお前がやっているバンドのPVを見て、世間は驚いているそうじゃないか。
これは愛桜の人気を促進させる武器になると思ったからだよ」
話を聞いて、私はその目を閉じて自然とため息がこぼれ落ち、その場を後にしようとすると、
「話を最後まで聞け」
と大声で叫んで、私は不思議ともう親父の事なんか怖くないし、眼中にないと思ったが、言われた通り、その耳を傾け最後まで話を聞くことにした。
「愛桜からお前の気持ちを聞いたよ。確かに俺たちは愛桜の事を気にかけてお前に相手をする余裕がなかった。
でもお前を愛していない訳じゃない。
お前の事を遠くで見ていたが、お前なら一人でやっていけると思ったんだよ」
「私、今まで散々学校でもいじめられて来たんだけど」
すると親父はとうとう鍋を思い切り自分の顔面に叩きつけた。
頭から生ぬるい血が滴り落ちてくる。多分私に対する償いのつもりだろうが、私の気持ちは親父を死んでも許さない気持ちであった。




