悲しみを超えた先に
前回のあらすじ。
朝、姉さんに話があると言われて、いざ聞こうと思ったが、そんな姉さんを見ていると、私やサタ子おばあちゃん達にされた怒りがこみ上げて、用意された食事をぶちまけて、話を聞かずに部屋を出て、少し早いが外に出たのだった。
悲しみの涙を見せまいと、奈々瀬には私の心を看破され、私は奈々瀬に抱きしめられ、次第に心は癒えていった。
その後、PVの再生回数がすごかったことに、みんなでお祝いして私が一曲即興でアコースティックギターで引き語りをした。
パーティーが終わって、帰り支度をした直後にマスターからの連絡が入り、私はその受話器を取った。
「もしもし、柴田ですけど」
「はいマスターです」
相変わらずに脳天気な口調に無性にいらだちを感じる。
「ところでマスター以前私達に、迷魂は大事な・・・で、そこから何ですか?大事な何なんですか?伝えたい事なんですか?」
「ああ、その事ね。それよりも君たちの動画見させて貰ったわ、君たち迷魂達と面白いことをしているんだね」
「つーか、そんな事よりも、迷魂達は私たちに大事な何を」
「その事についてだけど、・・・・ちょ。冗談でしょ・・・いったい何?・・・・」
「もしもしマスター?」
通話は途切れてしまった。
いったいマスターに何が起こったのか?そんな心配よりも私達は迷魂が私たちに大事な何をしに来たのかが、気になる。
「盟、マスター何だって?」
「分からないけど、大事なところでまた電話が切れちゃった」
ため息をこぼす奈々瀬、心なしか嬉しそうにしている琴美。
とりあえず、店じまいと言う事で、私達はいつものように一緒に帰る。
色々と盛り上がっていて忘れていたが、家に帰れば姉さんはいる。
そんな姉さんを見て私は怒りがこみ上げてきて、姉さんを殺してしまいそうな衝動も持ち合わせている。
そんな気持ちで不安になっていると奈々瀬が、
「盟、今朝何が合ったか知らないけど、琴美の言うとおりだよ。あまり思い詰めるなよ」
「そうだよ盟ちゃんは悩みを打ち明ける事も大事だと思うよ。だから私たちにいっそ話した方が良いよ」
「琴美、それを強制することはあまり良くないことだよ」
「・・・奈々瀬ちゃん」
奈々瀬は私の目を真摯に見つめて、
「強制する事は良くないけど、琴美の言う通り、打ち明ける事も大事だよ。そう言った思いが心に蓄積されると、かえってパンクして、他の事にも悪い影響を及ぼすからね」
私は話して良いのかどうか迷ってしまう。
そんな私を見て奈々瀬は、
「とにかく話したくなったら、いつでも待っているよ。スマホにでも何でも聞いてあげるよ」
「ありがとう奈々瀬」
そしてそれぞれの道の分岐点にさしかかり、今日の所は「じゃあね」と言った感じで、別れた。
一人になり、正直自宅に帰る事が不安に思っていたが、奈々瀬と琴美の優しい言葉がリフレインされ、不安に思う事はあまり感じられなかった。
そうだよね。私は一人じゃない。
それと先ほど後込みして、打ち明けられなかったけど、後でスマホで奈々瀬に打ち明けた方が良いと決心した。
自宅に到着して、ドアを開けると、その反応に気が付いた姉さんが、「おかえり」と今朝の事は気にしていないことをアピールしているような感じだ。
私も「ただいま」と挨拶をして、そんな姉さんを無視して、部屋に戻った。
部屋に戻って考える。
もし私が帰りに奈々瀬と琴美の優しさに育まれていなかったら、冷静に考える事が出来ずに姉さんを殺してしまっていたかもしれない。
だから友達って大切なんだなと改めて分かる。
それとマスターからの電話だけど、やっぱり考えると不安に思ってくる。
本当に嫌なタイミングで電話をかけてきて肝心な所で電話が途切れるんだもんな。
私たちを不安のどん底に陥れようとしているのか?
やばい。こうして一人で思い悩みすぎると、ろくな事がないので、こういう時は早く寝るに越したことはない。
明日になれば、またみんなに会って、夢へと向かうエネルギーに変わっていくから大丈夫。
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今日も早起きして、台所で朝食を作りに行ったら、テーブルの上に食事が用意されて、一枚の紙が添えられていて何か書いてある。
『おはよう盟。
昨日盟の気持ちを聞いてよくわかったよ。
許してほしいなんて思わない。本当にゴメンね。
今まで盟がそういう気持ちで苦しんでいたなんて私は知らなかった。
自分の事ばかり気にかけていて、全然気が付かなかった。
私偶然あなたがやっているバンドの動画をネットで見て、頑張っている姿を見て何か感動した。
勘違いしないで欲しいのだけど、別に動画の再生回数がすごいからとか、それで売名行為なんてまんざら考えていない。
手紙ではちゃんと伝わらないと思うから、もしお話を聞いてもらえるなら、明日また朝ご飯を用意して待っているよ。
愛桜 』
手紙を読んで複雑な気持ちだったが、次第に朝の準備をしている最中に、姉さんを許せる気持ちにはとてもなれなかったが話くらいは聞いてあげようと思い始めた。
外に出て太陽の光を浴びて、いつもより気持ちが良い感じがした。
そして心なしか?姉さんに対する憎しみが少しずつ緩和され、次第に許せる自分になっていった。
何だろうこの気持ち。
そして私は思い出した。
姉さんが小さい頃、私に優しかったことを。
その事でまた涙がこぼれてきたが、これは悲しい涙じゃないことは分かっている。
私の経験上このような涙は滅多と流せないことを知っている。
だからこの気持ちをしっかり吟味して、今を賢明に生きようと私は意気込む。
悲しみを越えた先に。
作詞 盟 作曲 盟 編曲 盟
『大切な人をなくして独りぼっち、でも歩んだ先には、心わかり逢える人がそこにいた。
人は一人では立ち上がれないけれど、あなたが一人いれば私はこの孤独の大海原を泳ぎ続ける事が出来る。
だからこうして私は生きている。
困難に立ち止まり、くじけそうな時に、そっと背中を押してくれたんだね。それに気が付いた時、僕は少し大きくなっていたよ。
君は近くにいるけど、ありがとうの気持ちは伝わっているのかな?
その時、本当のありがとうの意味が分かったんだよ。
誰もが嫌いな妬みや嫉妬や嫌らしさ。でも誰の心にもそれはあって亡くなりはしない。
意固地になって突っ走ったときに、その気持ちに囚われやすい。
だから君がいたんだね。僕がいたんだね。
誰もが知っているけど、人は一人では生きてはいけない。
でも時には、君との小さな戦争も必要何だって。
鶴の一声のような難しい事は知らないけど、軽快なリズムを刻みながら心に響く歌を歌う事は出来るよ。
その思いが時を越えて憎しみに囚われた気持ちを消化させてくれた。
涙が止まらない。
嬉しい。
そしてまた何か始めようとする扉が目の前まで近づいている』
そう何かが始まっていた。
店に到着して、ドアノブを捻ると鍵は開いていた。
「おはよう」
「おはよう。・・・今日は元気だね」
「そう?」
奈々瀬は頬杖をつきながら片手に本を持って読んでいる。
「琴美はまだかな?」
「まあ、そろそろ来るでしょ」
奈々瀬が大きなあくびをして、ちょっと寝不足気味なのだろうか?
少し喉が乾いたので、浄水器の蛇口を捻って、コップに注いで飲んだ。
ただのお水なのにこんなにおいしく感じるのは私が幸せだからかな?
「おはよう」
琴美がやってきた。
いつもの私たち三人が揃い、後は迷魂であるサタ子おばあちゃんとカノンちゃんと鈴を待つばかり。
奈々瀬はソファーに座って、疲れているのだろうか?眠っている。
琴美はまあ飽きないのか?PVに釘付けだ。
私は窓の外の遠くの空を何となくぼんやり見ていた。
今日もすばらしい一日になるんだと思っていた。
ドアが開いて、迷魂であるカノンちゃんと鈴ちゃんが珍しく同時に入ってきた。
「来たよ!」「おはよう」
「カノン。鈴ちゃん」
大きな琴美はそんな小さな二人に飛びつくように抱きついた。
じゃれている三人。
今日も幸せな一日を過ごすのだと私は思っていた。
そしてしばらくして違和感が生じる。
その違和感の正体は、当然サタ子おばあちゃんが、いくら時間になっても来ない事。
私達はトランプをしながら、サタ子おばあちゃんを待った。
私は心配だった。
どうしてサタ子おばあちゃんが来ないのか?
そしてそれを聞くことも怖かった。
琴美と奈々瀬に聞いても分かるはずがない。
じゃあ、迷魂であるカノンちゃんと鈴に聞いてみれば、分かる。
・・・でも。
そんな時、奈々瀬の視線に気が付き、奈々瀬の目を見てみると、『聞きたい事があるなら聞けば良いじゃない』と言いたげな視線を感じて、私は言葉を絞り出すように迷魂である二人に聞いてみる。
「・・・ねえ、カノンちゃん。・・・鈴」
緊張のあまり呂律が回らない。続けて、
「サタ子おばあちゃんはどうしたのかな?」
カノンちゃんはゆっくりと首を振り『分からない』と言った仕草で私に示し、鈴も「わからない」ときっぱりと答えた。
二人の答えに何か隠し事をしている感じではなかった。それは疑い深い私でも分かる事だった。
そこでオーナーの言葉が頭によぎる。
『・・・迷魂は大事な・・・』
大事な何なの?
分からないけど急に来なくなるのはすごく心配だ。
私は隠し事が苦手だ。
奈々瀬を始め、琴美も鈴も、小さなカノンちゃんもそんな私に気を使って、黙っていた。
でも今はそんな事を気にしている場合じゃない。
サタ子おばあちゃんが来ない。
「盟、深呼吸」
さりげなく私に言ったのが奈々瀬だった。
気が付けば、私は息を荒々しくして、呼吸が乱れていた。
そして私は奈々瀬の言われた通り、深呼吸した。
それに私はサタ子おばあちゃんがどうしたのかも、みんなに聞く事も怖い自分に気が付いた。
それにどうしてみんなサタ子おばあちゃんが来ない事に何も言わないのか?
だから私は、思い切り勇気を振り絞って、
「サタ子おばあちゃんが来ないけど、どうしたんだろうね?」
言葉と共に涙が溢れ出していた。
すると私につられるように、カノンちゃんが泣き出した。
「カノン」
と琴美がカノンちゃんを抱きしめて、二人で抱き合い嗚咽を漏らして泣いてしまった。
鈴も涙をこらえている。
そして奈々瀬が冷静に口を開く。
「落ち着きなさいよみんな。まだサタ子さんが来なくなった訳じゃないでしょ」
奈々瀬の言葉に心躍るような期待が膨らみ、
「・・・そうだよね。今日は・・・きっと・・・遅れて来るんだよね」
私は涙を拭きながら、前向きにそう言った。
そうだよ。きっとあの世か何か分からないけど、今日は何か用事があって遅れてくる理由があるんだよ。
でも店が営業している時は、遅れてくることはなかった。
だから私達はトランプをしながらサタ子おばあちゃんを待った。
みんなとやる楽しいはずのトランプのはずなのに今は面白くない。
会話もなく嫌な静寂だった。
みんなも同じかもしれない。
『遅いね』とか何とか言おうとすると、涙が無性にこみ上げて、多分、何か言ったら、その言葉と共に涙があふれ出てしまうんだと思う。
涙なんて見せるものじゃない、特に悲しい涙は・・・。
でも私はもう限界で、
「ゴメンね。ちょっとトイレ行ってくるね」
私がそう言うと、奈々瀬が私を一瞥して、泣くのを悟られた感じがしてあまりいい気分にはなれなかったが、嗚咽を漏らして泣くよりかはましだ。
トイレの中で私は涙が止まらなかった。
そして小さい頃を思い出してしまう。
悲しい事があると私は決まっていつもトイレで泣いていた。
涙なんて見られるなんてみっともない。
そして世間は泣き虫に冷たい。
そんな泣いている私を見つけてくれたのがサタ子おばあちゃんだった。
詳しい原因は忘れたが、悲しいことがあってトイレに行こうと思った時、サタ子おばあちゃんはそんな私を抱きしめて、
「悲しいなら、おばあちゃんに打ち明けて見てみない?」
それで私はおばあちゃんに打ち明けて、悲しい気持ちから一転してすごく安心したんだ。
私は一人じゃないって。
そう私は一人じゃない。




