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また逢えるその日まで  作者: 柴田盟
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とにかく後一か月

 えーと、理科の宿題である星の観察日記はちゃんと提出できる。大丈夫だ。提出しなければマジでやばいからね。


 奈々瀬も琴美も、それに太田の体罰を一番恐れている鈴も大丈夫だ。


 昨日、みんなでちゃんとノートにまとめてやった。


 そろそろ休み時間が終わる。


 太田のバカは『六年生最後の宿題だから、しっかりやれよ。やらなかったら、どうなるか分かるだろうな』と脅すように言って想像しただけでおののいてしまうが、ちゃんとやってあるから大丈夫だ。


 この宿題が終わったら、太田の体罰から逃れられる。


 太田には参るわ。


 授業中でも、問題に答えられなかったら、ピンタが飛ぶ。奈々瀬は学年一優秀で、この二年間太田が担任になり二回しか、ピンタを食らったことがないが、私と琴美と鈴はあまり勉強ができないので数え切れないほどやられた。


 他の生徒もやられたが、私と鈴と琴美はひどかった。


 ピシンと頬をはたくピンタに心が折れて死んでしまいたいなんて思ったからな。


 まあとにかくもう、この最後の授業でこの理科の星の観察日記を提出して太田とはおさらばだ。本当にせいせいする。


 そしてチャイムが鳴り、緊張が走る。


 みんなも太田に恐れて緊張している。


 そして太田が教室に入ってきて、さらに緊張して胃がきりきりしてくる。


 本当に奴の顔なんて見たくない。


 あんな奴、地獄に落ちれば良いと数え切れないほど思ったことだ。


「さあ、この時間がおまえ達との最後の授業だ。その最後の授業は一ヶ月前に言った星の観察日記の提出だ。ちゃんとやってきたか一人一人見る」

 と言って壇上の前で女子から出席番号順に生徒に呼びかけて提出させる方式だ。


 一番最初に当たるのは鈴だ。

 でも昨日ちゃんと四人でノートを見せ合って確認しているから大丈夫だ。

 私はそんな鈴の方を見ると、なぜかおびえている。それにその円らな瞳から涙がこぼれ落ちそうになっている。


 私は心配になった。


 鈴、どうしたのだろう?


 そして太田は、

「じゃあ、名前を呼ばれた者からノートを提出するように。

 相沢鈴」

 鈴は全身ふるえながら、なぜか手ぶらで太田に歩み寄った。


 まさか鈴。


 そのまさかだった。


「せ、先生。太田先生。宿題のノートをなくしてしまいました」

 鈴の台詞を聞いて全身が凍り付く程、おののき、鈴の事が恐ろしく心配になった。


 ノートは昨日みんなで確認済みだと、奈々瀬と琴美に視線を送ったが、二人とも分からないと言って二人も私と同じ気持ちだったのだと思う。


 鈴の話を聞いた太田は、目を閉じ、黙っていた。


 私は最後だから大目に見てくれると期待したが、その期待は大きく裏切られた。


 太田は顔を真っ赤に染め、いたいけな鈴の頬に思い切り拳を握りしめ殴りつけた。


 何発も何発も。


 私達は止めることが出来なかった。


 まるで地獄を見ているような気がした。


 夢なら覚めて欲しいと思ったが、これは紛れもなく現実に起こっていることだった。


 そして太田の体罰が止まって、太田は顔を真っ赤に染めて、

「あれほど、ちゃんとやっておけよって言ったのにこの一ヶ月、お前は何をしていたんだよ」

 と体罰を食らった鈴はうずくまり、そんな鈴に追い打ちをかけるように言う。


 そして鈴は立ち上がり、顔を見ると、頬が殴られた衝撃で晴れ上がっていて、顔の形が変わっていた。


 太田はそんな鈴に、

「バカたれ」

 一発軽くひっぱだき、鈴はパニックを起こして叫んだのだ。


 鈴は叫びながら教室を出て、廊下を走り、そして、偶然開いていた窓の扉から四階の高さから頭から落下して、鈴は。


 鈴。


 鈴。


 助けられなくてゴメンね。


 あの時、私に勇気があれば・・・。


 

 

 まどろんだ瞳を太陽の光にくすぶられ私は目覚める。


 夢を見てしまった。


「ほら、盟、寝てないでちゃんと勉強して」


「ゴメン」

 と奈々瀬に謝る。


「琴美は終わった」


「終わったよ。みんなが終わったらカノンと盟のおばあちゃんが来店して来たら、みんなでトランプでもしようよ」

 と無邪気な琴美。


 通信制高校に通う私たち三人はお客がまともに来ないこの喫茶店で働き、それを良い事にいつもここでレポートの片づけている。


 今日来週までに提出するレポートも優秀な奈々瀬のサポートのおかげで何とか片づきそうだ。


 奈々瀬にはいつも感謝している。


 私たちがレポートが終わったので早速仕事に移る。


 仕事はフロアーの掃除、五人前のカレーの下拵えしてお客を待つ。


 まあこの仕事、作業も単純で、お客が来ない合間はレポートの勉強ができて、夢のバンドの練習が出来て、しかも低賃金だがお金も貰えるすごい私たちにとって待遇が良い。

 だが、不可解な事が一つある。


 それは、


「こんにちは」


 と来店してきたのは、私が小さい時、慕っていた亡くなったサタコおばあちゃんだった。


「おばあちゃん。いらっしゃい」


「盟ちゃんは今日も元気だね」

 とサタコおばあちゃんは子供の時のようにさわやかな笑顔で対応してくれる。


 そして、


「こんにちはー」

 無邪気な笑顔で来店してきたのが、琴美の六年前に亡くなってしまった妹のカノンちゃん。


 カノンちゃんは亡くなった八歳のままの体型で、そんなカノンちゃんを妹としてかわいがっていた琴美は来る度に大歓迎って感じだ。


 サタコおばあちゃんとカノンちゃん、私と奈々瀬と琴美で円卓のテーブルで五人で囲み、私はすごくテンションがあがってしまう。琴美も同じ気持ちでサタコおばあちゃんもカノンちゃんも同じだと思うけど、奈々瀬は何か複雑な気持ちで笑顔を取り繕っている感じだ。


 話し合いは二人が来店してきて、いつもたわいのない会話だが、すごく楽しい。


 その後みんなでトランプやUNOなんかして、そしてお昼になったら、下拵えをしたカレーにコーヒーミルでひきたてのコーヒーを私達三人の分とカノンとおばあちゃんの分を用意してみんなで談話しながら食べる。


 なぜかサタコおばあちゃんもカノンちゃんもお金は持っている。お化けなのか何なのか分からないけど。


 食事が終わったら、それぞれ楽器の練習したり、その合間におばあちゃんとカノンちゃんと話したり、やりたい放題にやっている。


 ここで働いて一ヶ月、夢のような毎日を送っている。


 色々とやっているうちに日は暮れてきた。


 今日のバンドの練習の成果をサタコおばあちゃんとカノンちゃんにいつものように見てもらいたい。


 私と奈々瀬と琴美は喫茶店に設置されてある小さなステージに上がり、それぞれのポジションにつく。


 ボーカルの私はドラムの琴美に目で合図を送り、ドラムの合図で演奏は始まる。


 私はギターをかき鳴らしながら必死に歌う。


 それに続くようにキーボードの奈々瀬はきらびやかな旋律を奏で、琴美はリズムの土台としてドラムをきっちりと叩く。


 私は演奏して思うが、私達は誰がかけてもいけないし、メンバー誰一人、代わりなど存在しないほどの熱い絆で結ばれている。


 琴美は生き生きとした表情で、ドラムを軽快にたたく。


 奈々瀬はうちのバンドにベースはいないが、それをキーボードで補い、さらにポップな音源を放ち、その表情はまるで天使のような美しさである。


 私はそんな二人の演奏にシンクロして激しいギターサウンドと毎日のみんなとのトレーニングと共に鍛え上げた幅広い声量で歌う。


 毎日の特訓のかいあって私たち三人の演奏は一つになっている。


 歌は私たちのオリジナルで私が作詞をして奈々瀬が作曲したのを三人で意見と音を出し合って作り上げたのだ。


 まだ私たちは結成して一年だが、すばらしい演奏だと私は、いや私達は自負している。


 その証拠にサタコおばあちゃんとカノンちゃんは私達の演奏を聴いて、恍惚とした表情をしている。


 そして演奏が終わると二人は盛大な拍手をくれた。


「本当に良い演奏だね。聞いていると元気になるよ」


「カノン。みんなの演奏大好き」


 二人の感想を聞いてどうやらお世辞じゃないようで、私たちはまた一歩夢に向かって歩めたと思っている。


 そして私たちの演奏が終わると同時に店じまいが始まり、カノンとサタコおばあちゃんは私たち三人の知らない踏み入れてはいけない世界へと帰るのだと言う。


 私たち三人は店を出て、ドアに鍵を閉め、


「これでよし。さて帰ろう」


 一日が終わる。


「明日もカノンに会えるんだな」


 心をときめかせる夢見がちな十五歳高校一年、高橋琴美。身長は百七十四で長身。コンプレックスは背が高いことと、その割に貧乳な事。


「レポートも一通り終わったし、バンドもうまく行った。今日も充実したなあ」


 好奇心旺盛の私事、柴田盟、十五歳高校一年、身長は百四十でチビ。

 コンプレックスはチビでやたら胸がでかいこと。毎日牛乳を飲んで背が高くなるようにしているのに、依然高くならず、琴美によく胸を捕まれ、その栄養が胸に言っているんだよって茶化されたりする。


「でも、なぜ亡くなったとされるサタコさんとカノンちゃんがあの店に現れたんだろう?」

 リアリストの高山奈々瀬、十六歳高校一年、身長は百六十四で標準的な身長でスタイルもよく頭も良く、かなりの美人さん。

 コンプレックスは私と琴美は長いつきあいだが、見あたらないがちょっと腹黒いところがある。


「まあ細かい事は気にしないで今を楽しもうよ」

 私が言うと奈々瀬は、


「どこが細かいのよ。こんな不可解なことになって、何か取り返しのつかない事になったらどうするの?」

 そう言われて私は不安にもなったが、とにかく私は拳を突き上げて、


「明日があるさ」


「訳が分からないよ」


「盟ちゃんの言うとおりだよ。明日がある。明日もカノンに会える」

 琴美はカノンに再び会えて本当に嬉しいんだなと、友達ながらに私は嬉しくもなり、何か切なくもなったりする。


 奈々瀬の言うとおり、死んだ人間が蘇って現れるなんて不可解きわまりないことだ。


 私もサタコおばあちゃんに再び会えて嬉しい。


 でも、奈々瀬が想像する事を考えると何か恐ろしくもなったりする。


 私たちが死んでしまったはずのサタコおばあちゃんと琴美の妹のカノンに巡り会ったのはちょうど一ヶ月前の事。

 今私たちが働いている喫茶店に入り、コーヒーを注文して三人でバイト探しの話し合いをしていたら、マスターに「もし良かったらうちで働かないか?」とスカウトされたのだ。

 いきなりそんな話を持ちかけられ、奈々瀬は不振に思い、それは世間知らずの私と琴美も同じ気持ちだった。でもマスターは言った。

 お金は最低賃金でしか払えないけど、やることは毎日軽くフロアーとキッチンの掃除に、お客のために毎日五人前のカレーを作るだけで、後はあいた時間は私たちが夢見ているバンドデビューの為にステージで練習しても良いし、学校のレポートの学習だってしていいと私たちにとって好都合だったので引き受けた。

 そしてバイト一日目にマスターは二ヶ月店を私たちに任せると言って、二ヶ月分の給料と店の鍵を残してどこかへ行ってしまった。

 とにかく私たちは何か不安にも思ったが、マスターが帰るまでの二ヶ月の間は店で働くことに決めたのだ。その為の責任も取るつもりだ。


 そして二日目の日に不可解な事は起こった。


 それは私の慕っていた死んでしまったはずのサタ子おばあちゃんが店に来店してきたのだ。


 最初見たときは他人のそら似か?または夢を見ているんじゃないかと疑ったが、来店してきたサタコおばあちゃんは、紛れもないサタコおばあちゃんだったのだ。


 そして次の日に琴美の死んでしまったはずの妹のカノンちゃんが来店してきて、琴美も私と同じような事を思ったのかもしれない。

 それから毎日サタコおばあちゃんとカノンちゃんが来店してきて、毎日が楽しくなった。


 それにサタコおばあちゃんとカノンちゃんはこの店でしか逢えないと言っていた。


 いったいこの店は何なのか?


 リアリストの奈々瀬は不振にも不安にも思っている。

 

 好奇心旺盛の私は、毎日が楽しく、二人に逢えてバンドにも勉強にも意欲的になれた。


 夢見がちな琴美は毎日夢のような暮らしだと、幸せそうに語っていた。


 まあ、とにかくこの店は何なのか?分からないが、マスターが帰ってくる二ヶ月の間は約束通り店を切り盛りしていくつもりだ。


 マスターが帰ってくるまであと一ヶ月、私は再びこの店で巡り会えたサタコおばあちゃんとカノンちゃんとの暮らしを満喫したいという気持ちでいっぱいだ。

 きっと夢見がちな琴美も同じ気持ちだと思う。

 リアリストの奈々瀬は私たち二人のテンションに乗っかりながらも、不振にも不安にも思っているだろうが、楽しくやっているよ。


 とにかく後一ヶ月。

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