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キズナ!  作者: やっこ
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第5話:男が本当に好きなものは二つ――ツンデレと妹である by ニーチェ


ニーチェファンの人、ごめんなさい。

 





 ある日の昼下がり。


「ねえレイぴょんレイぴょん」


「誰がレイぴょんよ! 馴れ馴れしく呼ばないでよ!」


「どうしてレイぴょんはひんぬーなんだい?」


「死になさい」


「にょろーん」


 ハンマーの洗礼を食らいました。



 ある日の朝食。


「おはようございます、お父様。……ついでにうじ虫も」


「はは、真奈美さんうじ虫だってよ」


「ええ!? わたくしですか!?」


「違うわよ! まったく朝からむかつくわねえ! 修司! 牛乳をもう一杯用意して!」


「はい、お嬢様」


「ねえレイぴょんレイぴょん」


「レイぴょん言うなっ!」


「どうしてレイぴょんはそんな無駄な努力をするんだい?」


「弾け飛びなさい」


「にょろーん」


 惚れ惚れするぐらいの直撃コースで俺の目ん玉向けてフォークが飛んできた。マジビビッた。真奈美さんが受け止めてくれなかったら俺死んでた。



 ある日のティータイム。


「……修司。なんで私がこんな視界に入れるだけで吐き気がするような奴と一緒にお茶しないといけないの?」


「はは、真奈美さん見ると吐き気するってよ」


「ええ!? またわたくしですか!?」


「違うって言ってるでしょうが! どうして真奈美はそいつの言うことを鵜呑みにするのよ! 少しは学習しなさい!」


「しゅん……」


「お嬢様、才悟様はあなたの兄君です。それなのに、お二人がお顔を合わせるのは食事のときを除けばたまに廊下ですれ違う程度ではありませんか。それではあまりに寂しすぎます。ですから真奈美さんと相談した結果、これからは定時の度に一緒にお茶をすることにしたのです」


「真奈美……(ギロリ)」


「す、すいません麗菜様! 出しゃばった真似をしてしまって……」


「……ふん、まあいいわ。真奈美の淹れるお茶はおいしいから、特別に許してあげる。要はこのゴミを視界に入れなければいいだけよ」


「ねえレイぴょんレイぴょん」


「……………(無視)」


「俺のパンツ履いた感想どうだった?」


「ぶーっ!!」


「お、お嬢様! 飲み物を吹くなんてなんてはしたない……私は恥ずかしいです」


「げほげほっ。修司っ、指摘するのはそこじゃないでしょっ!?」


「れ、麗菜様……まさか、麗菜様にそんな趣味があったなんて……」


「ちーがーうー! 指摘する箇所はあってるけど想像するのも身の毛がよだつ誤解が生じてるわよ! なんで私がこんな奴のぱ、ぱぱぱぱパンツなんて履かなきゃいけないのよっ!」


「またまたー。どうせ履く前にくんくん匂い嗅いでたんだろー? 隠すなよー」


「神に祈りを捧げなさい」


「にょろーん」


 首筋に注がれた紅茶は、とてもお熱うございました。



 とまあ、俺達兄妹の毎日は、大体こんな感じ。

 父さん、母さん……ぼく、近々そっちに遊びにいくかもしれないよ……。


 あ、天の声が―――




『だが断る』




 ―――そっすか。






◇◇◇






「妹って、人類の宝だよね」


「は、はい?」


 唐突な俺の言葉に、ホワイトボードに文字を書き込んでいた真奈美さんはきょとんとした表情で振り向いた。


「真奈美さん、俺はね、実は結構妹って奴に憧れてたんだよ。ほら、俺って元々一人っ子じゃん? 親父達も仕事でしょっちゅう家空けてたから、昼間はともかく夜はひとりで遊ばざるを得なかったわけだよ。そんな時に俺は夢想するのさ。かわいい妹が俺の後ろにずっとひっついて、『お兄ちゃん待ってよ〜、置いてかないで〜』とか『お兄ちゃんあの犬さん怖いよ〜』とか『お兄ちゃんっ、遊んで遊んでっ』とか『お兄ちゃん、お兄ちゃん、わたし大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるっ。約束だよっ』とか言っちゃってうふふふふふふふふ!

 ……あれ? なんで真奈美さんそんな離れたとこにいるの?」


「お、お気になさらずに。で、でも、なんでわざわざそんなこと授業中に言うんですか?」


「授業中だからこそ、だよ。俺はね、こうした授業中でも、真奈美さんとのお喋りを楽しみたいんだよ。教師生徒としての関係だけじゃなく、もっと友好的な関係を築きたいんだよ」


「あ、ありがとうございますっ。才悟さんにそこまで思っていただいて、わたくし、メイド冥利に尽きます!」


 さすが真奈美さん。授業時間を潰したいがためについた即興感丸出しの言い訳になんの疑問も抱いていない。この人、振込み詐欺とかに遭ったらほいほい投資しそうだな。


「でも才悟さん、そこまで妹の存在に憧れているのに、どうして麗菜様と喧嘩ばっかりしてるんですか?」


「そこなんだよ真奈美さん。俺はね、あいつが俺の妹になると厳重朗さんから言われたときから、ずっと胸の内に秘めていた言葉があるんだよ」


「な、なんですか?」


「―――奴は、本物の妹キャラではないっっ!!」


 断言した。宣言した。



「解説しよう! 妹とは、ギリシャ神話に登場する伝説上の生き物である。実際には存在しないとさえ言われているが、希少なサンプルはデータ上に確かに存在しており、そんな存在に兄として慕われる人物は神に愛された男として聖人の名を欲しいままにすることが出来ると言われている!


 妹の特徴としては、”見た目は大変可愛いく、兄にベッタリ、なんかみんな同じような声な気がする”という、さっき俺が言ったようなエア妹のような感じだ。以前は血が繋がっていないのが本当の妹と言われていたが、近年では『義妹? そんなものは本物の妹ではない! 妹とは、幼少の頃より片時も離れず過ごした真実の家族であり、一緒の部屋、一緒のご飯、一緒の部屋を持つ、幼馴染キャラでさえ実現できない親密性を有する(リアル)妹こそがジャスティスなのだ!』と公言する男もいて、実妹でもなんら問題はないとされている。むしろ俺はこっちを推奨する!


 ちなみに、政府が行った全国的なアンケート『姉と妹、欲しいならどっち?』では、熟女その他にしか興味ねえとほざく奴らの意見を排除した結果、実に七割近くが妹と答えている。つまり! 世の男性の半数以上がっ、伝説上の生き物である妹を欲しているということであるっ! もし、”ある日突然12人の妹ができ、しかも全員が兄を慕ってくるという立場に立てる権利”というものがあるなら、その覇権を争った世界規模の戦争が勃発するのは想像に難くないだろう……!」



「………………………………………………………………………………………………………………えっと、つまり、要約すると、才悟さんの言う妹はこの世には存在しない、と?」


「違うっ! 現実世界(リアルワールド)にはいないだけだっ! 本物の妹達はっ、常に俺達の心の奥で無邪気に笑ってっ、『お兄ちゃん』『お兄様』『おにいたん』『兄貴』『にぃにぃ』と心穏やかになれる声音で呼んでいるものなのだっっっ。そうだろうソウルブラザーっ!!??」


 ―――ふらっ


「あれ? 真奈美さんどうしたの? 貧血?」


「い、いえ、ちょっと軽く眩暈がしただけです……」


「そう? 体は大切にしてくれよ? んで、なんで部屋の隅っこにいるわけ?」


「お、お気になさらずに。そ、そう! お部屋の隅っことか大好きなんですわたくし!」


「なんだそりゃ。変わってるなぁ真奈美さん。あははは〜」


 笑う俺に真奈美さんは終始憐れむような視線を向けてきた。なんでだろうね?


「そ、それじゃあ才悟さん、才悟さんが麗菜様と喧嘩するのは、麗菜様が才悟さんの言う”妹”ではないからですか?」


「うん? まあ、その理由がないとは言わないけど……」


「才悟さん、それは少々わがままが過ぎます。この世には人の数ほど価値観があってですね、その中のひとつである才悟さんの価値観を麗菜様に押し付けるのはさすがにどうかと思います」


 べつにそれが大本の理由じゃないんだけどな。まあいいけど。


「でもさあ真奈美さん、さすがにアレはないと思うんだよ俺は。まあね、俺だってそれなりに現実は見てるし、現実世界の妹にそこまでは求めないよ。でもさ、”兄のことをお兄ちゃんと呼ぶ””兄のことを慕う”っていうそれぐらいのことは期待したって罰は当たらないだろ? それなのに蓋を開けてみれば、口も悪けりゃ性格も悪い。素直じゃねえし、何より胸がない。落胆してちょっとキツく当たるのもしょうがないってもんだろ?」


「最後のは妹がどうではなく才悟さんの個人的趣味だと思うんですが……」


 そこはほら、俺っておっぱい星人だし。


「……才悟さん。確かにあなたの言う通り、麗菜様は口も少々悪いかもしれませんし、兄であるあなたを敬うことはしていませんが、それは才悟さんだって同じなんですよ? 

 わたくしは伊達さんと違って生まれた頃より麗菜様のことを存じているわけではありませんが、麗菜様は本当はとてもお優しい方なのです。ですから、いがみ合うことから始めるのではなく、まずは麗菜様を妹として接してあげてください。わたくしはお二人が仲良くしておられるのが一番嬉しいです」


「ふーむ。まあ、努力はしてみるよ」



 ―――妹として、ねえ……。



「失礼、少しお邪魔するよ」


「お? 厳重朗さん?」


 珍しい人が俺の部屋に現れた。この人が直接この部屋に来るなんて初めてじゃないだろうか。


「どうしたんですか、こんな朝っぱらから。この時間帯なら仕事に出かけてるはずじゃ?」


 厳重朗さんは朝霧グループ当主という地位を裏切らないほど多忙だ。一応朝と夜の食事には顔を出すが、それ以外は大抵仕事で外出しているか書斎で書類と格闘しているかだ。いつかは俺があんな立場に立つかもしれないと想像するとそれだけで鳥肌が立つ。


「ああ、その仕事のことなんだけどね。すまないが、真奈美くんを今日一日借りてもいいかね? どうも今日の仕事は私一人ではカバーしきれなくなりそうでね、彼女の力が必要なんだ」


「はあ。まあ、元々の雇い主は厳重朗さんなんですから、俺がどうこう言う権利はありませんけど、構わないっすよ。真奈美さんもいいよな?」


「は、はいもちろんっ! お供させていただきます、旦那様」


「ありがとう。修司くんに頼んでも良かったんだが、あいにくと今日は出かけていてね。本当に助かる。ああそうだ、誰か代わりのメイドを寄こすように――」


「あ、べつにいいですよ」


「そうかい?」


「はい。俺のメイドは、真奈美さんだけっすから。他はいらないです」


「〜〜〜〜〜〜っ」


「はは、そうか」


 厳重朗さんは爽やかに笑うと、顔の赤い真奈美さんを連れて退出した。かくいう俺も少し顔が熱い。こっ恥ずかCー。


「しかし、真奈美さんがいないとなると授業も中止。一気に暇になっちまったなー」


 いつかと似たような状況になったが、今の俺にはそれなりに娯楽物があるから退屈はしないか。あー、でもなんかそんな気分でもないなぁ。さっきの真奈美さんとの会話のせいでちょっと胸がもやもやしてる。


 妹、いもうと、イモウト……。


「……気晴らしに街に遊びにいくか」


 誰もお供がいないが、まあたまにはひとりもいいだろう。むしろそっちの方が気が楽だし。


「あ、でもよく考えたらあの街って真奈美さんとの買い物を除けば行ったことないしなぁ。あの時は真奈美さんの案内があったからよかったけど、ひとりで大丈夫かな?」


 うーん。ま、俺は別段方向音痴ってわけじゃないし、大丈夫か。






◇◇◇






「やっほー。完全に迷うてしもうたぜー」


 すんません嘘ついてました。ホントは見知らぬ土地にいくと速攻迷子になっちゃうような子なんですぼく。ちなみに結構余裕っぽそうに見えるが、口調の不自然さからも伺えるように内心は結構焦ってます。


「まずいな……どうやって帰ろう……」


 タクシーでも使おうか。この前厳重朗さんにもらった資金(クレジットカード)があるし。


 でも俺、よく考えたらカードの使い方知らない……。


 そこっ! 事実でも俺を貧乏人扱いするなっ! 手元に現物があったほうが安心するんだから仕方ないだろ!?(ちなみにこの前の買い物の会計はすべて真奈美さん任せでした)


 あ、真奈美さんで思い出した。そう言えばちょっと前に、もし外に出るならって、真奈美さんが小金が入った財布を渡してくれてたっけ。どれどれ。


「OH!」


 中身見て速攻閉じた。


 ちょっとちょっと! 諭吉さん十数人は俺のキャパシティを軽く超えてるよ真奈美さん! ほんの小金だって言ったのに、あれは嘘か!


 やべえ、鼻血出そう。で、でもなんだろう? 一度見てしまうと、もう一度見てしまいたくなる不思議な魔力が……。


 開けて。


 閉めて。


 開けて。


 閉めて。


 開けて……



「ママー。あのお兄ちゃん変なことしてるー」


「しっ! 見ちゃいけません!」



 HAHAHA! 泣いてなんかねーよチクショー!



「くそうっ! こうなったらホントに変なことしてやるよ! 選択肢カモンッ!!」




 1.下半身を露出させて街を徘徊する


 2.んま、っあ、ちょぎ!?(コンドームを天に差し出して)


 3.全裸で考える人・才悟


 4.純真無垢そうな子供にエロ本をあげる




「待てぃ!! 人生を捨てる気か俺は!? しかも全部下ネタなんて最高の紳士だなこの野郎!! 特に最後なんて人として終わってるぜヒャッホーッ!!」


 その場の勢いでつい不思議な踊りを踊ってやった。交番に連れてかれそうになった。今では心の底から反省している。だからパパンに電話なんてやめてぇええええええええ!!


「すいませんでした。もう二度としません。失礼します。……ほっ。危うく前科者になっちまうところだったぜ」


 ―――うーむ。


「……はっちゃけた割には、あんまし気分は晴れなかったな」


 いつもはこれぐらいバカやればもやもやなんて吹っ飛ぶんだがなー。


「ちょっと真剣に考えすぎてんのかな。俺らしくねえ」


 ホント、俺らしくねえ。


 あの家に厄介になってからというもの、振り回されてばっかりだ。

 それがいいことなのか、悪いことなのか、そこはよく分からないけど。


「……ん?」


 一瞬視界に見知った人物が映って思考が止まった。あれは……修司さんか?


「修司さん」


「あ、これは才悟様。どうも。お買い物ですか? ……おや? 雨宮さんの姿が見えませんが……」


「ああ、人手が足りないって厳重朗さんが連れてったよ。修司さんこそどうしたんだ? 朝から出かけてるって厳重朗さんに聞いたけど」


「えっ? え、ええとですね、私は……」


「修司修司っ!」


 ん? 聞き覚えのある声が修司さんの後ろから……


「ビッグニュースよ修司っ。ずっと探していたベルちゃんの限定ぬいぐるみがこのお店に置いてあるんですってっ! ああもうなんて幸せなのかしら! 修司っ、特別に言い値で払って……!」


 ピシリ、と、俺の顔を見たロリ娘は全身を硬直させた。


『………………』


 沈黙。


 俺は何度かぬいぐるみがたくさん置いてある店と口をパクパクさせたロリ娘を見比べた後、真っ白になった頭で思わず本音を言った。


「結構かわいい趣味してるな、麗菜」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!」


 おや? 雲もないのに頭上に影が……


「死にさらせぇえええええええええええええええええっっっ!!」


 10tハンマーが、すぐ目の前にありました。


 ――――――――――――――――――――――!?


 ――――――――――――――――――――――?


 ――――――――――――――――――――――(泣)


「才悟様!」


 はっ! 一瞬意識飛んでた!


「うおっ!? 目の前でハンマーが止まってる!?」


 見ると、修司さんが俺に当たる寸前で振り下ろされる麗菜の手を止めてくれたらしい。さすがは修司さん。


「才悟様!? 大丈夫ですか、お怪我は!?」


「お、おーけーおーけい。モーマンタイ」


 足が高速でぶるぶる震えてるのは仕様です。


「離しなさい修司っ! こ、こんな醜態をこんな奴に見られて……! もう私が死ぬかこの変態が死ぬしか道は残されてないのよ!」


「なんだよそのめちゃくちゃな論理展開!? いいじゃねーかぬいぐるみ見てほくほく間抜け顔をさらしてんのを見たぐらい! なかなかポイントは高かったですことよ!?」


「言うなバカァアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 いやホント、自分でも何言ってるか分かんねえっす。麗菜とぬいぐるみのセットはそれぐらい衝撃的だった。


 ちなみに、暴走した麗菜が鎮圧したのは、それから10分後のことだった。






◇◇◇






「なんか、今でも生きた心地とかしないんですけど……」


「殺されなかっただけマシだと思いなさい!」


「お嬢様、抑えて抑えて」


「今日見たことはぜーっっったいに他言無用よ! いいわね! バラしたらあんたの戸籍が消滅するわよ!」


 これだよまったく。



 俺は精神力を、麗菜は体力を急激に消耗したので、ちょっと早めの昼食ということで、俺達は近くのファミレスに入ることになった。前回真奈美さんをファーストフード店へ連れて行って嫌な顔をされたので改善したのだが、それでも麗菜は文句たらたらだった。修司さんですら苦笑してた。すまん、これ以上高い店は疲弊した今の俺ではとてもじゃないが耐えられないんだ。


「しかし、口も汚ければ性格も悪い、ハンマーは振り回すし、おまけに胸がない麗菜お嬢様が、市販で売ってるようなぬいぐるみに興味津々とはな。世界が震撼したよ」


 即座にハンマーを取り出して殴りかかろうとした麗菜だが、あらかじめ目を光らせていた修司さんの手によって阻止される。代わりにキッと俺に睨みをくれた。


「うるさいわねっ! あ、あれはたまたま……そう! たまたまなんの興味もないお店に入ったら、哀愁を誘う瞳で私を見つめるベルちゃんがいて、このまま見捨てては朝霧麗菜の名に傷がつくと思って私はベルちゃんを保護しようとしたのよっ! それだけなんだからっ!」


 なんて矛盾だらけな言い訳なんだろう。呆れるどころか感心してしまった。


 そういや、よくよく思い返してみれば、前に一度こいつの部屋に偶然入ったとき、視界の隅にぬいぐるみらしきものがあったような気がしないでもない。あの時はあまりなうふふイベントのせいでそこまで気が回ってなかった。


「……って! 今さり気なく聞き捨てならない言葉があったわよっ! 胸は関係ないでしょ胸はぁ!!」


「何言ってんだ、胸が一番重要だろ胸が。この世はボインが正義なんだよ」


「才悟様、さすがにその持論は敵をお作りになるかと……」


「分かってるよ、冗談冗談」


 半分本気だったけど。


「まったく! そもそも、一体全体なんで私が秋坂才悟なんかと席を同じくして昼食を食べないといけないの? 知ってるわよ私。お金のない庶民はレストランなんかの残飯を食べて生活しているんでしょ? あんたもそこら辺のゴミ箱をあさってくればいいのよ」


「お前は庶民に対して激しい誤解をしている」


 ……いやまあ、したことはあるけどさ、残飯あさり。


「あのなあ麗菜。今はまだお前は幼いからいいかもしれない。でも成長したらお前だって社会の上に立つ人間になるんだ。上に立てば当然下の人間を動かす必要がある。今の内に下の世界のことを勉強しといた方が将来役に立つぞ」


「子供扱いしないでっ! あんたなんかに言われなくともそれくらい分かってるわよっ!」


「そんなぺったん胸で言われても説得力ないな」


「うるちゃいっ!」


「ちゃいって……」


「噛んだのよっ!! 悪いっ!?」


「逆ギレかよ!」


「〜〜〜〜っ! 修司っ、少し席外すからその内にこのわいせつ人間を排除しておきなさいっ!」


「どこ行くんだよ。トイレか?」  


「言うなぁー!」


 ぷりぷりしながら麗菜はトイレに入っていった。せめて注文決めてから行けよ。


「ん? 修司さん、なんで笑ってんの?」


「いえ、お二人とも、ずいぶん仲がよろしいと思いまして」


 真奈美さんと正反対なことを言い出した。


「修司さん、気は確かか? 今のやり取りのどこを見たらそんな感想になるんだよ」


「ただ笑い合えば仲がいい、というわけではないと私は思っております」


「喧嘩するほど仲がいいって言いたいの? そんなんじゃないよ。俺は単に、ああいう態度しか取れないんだよ」


「どういうことですか?」


「―――俺、妹って奴が分かんねえんだ」


 修司さんはキョトンとした顔を見せた。


「分からない、とは?」


「ああ、もちろん言葉の意味は分かってるよ? 家族の中でどういう位置づけかっていうのも理解してる。でもさ、俺はそもそも家族って奴が分からない」


「そんな……才悟様には、ちゃんとしたご両親がいたのでしょう? それなのに何故……」


「そうなんだけどさぁ……家って昔から貧乏だったから、親父もお袋も共働きで、まだ物心がつくかつかないかって年でもひとりでお留守番なんてザラでさ、何日もひとりってこともあったんだよ。そんなわけで、俺は世間一般の家族の触れ合いって奴が致命的なまでに欠けてるんだ。

 だからって、親父達を親と思ってないってわけじゃないんだ。ただ触れ合い方がよく分からない。気まずい雰囲気になったことはないけど、それが世間で言うところの親子としての触れ合いなのか自分でも自信がないんだ。妹なんてなおさらだよ。どんな風に接すればいいのか、分かりゃしない。だからあんな態度しか取れないんだよ」


「才悟様……」


「ホント、妹ってなんなんだろな」


 知識としては知っている。


 ドラマや漫画なんかで妹キャラなんてしょっちゅう見かける。でもそれは架空のお話。実際に妹のいる友達が言う妹とはなんか違う。分からない。未知の領域だ。そんな奴に、一体どんな態度で接すればいいっていうんだ? 俺は一体何をすべきなんだよ?


 俺は、あいつの兄貴になれるのか?


「不器用、なんですね、才悟様は」


「そうかもね」


 修司さんは思案顔になった。


「才悟様。ひとつ、頼みごとをしてもよろしいでしょうか?」


「頼み? いいけど」


「今日一日、麗菜お嬢様のことをあなたに一任してもよろしいですか?」


「は?」


 俺が? 麗菜を?


「……今のままだと、麗菜を怒らせてばっかりになると思うけど?」


「大丈夫ですよ。才悟様は、お嬢様に歩み寄ろうという気持ちはあるのでしょう?」


「まあ、一応。突然の養子縁組の話とはいえ、書類上は長男ってことになったんだからさ、出来るだけいい兄貴になってやろうと思わなくはないよ」


「なら心配はありません。あまり深く考えず、今まで通り振る舞っていれば、それでいいんだと思います。ただ、ひとつだけ常に胸に留めておいてください」



 ――お嬢様は、あなたより年下の、かわいらしいところのある女の子なんですよ――



 修司さんは一礼すると、俺の制止を聞かずに店から出て行った。


「面倒なことになったなぁ」


 ホントに大丈夫なんだろうな、修司さん。






◇◇◇






 しばらくして、麗菜がトイレから戻ってきた。


「……なんであんたがまだここにいるのよ」


「いちゃ悪いか」


「悪いわよ。まったく、修司は何をしてるのかしら!」


「修司さんなら職務放棄して先帰ったぞ」


「はあっ!? ちょ、嘘でしょ!?」


「マジ。なんかお前のことを任された」


「……コロス」


 おや? なんだか背筋が震えちゃったぞ?


「もういい。帰る」


 溜息をついた麗菜はくるりと踵を返しやがった。だが、面倒なこととはいえ、これから一緒に暮らしていく以上はそれなりの関係を築きたいと思う(ちょっと癪だが)ので、ここで引き下がるわけにはいかない。


「おいおいそりゃないだろ。せっかく街に出てきたんだから、もっと楽しんでから帰ろうぜ」


「異臭がするから近寄らないで」


「異臭ってなんだよ!? 風呂には毎日入ってる!」


「いくら洗い流しても貧乏臭さは抜けきってないわよ。大体服装からして貧乏臭いわ。何よその気品の欠片もない安っぽい服は」


「テメェユニ○ロを舐めんじゃねえっ!!」


 仕方ないだろ! 屋敷から支給された普段着は上品過ぎて着るのが勿体無いんだよ! 


 つーかさぁ、よく考えたら、俺がこいつの兄貴になる努力をしようにも、こいつが俺を嫌ってるんだったら意味がないような気がするんだけど。まあ、どっちかが歩み寄らなきゃ始まらないってことは分かるんだけどさ。納得いかねー。


「とりあえず、もうメニューも注文しちまったんだから、帰るならせめて食ってからにしろ」


「待ちなさいよ! 私は頼んだ覚えないわよ!?」


「お前の分も俺が頼んどいた」


「何を勝手に―――」


「まあまあ、お前なら絶対気に入る奴だから」


 なんて話してると、グッドタイミングで店員さんが料理を運んできた。


「お、うまそー」


 俺が頼んだのはハンバーグセット。鉄板で焼ける音と匂いが俺の胃を刺激する。さっそく俺は一口。はふはふ。うまー。


「……秋坂才悟、どういうことよ、これ」


「んーどうしたー? 冷めない内にお前も食えよー」


「食えるかバカ! 一体なんなのよこれ!?」


「え、知らねえの? これはな、特製お子様ランチって言うんだぞ。オムライスに刺さった旗がチャーミングだろ?」


 ちなみにいうと俺が子供の頃の誕生日と言えばこれだった。今思い返すと、なんて安い誕生日プレゼントだったのだろうか。値段も知らずにはしゃいでいたのが懐かしい。


「お子様ランチィー!? それって子供が食べるものじゃない! あんたどこまで私をバカにすれば気が済むのよ! こんなもの食べないわよ私!」


「このお子様ランチはそんなバカにしたものでもないぜ。量は少ないけど味はなかなかだ。それに、ぜんぶ食べなきゃ付属のおもちゃがもらえないぞ」


「バカにして! この私がおもちゃなんかに釣られると――なっ!」


 ピシャー、と電撃が走ったかのように衝撃を受ける麗菜。


「こ、ここここここれっ、ベルちゃん人形!?」


「ああ、そんな名前だったっけか。確か、ここのファミレスってそのキャラクターのグッズ作ってる会社と同じ系列で、よく試作品がおまけについてくるんだよ。俺も昔はおまけ集めてたなぁ」


 今とは違うキャラクターだったけどな。


「で? どうする? お子様ランチ全部平らげるようなよい子じゃないとそのおまけはもらえませんよー……ってもう食い始めてやがる!?」


 すげぇ、人形見た瞬間態度を翻しやがった。すごい勢いでランチが消えていく。


「ご馳走様!」


「はやっ!」


 かかった時間わずか3分。カップ麺もびっくりの早さだ。


「秋坂才悟っ!」


「な、何だよ」


「これっ、この人形っ、バリエーションはいくつあるの!?」


「え、えーと確か、4種+シークレット1種だったかな」


「ちょっとそこのあなたっ! 特製お子様ランチ5人前持って来てっ! 大至急っ!」


「か、かしこまりました」


「うおぉい!?」


 こいつ、まさかたった一回の来店で全種コンプリートする気か!? マニアってレベルじゃねーぞ!!


「お待たせしましたー。特製お子様ランチで」


 店員さんが言い切る前に既に麗菜はフォークを手にしていた。一瞬の油断が命取り――そんな狩人の瞳をぎらつかせ、皿がテーブルに置かれた瞬間にはウインナーが一個消えていた。あるぇー。


「……やべえ。ちょっと予想GUY過ぎてボケもツッコミもできねえ」


 俺はしばらく呆れながら麗菜を見ていたが―――なんつーか、次第に頬が緩んでいくのを抑えられなくなっていった。


「はぐっ、んくっ、おいしいっ、おいしいっ!」


 まるで小さな子供のようにフォークを握っておいしそうにランチを食べる麗菜。不覚にも、かわいいと思ってしまった。胸の奥がぽわぽわと暖かくなって、とても優しい気持ちになってくる。


「おい麗菜。ほっぺにご飯粒ついてるぞ」


「ベルちゃんっ、ベルちゃんっ、ベルちゃ〜んっ」


「聞いちゃいねえ」


 しょうがないからご飯粒を取ってやると、


「ありがとっ」


 などと素直に礼を言われて、なんだか俺の方が恥ずかしくなってきた。


 なんだこれ。なんですかこれ。なーんなーんでーすかー。


「……ホント、振り回されてるなー俺」


 それがいいことなのか、悪いことなのか、よくわからない。


 でも、楽しいと感じている自分は、確かにいた。






◇◇◇






「うざい、きもい、臭い。もっと離れなさいよ」


 店を出ての開口一番がそれでした。


「うっ、うぅ……。バカだった……ちょっといい雰囲気だなーとか思った俺がバカだった……」


「何泣いてんの? きも……」


「うん、ごめんね、きもくて。生まれてきてすいませんですよね。えぐえぐ」


 くそぅ、デレたあとのツンがここまで辛いとは思わなかったよ……。


 しかし、やはり機嫌はいい方なのか、麗菜は戦利品を抱えてニコニコしている。笑ってれば普通にかわいんだけどな。


「それで? これからどこへ行くの?」


「は?」


「何気の抜けた声出してるのよ。これから街を回るんでしょ。さっさとエスコートしなさい」


「……いいのか?」


 突然の心変わりにちょっと戸惑う。


「何よ、まさかこの私と連れたって歩くのが不満だとでも言うの?」


「いや、まあ、そっちがいいんならいいんだけどさ」


 どうやらホントに機嫌いいらしい。


「ていうか、俺がエスコートするのかよ」


「だって私、午後の予定なんて特に考えてなかったもの。それに、貧乏庶民のあんたがどんなエスコートをするか興味あるわ」


「いきなりそんなこと言われてもな……」


 そもそも俺はここの地理に疎いからエスコートもクソもないんだが。何より、彼女とデートしたことなんてないから女の子連れてどこ行っていいか分かんない。ち、違う出会いがなか(以下略)


 まあ、友達と遊ぶ感覚でいっか。



 つーわけでやって来たゲーセン。



「……あんた、バカじゃないの?」


「うぐっ」


「一体どんな所へ連れて行ってくれるのかと思ったら、こんなうるさくてタバコ臭いところに連れてきて。なに? あんた私を怒らせたいわけ? 死ねば? いっぺん死んでみれば?」


 初っ端から罵倒の嵐だった


「げ、ゲーセンをバカにするな。そもそもお前ゲーセンがなんたるものか知ってんのかよ?」


「ふん、それぐらい知ってるわよ。”ドキュン”とかいう連中がコインをめぐって血沸き肉踊る決闘を行うコロセウムでしょ?」


「テメェ庶民に喧嘩売ってんのか」


 本当にこいつは今までどんな教育を施されたのだろうか。今度修司さんを問い詰めよう。


「しょうがない、俺がお前に庶民の遊びというものを教えてやる」



 手始めにエアホッケーで対戦してみることにした。



「え、えっと、これで打てばいいんでしょ? 楽勝よ」


 おずおずとパックを弾く麗菜。


「そぉい!」


 全力で弾き返す俺。パックは寸分違わずゴールに突き刺さった。


「はあっ!? な、何よ今の! 卑怯よ!」


「おいおい初めにルールは説明しただろ? このゲームは気を抜けば終わりなんだよ。まったくこれだから危機感のないお嬢様は……」


「かっちーん! 調子に乗って……! 勝負はまだこれからよ! ええい!」


「ほいっと」


 力任せに打たれた計算も何もないパックを弾き返す。二点目ゲット。


「ちょっとっ! 私は素人なのよ!? 少しは手加減しようとか思わないの!?」


「ほー。普段からあれだけ大言壮語してる麗菜様はその程度のハンデで勝負を諦めるのか」


「ぐぐっ」


「はっ、所詮はただのつるぺただったということか」


 ぷちん、と音がした気がした。


「? っておまっ!」


「でえいっ!」


 何をとち狂ったか、麗菜はパックを手に取り空中スマッシュをかましやがった。


 しかも標的は我がイケメンフェイス(意味が重複してるのは仕様だよ☆)。


「ちょ、あぶねぇ!? お前マジで空中(エア)ホッケーすんなよ!?」


「何かわしてんのよ! ちゃんと顔で弾き返しなさいよっ!」


「言ってることがめちゃくちゃだ!」


 俺達は偶然通りかかった店員さんに厳重注意をくらった。当たり前だ。結局エアホッケーは断念することに。


「おーけー。さっきのは確かに俺も大人気なかった。そもそも勝負形式を取ったのが間違いだったんだ。ここは一人プレイを楽しもう」


 というわけでモグラ叩きをすることに。これなら簡単だから麗菜もキレないだろ。


 手始めに俺がやってみる。


「よっ、ほっ、と。お、本日最高の点数だ」


「ちっ。マグレの癖に調子に乗って」


 こいつマジむかつくんだが。


「退きなさい。この朝霧麗菜があんたの記録を軽く超えてあげるわ」


 やれやれ、とジェスチャーする俺。昔はゲーセン荒らしの才ちゃんと恐れられたこの俺の記録がそう簡単に塗り替えられるわけが――


 

 ガッシャーンッ!!



「あれ? これ動かなくなったわよ? 故障したんじゃないの?」


「……そりゃ自慢の10tハンマーで殴られたらモグラも引きこもりたくなるわ」


 ツッコむのもバカらしくなるぐらいマシーンを粉砕してくれた麗菜に溜息しか出ない。またしても店員さんに厳重注意をくらった。青くなった顔を見て本当に申し訳ない気持ちになりましたよ。


「おーけいおーけい。俺がバカだった。そもそもお前に道具を扱うゲームをさせようとしたのが間違いだったんだ。お前は今後一切何も使うな。ハンマーも禁止」


 つーわけで道具を使わなくていいUFOキャッチャーをやることに。予想通りぬいぐるみ達に囲まれてご満悦の麗菜。これなら暴動も起きまい。


「わぁー! ねえっ、これどうやってぬいぐるみ取るのっ? 早く教えなさいよっ」


 ホンッットにこいつはぬいぐるみを前にすると人格が変わるらしい。なんとなくこいつの扱い方が分かった気がする。


「それっ、そこっ。……ううぅ、取ーれーなーいー! これ取れないように細工されてるんじゃないかしら! ちょっと秋坂才悟! これなんでこんなに難し――」


「ん? 何か言ったか?」


 ちょうど俺は4つ目の戦利品を取り出してるところだったのでよく聞こえなかった。振り返ると、麗菜は俺の取ったぬいぐるみを見てピクピクとこめかみを痙攣させていた。あ、なんか嫌な予感。


「うにゃーっ!! なんで秋坂才悟にできて私にできにゃいのよーっ!!」


「なぜ猫語!?」


 なんてツッコんでる隙に麗菜は奇声を上げながらボックスを力いっぱいゆすり始めた。全国のクレーンゲーマーが怒り狂いそうな所業である。もうやだこの子。


 当然のことながら再三厳重注意をくらった。というか「もう帰ってくださいお願いします」と泣きつかれた。名も知れぬ店員にここまで申し訳ないと思ったのは人生初でした。

 

 ………


 ……


 …




 そんなわけで、店を追い出されてしまった俺達。


 ……絶対怒ってるよなー、こいつ。


「さ、さて、次はどこへ行きましょうかおぜうさん?」


 またハンマーが飛んでくるのかとびくびくしながら振り向くと、意外にも麗菜は沈んでいた。それも拗ねている類だ。


「何よ何よ……私は朝霧麗菜なのよ。なんでもできるんだから。初めてやることだって器用にこなしちゃうんだから。負けてないんだから……」


 泣き言みたいに麗菜は呟く。まるで迷子の子供のようだった。放っておいたら、すぐにでも泣き出してしまいそうな気がした。


 ふと、修司さんの言葉がよみがえる。



 ――お嬢様は、あなたより年下の、かわいらしいところのある女の子なんですよ――



「……ああ、はいはい。なるほどね」


 少し。


 少しだけだけど。


 分かった気がするよ、修司さん。


「……はぁ。しょうがねえなぁ。ほら、俺が取ったぬいぐるみやるから元気出せ」


「えっ。い、いいの!?」


「うん、いい」


「わぁー!」


 さっきまでの消沈ぶりが嘘みたいにぬいぐるみを抱えてきゃっきゃっとはしゃぐ麗菜。単純な奴だ――なんて思って見てたら、きっと睨みをくれた。くわばらくわばら、と口笛を吹いて誤魔化しながらそっぽを向く。


「――あ、ありがと……」


「え?」


 唖然として振り向くと、既に麗菜は俺に背を向けていた。聞き間違い……? でも、なんか少し頬が赤くなってるような……。


「あっ。こんなところに新しくぬいぐるみショップができてる!」


 すったかと走っていく麗菜。……まさかなぁ? そんなはずないよなぁ?


「才悟様、早く追いかけないと置いていかれますよ」


「あ、修司さん」


 いつの間にか後ろには修司さんが立っていた。


「おや、あまり驚いてくれませんね。……もしかして、気づいておられましたか?」


「いんや。声かけられるまで後ろに立ってることすら知らなかった。でも、修司さんのことだから、なんだかんだ言っても麗菜から目は離さないだろうと思ってたから」


「あはは、見事に見抜かれてしまいましたね」


 まあ、正直に言うといきなり声をかけられたのはちょっとビビッたんだけどね。


「それで、どうでしたか、才悟様。麗菜お嬢様と一緒におられて」


「うん? そうだなー……一言で言うと、生意気だな」


「ただの生意気ですか?」


「いや、ちょっとかわいい生意気」


「そうですか」


 柔和な笑みを浮かべる修司さん。その微笑みが普段の三割増になっているのは俺の気のせいではないだろう。


「ありがとね、修司さん」


「はい?」


「なんか、胸のもやもやが晴れた。まだ兄と妹って奴はよく分からないけど、取っ掛かりは掴めた気がする」


「お役に立てたのなら、光栄です。これからも、お嬢様と仲良くしてあげてください」


「ま、善処するよ」


「はい」


「秋坂才悟ー! 何ぼさっとしてるのよ、早く来なさーいっ」


 遠くで麗菜がぶんぶんと手を振っている。どうやら死角になっているせいで修司さんには気づいてないらしい。


「ほら、呼んでますよ」


「修司さんは行かないの?」


「今行ったら間違いなく怒鳴られますので、戦略的撤退をします」


「いい判断だな。逃げるのは恥ずべきことじゃない」


「恐れ入ります」


 修司さんは一礼すると音もなく消え去った。真奈美さんといい修司さんといい、常識はずれもいいとこだ。


「コラーッ! 聞こえてるのー!? 早くしないと置いてくわよー!」


「へいへい」


 やれやれ、という仕草をして、ハンマー振り回されるのは御免なので朝霧家の暴君へと駆け出す。文句をぐちぐち言いながら。



 その時俺の顔に張り付いていたのは、たぶん”笑顔”って奴だったと思う。





 

◇◇◇

 





 後日談というか、今回のオチ。


 それはある日の朝のことだった。


「……真奈美さん。俺、勉強のし過ぎで目がバカになったのかな。ぐるぐる巻きにされた修司さんがベランダに吊るされてるように見えるんだけど」


「……たぶん、錯覚じゃないと思います」


「ですよねー」


 傍に立ってる麗菜が「よくも私を置いて」とか「私の秘密も守れずに」とかすんげぇ勢いで怒鳴ってる。戦略的撤退は無意味だったか。南無。


 しかし、あれほどの危機に立たされながら修司さんは苦笑いするだけだった。結構余裕っぽい。麗菜もそれを見てとったか、懐からハンマーとは違うものが取り出した。


「もうひとついいかな、真奈美さん」


「なんですか?」


「麗菜が持ってるのって、ハサミだよね」


「ですねぇ。縄ぐらいばっさり切れそうですねぇ」


 珍しく修司さんは本気であわてた声を上げた。「お嬢様さすがにそれは」とか「命はひとつしかないんですよ」とかかなり必死な説得を試みてる。


 と、修司さんが離れたところに立っている俺達に気づいた。口をパクパクさせている。



 タ・ス・ケ・テ


 

 俺も口パクで返した。



 コ・ノ・ミ・ノ・バ・ス・ト・ハ?



「どんな返事ですかぁああああああああああああああああああっっっ!!」


 だって興味あったんだもん。


「じゃ、行こうか真奈美さん」


「えっ!? 助けなくていいんですか!?」


「分かってないなぁ真奈美さん。昔からよく言うだろ、トラは我が子を千尋の谷へ突き落とすって」


「なるほど、さすが才悟さんですね!」


「だろー?」


 俺達はすったかと歩み去ることにした。



 数秒後。








 アッ――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!








 この日、俺達は大切な何かを失った……。



 P.S.


 次の日の朝食。


 ぴんぴんした修司さんが現れてコーヒー吹いちゃったのは俺とキミだけの秘密だよ?






前回に比べると後半がやや失速気味の今回。ちょっと書くのほったらかしにして続き書くとテンション合わせるの大変なんですよねー。

さて、予告通り今回の主役はレイぴょんですが……やべえ、死ぬ(笑)。

新キャラとかの構成もいろいろ練ってるんですが、それを含めてもこの子は作者の中では「キズナ!」中最高のかわいさを誇っています。別に作者に妹属性があるわけではないです。むしろぼくはあn(以下略)

さて、戯言はここまでにして紹介でもしましょうか。


朝霧麗菜

世界でも指折りの大企業・朝霧グループの御令嬢。朝霧家の娘であるという自負のため常に上に立っていないと気がすまない。典型的な負けず嫌い。一部を除き常に人を突き放すような物言いをするが、ぬいぐるみなどのかわいらしいものが大好きという一面がある。それなんてツンデレ?

あまり他人との会話をしないためか、慌てたり怒ったりすると、台詞を奇跡的なまでに噛んだりすることがある。その折猫語へと派生する場合があり、一部では彼女こそ伝説のツンネコ様ではないかと囁かれているが、真相は定かではない。

特技はデストロイ。趣味はぬいぐるみ集め。座右の銘は「天下無敵」

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