第4話:サイゴはうれしくなると、つい、ヤッちゃうんだ☆
才悟の変態キャラが確立してきた今日この頃。
椅子に腰掛けて見上げると、薄っすらとだが朝の月が見えた。
「ふぅ。少し暖かく、気持ちのいい風が吹くテラスで、景色を楽しみながらお茶を飲む。優雅だなぁ」
俺は紅茶を口に含んだ。
「辛ぇええええええええええええええええええええええええええええっっっ!!」
そして火を噴いた。
「お、お嬢様! 一体どこからタバスコなんて取り出したんですか!?」
「ふ、こんなこともあろうかと、厨房から拝借してきたのよ」
「あわわわっ! さ、才悟さん大丈夫ですか!?」
「あっははははははなにその顔!? ぷっ、カッコわるー」
「どうでもいいからさっさと水寄こせーっ!!」
「しょうがないわね。はい水」
「おうサンキュー。……うん、この突き抜けるような辛さはまたしてもタバスコじゃねぇかちくしょぉおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」
痛い! 辛いを通り越して痛いよママン!!
「ふん、これに懲りたらとっととこの家から出て行くことねクズ」
「こんのクソアマァアアアアアアッッッ!! 朝ぐらい静かに過ごそうと思ったがもう我慢ならねえっ!! そこになおりやがれ! 伝説の山嵐を見舞ってくれるわ!」
「お、落ち着いてください才悟さんっ! きゃわっ! なんですれ違いざまにわざわざスカートをめくるんですかばかーっ!!」
「ばっ! ど、どさくさに紛れてどこ触ってんのよこの変態っ! 修司、このクソバカを目も当てられないぐらいグロテスクに殺りなさい!」
「だから、お嬢様、何度も言いますがお言葉には気をつけてください。それに、今回の件は明らかにお嬢様が悪うございます」
「にゃにー!? あんたこの私を裏切ってこんな奴の味方するつもり!? お父様に言いつけてやるっ!」
「ああお嬢様私が悪かったですからハンマーをむちゃくちゃに振り回さないでください! 才悟様が文字で表現することすらはばかれる酷い状態になっております!」
「うるさーいっ! みんなして私をバカにしてっ! どうせ私は真奈美と違って貧乳よ悪かったわね悪かったわよごめんなさいねぇ!? こんな脂肪の塊のどこがいいって言うのよーっ!」
「だ、誰もそんなこと言って……きゃっ! れ、麗菜様、そ、そこは……っ! ん…は…やぁ、だ…だめ……」
「その手を離しやがれつるぺたがーっ! 真奈美さんの乳を揉んでいいのは俺だけだーっ!!」
「そんなこと許可した覚えありませんよーっ!!」
「みなさん冷静に! ああもう、なんで私ばっかりこんな役目を……」
今日も今日とて、俺達の朝は賑やかだった。
◇◇◇
俺が朝霧家の養子になってから、それなりの日数が経過した。
最初は戸惑うことばかりで精神が磨り減ったが、さすがにそろそろ慣れてきたのか屋敷での生活には順応してきていた。真奈美さんに朝起こされてそのままおはようのちゅーしたり、麗菜の振り回すハンマーから逃げるスキルも上がり気がつけば奴の調教も進んですっかり俺の奴隷にしてやったし、溜息をつく修司さんの困った顔を見るのも、みんな日常風景と化しているぐらいだ。(一部若干のフェイクが含まれています)
じゃあ思う存分春休み満喫すっかー! ……と思ったけど現実はそんなに甘くなかった。厳重朗さんめ、本気で俺を次期当主にするつもりなのか、帝王学などの類を勉強することを俺に強要してきた。最初は拒否ったが、それなら借金の返済はどうするとか脅されたり麗菜に「お父様、こんなバカに学ばせるのは”低能学”で十分ですよ」などとふざけたことを言われたのでついムカッとなって承諾してやった。今では心の底から後悔している。リーダーとしての心構えなんぞ知りませんですよ。
ちなみに先生は真奈美さんだ。この人、ただの天然ドジッ娘だと思っていたが、意外にも本当にいろんな面で一級だった。甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれるし、教え方もうまかった。この前気配もなく修司さんの後ろを取ったことからも運動能力高そうだし、なんというか、こういうのを完璧超人と言うんだなぁと思った。
しかし、そこはやっぱり真奈美さん。ここぞというところでドジッ娘属性を発揮して大失敗を犯してくれる。俺の愛情表現にも実においしい反応をしてくれるしね。メイドさん最高!
……最高すぎて俺自身が堕落しないかが目下の悩みでもあるんだがな。
でもまあこんなのは贅沢な悩みだよなー、と思いながら、俺は広い自室にぽつんと置かれている机に座る。時計を見れば、そろそろ真奈美さんが来て授業が始まる時間だ。今日は一体どのような辱めを与えてやろうか、くけけけ。
「今日はお勉強はお休みにします。ごゆっくりなさってください」
部屋に来た真奈美さんは笑顔でそう告げるとすったかと出て行きました。
「俺の素敵な妄想を返せーっ!」
俺は悲しみの涙で枕を濡らした。生殺しなんてひどいよまなみん!
「ちっくしょー。なんでいきなり休みなんて言い出すんだよー」
ふむ、やはり授業中にいじめすぎたせいだろうか。でも俺に学を教えることは厳重朗さんから言いつけられてることのはずだから、勝手に休みをあたえるなんて……いや、教育過程はすべて真奈美さんに任せているのなら不自然ではないか……?
「やっぱり、これからはいたずらもほどほどにした方がいいかな」
事故を装ったパイタッチはアウトだろうか? さり気なくパンツをのぞくのはセーフだよね?
「しかし、休み、休みねぇ。何しよかっなー」
よく考えたら、最近は学校もバイトもないはずなのにいつもより忙しかったからなぁ。まとまった時間がとれたのは久しぶりだ。外に出かけるのもいいけど、これを機に屋敷の人とさらに親密になるってのもありか。どうしようかな―――。
1.食堂に行く
2.庭に出て見る
3.コサックダンスで町を徘徊する
さて、出ました俺の未来を決める選択肢。妙な選択肢が混ざるのはご愛嬌だ。
俺としてはぜひとも3を試してみたいのだが、実際にそんなことしたら下手すりゃヤンキーに絡まれかねないので遠慮するとして、食堂か庭か。
………………。
「よし、決めたぞ!」
4.部屋でだらける
はっ! 既存の選択肢に縛られる軟弱な主人公とは違うのさ!
「では、思う存分だらけさせてもらおう」
だら〜
だら〜
だら〜
だら〜
だら〜
だら〜
はい、飽きました。
「てか、よく考えたらこの部屋娯楽系がなんもねえんだよなぁ」
無駄に広いばかりで、あるのは勉強時に使う机とホワイトボード、それと小難しい本ばかり入った書棚。あとは真奈美さんが淹れてくれたお茶を楽しむテーブルセットと、ふかふかベッドしかない。
……あれ? これって本当に高校生の部屋ですか?
あ、ありえねえ。今時ゲームどころか漫画や雑誌の類すらないなんて! そりゃ俺は元々貧乏だったからそんなに娯楽的な物は持ってなかったけど、空いた時間を潰すぐらいは出来たというのに! この部屋で一体どうやって時間を潰せと!? 枕投げでもしろってか!?
とりあえずやってみた。
「あ、やったなー。それじゃあこっちも、それー。あははー」
観客のいない一人芝居ほど悲しいことはないと俺は学んだ。
「だ、ダメだ! このままじゃいけない! なんとかこの由々しき状態を打破しないと!」
街に出て小説でも買ってこようか。いやでもたった一日暇を潰すためだけに本一冊買うなんて俺にはとても……。
あ、そうだ。
「俺んちから俺の私物よこしてもらえばいいじゃないか」
いきなりヘリに拉致られてそれ以来家には帰ってないから、今の俺は携帯すら持ってない。そうだよ、なんで今までこんな大事なことを放置してたんだろう。あの家には俺の大事なものがたくさんある。そう、友人に『俺が死んだらこいつらを棺桶に入れてくれ』とすら頼んだ命の次に大切なお宝―――エロ本が。
はっ! どうせ俺はエロスさ!
「おーい真奈美さーん。来ておくれー」
ピー、と笛を吹いて俺は真奈美さんを呼ぶ。笛は真奈美さんが「何か御用がおありでしたらそれを吹いてお呼びください。屋敷のどこからでもかけつけます」と言ってくれたものだ。試すのは初めてだが、こんなちゃちな笛で本当に呼び出せるのだろうか。
「お呼びでしょうか、才悟さん」
すげぇ。吹いてから5秒で登場してくれた。―――なぜか天井から。
「忍者かあんたは!」
「はい?」
何か変でしょうか、と言いたそうな顔で真奈美さんは首をかしげた。なんだろう。俺は至極正しいツッコミをしたはずなのに、どうしてこんな顔されなきゃいけないのだろう。
……ああ、そう言えばこの人天然さんも入ってたね、そういや。
「それで、御用はなんでしょうか?」
「ああ、うん。あのさ、俺っていきなりこの家に住むことになって前の家の物を持ってくる余裕とかぜんぜんなかったでしょ? だから出来れば私物を取りに行きたいなーと思うんだけど」
「あの、知らないんですか? 才悟さんのお宅でしたら、既に引き取られていると思いますけど」
………
……
…
「なんですとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「ど、どうしたんですか? いきなり大声を上げて……」
「シットッ! マジかよマジなのかよマジなのですかよ!? ヘイ、ミスアマミヤ! てーことはオイラの個人的な所有物もまとめて廃棄されちゃったのですかい!?」
「はい、おそらく」
「神は死んだっ!!」
俺は再び枕を濡らす羽目となった。
か、勘違いしないでよね! これは涙なんかじゃないんだからね! ホントなんだからね!
◇◇◇
腹いせに真奈美さんをからかった後、俺達は失われた帝国を取り戻すために旅に出た。
すまん、嘘だ。ホントはただ調度品やらを買いに街に来ただけだ。あまりの私物のなさに苦言を呈した俺に真奈美さんが提案したのだ。
もちろん厳重朗さんにも許可はもらってある。しかも、「お金はいくら使っても構わないよ」と目玉が飛び出るほど嬉しいお言葉までくださった。俺の中で厳重朗さんの地位が神に上り詰めた瞬間である。
「さて、それでは才悟さん、一体何からお買い求めになりましょうか?」
そう言って俺の傍らに立つ真奈美さんは今となっては見慣れたメイド姿だ。ただし街の方達にはそうではなかったようで俺達はものすっごい注目を浴びていた。そりゃそうだ。日常的にメイドが徘徊するような街は某電気街などの特殊な場所だけだからな。
んで、羞恥プレイの原因となっている真奈美さんはそのことをぜんぜん意に介していない。なので俺も何もツッコまなかった。こういうときは堂々としてればいいのだ。
「うーん……マネーがインフィニティだと逆に何から買えばいいのか迷うな。ここはまずマイ茶碗からか?」
あまりの所帯っぷりに言った俺自身が泣きたくなった。どこまでも貧乏性が染み付いた我が精神。存分に笑ってやってくれ、ははは。
「とりあえず、以前の家にあった私物の類から当たって行ってはどうですか?」
「そうだな、そうするか」
というわけで、俺の私生活においてもっとも必要なものは何かを思い浮かべながら俺達は歩いた。すると、俺の足は水を得た魚のようにスムーズに動いて、エロ本屋にたどり着いた。
「才悟さん」
「なんだいまなみん」
「歯、食いしばってください」
店内に入った瞬間に放たれた容赦ない平手に意識が飛びそうになった。いや、もちろん冗談でしたよ? さすがの俺もおんにゃのこ連れてエロ本買うような度胸はないですよ? 本当ですよ?
「まったく才悟さんは! 次へ行きますよ次へ!」
「はいっす」
気を取り直して別の場所に向かう俺達。
向かったのは大人なビデオ屋さん。
日本刀の輝きを見た瞬間に俺は土下座しましたよ、ええ。
さすがにこのままだと完全に真奈美さんに呆れられてしまうので真面目にすることに。つーわけでまずは携帯ショップ。
「こ、ここですか?」
「そうだけど?」
何故か真奈美さんが気後れしている。べつにここにエロいものなんてないはずだが。携帯が美少女に擬人化しているのならともかく。
「やっぱり携帯がないといろいろ不便だからな。真奈美さんと番号とか交換したいし」
「はぇ!? ……そ、そうですね、はい」
笑顔の裏に困ったオーラが隠れていた。どうしたんだ? ……まさか、俺と番号を交換するのがイヤとかじゃないよね?
「うーん、いつもなら携帯なんてゼロ円の奴しか買わないんだけど……」
ふふふ、今の俺には厳重朗さんという最強のバックアップがいるのだ。ここは優雅に最新機種をゲットだぜ!
4万5千円。
「ぐふっ」
「えっ!? なんでいきなり吐血なんですか!?」
早くも挫けそうな俺。俺は諭吉さん一人で補えない買い物を前にすると精神的にダメージを負うのである。
「ゼロが……ゼロの大群が……襲い掛かってくる……!」
「さ、才悟さん? あの、お金ならありますから、遠慮なんてしなくていいんですよ?」
「そ、そうだよな! 今の俺金持ちだもんな! 勝ち組だもんな! これぐらいの買い物どうってことないよな!」
意を決してサンプルを掴む。
「っ!? こいつ、重いぞ!?」
「えっと……普通に軽そうですけど?」
「違う、こいつは物理的な重さじゃねえ……! これは、金の重みだ……ッ!!」
俺は諭吉さん一人で補えない商品を手に取ると通常の10倍の重みを感じるのである。
「くっ、やはり俺に最新機種は荷が重すぎたか。うーん……そうだな。なあ、真奈美さんがどんな機種使ってるのか教えてくれない?」
「はひ!? わ、わたくしのですか!?」
「うん、このままじゃ長引きそうだから、真奈美さんと同じような機種にしようかと思って」
「そ、それはとても恐縮なんですけど、でも、あの、わたくしの使っているのなんて大したものじゃないですから!」
「ああ、性能の面は大して気にしないから大丈夫だよ」
最低限電話とメールが使えればあとは適当でいい。
「とりあえず真奈美さんの携帯見せてくれよ」
「だ、ダメです!」
「え、なんで?」
「だ、ダメなものはダメなんです!」
もしかして、俺なんかに携帯を見られるのなんてたまらないわということなんでしょうか。すまん、誰かハンカチかティッシュを用意してくれ。俺の柔な心が今にも決壊しそうなんだ。
「ぐすっ、ごめん真奈美さん。俺なんかが真奈美さんとペアルックなんて図々しいよね。えぐっ、俺なんて目の前にいられるだけで不快だよね。ブサイクでごめんなさい。生まれてきてごめんなさい」
「そ、そういうことじゃないんです。べつに才悟さんに意地悪してるわけじゃなくて……」
「じゃあ、見せてくれる?」
「だ、ダメです!」
「欝だ、死のう」
「〜〜〜〜〜〜〜っ! わ、分かりましたから! ちょっと待っていてくださいっ!」
唐突に真奈美さんは店を出て何処かへと走り去って行かれた。訳が分からずその場で呆然としていると、数分と立たずに真奈美さんが舞い戻ってきた。
「こ、これが私の携帯ですっ」
「こ、これは……!」
……黒電話?
「さあ才悟さん! 番号を交換しましょう!」
「ああ、うん。その前にひとついいかな?」
「なんですか?」
「これってさ、冗談だよな?」
「あ、あの……いちおう、本気、なんですけど」
「あんまり舐めたこと言うとシバくぞコラ」
「だ、ダメ……ですか? これだってほら、ちょっと古いですけど、操作も簡単だし、ちゃんと電話も出来ますよ?」
「真奈美さん、いいことを教えてあげよう。携帯っていうのは、携帯電話の略なんだ。常に携帯できる電話だから携帯電話」
「だ、大丈夫ですよ! これだって、リュックなんかに入れて運べば十分携帯できます!」
「どこの世界にそんな重いもん背負って街歩く奴がいるんだよ!? しかもそれじゃ番号もメアドも交換できねえよ!」
「め、めあど?」
おいおいおい嘘だろ嘘だと言ってくれよ真奈美さん。
「なあ、もしかして、真奈美さんってさ、携帯持ってないの?」
「………はい。その、恥ずかしながら、わたくし、機械はどうにも苦手でして」
「クエスチョンワン。パソコンを立ち上げるにはどうすればいいですか?」
「ええっ!? パソコンって立ち上がったりするんですかっ!?」
なんだこの天然記念物。ホントに現代日本の10代か?
「うう、呆れられた…やっぱりわたくし変なんですね…だからダメだって言ったのに…」
一応自覚はあったらしい。
「しかし、携帯すら扱えない機械音痴か」
ちょっと天然だけどそれ以外は一級じゃなかったのか、真奈美さん。いや、俺としては新たな萌えポイントが見つかって嬉しいんだけど。
「じゃーちょうどいいや。これを機会に真奈美さんも携帯買おうぜ」
「ええーっ!? わ、わたくしが携帯をっ!?」
そんな驚かんでも。
「真奈美さん、これからはデジタルの時代なんだから、苦手でもちょっとは慣れとかないこれから大変だぜ。大丈夫、使い方なら俺が教えるからさ」
「で、でもでも、メイドであり先生でもあるわたくしが才悟さんに教えてもらうなんて……」
「ぐすっ。そっか、真奈美さんは俺みたいなクソ野郎なんかには教えを乞いたくないんだね(泣)」
「わ、分かりましたから! 携帯買って才悟さんに教えてもらいますから自虐モードに入らないでくださいーっ!」
てなわけで、俺と真奈美さんの記念すべきお買い物第一品目が決定しましたとさ。
◇◇◇
それからも適当にぶらつきながら調度品を買いあさり(宅配郵送だから手荷物なし、なんというブルジョアぶり!)、ちょうどいい時間ということで休憩と昼食を兼ねてファーストフード店に入った。ポテトの値段がぼったくりとしか思えない意外は財布に良心的なあの学生の味方である。
「………あの、ここに入るんですか」
「ん? なんか問題ある?」
「いえ、その、食事と休憩を取る、という目的は達することができるとは思いますけど……その、なんというか、いろいろと雰囲気がそぐわないと言いますか……」
残念ながらメイドさんの味方ではなかったようである。
「そうかなぁ。べつに問題ないと思うけど。ほら、俺らぐらいの年頃なんてそこらにごろごろいるし」
ハァ、と真奈美さんは溜息。
「才悟さん、失礼なことを言いますけど、今まで女性の方にモテたことはありましたか?」
「ははは、なんだい真奈美さん嫉妬かい? でも大丈夫、生まれてこの方女の子と付き合ったことなんてないZE!」
涙を流しながらサムズアップする俺。ち、違う! 俺が悪いわけじゃないんだ! 出会いがなかっただけなんだよぉ!
「やっぱり。才悟さん、いい機会だから言っておきますが、あなたには女性をエスコートするのが下手すぎます。いいですか才悟さん、紳士というものはですね、常に女性の方を気にかけるものであって……」
なんだか知らないが真奈美さんによるジェントルマン講座が始まった。
いや、まあ、真奈美さんの言いたいことはなんとなく分かるんだ。俺だってそこまで頭は悪くない。つまりせっかくのデート(と思っていいよね? よね?)なんだからもっと小じゃれたカフェみたいなとこでランチとか食べて食後はコーヒー片手に語らいましょうよということだろう。でもごめんね、俺は生まれてこの方そんな飲み物一杯だけでコンビニ弁当が買えてしまうような店には入ったことないし、そんな勇気もないんだ。だって俺はドケチだから!
なんて真奈美さんの講座を聞きながら自虐モード入ってたら列が進んでもう俺達の番は目の前だった。俺は何とか真奈美さんにファーストフード店の良さを説いて納得してもらい、ちょうどいいタイミングで俺達の番となった。
「わぁ……ハンバーガーってこんなにたくさん種類があるんですね。わたくし、こういうところは入ったことなかったので驚きました」
俺としては真奈美さんのメイド姿を見ても一転の曇りもない笑顔を浮かべてる店員さんの方が驚きだった。この店員……やる!
「あぅー、こんなにいっぱいあると迷います。才悟さん、何かお勧めってありますか?」
「そうだなー」
待ってました、とばかりに俺の脳みそはフル回転。そして鮮明に映し出される未来の妄想。
『あぅ! お、大きすぎて食べれませんよ才悟さ〜ん!』(かぶりつけない大きさに涙目の真奈美さん)
イケルッッッ!!
「これだ真奈美さん。これを食べなさい。ていうかこれ以外は認めません」
「は、はあ……それじゃあわたくしはこれで」
グッ!(隠れてガッツポーズ)
「はい、こちらのセットですね。そちらのお客様はどうなさいますか?」
「あ、はい。それじゃあ俺は……」
そう言って俺が指差そうとするのはこの店で一番高いセット。そう、今までまったく手が出せなかったが、今の俺は金持ち! つまり勝ち組! こんな高い奴もポンポンと注文できるんだぜ! ふはははは! ひれ伏せ愚民ども!
「ただいまなら期間限定でこちらのセットがお安くなっておりますが、いかがでしょうか」
「じゃあそれで」
俺即答。超即答。どんなに金持ちでもしょせん俺は俺だった。ぐすん。
「はい、承りました。以上でよろしいですか?」
「あ、すいませんもうひとつだけ」
「? 才悟さん、まだ何か食べるんですか?」
「ふふふ、違うよ真奈美さん。実を言うとね、これは最近友達に教えてもらったんだが、会計の最後にこのファーストフード店でのみ使える呪文を唱えて、あるポーズをすると1割引券がもらえるんだよ!」
「………」
ごっつ胡散臭そうな目で見られました。
「あ、信じてねえな。よーし見てろよー。俺の華麗なポーズを見ろ!」
最初に腕を胸の前でクロスする。続いて手を叩く。そして爽やかな笑顔でばんざいして呪文を発する!!
「ら ん ☆ ら ん ☆ る ー ☆」
ザ・ワールド! 〜そして時は止まる〜
………。
……。
…。
「以上でよろしいですか? お客様」
「……あー、はい。それだけで」
もらえたのはスマイル0円と変人の名誉だけでした。いっそ殺してくれ。
◇◇◇
「あの野郎……! 今度会ったら骨も残さず灰にしてやる……!」
嘘八百を並べやがった友人に呪詛を吐き続ける俺。しかもそれに夢中になってるおかげでいつの間にやら真奈美さんはバーガーを食い終えて俺の妄想は虚空の彼方へと飛び去ってしまい、ますます恨みつらみを吐きまくる。もう…犯罪おかしてもいいよね…?
「ううう……ボタンがいっぱいあって何が何やら……。ええと、アドレス帳…? 登録…? ペア機能…? ぜ、ぜんぜん分かりません……」
食事を終えた真奈美さんは取説を片手に携帯電話という文明の利器に立ち向かっていた。苦手と言いながらもやる気はあるようだ。結果はダメダメだけど。致命的なまでの機械音痴にいきなり携帯は荷が重すぎたかな。
「真奈美さん、細々とした機能は今はいいからさ、まずは通話とメールだけ使えるようにしよう」
「わ、分かりました」
それでは、説明書に代わりまして才悟がお送りします。
とりあえず、俺のアドレスと番号を送って、それを素に実際にやってみることにした。しかし俺は真奈美さんの潜在能力を侮っていた。なんと一番簡単なはずの通話の仕方を覚えるだけで1時間かかったのである。ペアルックにしたいなんて我を通さずに真奈美さんのだけかんたん携帯にしとけばよかったと心底後悔した。
続けてメール講座に移ったのだが、一通り手順等を教えた時点で真奈美さんがダウン。テーブルに突っ伏して動かなくなった。ぷすぷすと煙が出ている。あ、なんかぶるぶる震えだした。
「こ、怖い。携帯電話怖い。番号が、ボタンが、アドレスが……ああぁぁぁぁ」
……どうやらトラウマを作り出してしまったらしい。携帯、恐ろしい子。
「と、とりあえず今日はここまでにしとこうか。あとはゆっくり休もう」
とはいえ、そろそろ店員さんの目が鋭くなってきたので、もうあまり居座ってられないけど。
………
……
…
「……あの、才悟さん。ひとつ、聞いてもいいでしょうか」
数分間黙って気力回復に努めていた真奈美さんだが、不意に顔を上げて改まったように言った。
「うん? まあ、いいけど」
「では伺いますが、その……才悟さんは、怒ってらっしゃいますか?」
「ん? 何に対して?」
「いきなり朝霧家へと連れてこられて、気がついたら養子になっていた、ということについてです」
「……ああ、それね」
俺は少なからず驚きを感じていた。
問いの内容に関してもそうだが、目の前にいる真奈美さんの、その瞳。いつも愛くるしいその目が俺に『真剣』を叩きつけている、その事実。
俺はもう一度真奈美さんが言った言葉を反芻する。
いきなりの真面目な質問。今更感のある話題。
本来なら真っ先に尋ねられてもおかしくないのに、今までまったく触れられなかった話。
どうして今になってそんな話をする気になったのか。
……答えは簡単。彼女がメイドだから。
思い返すと、こうして真奈美さんが俺に対して突っ込んだ質問をするのは初めてのことだった。まあ当然だろう。メイドが必要以上に主人に対して踏み込むことがあまりよろしくないことぐらいは俺にも想像できる。だが、俺は真奈美さんに対してそういう遠慮はなしにしてくれと言った。だからだろう、今その話をするのは。もしかしたら、彼女は俺が朝霧家の養子になったその時から、俺にその質問をぶつけたかったのかもしれない。そして今日この日になって、ようやく俺に胸のもやもやをぶちまけた。
それは、つまり。
俺に対して、信頼を寄せてくれたということだろう。
なら、俺としても本音で答えないと。
嘘偽りない、俺の気持ちで。
まあ、ちょっとぐらいシリアスになるさ、俺だって。
「真奈美さんは、俺が怒ってるように見える?」
「あ、いえ……。でも、今回のことはどう考えても急すぎる話でしたから。わたくし達も才悟さんの養子縁組の話を聞かされたのはほんの数日前の話でして、すごく戸惑いました。わたし達でさえ戸惑ったのですから、才悟さんの場合はもっと深刻だったと思います」
「まあね」
突然の拉致。朝霧厳重朗との邂逅。借金返済の目処。秋坂才悟の終わり。朝霧才悟の始まり。一変した生活。
どれも衝撃的ですぐには納得できない内容だ。
「わたくしにも……少し分かるんです。振って湧いた理不尽な話に振り回されて、成り行きで流されて自分という存在を変えられて、過去の自分が消えていく現実―――わたくしなら、怒ります。いえ、怒るというより、悲観します。なんで自分がこんな目にって」
「そっか」
俺は俺が出会う前の真奈美さんを知らない。
俺が知っている真奈美さんは、俺とそう歳の変わらない女の子で、メイドで、ドジだけど一生懸命で、からかうと面白くて、美人で、日本刀を持ってて、笛を吹いたらすぐにやってきて……俺は、そんな真奈美さんしか知らない。
彼女が過去に何を体験し、何を思ったのか、そんなもの俺は欠片も知らない。
今、その真剣な表情の裏で、彼女はどんなことを考えながら、俺に向き合っているのだろうか。
「うーん、今回のことは、そうだな……まあ、怒ってはないかな。うん、怒ってはないよ。鬱陶しいとは思ったけど」
「そう…ですか」
「うん、そう。前にも言ったと思うけど、俺は基本的に人を頼るってのが好きじゃない。孤高主義ってわけじゃないけど、自分に出来る範囲でのことなら自分ひとりでやりきりたいと思う。そこへ飛んできたおいしい話。借金にも片がつくし悠々自適の生活送れるし至れり尽くせりだ。それが気に入らない。
俺は他人に与えられた幸せなんて興味ない。幸せってのは自分自身の手で掴みとるもんだ。こんなあっさり手に入った幸福なんて、正直言えば迷惑だ。俺は堕落した人生を送るつもりはさらさらない」
「………それじゃあ、才悟さん一人でもなんとかなる”日常生活の世話”をするわたくしも、迷惑ですか……?」
俺は正直に告げる。
「うん、迷惑」
「――――」
「好きだけどね」
「え……」
「最初はどっちかと言うと好かなかった。俺がやるべきことをなんであんたがしてんだよって。でもさ、なんていうか、真奈美さんに世話されてると、『ああ、この子は俺のために一生懸命になってくれてるんだなぁ』って、逆に感動してきちゃってさ。
真奈美さんって、俺の世話をすることを”義務”として考えてないんじゃないかな。ただひたすらに俺のためを思って行動してくれてる。だから俺は君のことが気に入った。俺は他人の助力が嫌いだけど、善意で親切にされるのを嫌うほどひねくれてないよ」
「えっと……あの、それってつまり……」
「よーするに、真奈美さんは特別だってことだよ。情が移ったってのもあるけどね」
照れたのか、真奈美さんは顔を赤くして俯いた。かわいいな、と俺は素直に思えた。
ふと思いついて俺は言ってみた。
「真奈美さんっていつまで朝霧家で働くつもりなの?」
「はい? えっと、解雇を言い渡されない限りは、ずっと働かせてもらうつもりですけど……」
「そっか。じゃあさ」こっ恥ずかしいなぁと思いながら、思い切って言ってみた。
「将来、俺が自力で稼ぎを出せるようになったら、俺に雇われてよ。そんで、本当の意味で俺に、ずっと仕えて欲しいな」
「―――!」
今以上の高給を出せるか自信ないけどね、と俺は付け加える。
「あ……えと……その……!」
さっき以上に顔を真っ赤にした真奈美さんはあたふたと慌てたが、次第に俯き、思わずドキッとするぐらいの笑顔で、
「はい」
頷いてくれた。
◇◇◇
「ふぅ、こんなもんかな」
空のダンボールを折りたたんで部屋の隅に置き、ようやく俺は一心地ついた。
「うーん、やはりシュールだな」
買い物を終えて屋敷に帰り、晩飯を食った後にさっそく調度品を並べたのだが、前の俺の部屋の構図と似たように配置したために部屋の中にもうひとつ部屋が出来た風に見える。しかも大半のものが中古で安売りしてたものとかだから元の部屋の豪奢と対比してすんごい異質な空間を作り出してる。
「まあ、これもおもしろいっちゃおもしろいか」
なにはともあれ俺の部屋が完成した。ちょいと奮発してパソコンなんかも買っちゃったし(しかも最新機種ですよ奥様! ゼロの波にも負けずがんばりました!)、これからは時間が空いても暇になるってことはないだろう。ふふふ、待ってろよHDD、これから貴様の中身を桃色画像で染め上げてやるぜ!
「とはいえ、ネット環境が整うのはもう少し時間がかかるしな……ふぁ〜。今日はもう寝ちまうか」
欠伸をひとつかましてふかふかベッドにダイブ。そのままの○太くん並の寝つきのよさを発揮しようとしたのだが、意識が落ちる寸前で携帯のランプに気がついた。
「ん……メール?」
見知らぬメールアドレスだった。よって差出人不明。訝しく思いながらも、とりあえず俺はそれを開いて見た。
『イツモアナタノソバニ』
「KOEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」
その晩、不吉なメールが気になって一睡もできない俺だった……。
◇◇◇
今朝になって知ったのだが、アレはどうやら未だに携帯に不慣れな真奈美さんがそれでもがんばって打って送ったものなのだとか。カタカナじゃなくひらがな、せめて件名欄に真奈美さんの名前があればいい話で終わったはずの残念な結末である。
P.S.
ごめんなさいすいませんでした謝りますだからそれだけはやめてお願いします猫耳スクール水着ランドセルだけは才悟さん才悟様やめてーッッッ!!!
―――とあるメイドのトラウマ記憶より抜粋―――
なんだかほとんどテンション高いままで突き進んだ今回のお話。めっちゃ書きやすかった。アドレナリン出まくりですよ。やっぱり才悟は書いてて楽しいです。
今回は天然ドジッ娘メイドであるまなみんにスポットを当てたわけですが、魅力が伝わりましたかね。やっぱりこういうかわいさは絵がないとなかなか分からないかな? 作者脳内での頷きシーンはかなりMP高いんですけど。(ちなみにマジックポイントではありません)
次の話はツンデレ義妹であるれいぴょんにスポットが当たることになります。彼女のツンツン具合にMの方は存分に悶えてください。じゃーここいらでプロフィールいってみようか。
雨宮真奈美
本作のメインヒロインの一人。頭もいいし運動能力も高いがたまに致命的なまでのドジっ娘属性を発揮する。しかしそれさえも魅力のひとつに還元してしまうほどの容姿で、しかも巨乳、メイド、ボインの属性も宿している(大事なことなので二回言いました)。
他にも壊滅的なまでの機械音痴であるという面もある。いつでも他人を気遣える優しさを持つが、怒ると日本刀を取り出すので要注意。用法用量を守ってただしくいたずらしましょう。
特技はお茶淹れ(紅茶・コーヒーなんでもOK)。趣味は織物。座右の銘は「一日一善」