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キズナ!  作者: やっこ
2/6

第2話:ツンデレの妹に憎まれて眠れないお話 前編


なんか才悟のキャラがソウルマスターの主人公と少し被ってる気が……ま、いっか(笑)

 





 拝啓、オフクロ様。


 そろそろ本格的に春の息吹を感じさせてきたこの時期、いかがお過ごしでしょうか。ワタクシは元気に過ごしています。あなた様やオヤジ様の残した借金で極道の人に脅されながらも、オホーツク海でカニ採りをすることも臓器を売ることもなく生きてますよ、ええ。自分でもゴキブリの如き生命力に驚いております。


 そんなワタクシですが、実は今とても困ったことになっています。どれぐらい困っているかと言うと、あなた方が残した負債額の桁数に絶望し途方にくれた時ぐらいにです。……いやほんと。あの時は自殺でもしようかと思いました。マジで。


 ところでオフクロ様、朝霧グループというのをご存知ですか? ええ、そうです。「金持ちだから勝ち組なんて嘘っぱちだ」とちょくちょく負け惜しみをほざいていたあのオヤジ様が忌み嫌う、いわゆるお金持ちです。ワタクシは何故か、そのお家の養子として迎えられました。


 あ、今殺気放ちましたね? ブルッと来ましたよ。声も聞こえます。「何あんた? あたしら裏切って自分だけ裕福に暮らそうって? ひ孫の代まで祟るぞ?」


 ……まあ、そう思いますよね。でもですねオフクロ様、それは間違いです。これ、ぜんっぜん羨むことなんかじゃないです。


 むしろ誰か代われ。


 その理由については……まあ、話が進めばいずれオフクロ様達にも分かる日が来るでしょう。


 それでは、今日もワタクシ秋坂才悟は往きます。磨きぬかれた逃げ足と、刃の如く鋭いツッコミを武器にして―――。






 ……え? なんかオチないの?






◇◇◇






 窓から差し込む光で目が覚めた。


「ん……む……もう朝か……」


 俺はのそのそと体を起こす。あー、なんかすげぇ平和な夢見たなー。牛乳配達して学校行って勉強して夕方のバイトしてチャカ持ったおっちゃんに追っかけられて……っていつもの日常じゃん。

 自分の夢にツッコミを入れてあくびを一つかまし、寝ぼけた頭で考える。えっと…もう春休みも一週間過ぎたんだよな…。今日も学校は休み…ああでも牛乳配達に行かなきゃ…今月も大赤字だし…。とりあえず朝飯作るか…。


 そこまで考えて、自分がいる場所が俺の家でないことに気づいた。


「…………………………………………………………………あ」


 そして思い知らされる、現在の俺の立場。


 さらに、その立場を裏付ける、このだだっ広い部屋。


 ……うん、夢だ。今こうしてここにいることは夢なんだ。ははは、そうに違いない。そう思わせろ。え? 一週間も経ったんだからいい加減慣れろって? ならテメェ一回代わって見やがれ。


「ってなわけで、お休み」


 俺は考えることを放棄してもう一度寝る体制に入る。うお、スゲェふかふか。すやすや。


「おはようございます才悟さん。今朝もいいお天気ですよー」


 ……うん、これは幻聴だ。こんなメイドさんの声、俺は聞いたこともない。そもそも俺の家にメイドさんなんかいるわけない。そんなの雇う金なんてどこにもないからな!


「あれ? まだ寝てらっしゃるんですか? ふふ、意外と寝ぼすけさんですね。ほらほら、起きてください。そろそろ朝食の時間ですよ」


 ……うん、この体を揺すられる感覚も夢だ。女の子に、しかもメイドさんに起こされるなんて、そんなシチュエーションが俺に訪れるわけがない。自分で言ってて悲しいけどな!


「あぅー。なかなか起きませんね、どうしよう……。あ、麗菜(れいな)様?」


 なにぃ!? 麗菜だとぅ!?


「珍しいですね麗菜様、こんなに朝早く起床なさるなんて……ってなんですかそれ!?」


真奈美(まなみ)! そこ退いて!」


 どりゃああああああああ! と乙女らしからぬ気合の篭った声と共に放たれる殺気! 俺は脊髄反射でシーツを跳ね除けベッドから飛びのいた。


 ドゴン! とふざけた音。


 ……あの、俺にはさっきまで寝てたベッドがデカイハンマーで粉砕されているように見えるんですけど。ついでに言うとハンマーに『10t』とか書かれてるんですけど。


「テメェ俺を殺す気か!?」


 当然のことながら講義する俺に対して、その細い腕のどこにそんな力があるのか不思議でならない少女・麗菜は、チッと舌打ちなんぞしやがった。こいつホントにご令嬢か?


「何避けてるのよ秋坂才悟! おとなしく私の粛清を受けなさいよ!」


「ふざけろおバカ! そんなもん受けたらマジで死ぬわ!」


「当然。だって殺す気だもの」


 やべえよこの女。目がマジだよマジ。


「私ね、前から思ってたの。人の体ってどのくらいの衝撃まで耐えられるのかって。だって、ちゃんと限度を知っていないと痛めすぎて壊しちゃうものね。ふふ」


 しかもドSですよこの人。


「うぅ、妹がこんな殺人鬼で攻め好きなんて、お兄ちゃん悲しいよ」


「だ、だだだだだだ、誰が妹ですってぇえええええええええええええっ!?」


「ひぃい!」


 10tハンマーをぶんぶん振り回す麗菜から逃げ回る俺。だって10tだよ!? ベッド粉砕だよ!? なら逃げるしかないじゃないかっ!


「そこまでです」


 と、突然颯爽と現れた影が俺に迫るハンマーを軽々と受け止めた。


「お嬢様……仮にもあなたは朝霧家の娘なのですから、もっと慎みのある行動をしてください……」


「し、修司(しゅうじ)さん!」


 遅いよ修司さん! でも助かったよ! 凶暴化した麗菜を鎮圧できるのはあなたしかいない!


「退いて修司! 私は朝霧家時期当主としてそいつを殺さなきゃいけないの!」


「お嬢様。いい加減になさらないと、旦那様に言いつけますよ?」


「うっ」


 気勢をそがれる麗菜。こいつ、こんな性格だけどファザコンだからなぁ。


 いつもならそれで決着がつくのだが、今日の麗菜はまだ威勢を失っていなかった。


「そう言えば修司。三日ほど前から私の下着が一つ見つからないのだけど」


「は? そのようなことは伺っていませんが―――」


「その下着、あなたに盗まれたってお父様に言うわよ」


 こいつ、悪女だ!


「なっ! そ、そんな世迷言が通じるわけが―――!」


 ―――ない、とは言い切れない修司さんだった。あの人も麗菜には甘いからな。


「ふふ、そうなったら、あなた明日から路頭に迷う羽目になるわね。ううん、もしかしたら社会的にも生物的にも抹殺されるかも……」


 まずい! このままでは修司さんが屈してしまう! なんとか修司さんを援護しないと!




 1.正面から突っ込む


 2.不思議な踊りをする(速攻で吹っ飛ばされる可能性あり)


 3.弱点を突く




 もちろん『3』に決まってるっ!


「おい、麗菜!」


「あによ」


「テメェのつるぺた魅力がなさ過ぎんだよゴラァアアアアアアアアアア!!」


「―――――――――ッッッ!!!」


 あ、やばい。


 直後、手加減抜きで振りぬかれたハンマーが俺の体を吹っ飛ばした。


「才悟さん……さすがに今のは才悟さんが悪いかと……」


 うぅ。ちくしょー。なんで俺がこんな目にあわないといけないんだーっ。


 俺はさめざめと泣きながら、ほんの一週間前のことを思い出していた……。






◇◇◇







「才悟くん。君にはこの朝霧家の養子となってもらいたい」


 厳重朗さんの言うことを要約すればこうだ。


 厳重朗さんと俺の両親は実は学生時代からの親友らしい。そう言えば昔親父がテレビに出ていた厳重朗さんを指差して「こいつ俺の親友なんだよ」とかほざいてた。てっきり冗談かと思ってたんだけどな。

 学園を卒業してからもその関係は続いていたらしく、たまに会ったりしていたそうだ。で、その折に親父が「もし俺達に何かあった場合、息子を頼む」ともらしていたそうだ。まあ、ヤクザに追い立てられる日々だったからな。一応保険として頼んだんだろうな。で、今回その保険が働いちまったわけだ。


「二人のことは私の耳にも届いている。―――交通事故、だったかな?」


 俺の両親は先日車の運転中、大型トラックに衝突して亡くなった。祖父母は既に他界しており、親戚もいないため、俺は一夜にして天涯孤独の身となった。で、そんな俺のために厳重朗さんは俺をこの家の養子にして住まわせてあげようと言っている訳だ。


「その話、断ってもいいですか?」


 俺はきっぱりと言った。


「親父達の気遣いは嬉しいし、厳重朗さんが心配してくれてるのも分かってるんですけど、俺なら一人でも大丈夫です。親父達はしょっちゅう家を空けてたから死ぬ前も半分一人暮らしだったし、今はバイトも出来る年齢なんで生活費を稼ぐぐらいならなんとかやっていけます」


 まあ、誰かの施しを受けるのが気に入らないってのもあるけどな。


「ほう……では、借金はどうするのかね?」


「ぐっ」


 それを言われると俺もきつい。今のところ返済の目処はまったく立っていない。毎日の生活費だって危ういというのに返済する余裕なんてあろうはずがない。今住んでる家を売ったぐらいで返せる額でもないし。


「この家の養子になると言うなら、その負債もこちらで負担するよ」


 な、なんという懐の大きさ。いつも人にタカッてる俺とは大違いだ・・・。


「で、でも、いくら親父達の親友だからって、結局は他人なんだから、そこまで迷惑をかけるのは・・・」


「そんな悲しいことを言わないでくれたまえ。あの二人の息子というなら私の甥も同然だ。私にはおてんばな娘が一人でね。妻にも先立たれてしまって寂しいと思っていたんだよ。それに常々息子が欲しかったんだ。君のような子が息子に来てくれるならこれほど嬉しいことはない」


「うーん、でも・・・」


「じゃあこうしよう」


 なおも渋る俺に業を煮やしたのか、厳重朗さんはあらかじめ考えてあったかのように提案した。


「君はたぶん今こう考えている。私が両親の知り合いというのは本当だろうが、だからと言って私を完全に信用することは出来ない。それにいきなり自分を連れ去った男の施しを受けるのはプライドが許さない。なにより、孤高が好きな自分の私生活(プライベート)を私に乱されるのが気に入らない。違うかね?」


「……最後以外はおおむねその通りです」


 嘘だ。厳重朗さんの言ったとおり、俺は一人でいることを好む。一人でなんでもこなせるということを証明したいからだ。だが、何故この人はそれを知っている?


「なるほど君が養子を否定する理由は分かった。しかし、完璧に否定的というわけではないだろう? 今のままでは負債を返すどころか生活していくのも困難だからだ。それなら話は早い。君が私から負債額分の金を借りて私に返せばいい」 


「……つまり、俺が養子になってあなたの後を継ぎ、次期社長として、自分の力で借金を返済すればいいと言いたいんですね」


「おや、話が早いね」


 ―――なるほどね。ようやく話の全貌が読めてきた。


「どうだろう? 悪い話ではないと思うがね。確かに私は信用がないかもしれないが、君も知っての通り私はそれなりの地位にいるものだ。下手なことをしようものなら失脚するのは目に見えているのだから、君をどうこうしようなどという気はないよ。君はただ私を利用すればいいんだ。最初はそれでいい。愛情なんて後からいくらでもついて来るさ」


「そうは言いますけどねぇ。俺は今まで貧乏だったことを除けばふっつーに生きてきたガキですよ? そんな俺がそう簡単に会社経営なんて出来るとは思えませんけど」


「もちろん、それに準じた学生生活も用意するつもりだ」


「ふぅ……」


 思わず溜息が出た。どうやらこの人は何がなんでも俺を息子にしたいらしい。


「分かった、分かりましたよ……。俺の負けです。息子にでもなんでもしちゃってください」


 厳重朗さんは渋みのある笑顔で頷いた。


「そう言ってくれると思っていたよ。戸籍の手続きなどの細かいことはこちらで済ませておこう。今日から君はこの家の長男、朝霧才悟だ」


 新しく手に入れた名前は、どこかむずかゆかった。






◇◇◇






 ちょうどいい時間ということで、俺は厳重朗さんに連れられて食卓の席に着くことになった。


 ……つーか、なにこれ? 


「ん? どうしたね才悟くん。お気に召さなかったかな?」


「いや、そうじゃなくて、これ、ホントに俺達が食うんですか?」


 俺の目の前に並べられているのは、クソ長いテーブル一面を覆うほどの豪華な料理だった。まあ、うまそうだ。正直よだれが出るのを必死に我慢してるさ。でもさ、何よこの量? これって二人分の人体に入る内容量超えてね? 値段も量も、俺が普段取る食事の何倍にも匹敵するだろう……。


「そうだね、私と君と、あと私の娘で食べるんだよ」


 援護が増えたがそれでもどう考えても物理オーバーだ。こんだけあれば軽くパーティ開けるっての。


「厳重朗さん。一つ聞きますが、これって一体何人前の料理なんですか?」


「うーん、大体20人分ぐらいか」


「舐めてんのかアンタ」


 さも当然のようにしれっと言いやがったよこの人。金持ちの考えることは分からん……。


「あの、どう考えてもかなりの量が余るんじゃないかと」


「そうかね? 君も成長期なんだから、これぐらいはぺろっと行っちゃうんじゃないかい?」


「んな某大食いギャルのような真似はしません。つーかできるか」


「ははは、分かっているよ。冗談冗談」


 ケンカ売ってんじゃないだろうなこのおっさん。


「なに、気にすることはないよ。余りは使用人達の夕食になるからね。私達は好むものを好きな分だけ食べて満足すればいいんだよ」


 なんというリッチ。なにもしなくても飯が用意されているだけで感動していた俺がいかに庶民かを実感させられる。……あ、俺庶民じゃなくて貧乏人だったわ。ははは……。

 べ、べつに傷ついてなんかないんだからねっ。


「それにしても遅いなマイドーターは。そろそろ姿を見せてもいいころだが。おっと、噂をすれば……」


 自爆して「の」の字を書いていると、厳重朗さんは扉に視線を向けた。俺もなんとなくそっちに目を向ける。


 それはもう、すんごい美少女が立ってた。


「遅れてすみませんお父様! 勉強に集中してしまっていて……」


「はっはっは。なに気にするな。それよりもこんな時間まで勉強しているなんて、偉いぞ麗菜。よし、頭を撫でてやろう」


「うんっ!」


 ……うわぁ。あの年で親父に頭撫でられて喜ぶ娘っているんだな……。


 などとぶしつけな視線を送っていると、それに気づいたのか、初めてその少女は俺に視線を向けた。真っ直ぐな瞳に、ちょっぴり高鳴るマイハート。ふ、惚れるなよ…。


「お父様。なにこの害虫?」


 ……え? 害虫って俺ですか?


「こらこら。害虫はないだろう麗菜。彼に失礼だぞ」


「うん、そうね。さすがに害虫は失礼よね。……で、何なんですかこの豚は?」


 彼女にとって豚>害虫なのだろうか。俺にはバカにしているという点で豚=害虫なのだけど。


 うむ、やはりここは一つ文句を言ってやらないとな。


「おいおいそこのお嬢さん。俺のようなイケメンを捕まえておいてそれはないだろうベイベー」


「なにこの変態? きも……」


 俺のガラスのハートは粉々に打ち砕かれましたよ。ドンマイ、俺。


「麗菜。彼は秋坂才悟くんと言ってね、今日からこの家の長男として生活することになったんだよ」


「へーそうなんですかぁ。………ってはあっ!? 長男っ!? この家に住むぅっ!?」


「どもっす」


 挫けず笑顔を返す俺。かなりの爽やかフェイスだから好印象は間違いないはず。


「以前にも言っておいただろう? 近々新しい家族が増えるかもしれないと。えーと、才悟くんは今年で17だから、麗菜の一つ上のお兄さんになるのか。二人とも、仲良くするんだよ」


「ちょっと待ってよお父様!? お兄さん? この猿人類がぁ!? お父様、それすっごく笑えないです!」


 さすがのこれには厳重封印されていた俺のリミッターが外れた。


「ちょっと待てこらテメェ! 黙って聞いてりゃ好き勝手ほざきやがって! 俺だってテメェみたいなつるぺたが妹でがっかりだよちくしょうっ!」


「つる……っ!? そ、そこになおりなさい秋坂才悟! そのブサイクな面をさらに醜くしてあげるわ!」


「誰がブサメンだゴラァ! そういうテメェはロリ娘だろうが! 3つは離れてると思ったぞ!」


「なんですってぇえええええええええ!?」


「やんのかコラァアアアアアアアアア!?」



 ―――魂の激闘が終わるまでしばらくお待ちください―――








「はっはっは。もう仲良しさんになったんだね。お父さん嬉しいよ」


『どこがだ(よ)っ!』


 結局、叫びすぎて喉痛いし腹も減ってきたということで、第一次兄妹戦争は引き分けで幕を閉じたのだった……。





◇◇◇





「なあつるぺた」


「あによブサメン」


「このへんてこな料理どうやって食うんだ?」


「なに? それが人にモノを頼む態度? ふん、これだから品のない庶民は嫌いなのよ」


「……調子に乗りやがってる麗菜さん。これは一体どのようにして食べたらいいのか教えやがってくださいませ」


「鼻で食べればいいのよ」


「なんとも品がございませんこと」


『………………………ピキッ』


 このまま二次大戦が勃発してもおかしくないぴりぴりした空気。周りで控えている使用人らしき人達ははらはらびくびくしていらっしゃる。そんな中で厳重朗さんだけが一人穏やかに笑っていた。やっぱりこの人は大物だ。


「……ふん」


 睨み合いで先に折れたのは俺の方だった。べつに麗菜の視線に気圧されたわけじゃない。理由はどうあれ、俺は麗菜の『お兄ちゃん』になったのだ。兄貴として多少我慢せねばならないこともあるし、年上の俺がいつまでも子供のように意地を張るわけにはいかないからな。


 つーわけで俺は興味を麗菜から目の前の料理に移し、無我夢中に食い漁った。ええ、食いましたとも。麗菜がドン引きするくらいに(厳重朗さんは「若いってすばらしいね」とコメントするだけだった)。


 くぅ〜うめぇー。よく考えたら最近金欠で昼以外はソルトウォーターしか飲んでなかったからな。今の俺なら大食い選手権でいいとこ行けるかもしれん。


「あ、やべ」


 がっついて食った拍子に料理が俺のズボンにかかった。幸い熱を持ってる食べ物じゃなかったけど、うへぇ、気持ちわりぃ……。


「失礼します」


 どうしようかと思っていると、静かに俺の元に来た一人のメイドさんがナプキンでズボンの染みをふき取ってくれた。さすがに全部は無理だったが、なにもしないよりはずっとマシだった。


「あ、こりゃどうも……ってああっ!!」


 ニコッ、と目の前で微笑むメイドに俺は見覚えがあった。忘れるはずがない。なんたってさっきまで散々追っかけ回されてたのだから。


「お、おお、おまっ……」


「ああそうだ、紹介するよ才悟くん。その子は雨宮真奈美(あまみやまなみ)くん。これから君の身の回りの世話をしてくれる人だ」


「初めまして。今日から才悟様のお世話をさせていただく専属メイドの雨宮真奈美です。よろしくお願いします(ニコッ)」


「初めましてじゃねぇーっ! テメェあの恐怖のデスマラソンを忘れたとは言わせんぞ!」


「はぅ……」


 俺の威圧にビビッたのか、雨宮さんとやらはぺたんと尻餅をついた。そして潤む瞳で上目遣い。う、かわいいじゃねえか。


「ボソッ……女を泣かせるなんてさいてー」


「ぐっ!」


 むかつくが、麗菜の言ってることは正しい。

 まあ、このメイドさんもべつに俺に危害を加えようとして追ってきたわけじゃなかったんだ。市民の笑い者になったのは痛かったが、許してやらんでもないか。


「……ええと、雨宮さん。もう飯って食べた?」


「え? いえ、わたくし達は才悟様たちがお食べになった後で食事を取りますので……」


「そか。んじゃ今俺達と食べようよ。腹減ってるだろ?」


『え?』


 驚いたのは何故か雨宮さんだけじゃなかった。


「ちょ、ちょっと秋坂才悟! あなたなに勝手なことを……!」


「さ、才悟様っ。わ、わたくしでしたらぜんぜん構いませんから、どうぞこのまま食事を続けてくださいっ」


「いや、それじゃ俺の気がすまないからさ。それにこれだけの量の飯が俺達の胃に入るわけないだろ? 腹減ってるんだったら協力してくれよ」


「べ、べつにお腹なんて減って……」


 きゅー


「………ぷ」


「はぅーっ! わ、笑わないでくださいーっ!」


 腕をぶんぶん振り回す雨宮さんを無視して、俺は厳重朗さんに眼を向けた。


「いいですよねべつに。たかが一人ぐらい増えたって」


「……ふむ。人数が増えるのは構わないのだが、相手は使用人だからね。他の者達にも示しがつかないし、あまりいい案とは思えないが」


「特に問題ないでしょ。だって雨宮さんは普通の使用人さんとは違う、俺専属メイドなんだから。俺が一緒に飯を食えって言ってんだから従うのは当然のことでしょ?」


「いい加減にして秋坂才悟! どうして私達が使用人と共に食事を取らなければいけないの! ここではこれがしきたりなの。いきなりやって来て私とお父様の食事を不快なものにさせないで!」


 麗菜の怒鳴り声を無視して俺は厳重朗さんを見つめ続けた。


「ふぅ。まあ、たまにはそういうのもいいかもしれんな」


「お父様!?」


「さっすが、話が分かる。つーわけだからさ、ほら、飯食おうぜ雨宮さん」


「で、ですが……」


 雨宮さんは俺と怒り心頭の麗菜を交互に見ておどおどしている。


「気にしなくていいさ。厳重朗さんが認めたことだから、麗菜も一応納得してるって。それに、飯は大勢で食った方がうまいだろ?」


 結局、俺の根気に負けて、雨宮さんも一緒に飯を食べることになった。


 ちなみに、それから食事が終わるまでずっと麗菜が殺気を込めた視線を俺に送り続けてた。おかげで肝っ玉が冷えてろくに飯がのどを通らなかった。うーん、俺そんなに変なことしたか?



この話、出来ればこの一話にまとめたかったのですが、思いのほか長くなりそうなんで分割しました。基本的に一話完結式で進めていこうと思っているのですが、これが結構難しいです。他の作家さんの技量がよく分かります。


そうそう、これからは後書きにキャラクターのプロフィールをちょくちょく載せていこうと思ってます。せっかくのスペースなんだから有効活用しないとね。というわけで今回はこの人!


秋坂(朝霧)才悟

本作の主人公。スーパーの特売と道端に落ちている小銭をこよなく愛する超貧乏学生。結構イケメン。ボケとツッコミを両立できるが、どちらかというとツッコミ派。性格は基本的に陽気で少し自虐的な面がある。たまに突拍子もない行動を取るため周囲を呆れさせがちだが、意外に頭はキレる。特技はとんずら。趣味は100円ショップめぐり。座右の銘は「逃げるが勝ち」

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