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第7回 島津斉彬跡継ぎ問題

「大人気みたいですね~。祐介さん」


そんなとある日、西郷家で夕食を吉之助、正助とともに頂いていた。


「祐くんは外を歩いているだけで、注目され続けてるよ。あ、うちの庭本当にありがとう」


大久保家の庭は1ヶ月ほどでだいぶ良くなり、先日半分大根、半分きゅうりを植えて、芽を出し始めている。


「やっぱり男の人は力強いです。家の庭も少し耕してもらいましたけど、土がしっかりほぐれてます。それ以上に、私のお仕事を手伝ってもらえてるのもすごく助かります」


祐介が二才頭の仕事を手伝い、西郷家の畑を耕したりしていることで、吉之助は非常に負担が減り、郡方の仕事がかなり手際よく行えるようになった。


そこで、貧しい家の年貢をうまく調整して、余裕のある家から少しだけ協力してもらうという細かい作業を行うこともできるようになっていった。


「ずっといて欲しいですけど、明日は斉彬様が来られますよね」


「斉彬様が祐くんを気に入れば、江戸につれていくかもしれないな」


祐介の存在は明らかに薩摩にとっていい影響を与えており、祐介自身も居場所を感じることができていて、居心地の良さを感じていたため、複雑な気持ちであった。


(そうは言っても俺はこの時代の人間じゃないし、本来はいなかったんだから)


そう思って自分を正当付けてはいたが、来てすぐの頃とは明らかに思うことが違うことは分かっていた。


「まぁまずは斉彬様に気に入られないといけないだろうな。次期藩主の可能性が高いんだろう」


祐介は何気なくそう言った。彼の記憶が正しければ、ちょうど跡継ぎ問題が起こっているころなのである。



この時代は、藩主である斉興が、既に隠居して子である斉彬に譲っていなければいけない年齢にも関わらず、まだ政権を奮っていた頃である。


斉彬は実行力があり、非常に薩摩の人間に好かれていたが、家老には藩主になることを反対されていた。

それには難しい理由がある。


薩摩は江戸時代の初めの頃からずっと財政に苦しみ続けていた。


桜島が頻繁に火山灰を撒き散らし農業に被害を与え続けて農民を苦しめて年貢が集まらなかった。


江戸まで遠いこともあって参勤交代の費用娩出もままならず、借金が最大五百万両になっていたとも言われている。


これを何とかしたのが、斉興の家老の調所広郷ずしょひろさとであった。


彼は、商人を脅迫して借金を無利子にして250年分割払いにさせ、黒砂糖を特産品として売り出し、商品作物の開発、その裏では影で清国との密貿易(商人にこれを認めさせることで、借金の無利子を認めさせた)も行って、借金を踏み倒さずに蓄えを作った。


斉彬は聡明だが、新しいことにどんどんお金を使うことが多く、今までの改革を台無しにする危険性があるためである。


加えて、当時斉興の側室であったお由羅の方が、自分の息子である久光を藩主にしようと斉興に進言しており、斉興は正室よりもお由羅を好いていて、前藩主から使える調所に信頼を寄せていたので、久光を跡継ぎにしようと考えていた。


だが、事実としては、斉彬は薩摩の人間に好かれているし、その状況で正室との子供である斉彬を跡継ぎにしないとなれば、相応の理由が必要であるため、なかなか斉興が隠居できないままになっていたのである。




「う~ん、斉彬様は優秀だけど、跡継ぎは難しいかな?」


その祐介の発言を受けて、吉之助も首を縦に振る。


「斉興様が、斉彬様を好きすぎて、藩主にしたがらないんだもん。親バカだよ」


「え?」


しかしその後正助が言ったことは、祐介の記憶と異なった。


「斉彬様が殿方だったらよかったのにね~。美人過ぎてお由羅の方に嫌われてるし」


「斉彬様が殿方だったら、斉興様はお由羅の方の言うことを聞いて結局跡継ぎになれないんじゃないかな~?」


2人の発言を聞いて、祐介は1つ確信に至った。


「2人とも……、斉彬様って、女性なのか?」


「へー、斉彬様には会ったことなかったんだ。うん、斉彬様は女性だよ。私たちも見惚れるほどの絶世の美女なんだ」


「あれで、頭もよろしいんですから素敵です~。でも藩主には基本的に殿方しかなれないのがもったいないです~」


祐介の知っている斉彬が男である場合よりも、斉彬が藩主になるのが難しい展開であった。


「さ~て、これはどういうことだ」


祐介は1人になってから呟いた。


祐介がここに来てから、大久保利通や西郷隆盛を含んだ一部の有名人が女性だとか、時代の流れだとか多少異なる部分はありつつも、一応祐介の知っている時代の流れと矛盾はしていなかった。


ただ、斉彬が女性で、藩主にそもそもなれないとなると話が変わってくる。


その場合、西郷隆盛が江戸に行くことがなくなり、歴史の流れそのものが変わってしまう可能性がある。


祐介にとって不安なのは、時代の流れが変わることで、自分が元の世界に戻ることができなくなる可能性があることであった。


パラレルワールドに祐介が来たということは、どこかでこの世界と元いた世界が関連性を持っていたということであり、戻るには再びどこかでつながらなければならない。


となると、多少のことならいいとしても、西郷隆盛、大久保利通ほどの大物の運命が変われば間違いなく元いた世界と歴史の流れがずれる。


「いや? 違うな。ここで俺が何かをするのが返ってまずいんだ。現状斉彬が家督を継げてないという状況は同じなんだ。斉彬が女性でもそれは変わっていない。ちゃんと歴史は動いている。つまり本来の経緯とは違っても、同じ地点に到着する可能性はまだあるんだ」


祐介はそのように考えた。


歴史の修正力というものを学んだことがあったからだ。


歴史の修正力というのは、名前としては未来人が過去に来て違うことをしても、本来の歴史に戻ろうとする力と考えられるがそうではない。それはタイムパラドックスと混同している。


本来の意味は、物事のターニングポイントになった発明や発見が、その要になった人物がいなくなっても早かれ遅かれ別の場所で発見されるということである。


有名なものではメンデルの法則で有名なメンデルではないだろうか。


メンデルの遺伝の法則は当時は認められなかったが、偉大な発見であった。

このメンデルの死後16年後に、オランダのド=フリース、ドイツのコレンス、オーストリアのチェルマクが同じような研究をしていて、発見者の名誉をメンデルに譲ったのは有名な話。


だがこれは逆に言えば、仮にメンデルがいなくても、遺伝の法則を発見できる人間がほぼ同世代に3人いたことになる。


これほど近い時代で重なるのはまれだろうが、発見者はあくまでも発見者であり、その裏で発見者になる可能性があった人間がそれ以上にいるということだ。


この例から考えると、仮に西郷隆盛や大久保利通が歴史の表舞台に登場しなかったとしても、彼ら2人がいたために2人登場できなかった人間がいたことになり、その分が修正されるということがありえる。


そして、どうしてもこの2人が必要なのであれば、本来とは違う形でも、この2人が表舞台に出てくることになる。


ならば祐介が余計なことをして、逆にタイムパラドックスを起こしてしまう可能性がある。


「と、いうより、まだ斉彬にも誰にも会ってないんだから分からんか」


とりあえず祐介は自分なりにいろいろ考えてみたが、現状では何を考えても推測の域をでない。


今すべきことは明日万全の体制を整えられるように、寝ることであると考えた。





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