第5回 祐介の剣
「靭負様! お久しぶりです!」
「今日も修行に励んでいるか!?」
祐介が連れてこられた場所には、吉之助や正助と同じくらいの女子から、小さい女子までたくさんいた。
そこで、横に向かって何重にも束ねられた竹筒に竹刀を声を出して打ち続けていた。
「元気が足りないよ~、二才が稚児に覇気で負けてどうするの~?」
ちなみに二才とは14歳以上の未婚者を指し、稚児は6歳から13歳くらいまでである。
吉之助の二才頭とは、その二才を束ねるリーダー的立ち位置である。
祐介達のそばにいたのに、いつの間にか2つの間に入って叱咤激励していた。
「あんなおっとりな声でも皆吉ちゃんを尊敬してるから皆いうこと聞くんだよね」
「そうじゃなきゃ二才頭なんてできないさ。あいつは仕事柄毎日いろんなところに顔を出しているし、それでいて武芸も強い。走ったり泳いだりするのさえ早くなればいいんだけどな」
「あれは吉ちゃんは昔から私の分も食べているから悪い。体格だけがっしりしちゃって重量級だし」
「って、今日は吉之助のことはいいんだ。祐介。お前あれに参加しろ」
「あれって? あの打ち込みですか!?」
「そうだ。もちろん力任せに打つだけじゃないぞ。声もしっかり出して、迫力も見せてもらう」
『あれが佐藤祐介といわれる殿方らしいわ』
『同年代の男性なんてはじめて……」
『強いのかしら?』
『江戸には軟弱な殿方も多いと聞くわ』
二才用の竹筒の前を一旦あけて、祐介がその前に立つ。
二才ほぼ全員と、稚児でも年上に当たる女子から目を向けられて非常に居心地が悪い。
総勢40人近い目線を受けていては気になって仕方ない。
「よし、じゃあやってみろ」
靭負の声で、女性から竹刀を渡される。
祐介は軽く息を吐き、周りを見る。
靭負は、真剣な表情で、正助は、ちょっとニヤニヤしながら、吉之助は不安げな表情で、しかし全員興味深げな表情をしていた。
「……よし」
祐介は軽く目を閉じる。
ざわ……!
それだけで何かを感じたのか、一気に静寂が訪れる。
稚児の中には、その謎の迫力に気おされて後ずさりするものもいた。
居心地の悪さや目線ももう祐介には気にならない。
剣道を学ぶ中、大観衆の前で剣を振るったこともあった。
緊張する試験を受けたこともあった。
祐介は剣を持っていないときは比較的おだやかであり、普通の学生なりに緊張する。
彼は剣を持つときに、あえて自分を緊張させる。これは英二の教えでもある。
普段はおだやかで人並みに緊張することはむしろ人間味があって美点である。
だが、試合で緊張していてはせっかくの成果を出すことができない。
だから英二はあえて緊張しろと言った。
人間は意識をして緊張することはできない。緊張できないことを自分で分かれば緊張がほぐれる。
これは殺人剣を学ぶ英二の持論である。
本来は緊張は失敗を恐れてするもので、その結果失敗して得られるものを学ぶことも大事である。
ただ、殺人剣の世界では、1回の失敗は死につながる。だから、英二は教え子にそのように説き、まだ若き祐介にも剣道の道においてはそれを意識させた。
『剣を持ったら緊張しろ』
祐介は極度の緊張状態でもこれを意識することで、緊張から逃れ、大会や試験で結果を残してきた。
幾多の強豪を倒し、格上の相手にも対等に戦ってきた彼の構えには迫力があった。
「しゃあああああああああああ!」
そして剣を構えて大きな声を出す。
「メェェェン!」
そのまま面をうつつもりで竹筒を思い切り叩く。
バキ!
その叩いた威力で竹筒が中央から真っ二つになってしまった。
「あ、すいませんこわしちゃいました」
目の前に残骸を見て、これは怒られるのではないかと思い、おそるおそる後ろを見る。
「あれ? 何で皆そんな後ろの方に?」
靭負、吉之助、正助以外の人間が遠ざかっていた。
「いや~、迫力があるな。弱い武士なら声だけでも倒せるんじゃないか?」
靭負は驚きつつも笑みを浮かべていた。
「剣を握ると別人になるのかな?」
正助は呆れ顔であった。
「…………」
吉之助は何も言わず、ただ祐介を見ていた。
「俺のいたところではこれくらい普通でしたから」
「そうか、よき師匠に師事していたのだな。うん、気に入った。もう試合などせずとも、気おされている時点でお前には勝てないだろう」
3人以外の女子は、祐介の迫力がすごすぎて、距離を置いてしまっている。
「十分でしょう。私も勝てる気がしない」
「正助。お前はとりあえず稚児に勝てるようになれ。吉之助もいいか?」
「……はい。十分実力は見せられたと思います」
「よし、じゃあ祐介。お前は吉之助、正助とともに薩摩を見て回ってくれ。私はしばらく薩摩にいるから、その間は私の傍で補佐をしてくれ。近く斉彬様が薩摩に来られるから、そのときに久光様も交えて紹介する」
祐介は見事に自分の実力を見せて、靭負に認めさせることに成功して、問題を解決した。
「ただ、竹筒が壊れたままじゃ、訓練ができないから、それは直せ」
とりあえず直面した問題は、壊した竹筒を直さねばならないことであった。
「悪いな、正助さん」
「私は力仕事では力になれないから、やり方を教えるだけだけどね」
靭負が、一旦その場を去り、吉之助も郡方の仕事があるため、一旦その場を離れ竹筒直しを正助に手を借りて行っていた。
「しかし、剣を持った祐くんはかっこいいね。あの咆哮は目の前でされたら私でも泣くよ」
「あれくらいは普通だ」
「私はあんなに声を出したら肺がつぶれてしまうよ」
「そんなことはないと思うけど」
「これで、斉彬様に会えることは確定した。君が薩摩にしばらくいられると思うととてもうれしい」
淡々とした言い方だが、それは祐介をかなり好意的に見た発言である。
「私個人としても祐くんは気に入っているが、吉ちゃんがそれ以上に君を信頼しているよ」
「そうなのかい?」
「吉ちゃんは17歳だけど年上の二才も含めて束ねる二才頭。それに加えて、郡方の仕事も兼ねててとても大変なのに、弱みを見せないでずっとがんばってた。だから、君みたいに薩摩で立場のない人が来て、しかも男の人で、頼ることができて、安心してる感じがする」
正助は口しか動かしておらず、まったく作業としては手伝えていなかったが、やり方はきちんと言ってくれていたし、それさえ分かれば特に言うこともなかったので、黙々と祐介は作業をして話を聞いていた。
17歳で自分より年上の人も含めた人間を管理して支え続けて、仕事もするというのは、現代日本ではあまり身近なことではない。それだけに、彼女を尊敬できると思った。
「だから、できることなら祐くんにはずっとここにいて欲しいって思うな。私にとって吉ちゃんは親友だ。能力も人望もあるから周囲の期待にこたえるためにがんばり続けてる。私だけでは限界があるから一緒に支えて欲しい」