第4回 赤山靭負
「吉之助に正助! 元気していたか?」
正助が約束をした日に、赤山靭負はやってきた。
身長は祐介と変わらない大柄で、着物を豪快に着こなしている。
笑顔で2人を叩いている姿は、薩摩では正しい言い方ではないだろうが、気風のいい美人という感じだろう。
赤く長い髪を後ろで束ねていかにも活動的である。
「おう、お前が、正助の言ってた佐藤祐介ってやつか? ふぅん」
「はい、はじめまして」
「おう、私は赤山靭負。物頭だが、そんなに畏まらなくていいぞ。吉之助と正助にはいつも話しているが、今後の薩摩を率いていくのは若いお前らなんだ。私はその手助けをしたいと思ってる」
「はぁ、ですが……、靭負さん? でいいですか?」
「なんて呼んでくれてもいいぞ」
「はい、靭負さんも十分お若いように見えるんですけど」
これは祐介のお世辞ではない。というか、そういう気遣いをすることはあまりない。
ただ、靭負の言うことは、明らかに世代が1つ上の発言に聞こえる。
「なんだなんだ。私を口説いても何も出ないぞ。とはいえ、男にそう言ってもらえるのは悪くないねぇ~.
私は男っ気がなかったからな。もう20代前半だぞ」
「若いじゃないですか」
「いやいや、薩摩の女性は20で相手をつかめないといき遅れさ。20歳の頃に薩摩に来る男性は、普通は自分より年下を選ぶ。わざわざ年上は選ばない。私は斉彬様のついて江戸にいることも多いからな」
「もったいないですね」
20代前半なら、現代ではまだまだ若い。器量もいいし、モテないはずがないのだが。
「だが、私は女より弱い男は嫌いなんだ。江戸には私の目にかなうやつもいなかった。だから今回正助には既に言ってあるが、薩摩のおごじょがやっている訓練に参加して、私の見込んだものと対等に戦えるのであれば、薩摩にいることを許そう。本来なら私は男を薩摩から出すべきだし、そのほうが江戸での薩摩の受けもいいからな」
靭負はまじめな表情になり、祐介にそう言う。
「だが、正助と吉之助が世話になっているし、おまえ自身の身寄りも分からないようだし、久光様にも男性の友人がいるのは悪くはない。だから特別な条件というわけだ。久光様のお付という形なら、薩摩に1人くらい男性がいてもごまかせるさ」
「分かりました。ありがとうございます」
祐介にとってはチャンスがあるだけでもありがたいのである。
「よし、じゃあ外にいくぞ。もう準備はしてある」
そして靭負が祐介を連れて、外に出た。吉之助もそれについていった。
「祐介さん……」
目的の場所に歩いている間に、吉之助が耳元に声をかけてくる。
「どうした?」
「あのー、昨日の疲れはないですか?」
「ああ、あれくらいなら大丈夫だ」
「ほら……、私重いじゃないですか?」
この吉之助の発言の意味は昨日深夜に祐介を起こしたのに加え、吉之助が素足で目的の家に行ってしまったため、足を痛くし、祐介が彼女をおぶって帰ったからである。
吉之助にとっては、自分のぽっちゃり体系はややコンプレックスになっているのだが、それは横に現代人のモデルと比べても細い正助がいるからであり、彼女は太りすぎではない。祐介の感触では55キロはないと思われた。
それくらいなら、普段から鍛えていた祐介が背負っても腰を痛めたりすることはない。
「そんなことない。男が吉之助さんくらいの女の子も背負えないとか恥ずかしいです」
「と、殿方はすごいんですね……」
吉之助は頬に手をあてて照れた。
吉之助の周りには、吉之助より体格のいい女子はほとんどいない。薩摩復興のために鍛えつつも、殿方に選ばれる必要もあるため、容姿や体格にもある程度気を使わねばならないからである。
例外はあるが、殿方は基本的に細い女子を好む傾向があるといわれていることもあり、その正しい情報を得る機会も少ないため、必然的に女子は細身を目指していた。
つまり、吉之助を楽に背負って歩ける女子はなかなかいないのである。
吉之助は、初めて男性を知り、胸を借り、背中におぶさったりと普段二才頭である彼女がなかなか出せない自分を祐介に見せており、どこか心がホカホカする気持ちを感じていた。
「わっ? 吉ちゃん? 止まってないで歩いてよ」
吉之助は自分では歩いていたつもりなのに、いつのまにか停止していたようである。
吉之助は後ろを歩いていた正助が自分にぶつかってきて声をかけられて初めてそれに気づいた。
前を見ると、靭負と祐介とかなり距離が開いていた。
「あ、ごめんごめん~」
「昨日は大変だったんだから仕方ないけどさ。あまり寝てないんじゃないの? 顔も真っ赤だし」
「え?」
「無理しないでよ。まぁ今日は見るだけだからいいけど」
正助に背中を叩かれて、吉之助は再び歩き出した。
自分の顔が赤い理由はよく分からなかったが。体調も別に普通で、眠たいわけでもなかったからである。