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第1回 女だらけの薩摩藩

「本当にありがとうございました」


無事に出産を終わらせた女性から感謝の言葉を受け取っていた。


「いえいえ、感謝はこの祐介さんに言ってください~」


「うんうん、間違いなく祐くんのおかげだね」


祐介は周りから賞賛されていて、混乱していた。状況ももちろんだが、周りに本当に女性しかいないからである。


ちなみに名乗ったところ、吉之助にはさんづけで、正助には軽いあだ名で呼ばれていた。


「あ、あのー、他に男性の人はいないんですか?」


とりあえず冷静になった祐介が聞いたのはある意味では当たり前の質問であった。


剣道をしている人間に女性がいなかった訳ではなかったが、女性と2人きりになることすら稀である祐介にとっては、周りに男性がいないことは不安であった。


「え? いるわけ無いじゃないですか~。それは祐介さんが一番ご存知のはずでは?」


「へ?」


「ちょっと待って吉ちゃん。明らかに祐くんの様子が変だと思う。1回家に戻って話をしてみよう。もしかしたら、違う事情でここに来たのかもしれないし」


きょとんと首をかしげる吉之助に対して、少し怪訝な表情をして正助が話しかける。


「祐介さんはこの後どこかに行かれる用事はありますか~?」


「い、いや」


「でしたら家にご案内いたします。お礼もしたいですし」


「分かりました」


祐介はその申し出を受けた。


祐介は今のこの状況の理解を求めたくなった。この状況が夢であるかどうかはもはや問題ではなかった。



「おかえりなさい。あら? 今日は正助さんもご一緒?」


「ええ、失礼しますよ」


「そちらの方は? ……男性の方?」


2人に案内されて来たのは西郷家。つまり吉之助の家である。


そこそこ大きさはあるが、豪邸とも言えない大きさで、古めかしさを感じてしまった。


それ以上に、祐介は途中から受ける視線が気になって仕方なかった。


荷車を引いているときは必死だったので気にすることが無かったが、ゆったりと歩いていると明らかに視線を受けていたのはわかった。


そしてその間もまた男性に会うことは無かった。


「どうもはじめまして。佐藤祐介と申します」


剣道で習った礼儀正しき挨拶を見せると、西郷家の人間もずっと見ていた。


「吉之助ちゃん。この人はあの人?」


「う~ん、そうかと思ったんだけど、正助ちゃんが怪しいっていうから、ちょっと奥の座敷を借りるね~」


「ええどうぞ」


「じゃあ祐介さん、こちらに来てください~」


そして2人に連れられて、靴を脱いで座敷に上がる。




「はいじゃあここで話しましょう~」


祐介は案内された部屋に座る。


古そうに見えるが、掃除はされているのか埃っぽくはない。畳の新鮮な香りがして窓がないので、風がずっと吹き抜けていて、暑くも寒くもないいい感じである。


「さて、祐くん。質問をさせてもらってもいいかな?」


笑顔でのほほんとしている吉之助に対し、正助は少し疑いの顔を向けている。


ただ、風が吹くたびにゆらゆら揺れている。美人な彼女が少し疑った表情をしているので、本来なら迫力があるはずなのに、そのせいで迫力が低い。


「正助ちゃん。この人は悪い人じゃないとは思うよ~」


「うん。悪い人ではないと思う。だからこそ、彼に何かあってはいけないんだ。だから祐くんに問う。君は島津斉興様から派遣された殿方ではないのか?」


「斉興様? 俺はその人とは何の関係もないぞ」


「え? じゃあどうして殿方がここに?」


さきほどまでほがらかだった吉之助も驚きの表情を浮かべていた。


「吉ちゃん。声が大きいよ。もし斉興様のことが絡んでないのに、ここに殿方がいることが分かったら、ちょっと面倒なことになる」


「あ、そっか~。ごめんね~」


「この人は悪そうな人じゃないし、さっきの恩もある。少し話をしてみよう」


「ああ、ありがとう。まずここはどこで、いつだ?」


「む? そんなことも分からないのか? まぁいい、話そう。今は1846年。そして場所は薩摩だ」


薩摩ということは、今の鹿児島か……、と祐介は思った。時代も幕末。まぁ相手が西郷隆盛や大久保利通が相手の時点で大体予想はできたが。


「男性がいないのはどうしてだ?」


「それは、徳川家康が関が原の合戦で敵方についた島津家の領地を取り上げない代わりに、領主以下の殿方を薩摩に常駐させないことを決定したからだ」


祐介も歴史の勉強をしていたので、多少は知っている。


関が原の合戦で、薩摩藩の藩主であった島津家は西軍につき、東軍に敗れていた。


西軍についた武将は、取り潰しや領地の取り上げをされたが、島津家だけはお咎めが無かった。


当時圧倒的な猛威を奮った島津家からの反抗は、あの家康も恐れていたのである。


ところが、どうやらこの世界では島津家は取り潰しをされない代わりに、島津家を発展させない政策を採っていたようだ。


これで祐介はなんとなくだが、自分はタイムスリップをなんらかの理由で行ってしまい、しかも本来の時代の流れとは異なるパラレルワールドのような場所に来てしまったと考えた。


あまりに適当な仮定だが、何かしら現在の状況に理由をつけておくことは、冷静になるために必要でもある。この仮定が合っていようが間違っていようがそこまで問題も無い。


剣道で鍛えた強さは身体だけではなく、心もそうだったようである。


『タイムスリップしちゃった! どうしよう!』とあわてるのは簡単だが、それを行っても何もならない。


それに、幸い戦国時代のど真ん中に投げ出されて、今死ぬ! という状況でもない。


身よりも何もない中、2人の女性が自分に良くしてくれている。それだけに、落ち着くことができた。


「だから、時々藩主様、今は斉興様が幕府に許可をいただいて、定期的に殿方を薩摩にお送りされているんです。本来は、完全に根絶する予定だったそうですが、家康に譲歩させたそうです~」


「まぁ徳川幕府も全盛期の力はないし、いずれはなくなるとは思うけどね。最近こっそりとはいえ、薩摩に殿方が来ることはあった。でも、祐くんみたいに、堂々とできるのは、正式に認められた人だけ名は図なんだ。つまり、祐くんがそれ以外の理由でここにいるとするならば、ちょっとおかしいと思うんだよ。服装も変だけど、斉興様のそばには、今斉彬様もいるから、西洋趣味の人を派遣したかとも思ったんだけど。他の細かいことも聞いてくれれば答えるが、祐くんのことも知りたい。まだ名前しか聞いていないからな」


さて、ここで祐介は少し困っていた。


『未来から来ましたよ!』 なんて言おうもんなら、どうなるか分からない。


この2人はいいだろうが、下手に野心のある人に知られれば変な方向に遣われる可能性もある。


「俺はこれからどうなるんだ?」


「ふ~む、靭姉さんに聞くことになるが……、あの人に認めてもらえればなんとかごまかしてくれるんじゃないかな。あの人は久光様と親しいし、久光様は男の知り合いを欲しがっていたから」


「そうだね~。こそこそはできても、男の人は入ってこれないもん。海路は全部見張られてるし、出るときも確認されるから。逆に言えば、内側は結構手薄で、薩摩を出ようとしない限りはばれにくいよね~」


「他のところのお父さんもなんとか会おうとして侵入してたから。子供さえ作らなければまずばれない」


「子供を作ったら、資料でばれちゃうもん。あれの管理をしてる人が江戸から派遣された人だから」


2人の話を聞いて、祐介は一旦未来人であることは話さないことにした。


靭姉さんという人のめがねにさえかなえば、この場にいることは問題が無い。戻る方法は分からないので、とりあえずは生き残ることが先決だが、彼が恐れているのは、未来を変えてしまったことにより戻れる可能性を永遠に失うことである。


来れたのだから帰れない通りは無いが、帰り道を塞いでしまってはそれはかなわない。


たとえば過去と未来がつながっているパイプのようなものがあるとして、時代の流れがそこを通る水とする。


水の流れは、パイプを傾けたりすることで何らかの圧力がかかれば方向を変えることもあるだろう。


だが、そのパイプ自体を破壊したりすれば、時代の流れは止まってしまい、過去の時点にいる水は二度と未来には流れることは無い。


そもそも、西郷隆盛や大久保利通が女性であるということや、薩摩に女性ばかりという時点で祐介が知っている時代の流れとは違うのだ。


まずは、この世界の情勢を理解するまでは、余計なことは言わないほうがいいと感じていた。


「俺は、この剣で修行をしていたんだ。そこから意識を失って気がついたらここにいたんだ」


というわけで、祐介はそう答えることにした。


「ふーむ。最近イギリスやフランスもよく日本に顔を出すようになったからな。誘拐? いや、可能性を考えても仕方が無いか。とりあえずは靭姉さんに紹介する。だが靭姉さんは忙しいから、少し時間をいただきたい。それまでは吉ちゃんの家に隠れていてください。いいかな吉ちゃん」


「うんいいよ~。よろしくね祐介さん」


というわけで、よく分からない場所に来たにも関わらず、友人と衣食住を手に入れた!  


ただし継続性があるかは、まだ分からないが。



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