第27回 江戸で直談判
祐介は吉之助と正助が大丈夫なのを確認後、鹿児島城に向かった。
その途中で出会った薩摩の女子達も、ここ最近の活気がない。薩摩の主要な人が亡くなってしまったことで、迷いがあるのももちろんだが、強硬派ではなくとも、斉彬を擁立するために、強硬派を止めず、あわよくば成功を考えていたこともあり、責任も感じているようである。
表立って、斉彬を擁立しようという声も聞こえなくなってきた。
鹿児島城では、ただでさえ調所がいなくなったことによって、落ち着いていなかった中、多くの要人を失った薩摩藩の対応に追われていた。
ほとんどの役職が空き席になってしまい、斉彬や久光も仕事を本格的に手伝わなければならなかった。
「斉彬さん、俺も手伝いにきましたよ」
「祐介? ありがたいけど、吉之助や正助は大丈夫なのかしら? あの2人がしっかりしないと、薩摩の町のことが心配よ」
「大丈夫です。吉之助さんはしっかりしてましたし、正助さんも立ち直りました。他の薩摩人はあの2人に任せておけば大丈夫ですよ」
「ええ、じゃあ手伝ってくれると嬉しいわ。指示や命令が追いついてないから、協力して。もう頭が痛いわ……」
藩主代理と、対応を任されている久光と斉彬は、直接仕事をするわけではない。多くいる下級の身分を、それぞれのトップがまとめて、それの決定権や責任を負うのが仕事である。
だが、今回の騒動でそういういわゆる中間管理の役職の人間が何人かいなくなってしまったため、2人が今までよりも広い範囲に指示を出さねばならなくなり、忙しさが倍増していた。
その中、ある程度薩摩の事情に詳しく、知識もある祐介の協力は願ったりかなったりであった。
斉彬と久光は、既に目を回してオーバーヒート直前だったので、休み休み作業をして、なんとか薩摩の情勢を安定させるのに、2ヶ月以上要すことになった。
「はぁ、やっと休めるわね……」
「姉さま……。1人で無くてよかったです。私1人では到底無理でした……」
「ふぅ……。吉之助さんが頑張ってくれたので、農業も安定しましたし、正助さんも謹慎状態から、よく知恵を貸してくれました」
斉彬の部屋に久々に祐介、斉彬、久光が集まっている。
空いてしまった席に何とか人を入れて、その仕事に慣れるまで、何度も厳しくチェックを入れて、ようやく目を離せるようになったのである。
「靭負だけじゃなく、たくさんの薩摩にとって大切な人を失ったわ。私が藩主にならないとしても、きっと久光のために力を尽くしてくれるに違いなかったのに……」
「姉さま……。私も辛いですが、姉さまのために皆頑張られたんです。私も世話になった人も多いですが、私は姉さまを恨んでおりませぬし、皆も姉さまを恨んではいないでしょう」
「靭負さんも切腹されるときに、最後まで斉彬さんが藩主になられることを望まれていました。靭負さんの言葉を聞いた身としては、是非その遺志を受け継ぎたいと思います」
「でも……、難しいんじゃないかしら……?」
「私も姉さまが藩主になられるのでしたら、藩主へのこだわりはありません。ですが、薩摩で姉さまを反藩主にしようという声はなくなってしまいました……」
強硬派がほとんど裁かれ、要人は切腹。今後も同じようなことをすれば、同じような措置が取られる可能性が高くなっていた。
皆斉彬が藩主になったほうがいいとは思いつつも、権力を恐れて行動できなくなってしまったのである。
「手はあると思います。今回の斉興様の行動は、悪手です」
「どうして? 父さまが処罰を行ったことで、私が藩主に相当なりにくくなったじゃない」
「いえ、俺の考えでは、斉興様はそこまでは考えてないと思います。長い間共にした調所さんがなくなられたことに怒りを覚えての感情的な行動です。その証拠に明らかに1つ落ち度があります。それを、江戸に伝えられればいいんですが、それに、斉彬さんの協力が必要です」
「私?」
「はい、久光さんもお願いします」
「私にできることなら」
「おお、久光。久々ね」
「斉彬も元気していたか?」
さらに2ヶ月ほどたち、斉興とお由羅の方が、多くの部下を連れて薩摩に戻ってきていた。
「はい、お久しぶりでございます」
「お久しぶりです」
「では斉彬、申し訳ないが江戸のことをしばらく任せられるか?」
「はい、父さま。異国船への対応が中途半端ですが申し訳ありません」
「よいよい。斉彬は江戸で休んでいなさい。元々体も強くないのだ。空気は薩摩の方が綺麗だとは思うが、江戸で生まれ江戸で育ったお前には、やはり江戸がなじむだろうしな」
斉興が薩摩に来たことで、斉彬か久光が江戸に戻らねばならなくなった。
すぐに準備をして斉彬は斉興が連れてきた武士と、薩摩に残っていた武士を連れて江戸に戻っていった。
「うまくいったわね……」
「はい、いい感じですね」
薩摩を出てしばらく経ってから、斉彬は輿から1人の兵士に声をかける。
その兵士は祐介であった。
祐介の存在は、薩摩人は外にばらすことはなく、外から来ていた斉興の部下は、火事の際に助けたことで、味方になっており、調所は協力関係ではなかったが、利害関係で伝えていなかった。
そのため、斉興は祐介の存在を知らなかった。
斉彬の周りは、この事情を知っている兵士で固め、祐介は少し離れたところから、こっそり合流した。
その他の兵士には、薩摩と江戸の間で採用した新しい兵士ということで説明し、自然に参加ができた。
そのまま、江戸まで、大きな問題もなく到着することができた。
「ふぅ、久しぶりね」
「ここが江戸ですか」
長旅を終えて、斉彬はゆっくりと座り、祐介に話しかける。
祐介はかなり鍛えているが、薩摩と江戸の距離を歩き続けるという、現代ではさすがに考えられない長距離徒歩で足をさすっていた。
江戸はなんとなく祐介の想像通りの場所で、薩摩と比べても人が(男が)多くいて、にぎやかさを感じた。
1つ気になるとすれば、武士の格好をした女性が多く見受けられたこと。通常この時代の武士は、男であり、女性は家を守る立場にあった。
しかし決して女性の地位が低かったわけではない。江戸中期以降では、江戸では女性の数そのものがやや少なく、遺産相続や、夫が他界してからの家長としての立場もきちんと保障されていた。
だが、それでも刀を腰につけて歩くのは、男であるはずなのに、間違いなく刀を腰につけた女性がいたのである。
「女性が刀を持ってるのは薩摩だけじゃなかったんですね」
「あなたから前聞いたけど、祐介の世界では、女性は戦うことは無かったのよね。薩摩ほど女性が表立っては戦わないわ。要人もほとんど男性で、女性で武士は相当な実力じゃないとなれないわ。江戸はいろんな人が住んでるから、比較的女性武士は多いわ」
祐介は薩摩以外の状況を改めて確認して、要人が女性になっているのが、薩摩の関係だけでない可能性が高くなったことを確信した。
『おい見てみろよ。斉彬様だ……』
『本当にお美しい。加えて、薩摩に行かれる前より、更にお綺麗になられたような……』
『やはり江戸で育っていても、薩摩の血があるのだろう。斉彬様はやはり薩摩で頑張っていただきたい』
ほぼ女性で占める薩摩では、斉彬が慕われるのは当然だが、それは江戸でも変わらないようだ。
圧倒的過ぎる美貌は、男性からも女性からも憧れの眼差しのみを受け、尊敬の念をこめられていた。
「斉彬様は、簡単に阿部正弘様に会うことができるんですか?」
江戸に来た用事はもちろん、今回の問題を老中安部正弘の耳に入れることである。
今回の事件が斉彬を薩摩の藩主にしたい安部正弘の知るところとなれば、これを理由に斉興を排斥して、斉彬を藩主にする命令を出させることができるはずである。
既に高崎崩れから時が経っているのに、大きな動きがないということは、今回の騒動で、自分にも被害が及ぶことで、誰も密告ができていないということになる。
斉興のやったことは、間違いなく裁かれることではあるが、切腹を命じられるほどのことになるかは分からない。
仮に軽い処罰で済めば、斉興は地位は失っても、権力は残ることになる。高崎崩れの二の舞になることを恐れているのだ。
そのため、阿部正弘に今回の件を耳に入れるには、誰かに死ぬ覚悟で頼むか、斉彬自身がそれを伝えるかどちらかしかないわけである。
一応前者の案も提案したのだが、斉彬は当然反対し、後者の行動を取った。
久光がお由羅の方に会いたいと連絡すれば、久光が大好きなお由羅の方は間違いなく薩摩に来る。そして、それに斉興がついてくるから、自動的に斉彬が江戸に来ることになる。
祐介、斉彬、久光の3人が相談して決めた行動である。
そして、今回の江戸の護衛も少なかった。斉興は斉彬が、自分のことを裏切ってまで、藩主になろうとはしていないことを知っていて、事実つい最近までそうだったので、斉彬の周りは、ほとんど斉彬派で固められていた。
「ええ、事前の連絡は必要だけど、安部正弘様は私の考えに近い人だわ。私が会いたいと言えば、時期はともかく断られることはないはずよ」
「さすがですね」
「後はこの認めた手紙を渡すだけね。あっさり成功しそうだわ」
斉彬が間違いなく自分の文字で書き、印もしてあるためこれが疑われることは無い。
「油断は駄目です。一応こちらは斉興様の息の強くかかった場所ですから、斉彬様が警戒されていないはずがないんですし」
「もちろんよ。気は配ってるわ。それに、何かあってもあなたがいれば大丈夫よ」
「俺にあまり期待しないでください。俺は人1人を殺したことも無いただの人間なんですから」
「ええ、だから期待してるの。誰も殺さず、そしてあなたも死なないことをね」
もちろん、いざとなれば自分の命を賭けてでも斉彬を守る覚悟はあった。
それが伝わっているからこそ、信用をしているのである。
「まぁ、何もなきゃいいんですけどね」




