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第26回 高崎崩れ3

「ゆ、祐介さん……。これは……」


靭負の切腹には吉之助の母の吉兵衛も介錯人として参加しており、靭負の血染めの肌着を貰い受けていたので、祐介も西郷家に来ていた。


「見事な最後だったわ。あの人は最後まで薩摩を思い、守ってくれていた。あの人の生き様を学んで、糧にしていきなさい」


吉兵衛はその肌着を吉之助に渡し、その言葉だけを話した。それ以上言うことはないかのように。


「吉兵衛さん。最後靭負さんは、安心できるとは言いました。ですが、できることならずっと斉彬さんを支えていきたかったはずです。さぞかし無念だったと思います。俺はあの人の無念をずっと心に思っていきます」


「あなたはしっかりしているわね。だから、靭負さんもあなたに託したんだと思うわ。吉之助と、あと、正助ちゃんのこともお願いね」


「ええ」


「うう、あまりにもむごいです」


泣く姿を隠そうともしない吉之助の横に、祐介と吉兵衛は落ち着くまでい続けたのであった。



さて、西郷家はそれでもまだましなほう。


大久保家では、母の利世が仕事を罷免された上に、島流し。正助も記録所を罷免されて謹慎処分となった。


「正助ちゃん……。何か食べないと……」


吉之助と共に、祐介は頻繁に正助の家に顔を出していた。


仕事を失い、謹慎を命じられた正助は、かなり無気力になっていた。


「祐介君、正義は邪に勝つなんてきれいごとだったのかい? 私も母さんもこんなことになってしまって、どうすればいいか分からない」


正助はもともと吉之助と比べて、熱量の無い性格ではあったが、生きる気力が無いとか、やる気がないことは感じさせず、明るさがあった。


だが、今の彼女は、表情も暗く、明かりの無い部屋から出ようともしない。


謹慎が命じられているため、外には簡単に出られない。


だから、祐介が協力して作っていた野菜はかなり重要であるはずなのに、一切手入れはなされていない。


「今日もお米を持ってきたよ……。妹達も頑張ってるんだし、正助ちゃんも」


正助には、自分より小さな妹が何人かいて、その子供達が、外に出たりして何とか生計を立ててはいる。


だが、働いていた2人の仕事がなければ、収入などないに等しいのでやりくりは厳しい。


吉之助はそれを心配して、米を渡していたのである。


「はは、私は元々そんなに食べない。だから、皆妹に上げている。心配しなくていい」


完全に取り付く島がなく、吉之助も困り果てていた。


「祐介さん……」


「吉之助さん。吉之助さんはすごくやさしくていい人だとは思います。でも時には厳しいことをいうのもやさしさですよ。もし間違えそうなら、俺が止めますから、正助さんに今思っていることを全部行ったほうがいいです。気持ちが弱っている正助さんにそれを言うのは酷かもしれませんが、親友の吉之助さんが言うから意味があるでしょう」


祐介は今の正助を立ち直らせられるのは、付き合いの長い吉之助であると思った。


付き合いの短い祐介では、正論しか言えないし、同じ言葉であれ吉之助が心から言ったほうがいいと考えたのである。


「は、はい。分かりました」



そう言って、吉之助は正助の前に行く。


「ん? どうしたの吉ちゃん」


パァン!


いきなり吉之助は正助を叩いた。


どれだけからかわれても、わがままを言われても、吉之助が正助に手を上げたことは無い。というより、吉之助は手を上げたことなどなかった。


「き、吉ちゃん?」


「正助ちゃんの馬鹿! 靭負様は、私たちにたくさんのことを教えてくれたよね! それは私達に薩摩を任せるためで、切腹をしたのも結局は私達のためなんだよ! その思いを無駄にするつもりなの!」


「だ、だけど、どうしようもない……」


「今はね! 靭負様以外にもたくさんの人が切腹したり島流しにあって、斉彬様を藩主にしようって動きは完全に止まっちゃったもん! でも、明日は? 明後日は? 1週間後は? 1ヵ月後は? 斉彬様は、藩主になるべき人なんだから、どこかで機会はあるはずなんだよ! そのとき、いざというときに体が動かなかったらどうするの!? 何もできないんだったら、生きてても意味が無いよ! 正助ちゃんは虚弱だけど、病弱じゃなかったもん! 病弱にもなって、勉強もしてないんだったら、薩摩の人間として恥だよ! それだったら生きてる意味なんか無いよ! だったら、死んじゃえば……、むぐっ!」


「はい、そこまでだ。吉之助さん結構溜め込んでたんだな……」


いつもおっとりしていた吉之助が予想以上にまくし立てていて、最終的に正助を本当に手にかけそうだったので、その前に祐介が止めた。


「うう……、だって、正助ちゃんと……、一緒に頑張りたいけど……、私の好きな正助ちゃんは、怠けてるように見えてやることはやってる人だよ……」


祐介に止められて、われに返った吉之助は嗚咽を漏らして泣き始めた。


「で、正助さんはどうするんだ? ここまで吉之助さんに言われて、それでもそうしてるのか?」


吉之助にまくし立てられて、うつむき、髪に隠れて表情は伺えない正助に祐介が声をかける。


「…………、ごめん吉ちゃん……。辛いのは私だけじゃ無かったな」


次に上げた顔は、涙があふれていたが、表情には温度が戻っていた。


「正助ちゃん……、うん。応援するから頑張ろう」


吉之助が正助のところに再びいき、2人はお互いを抱きしめあった。



「吉之助さん、正助さん。俺は1つ今回のことで案を考えています。斉彬さんを藩主にしてみせますから、もう少し頑張ってください」


2人が泣き止んだところで、祐介が話しかける。


「何? 祐介くんには妙案があるのか?」


すっかり調子を取り戻した正助がいつもの感じで話しかける。


「確実ではないんですけどね。ただ、今回の行動は斉興さんは、明らかに横暴なことをしたので、そこに付け入る隙はあると思うんです」


「うん、斉彬様のために頑張って。私は正助ちゃんと一緒に稚児や二才を支えるから」


「ん? ちょっと勘違いしてるぞ。俺は、吉之助さんと正助さんのためにも、頑張るから。俺がここに来たときに、2人に支えてもらえなかったら、今みたいに頑張れなかったと思う。2人にも恩返ししたい。2人が斉彬さんが藩主になることで、嬉しいんでしたら、俺が頑張る理由にもなる」


「祐介さん……」


「祐君……」


2人は祐介の言葉に少し頬を赤らめた。


「じゃあ、俺も手伝いに来るから。皆頑張ろう」


それに気づいているのか、いないのか、祐介が笑顔で2人を激励した。



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