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第25回 高崎崩れ2 

その後は、2人で歩き、食事をしたり、景色を眺めたり、いわゆるデートみたいなことをしていた。


(今日の靭負さんは、ずいぶんリラックスしてるな)


靭負は、20歳未満が多くいる薩摩では、やや年齢が上でいつも頼られていて、その、自信ありげな笑顔はまさに姉御肌という感じであり、祐介も頼りがいを感じていた。


だが、今靭負が見せている笑顔は、余裕を見せるための笑顔ではなく、心からの純粋な屈託のない笑顔という感じである。


「祐介! 何してるんだ?」


祐介がその場で立ち止まって考え込んでいたため、振り返って、靭負が声をかける。


その笑顔は、間違いなく綺麗で、祐介も見とれそうになるほどではあったが、どこか不安を感じさせるものでもあった。


「靭負さん……」


その様子がたまらなくなり、靭負の左手を両手で握った。


「あっ……、ど、どうしたんだ? 私に気があるのか?」


急に手を握られたので、靭負は明らかに動揺し、笑顔のまま目が泳いでいた。


「いえ……、寒いかと思いまして……」


祐介は靭負のことが心配という本当のことは言わなかった。


なんとなく強引に自分を連れ出したことも関係していると思ったが、本人が言わないことを自分が聞くのは良くないと考えた。


だが、どうしても無視や放置はできなかった。だから、行動で示したのである。


「そ、そうか? じゃあ手でもつないで歩くか?」


「はい、いいですよ」


頭を手でかきながら、冗談めいて靭負が言ったのだが、祐介はそれを受け入れて、手を差し出した。


「え……? いいのか?」


「ええ、むしろ俺のほうがうれしいですよ」


「だが、私の手は斉彬様とは違って、ゴツゴツしているだろう。触り心地が悪くないか?」


「そんなことはないです。すごく気持ちいいです」


女子でも鍛えていると、確かに手が硬くなるのは間違いない。


だが、女性の手とは不思議なもので、硬くはなっていても、どこかしっとりしていて、それなのにさらさら感があるもの。もはや同じ成分で構成されていることを疑うレベルである。


「え……」


「あ、すみません……。気持ちいいとか気持ちが悪いですよね」


「い、いや……。そんなことない。ありがとう……。じゃ、じゃあ」


そして靭負が祐介の手を握る。


お互いに気恥ずかしくなり、そのまましばらく声を出さないまま歩いていた。



薩摩では珍しい雪に加えて、人気のないところを歩いていたので、誰かと会うことはなく、静かなまま時間が過ぎていった。


「ちょっとここで休もう」


ある程度歩いたところで、休憩のために座る。


本来は少々寒いのだが、座った場所は雪も風も防げる場所であり、何よりすぐ横に座っているため暖かささえ感じる。


「今日はありがとうな。わがままにつき合わせてしまって」


ずっと話していなかったが、靭負は祐介に声をかけてきた。


「いえ、いつ靭負さんは、周りのわがままに付き合ってばかりでしょう。たまにはいいんじゃないですか? 俺も靭負さんにはたまに頼ってますし」


祐介も薩摩に来てから頼られることが多く、頼ったことがあるのは、靭負以外では、せいぜい吉之助くらいである。


その吉之助も、薩摩のことが分からない状況において、祐介のフォローをしたのがほとんどで、祐介がこなれてからは、頼ることのほうが多かった。


その中では年齢でも上で頼りやすかった靭負の存在は、祐介にとってかなり貴重でもあった。


靭負も、若き薩摩を率いていたので、頼れる人間は非常に少なく、この2人はお互いにお互いの存在を大切にしていた節はあった。


「最近久光様から聞いたんだが、斉彬様と結婚されるらしいな」


「話が飛躍しすぎです。そういう話は提案されましたけど」


「だが、断る理由はないんじゃないか? 斉彬様は江戸だけではなく、日本中で美貌が知られているくらいだ。日本中の殿方がうらやむぞ。それだけではなく、相談役としても祐介は優秀だから、求められて当然ではあるけどな」


「いえ、婚約の話も受けていません」


「なんだ、斉彬様に不満があるのか?」


「いえ、もし斉彬様が藩主にならないんでしたら考えますけど、俺は藩主の斉彬様を支えたいんです。藩主になるんでしたら、誰かと関係を持ったりして、身重になることは足を引っ張ることになりますから」


斉彬のことを女性として好いていないわけではない。もちろん美しい容姿に不満はない。それ以上に彼女の高い志に惹かれているのである。だからこそ、受け入れることができない。


靭負は、斉彬にも祐介にも比較的近い立場にいる人間であり、直接説明されなくても、今の祐介の言葉だけで詳しい内容を理解した。


「……、まったく……。だから祐介は……いいんだよな……」


斉彬の側にいれば、彼女の美貌だけにとらわれる男性も多く見ることになる。


だが、祐介の考えは間違いなく斉彬を本当に慮っている考えである。

その考え方は、靭負にも魅力的に映った。容姿、権力だけしか考えない人間とは根本的に違う。


「あの……、近くないですか……?」


「いいじゃないか……。寒いしな……」


「暖かくていいんですけど……、いろいろ当たってますよ」


祐介は薩摩で多くの女性と付き合いを持っているが、直接触れ合ったのは、ほとんどが斉彬である。


後は、吉之助、正助が少しだけである。


斉彬は容姿は完璧だが、スタイルはスレンダー体系で、肉感はほとんどないに等しい。


だが、今触れている靭負は、身長も祐介と同じくらいで、出るところが出ている抜群の好スタイル。


ボリューム感のある靭負の体は、斉彬とはかなり違う女性としての魅力にあふれていて、さすがの祐介も緊張していていた。


「私は、斉彬様に藩主になって頂きたいが、同時によきパートナーに出会って幸せになって欲しいとも思っているんだ。だから、斉彬様の側にいてくれる人のことは、私は信頼している。できるなら、ずっと斉彬様の側にいてくれると嬉しい……。私は……、ずっとは側にいてあげることができないからな」


「靭負さん? 斉彬さんが藩主になれば、靭負さんも選ばれるでしょう」


「……、いや、殿方と私たちではやっぱり違うからな……。私にもいずれパートナーができる……から……、斉彬様を……1番には……、でき……ないから」


靭負は言いながら嗚咽を漏らし、祐介を抱きしめる腕に力が入っていた。


「斉彬様が、祐介を好きでなければ……、私は祐介に嫁いでもよかった。それくらいに祐介のことを信頼しているぞ」


「大胆ですね……。そこまでまっすぐなのは、俺も照れます」


「いいんだ。私も気持ちを知ってもらいたかっただけだ。今日はこれが言いたくて呼んだんだ」


「そうですか……」


「そんな浮かない顔をしないでくれ。私はとてもすっきりできたし、斉彬様に祐介がいると思えば、本当に安心できる」


そのまましばらく靭負と祐介は、周りが暗くなり始めるまで、ずっと一緒にいた。








13話 高崎崩れ



そして、その日の夜。斉彬を藩主にしようと考えていた、江戸、薩摩の人間に処罰が下った。


島流しや謹慎がほとんどではあったが、斉興が強硬派のメンバーとして把握した人物にはより思い処分である切腹が命じられた。

そのリストには、薩摩や江戸でも有名な人間も多くいて、赤山靭負の名前もあった。



「ゆ、祐介……」


鹿児島城には、斉彬のことを心配して祐介が顔を出してきていて、その通知を見た斉彬は明らかに動揺していた。


「近藤隆左衛門さんに、高崎五郎右衛門さん、それに靭負さん……ですか」


靭負以外にも、あまり顔を会わせることこそ無かったが、何度も名前を見たことがある人間の名前が書いてあった」


「これは、どうしようもないですな……。父上、なんと早まったことを……」


斉彬も久光も祐介に相談すらしない。1度決まってしまった藩主の命令は、どうあっても覆すことはできない。


これを無理やり捻じ曲げれば、本人の親族などにまで迷惑がかかり、かえって状況を悪化させることにもなりかねない。


完全に証拠もそろっていて、完全な手詰まりであった。


「斉彬さん、久光さん。靭負さんのところに行ってきます。俺に今できることはこれだと思いますので」


「分かりました。祐介殿お願いします。姉さまのことはお任せくだされ」


久光はことを頼んで、祐介を靭負の元へ送り出した。




「祐介。来てくれると思ってたぞ」


靭負の家に行くと、既に白装束に着替え、検死役や解釈をする人間もそろっていた。


「靭負さん。知ってたんですか……」


「ああ、そうでなければ昨日無理して祐介を呼ばないさ」


「そうですね」


靭負の表情はいつもの笑顔と変わりはないが、既に覚悟を決めて悟ったものであった。


「靭負さん。強硬派を止めてくれていたのはあなただったんですね」


「いや、止め切れなかったのが正しいな。強硬派の奴らに頼み込まれて、斉彬様達に内緒にするという条件で手を貸したんだ。薩摩に住んでいる限りは皆大事だし、江戸への連絡とかも私が協力した」


靭負は他の切腹を命じられていた人達よりは、強硬派に属していない。


だが、少しでも協力してもらう人間が欲しかった強硬派に押し切られるように仲間になったようである。


近藤や高崎とも付き合いの長い親友であり、結局本格的な協力をしてしまい、切腹のリストにあがってしまったのである。


「斉彬さんも久光さんももう手立てがないということで、謝罪をされてました」


しかも切腹への立会いに、斉彬と久光が立ち会うことは禁止との託もあり、会うこともできないので、祐介に伝えるしかなかった。


「いいんだ。既に近藤や高崎は終えている。私だけ助かろうとは思わない。私は後は覚悟を見せるだけだ」


「分かりました」


そのまま準備は進んでいった。


白布に囲まれた畳二畳の上に更に白地の敷物が敷かれ、靭負の前には盃二組に香の物、塩、味噌、酒の肴と逆さ箸がある。


検使役の座が対面に設けられ、もう誰も口を開かない静かな状態になる。


末期の盃を二口飲み、副介錯人が切腹刀を準備して、介錯人も準備をした。


「祐介。短い間だったが、ありがとう。斉彬様のことを任せることができるから、安心して心残りなく覚悟を決められる」


その言葉を最後に靭負は切腹し、生涯を終えた。


祐介はそれを一切目を逸らさずに最後まで見届けた。不安にさせぬよう、涙と悲しい顔をこらえながら。



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