第24回 高崎崩れ1
「……調所が服毒自殺をしただと……」
調所の行動は適格だった。自分が自殺する前に、遺書と同じ内容の文書を江戸の斉興に送っていた。
加えて、江戸での不信な動きへの忠告もしていた。
「本当なのですか?」
斉彬はその文書を見て手を震わせ、お由羅の方はとても驚いていた。
「……あのやさしい斉彬が、調所を自殺に追い込むようなことを自分で言うはずはない。おそらくは、斉彬を藩主にしたい薩摩の人間が、そそのかしたに違いない……。許せぬ……。調所は薩摩の大恩人だろう」
斉興にとって、年が少し上の調所は、ずっと共に薩摩を守り立ててきた存在で、部下ではありながら、尊敬もしていた。
その薩摩に尽くしてきていた彼に、この最後はあまりではないかと、斉興は嘆き、大きく怒っていた。
「斉興様! 不信な動きをしている人間を捕まえました!」
調所の指示通り、斉興は部下に命じて、江戸の警備を強化させていた。
そして、案の上その警備に引っかかる人間が何人かいたようである。
「む? こいつらは、薩摩で斉彬の警備をしているはずではないか?」
斉彬が薩摩に行ったときに、何人か男性の武士を連れて行っていた。
ただ、基本的には薩摩は男性がいられないので、ずっと同じ人間がいるというのは、男性側にとってもつらく、女性と余計な関係を結ぶ可能性もあるため、頻繁に入れ替わっていた。
斉彬を溺愛している斉興は、どの武士が薩摩にいるかどうかは常に把握していた。
だが、目の前に捕らえられている武士は、今薩摩にいなければならない人間であった。
今回薩摩と江戸の情勢にきちんと詳しい人間を江戸にいさせたかったため、斉興の把握とは異なる人間が江戸にいたのである。
通常なら入れ替わっただけで、そこまで問題にならないが、斉興が警備を強化したために、不審な行動として見つかってしまったのである。
「……、やはり斉彬は詳しいことは知らなかったようだ」
斉興は、捕らえた武士を問い詰めて事情を聞き、自らも薩摩に自分の部下を派遣して、数少ない斉彬への反対派閥からも情報を得ていた。
その薩摩にいる反斉彬派の人間が、斉彬が泊まっていた家に放火したのである。
もちろん、斉彬を実際に殺害する予定は無く、その家は隠し通路があったので助けられたはずである。祐介が助けたので、それができなかったが、下手に顔を見せないほうがよかったので、特に問題はなかった。
その彼女達の情報と、捕らえた人間からの情報で、斉彬をそそのかした、つまり強硬派の人間の内訳を理解し、さらに強硬派とまでは言えなくとも、協力をしているメンバーも把握された。
加えて、お由羅の方の殺害計画があったことまでも斉興の耳に入ってしまった。
「……、やはり斉彬を薩摩に送ってはいけなかった! おい!」
斉興は自分の側近を呼び出して、指示を出した。
その指示は、彼らを通して、薩摩にすぐに伝わることになる。
「……、調所は最後まで私とは相容れなかったわね」
斉彬が悲しそうに嘆く。
「調所殿は、父上に疑惑が向くのを嫌がったのです。最後まで忠臣でした。もちろん金銭を横取りしたこと自体は許されることではありませんから、仕方の無いことです。姉さまは正しいことをされました。お気にされぬようお願いします」
それを久光が慰めている。調所がいないため、城内も忙しくなり、久光は時間の合間をぬってきたのである。
「祐介殿はいらっしゃられないのか?」
こういうときにはいつも側にいる祐介の姿が見当たらないことに、久光は疑問を持った。
「今日は、靭負に呼ばれてそっちを手伝っているみたいよ……。彼女が珍しく祐介を強引に連れて行ったみたいだから、どうしても必要みたいね」
靭負は、斉彬をかなり信奉しているため、祐介が斉彬に呼ばれているときに祐介を自分の用事で呼ぶことはこれまで無かったのである。
その彼女が祐介を斉彬が呼んだのに、自分の元に連れて行ったのだから、よほどの用件であることは理解できた。
そもそも薩摩が落ち着かなくなったのは、調所の自殺が原因であり、その責任の一端に自分も関わっていないとは言い切れない彼女には、やや引け目があった。
「ふむ……、ですが靭負殿は事務には関係していらっしゃらないはずですから、何もないと思いましたが?」
久光は首を傾げたが、また仕事に戻らねばならなかったので、斉彬を心配しつつも離れるしかなかった。
「急な用事だと思って来たんですけど、ただ一緒に過ごすだけなんですか?」
祐介は靭負と一緒に薩摩を巡って歩いていた。
「ああ、私は殿方と2人きりで過ごしたことは無いからな。予行練習みたいなものだ」
靭負はご機嫌なときに見せる元気な笑顔で、祐介の横を歩いていた。
「別に今日やらなくてもよかったんじゃ……」
今日この日、薩摩には珍しく雪が降っていた。積もるほどではなかったが、その景色をに興味を持っている薩摩人も多くいた。
「いいじゃないか。今日は雪で仕事は落ち着いているけど、調所様がお亡くなりになって、明日からはきっとまた忙しくなるし、今のうちに過ごさせてくれよ」
「でも……」
祐介としては、斉彬のことが心配ではあり、側にいてあげたいと思っていた。
だが、靭負のただならぬ様子に、悪いとは思いつつも城を出てきていた。
「お願い……、今日だけでいいんだ……」
ただ出かけるだけなら、やはり今日である必要はないと思い、乗り気ではなかったが、靭負が見せた表情は、不安を感じさせるものであった。まるで、今日を逃したら、次が無いかのようであった。
「分かりました。今日は靭負さんに付き合いますよ」
「そうか。ありがとな」




