第23回 作戦の失敗
「斉彬様、急なお呼び出しとはなんでしたか?」
斉彬は祐介も含めて、調所を自分の部屋に呼び出した。
「実はここ最近帳簿を調べて見たんだけど、琉球で行われているはずの貿易の計算が合わないの」
「それは問題ですな。帳簿をつけている人間を入れ替える必要がございましょう」
「ええ、でも帳簿の間違いとは限らないわ。帳簿があっていても、お金が合わないことはありえるでしょう」
「…………」
「薩摩は長い間密貿易を行ってきたわね。本来は国禁で禁じられていることよね」
「はて、ご存知ありませんでしたかな。この密貿易は……」
「知っているわ。薩摩の財政を安定させるために、黙認されているのよね」
「でしたら……」
「そのせいか、分からないけど、琉球との貿易の帳簿をつける人間は、皆調所が選んでいるのよね。他の帳簿は、久光や、前にその仕事を勤めていた人が引き継いでいるのに」
「ええ、間違いがあってはなりませんからな」
「でも、間違っているのよ。おかしいと思わないかしら?」
「……私の人選が間違っておりましたかな。最近は参勤交代で江戸におることが多かったですから、管理が甘くなってしまったようです」
「……、あなた。密貿易の収益を一部くすねているでしょう」
「なんのことですかな?」
「証拠があるの。とは言っても薩摩にすんでいる領民からの証言だけだけどね。ただ、あなたがそんなことをしているという疑惑を持ったままでは、薩摩の皆も不安に感じると思うのよ。だから、弁明があるなら教えて頂戴。間違いなら仕方ないわ。ただ、本当なら、江戸へ伝え申し訳なければなりません」
「斉彬様……」
「いきなりこんな話をしたから、驚いたかもしれないわね。もしあなたが無実だったら申し訳ないと思っているわ。時間をあげるわ。一旦江戸のお父様と相談するのもいいわ。また後日聞くわね。では下がりなさい」
「……はっ……」
そして、調所はうなだれるように部屋を出て行った。
「ふ~、あまり人を攻めるのはいい気しないわね」
調所が出て行くと、一息ついて祐介にもたれる。
「お疲れさん。でもしっかりしてましたけどね」
「これくらいはできないと、藩主にはなれないわ」
「さて、これでどう出ますかね」
「調所のことだから、何かいい対策は講じてくると思うわ。今回はあくまでも領民の不満への対応をしなくちゃいけないんだから」
斉彬はあまり重くは考えていなかった。
薩摩の人間を愛している彼女は、その不満を取り除くために調所にたずねたに過ぎない。
証拠はあくまでも状況証拠しかなかったので、調所が本当に手紙に書いていたことをやっていたとしてもいなかったとしても、言い逃れはできてしまう。
だが、調所がそれを行っていたとする場合は、監視を厳重にできるし、再び行うのも難しくなる。
斉彬にとってはその程度の考えであった。
だが、斉彬の知らぬところで問題がおこる要因がいくつかあった。
1つは、手紙を出した人間が斉彬の藩主就任を考えている人間。つまり、強硬派であり、調所の動き次第で、江戸の斉興を廃嫡しようと考えていたこと。
1つは、斉彬が調所とあまり接していなかったことで、彼の力量や性格を見誤り、調所の起こす行動を予想しきれなかったこと。
そして、もう1つ。この作戦を考えた強硬派の中に、斉彬に非常に近い人間が絡んでいて、調所と斉彬が接したことを、すぐに知らせることができてしまったこと。
この3つが、1つ大きな事件を起こしてしまう。その事件は、歴史上では決して無名ではないが、歴史に興味の無ければ、知っていなくても仕方の無いことではある。
もし、祐介が、斉彬が薩摩藩主になるきっかけとなる一大事件を知っていたらどうしたのだろう。
歴史の流れを守ったか、それとも自分の周りを守ったか。それは、知りようがない。
斉彬と調所が出会ってから、すぐにその斉彬に近い人間が、強硬派に話をつけ、その連絡を受けた武士が、江戸に行って連絡を待っていた。
調所の不正が確認できしだい、それを斉興と老中に伝えるためである。
薩摩にいる強硬派は、斉彬が調所を弾劾したことをしって、そのときを意気揚々と待っていた。
『これで、斉彬様が藩主になれる』
『斉彬様を利用したみたいになったけど、仕方ないことね』
『おーい!』
強硬派の人間が集まっていると、そのうちの1人がそこに走ってきた。
『はぁ……、はぁ……』
『そんなに急いでどうしたんだ?』
『き、緊急に伝えないといけないことができました』
『調所様が罪を認められたのかしら?』
『は、はい』
『やった! じゃあ早速江戸に連絡を……』
『ま、待ってください。お認めになられたのは本当なんですが……』
『どうしたの?』
『調所様が、全て自分が独断で行ったことで、関係ないという趣旨の遺言状を残して、服毒自殺されました!』
『え…………』
『調所様が……?』
強硬派の人間は全員その場で固まってしまった。
調所の不始末を、現在の藩主である斉興の罪であるという理由付けをして、斉彬を藩主にする計画であったはずなのに、調所が自分が独断で行ったことにして、責任をとって自殺してしまっては、もう斉興にはとがめられる要素が無くなってしまったのである。
調所の身を張った行動によって、強硬派の動きは完全に封じられたのである。




