第20回 弟だって心配です
「明るくなってきたわね……」
体温の戻った斉彬とお互いに暖めあい、なんとか日差しがさす時間まで持ちこたえることができた。
「さてと、うん、服は乾いてるな。ちょっと湿っぽいけど。じゃあ斉彬さん、座って待っていてください。外に助けを呼んできます」
祐介は干した服を着て、外に声をかけにいこうとする。
「ちょっと待って。この洞窟奥があるわ」
その背中に斉彬が声をかける。
「本当ですね。夜は暗くて見えませんでしたが」
洞窟の奥が行き止まりに見えていたが、光が差すと、行き止まりと思っていた場所は、横に道が曲がっていた。
「こっちから出れるなら、こっちのほうがいいかもしれませんね。できるなら斉彬様を早めにお城まで連れて行きたいですし」
斉彬の命を助けることが必要だったため、外に助けを呼ぶことを考えたが、これは斉彬に危険があったことが、薩摩に広まる可能性が高まる。
それでも選択肢がないなら仕方が無いが、もし洞窟が地上につながるのであれば、斉彬に危機があったことを知る人間を、0にはできずとも、必要最小限にとどめることはできる。
「じゃあ俺が見てきますから、斉彬様……」
斉彬を置いて様子を見に行こうとすると、斉彬から恨みがましい目線を向けられる。
「どうしたんですか?」
「ここに私を置いていくのかしら?」
「様子を見ていくだけですから」
「それでも……、1人にしないで……」
斉彬の目には涙が浮かんでいた。
「いつからそんなに寂しがり屋になったんですか……。わかりました。背負っていきますから」
斉彬にしては合理的な意見ではなかったが、とても無視をしていい空気ではなく、斉彬のわがままを受け入れた。
洞窟は曲がってからはずっとまっすぐで、道もどんどん大きくなっていき、海沿いの森に出ることに成功した。
「……出れましたね」
「まぁ昨日は暗かったから……」
出れたことはとてもいいことなのだが、あっさりと出れたことに対してなんとなく拍子抜けになる2人であった。
「ね、ねねねね、姉さまがいらっしゃらない!! ど、どうすれば!」
異変に最初に気づいたのは、久光とその家臣である。
斉彬の様子を身に来た家臣が、緊急の要件かと思い久光に内密に連絡をしたのである。
「落ち着きくださいませ。どうされますか! 内密に探すが、大々的に探されるか。ご指示ください」
「そ、そうだな。まずは姉さまに相談して」
「……その斉彬様がいらっしゃられないんですが……」
「そ、そうであった。すまぬ。だ、大丈夫だ。私は落ち着いている。そうだ、祐介殿が何か知られているかもしれない。その上で対策を練ろう」
「すぐに探しに行かれないのですか?」
「下手に事を大きくしては、姉さまの迷惑になるおそれがある。私が知らないことでも、祐介殿が何か知っていられるなら、わざわざ余計な手間をかけることもない。私も出るから、3人ほど連れて参れ。それで祐介殿もご存じなければ、そこから動けばよい」
「はっ、かしこまりました」
部下は最初久光が自分で物事を決められない優柔不断に感じていたが、話を聞くうちに(いきなり斉彬に相談しようとしていたのはおそらく動揺によるものだろう)、慎重であることと、斉彬へのことを考えていることを感じて、久光の指示に従った。
「よし、では朝の見回りに行ってまいる」
そう言って少ない部下を連れて祐介のもとへ向かおうとする。
「む!? あれは?」
出発して本当にまもなく人影が久光の目に入った。
「あれは、祐介殿ではないか。誰か背負っておられるようだ……。怪我が病気の人でも助けておられるのか……? だが、こちらも緊急事態だ。いくぞ」
祐介の方でも何かあったように感じたのだが、それを気遣っている場合でもないので、すぐに接近する。
「祐介殿!」
「あ、久光様……」
「お忙しいところ申し訳ございませぬ。実は…………、姉さま?」
祐介に斉彬のことを聞こうとしたが、その祐介が背負っている人間を見て言葉を失う。
「ああ、申し訳ないです。斉彬さんは昨日俺のところに相談に来て、内密な話でしたので、海の近くでしていたのですが、斉彬さんが海に落ちてしまいまして。先ほどまで西郷家で介抱しておりました」
祐介はもちろん細かい事情を正直には言わない。
今回の呪いの問題については、斉彬と久光とその側近には伝えていない。
斉彬も、1人で物思いにふけっていたことを、あまり久光に知られたくなかったので、この話をすることは了承してもらっている。
西郷家にいたのも本当である。
濡れた服で歩いているよりも、着替えを行ったと言ったほうが自然なので、吉之助に協力を仰いだのである。
「そういうこと。それで、足も少し痛いから、背負ってもらって今からお城に戻るところよ。心配かけてごめんなさいね」
斉彬が申し訳なさそうに謝ると、久光は目を閉じて無言で涙を流した。
「…………姉さまがご無事で本当によかったです」
完全な男泣きである。
いかに久光が斉彬を慕っているかが、その場にいる人間全員に分かった。
「……、あなたが出てきてるって事は、私を皆で探しているのかしら?」
「いえ、もしただ姉さまが、祐介殿や靭負殿と共にいらっしゃるだけでしたら、大事にするとご迷惑かと思いましたので、ここにいるものしか知りません」
「いい判断ね。さすがよ」
「いえ、動揺してしまいましたし、祐介殿に案を仰ごうとしただけでございますから。まだまだです」
「このまま、俺もついていきますよ。俺からも事情を説明したほうが、説得力ありますしね」
「祐介殿、かたじけない」
そして、皆ですぐに鹿児島城に戻った。
城に戻ると、一部には驚かれたが、久光と祐介の両方がいたので、そこまで問題にはならなかった。
斉彬が疲れていたため、休ませたところで、祐介と久光は2人きりになる。
「祐介殿」
「どうされましたか?」
すると、久光が祐介に声をかけてきた。
「あの……、姉さまのお悩みというのは……、やはり今のことでしょうか……」
久光は悲痛な面持ちで、祐介にそうたずねた。
「やっぱり久光様にも分かりますか」
あえて言うことではないが、久光がそう思うほど斉彬の悩みの原因がそれであると分かるということなので、祐介は質問された内容にそのまま答えた。
「やはり……。どうにかなりませぬか」
「今はどうにもならないでしょうね。何かきっかけがないと。ですが、斉彬様は、絶対にあきらめないで頑張られるとのことだったので、俺はそのサポートをするだけです」
「さすが姉さま。お強いですな」
「いえいえ、あの人は繊細です。はじめはもうあきらめかけてました。ですから、久光様も斉彬様を助けてあげてください」
「姉さまが……。そうですね。姉さまは優しい方ですからね。ですが、私に何ができるというのでしょうか」
「何があっても味方でいればいいんです。ただし、言葉や行動に移す必要はありますがね」
「……、分かりました。私なりに考えて見ます」
「もしご相談があれば、俺達は誰でも相談に乗ります。全部背負わないでください。その真面目さは久光様の強みですが、もう少し周りを頼ってください」
「……祐介殿。本当にありがとうございます。もし、姉さまの夢がかなわず、私がそれを継ぐとなったら、私にもご協力いただけますか?」
「もちろんです。俺はあなたのことも尊敬しています」
「ありがとう。ではしばらくは姉さまをお願いします。できるなら一生……」
「一生は無理じゃないですかね? 結婚するわけでもないでしょうし」
「え?」
「え?」
ずっと話していた2人の会話が初めて止まる。
「いえ、てっきりそうなのかと思ったのですが、違うのですか?」
「まったくそんな話はありませんよ」
「ですが、姉さまは、祐介殿には、明らかに甘えておられますし、便りにもされておられるようですし、既にそう言う関係かと」
「好かれてはいるとは思いますが……、結婚とは……、俺は身分の知れない人間ですよ」
「薩摩はそのようなことを気にしませんよ。私の許婚も薩摩の平民です」
「ですけど、斉彬様の気持ちもあるでしょう」
「姉さまはまんざらでもないようです。祐介殿のことを何度も褒められて、もし結ばれるなら祐介殿のような方がいいと言われております」
「………………」
「祐介殿?」
「お話は分かりました。すいません、ここ何日かで、斉彬様と久光様と俺で3人になれる日はありますか?」
「う、うむ。でしたら明後日はいかがですか? 今日これから私は少し忙しいので」
「その日に、この話についてお2人にお話したいことがあります」
「分かり申した。姉さまにも伝えておきます」




