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第19回 距離が近くなる

ここで幸いだったのは、崖下に岩場が無かったことである。


もし下が岩であれば、間違いなく命が無い高さであった。


そのため、斉彬は海に落ち、祐介もまもなく落ちる。



落下した海は夜の海。しかも海以外にもまったく灯りがないまさに漆黒の世界であった。


「斉彬さまー!」


目の前ですらまったく状況が把握できず、ほぼ同時に落下して同じような場所に落ちたはずの斉彬を見失った祐介はあせった。


「斉彬様!」


時期も海に入るにはやや冷たい時期であり、かなり鍛えている祐介ですら、声を出すたびに体力が減っていくのが明らかだった。


細身で体力のない斉彬が長時間ここにいることは、本当に命に関わることであった。


(……もしかしてこれか!?)


そして祐介はこれが呪いではないかと考えた。


斉彬のいる場所だけ崩れ、斉彬の体が本当に少しだけ揺れるような、寝ている人は気づきそうも無い小さな地震。


もし仮に斉彬だけしかこの場にいなくて、死亡していれば間違いなく不慮の事故で扱われる可能性が高い。


(いや、今はどっちでもいい! 助けないと!)


祐介は呪いが原因という可能性を考えるのをやめた。


今は原因はどっちでもいい。この場に偶然自分がいたのだから、絶対に助けなければいけないのであった。



「…………ゆ………………け」


そして、祐介の耳元に波の音にかき消されそうな課細い声が聞こえた。ただ、それは聞き間違えるはずも無い声であった。


「!!」


その声のする方へ泳いでいく。


周囲は真っ暗で方向感覚などないが、斉彬はなんとか知らせようと小さな声を出し続けてくれていたので、まっすぐ進むことができた。


「! 斉彬様?」


ついに祐介は彼女を見つけたと感じた。波の動きに反してわずかに揺れる水しぶきだけで、十分であった。


祐介が右手を思い切り伸ばすと、確かな感触を感じ、そのまま抱き寄せる。


「斉彬様…………、よかったです……」


漆黒の闇でも、さすがにお互い触れ合える距離にいれば、間違いなく存在を認識できる。



「ゆ、祐……介……」


祐介に抱かれたとたんに、斉彬は力を抜いて気を失ってしまった。


助けたはいいが、問題は解決していない。


祐介だけであれば、このまま朝まで1人で浮いているというのも手である。


下手に動かないほうが体力も安定するからである。



だが、完全に気を失った人間1人を支えながら泳ぐのは、さすがの祐介でも確証が持てなかった。


そのため、体力の消耗を覚悟してでも、何とか陸地に向かって泳ぐしかなかった。


暗くても、さすがに崖の位置は分かるため、陸地に近づくことはできる。


ただ、その陸地に近いところが安全であるわけではない。


(陸地があれば波の流れが違うところが多分ある。音だ! 音で聞き分ける)


崖や岩場になっている場所は、砂浜などと違って、波が岩場にぶつかって大きく跳ね返る。


そこにいってしまうと、岩場に叩きつけられたりして怪我をしてしまうかもしれない。


だが、もし陸地があれば、そこだけ波の音がゆるやかになるはずである。


暗闇の中では目はまったく頼れない。祐介は落下した崖の近くまで泳いでから、聴覚に全神経を集中させた。



ザパーン! ザパーン! ザパーン! …………………………チャプチャプ………ドポン…………ザパーン! ザパーン!


(違う音がある……)



激しく崖に衝突して跳ね返る波の音に混ざって、小さく水が沈んでいくような音が聞こえた。


その音に何の根拠も無かったが、祐介は音が1番大きく聞こえる場所まで泳いだ。


そこで慎重に慎重を重ねて近づき、手を前方に向けて状況を把握しようとした。


その音は人が入れないような小さな穴に水が逃げていく音の可能性もあったし、小さな岩の隙間で、そこに吸い込まれる危険性もあった。


だが、運命は彼らの味方だった。


そこにあったのは、なだらかな坂で上がっていく陸地と洞窟だったのだ。


これで、明日には助かる可能性が高い。


この場所は朝の時間帯になれば、人通りがちらほら見られるようになるし、船を出す人もいる。辺境の場所ではない。


明るくなってから声を出したり、身振り手振りをするなりすれば、すぐに見つけてもらえるだろう。


ただ、このままではまずい。体が2人とも冷えているのである。


とくに、斉彬は意識はあるが、体が震えている。体は冷たく、低体温症の初期症状である。


祐介もこうなってしまったら、もうどうしようもない。すぐに体を温めなければならない。


洞窟は多少暖かく、満潮を迎えた海はこれ以上水位が上がらないが、それでも海よりましという程度。


火などおこせるはずもなく、さすがの祐介もお手上げになりつつあった。


明るくなるまでの時間を考えれば後3時間くらい。なんとかそこまで斉彬を生かさねばならない。日が昇れば暖かくなるはずだ。


「すいません、斉彬様。俺の体も冷えてますし、こんなことを女性にするのは失礼だと思いますが……、緊急事態です」


祐介は着物を脱いで下着だけになる。それを洞窟の出っぱりに引っ掛ける。乾かすのと同時に外からの風除けにするためだ。冷えた体には、冷たい風が最も危険である。


そして、斉彬の上だけをはだけさせ、彼女を抱きしめた。


抱きしめても初めは冷たかった。


だが、体に筋肉が多く、まだ低体温になっていなかった祐介の体は何とか熱を保っており、一応平温くらいの温度がある洞窟内で少しずつ体温を取り戻していった。


そして、それはほんの少しずつ斉彬に伝わっていく。


体を密着させ、手は背中から腰、首を触って体温を与えていく。


斉彬の体の震えは何とか止まり、意識もかなりはっきりしてきた。


今はやや寒い時期だったが、まだ冬には当たらない。寒いといえば寒いが、極寒ではない。


もしもう少し寒ければ、斉彬はもちろん祐介も危険であっただろう。



「う……」


「斉彬様。大丈夫ですか?」


斉彬は幸いにして目を覚ました。


「祐介……? 私達は?」


「崖から落ちて、海に落ちたんです」


「そう、またあなたが助けてくれたのね……。これで2度目かしら。あなたに命を助けてもらうのは」


「偶然俺の目の前で斉彬さんが危機になるだけですよ」


「それでも助けてくれたのは本当じゃない。でも崖が崩れるなんて、私は天には愛されていないみたいね……」


「そんなことはないでしょう。むしろ斉彬様が正しく生きているから、危機になっても助けがあるんです」


「あ……、私の着物脱げてるし、あなたも裸じゃない。私は襲われるのかしら?」


「いえ、申し訳ないとは思ったんですが」


「冗談よ。私の肌を見た殿方はあなたが始めてよ。どうかしら?」


「……、綺麗じゃないすかね。離れたほうがいいですか?」


「いいわこのままで。体が動かせないもの」


斉彬は意識がはっきりしてはいたものの、低体温になった関係で体が不自由であった。


そのため、祐介が抱きとめていないとそのまま倒れてしまうので、抱きしめたままだった。





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