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第18回 理想を叶える人の代わりはいても、あなたの代わりはいないんですよ

「まさか祐介が来るなんて。今まで1度も見つかったこと無かったのに」


「何をやってるんですか。夜の崖近くなんて危ないですよ」


祐介はそう言いつつ、斉彬の側に行く。


「ごめんなさい。時々ここに来るのよ。周りに誰もいないこの場所は私のお気に入りの場所。とっても静かで落ち着くでしょう」


「そうですね……」


崖の上はまたさっきまでの海とは違う。


崖からは先端に立たない限りは、海が遠くにしか見えない。


だから、真っ暗な海が近くに見えず、月明かりに照らされる海がさきほどよりも神秘的になる。


そして、崖の真下で波がぶつかる音が聞こえるので、波の音も更に心地よく大きく聞こえる。


さらに、崖の上ではずっと気持ちのよい風が吹き続けて気持ちがいい。


「私も薩摩に来てそんなにたってないけど、ここには人が来る気配はないわ。だから、私だけの場所。はじめは気持ちいいから来てたけど、最近は……」


「つらいんですか……?」


「ええ……、最近は鹿児島城内でも、派閥みたいなものができて揉め事も多いし、やりたいことを調所はまったくさせてくれないし、久光は私に引け目を感じているのか、あまり表立って何かをしようとはしないし……。うまくいかないものね。私だけが困るならまだいいけれど、久光もこのままじゃつぶれてしまうわ。潔くあきらめて、お嫁にでもいこうかしら……って思ってしまうわ」


「なんてことをいうんですか。斉彬様がいなくなったら絶対揉め事になりますよ」


「そんなことはないわ。私が薩摩を離れて二度と戻らなければ、さすがにあきらめるしかないわ。江戸だと、靭負達に見つかっちゃうかもしれないから、陸奥あたりにでも行こうかしら……」


「どこまでいくつもりですか」


陸奥。今の青森から仙台辺りである。


「祐介……、付いてきてくれる? 私と一緒に過ごしてくれない?」


いつの間にか祐介の胸元に手をおいて、上目遣いで斉彬はそう言う。


先ほどの発言からつなげると、これは事実上の求婚に近い。


「俺は斉彬様の考えを尊敬してますし、どんなことでも賛成するといいました」


ただでさえ絶世の美女である彼女が、いつもの堂々とした感じと比べて弱弱しくなっていて、今にも壊れてしまいそうになった状態で、すがっている。


独特のムードも相まって、その雰囲気に飲まれそうになった。


「ですが、俺達に自信満々に語ってくれた夢はどうするんですか? 薩摩を見捨てるんですか?」


「私がかなえなくても、きっと誰かが叶えるわ」


祐介はその斉彬の発言が、どうしても許せなくなった。


その発言は間違ってはいない。誰かがやらなくても、時代を遅らせて誰かがやる。


だが、その代わりに出てくるのはいつなのかは分からない。


ここで、斉彬の立場に当たる人間が藩主にならない場合は、それにより重用される西郷隆盛らに当たる人材の登場も遅れるということである。


つまりは、明治維新に当たることが遅れるのである。


しかも、明治維新というのは、かなりの優秀な人材が、奇跡的な形でそろって成立するもの。


加えて明治政府には薩摩の要人も大幅にいる。これだけの条件をそろえて、同じ行動を起こすには、かなり長い年月を間違いなく要するのである。


(まぁここまではただの言い訳だな)


祐介は、薩摩に来てから歴史が変わってしまうことによる不安を感じてはいたが、それよりも今は大事なことができていた。


「斉彬様。あなたの代わりになる人はきっといつか現れます」


「……そうよね。じゃあ」


「ですが、今の薩摩が求めているのは斉彬様です。その代わりになってくれる誰かじゃありません」


「でも私は……」


「そして、俺が本気で手を貸したいと思っているのも、いつか斉彬様の夢を叶える人ではなくて、斉彬様です」


その言葉に、斉彬は大きな瞳をさらに見開いた。


「だから、あきらめないでください。前にも言いましたが、俺にできることなら何でも協力します。斉彬様のやっていることは正しいんです。今はだめでも、我慢して耐え続けていればきっと機会はありますから」


寄り添っていた斉彬の両肩を両手でつかみ、目を見てそう言う。


「でも、そんなのいつになるか分からないわ……。10年、もしかしたら30年、もっと悪ければ死ぬまでかかるかもしれない。それまで、こんな気持ちでい続けなければいけないの……」


「ですから、俺がずっと側にいます。斉彬様が理想に向かって走り続ける限りは、俺は離れません」


自分でも無責任な言葉ではあるとは思っていた。だが、可能かどうかは別として、間違いなく本心であった。


その後しばらく黙っていたが、斉彬は目を閉じ、涙を流して祐介から離れた。


「……、そうね。ありがとう。私は調所がここに来てから弱気になっていたみたい。そうね、何もできないけど、今は何もできないだけ。もしかしたら、明日にでも状況は変わるかもしれないもの。だったら、できることをやって、何もできないなら、我慢するのが私のできることなのね」


「そうです。理想を叶えるのは大変なんですよ。簡単にいかないから苦労するんです」


「ふふ、いじわるなことを言うのね。でも、ありがとう」


その瞬間だけ祐介は少し気を抜いた。


無用心といえば無用心だが、これを攻めるのは酷というものであろう。


確かに、まだ呪いのことは終わっていないし、やや危険な場所にいるのだから、安全を確保する必要はある。


だが、心の弱っていた斉彬の気持ちを慰めて、前向きにさせられたこと。そして、美しく見とれるような笑顔で、元気な様子を見せた斉彬に対して、少しほっとしてしまうのは仕方が無いとも言える。



そして、その瞬間は起こった。


グラグラグラ!


「きゃあ」


「おっとっと」


大地が揺れた。いわゆる地震である。


2人の声を見たら分かるとおり、そこまで大きな地震ではない。


寝静まっている人間を起こすほどでもない程度の小さな地震だ。


だが、その揺れは崖をわずかに崩し、崖全体に影響を与えた。



「きゃああ!」


次の悲鳴は大きかった。斉彬の足元が崩れて、バランスを崩し、後ろ向きで崖下に向かって体が泳いだ。


「斉彬様!!」


その光景を見て祐介は何のためらいもなく斉彬を追って飛び降りた。


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