第17回 10日目
次の日から、斉彬への警護が始まった。
調所が来てからというもの、ほとんど城内にとどまっていたのに、今日になって斉彬は急に外を出歩き始めたので、より慎重な動きをする羽目になった。
久光に祐介が確認したところ、節約のかいあって、多少予算に余裕ができたので、改めて薩摩の情勢を確認するもの必要であるということで調所が許可をしたらしい。
本来かなり倹約家である調所がそのようなことを言うのは、珍しいので、これはお由羅の方の呪いによるものか、それとも、お由羅の方の指示によるものか。いずれにせよ、不自然であった。
外に出るというのであれば、祐介らは近くにいられるが、城の中にいるよりはやはり危険が生じやすい。
祐介や靭負、時にはうまく手を空けて吉之助や正助などの、斉彬と直接面識のある人物が入れ替わり立ち代り周辺警護に周り、その他は、遠めから様子を眺めていた。
斉彬が外にいないときも、違和感や、変な動きがあれば、すぐに連絡を取り合って、徹底的に安全対策を行った。
その付加効果として、吉之助と正助は、あまり今日まで斉彬と話すことが、そこまで多くなかったので、いろいろな考えを改めて聞いて、更に尊敬を深めた。
斉彬も、自分と年の近い、将来性のある2人と話すことは、なかなか気分転換になったようで、調所が来てから、やや落ち込み気味であったのが、少し和らいだようであった。
吉之助と正助は、薩摩の若い二才においては、高い知識と地位を持っているので、その2人が、斉彬を全面的に肯定してくれれば、また斉彬の自信にもつながる。
多少吉之助と正助が、自分に触れ合う機会が増えたとはいえ、斉彬は特に不信に思った様子もなく、何事も無いまま9日目が終わろうとしていた。
「今日はもうお城に入って寝るだけらしいよ」
その日は、靭負と正助が付いていて、斉彬が城に入るのを確認したようであった。
「そっか~ じゃあ後は明日だけだね~」
吉之助に家に正助が来て連絡をする。
「今日もありがと、祐くん」
吉之助と正助の代わりをこの10日間の間に祐介が何度か行っていた。
警護はもちろんだが、斉彬の考えや思いを、2人にも知ってもらうためである。
「お疲れさん。じゃあ後は明日か」
呪いの効果は一応10日間。9日目の夜までは何も起こっていないし、それらしき怪しいことも無かった。
つまり10日目に何かが起こる可能性は非常に高い。
不安ではあるが、明日必ず何か起こると分かっていれば気持ち的にも対策はしやすいので、少しだけ皆緊張感を解いていた。
「明日に備えて早めに寝ましょう~。明日斉彬様は、早めに外に出る用事があるそうなので、寝坊しないようにしましょう~」
その日はそのまま祐介も西郷家に泊まり、いつもより早めに就寝した。
「ん?」
皆が寝静まる丑三つ時。祐介は目が覚めた。
祐介がこの薩摩に来てから、このようなことは2度目である。
1度目は以前の火事騒ぎの時である。
元の世界にいたときも、基本的に眠りがしっかりと深い祐介が時々目が覚めるときはあり、そのときは、何かよく違うことがある。
小さいことでは、弟がおなかがすいて、勝手に冷蔵庫を開けていたとか、大きいことでは、泥棒騒ぎとかまでいろいろである。
もちろん必ず何かあるわけではない。だが、何かあることが多いのだ。
この目覚めに、祐介はなんとなく嫌な予感がした。
(斉彬様は、今鹿児島城にいる。その状況で何かあるとするなら、城自体が崩れるような地震が起こるとか、火事? いや、それなら俺の力じゃどうしようもないし、お由羅の方の息子である久光さんも巻き込む可能性があるからそれはない。誰かが裏切ったり、侵入者がいて暗殺? いや、それでいいなら、わざわざ呪いなんかしなくてもいい。城の中で斉彬様に何かあれば、それは直接久光様に責任が及ぶんだ。お由羅の方の呪いは、あくまでも斉彬様個人に起こる不幸だ。と、なると、病気か? ここで考えても出ないな……、気になるなら外に出てみるか)
いくら考えても答えにならないし、ずっと落ち着かないので、とりあえず外に出た。
そのまま走って鹿児島城の前まで来ていた。
鹿児島城は静かで暗く落ち着いていた。
病気であれ、斉彬に何かあれば、必ず騒ぎになっているはずなので、これはつまり何も起こっていないということである。
さすがに考えすぎたかな。と祐介は胸をなでおろしていた。
「ここまで来ちゃったし、海でも眺めてくるか」
特に意味はないのだが、なんとなくそうしようと思い、そちらへ歩いていった。
海に行くとは言っても、鹿児島城から最短距離の場所に行くと、海に入れる場所ではなく、崖の上から海を眺める場所になる。
斉彬と久光と共に、理想を話した場所である。
周りに木も多いので、昼と比べるとかなり暗く、足元も見えずらい。
灯りが無くてはとても危険で歩けない場所であった。
「暗いって不便だな」
改めて現代との違いを感じるとすれば、やはり灯りの有無である。
現代日本においてはかなり田舎においても、目の前すら真っ暗で見えないということはまずない。
ましてや都会に住んでいると、夜でも昼と変わらないくらい明るいものだ。
祐介も初めはかなりとまどって、他の人と比べて早く動けなかったこともある。
最近では慣れはじめて、周りと同じように歩けるようになった。人間の慣れとはすごいものだ。
今日は月明かりがあるからまだ明るい。曇っていると本当に暗闇である。
左は森林、右手は田畑。少し道を逸れると足を踏むはずす道を通って、海まで祐介は到着した。
夜の海は、昼の海とは大きく違うと祐介は感じた。
昼の海は、安心感と心地よさを感じさせるが、夜の海はなんとなく不安感と不気味さを感じさせる。
本来ロマンチックに感じる月や星も、その感じを増徴させてしまう。
でもなぜかその海から目が放せず吸い込まれそうにもなる。
生命の母である海の持っている神秘であろう。
1人でいるので、特に言葉を発することもなく、海沿いに道を歩いていく。
「ん? 誰かいるな?」
少し歩いた先の海崖の近くに人影があった。
このような時間に誰だろうと思い、話しかけようと近づく。
「…………まじか」
そこにいたのは、そこにいてはならない人物。
「あ、祐介……」
島津斉彬であった。




