第16回 大事なのは心か体か
次の日には、呪いが始まる。だから、明日の朝の時点でもう全員協力体制に入らなければならないので、わずか一晩で説得しなければならない。
靭負、吉之助、正助は、斉彬には宴会の体で報告して、薩摩にいる戦闘ができる人間をほとんど集めた。
『証拠もあるんだったら決起しましょうよ!』
「それは斉彬様が望んでおられないと言っただろう!」
『お由羅の方の首をはねてしまえばいいじゃないか!』
「そんなことをしたら、斉彬様が廃嫡させられる可能性が高くなるよ~」
『斉彬様に話したほうが安全じゃないか?』
「斉彬様を傷つけないことが大事なんだ。そのために全員で協力してくれというんだよ」
全員を集めて正直にすべてのことを話した。
靭負は、薩摩の中も地位が高く、吉之助、正助はほとんどの二才、稚児の面倒を見ていたので、尊敬されており、3人が話すだけでも大体の人間は賛同した。
だが、中には斉彬への信頼が高いために、簡単には折れない人間もいた。これがいわゆる強硬派である。
3人に対しても反抗的な態度を取り、簡単には納得しない。
大体の意見については、却下できたが、問題となったのは斉彬の安全についてである。
斉彬が危機であるのに、それを斉彬に伝えないことは危ないのではないかというものである。
他の考えは、斉彬のために将来的にならないので、意見を封じ込めることは可能であったが、この意見だけは、感情論以外での反論ができず、水掛け論になっていた。
確かに、斉彬は繊細でか弱い女性であり、そんな彼女がたとえ血のつながりが無く、好かれていないとはいえ、肉親に呪殺をかけられるほど嫌われていると知れば、藩主をやめる可能性が高いことは間違いない。
だが、呪殺の可能性があることを知っているのと知らないのではやはり危険性が違う。
確かに、薩摩の人間がほぼ全員で協力して斉彬のことを、気にしていればかなり安全ではある。
しかし100%ではない。それを斉彬に知らせておけば、斉彬自身が警戒できるし、安全という点では間違いなくこちらのほうがよい。
つまりは、斉彬の体を間違いなく間守るために、多少心を犠牲にするか、斉彬の心を守るために、多少体を犠牲にするか。この2つについて、お互いに意見が合わないのである。
「ふぅ……、祐介、こればっかりは私も強硬派の意見に乗るべきじゃないかと思う」
必死になって説得を続けていた靭負が、振り向いてずっと沈黙していた祐介に声をかける。
「分かった。3人に任せてて悪かったと思ってる」
「そんなこと言わないで~。祐介さんすごくがんばってるし、薩摩にずっといる私達が説得するのが自然だっていう考えは間違ってないよ~」
「そうだ。だが、祐介くんは説得できるのかい? 君は信頼はされているが、私達と違って長い付き合いはないし、薩摩のことを詳しいわけではない。最後もし説得できなければ君が出るとは言っていたが、できるのかい?」
申し訳なさそうにする3人の前に祐介が出る。
祐介の頑張りは薩摩人も認めていて、基本的には尊敬される目線を向けられる。
そして、初めて薩摩に来たときに向けられたのは、奇異の目線である。
しかし、今向けられているのは、敵意の目線。斉彬を藩主にするための強硬派の目線である。
祐介にとっては初めての目線であった。
斉彬を藩主にするために、多少は強引な手段を使うことに対して、躊躇がない。それだけに、女性とは言えなかなか迫力のある面々がそろっている。
『祐介さん、あなたにはお世話になっている。だが、今回の件に関しては別だ。斉彬様に危害を加えることに対して証拠もあるのに、何もするなというだけでもかなり我慢しているつもりだ』
『それに対しては斉彬様と親交の深い祐介さんが言うのだし、靭負様も言われているのだから、こらえよう』
『だが、斉彬様に危害が及ぶことが分かっているのに、それを本人に伝えないのは愚の骨頂。斉彬様の安全を確保するためには、今回の件はすべて伝えるべきだ!』
『そして、伝えれば、斉彬様も今回の陰謀を知ることになる! ならば、それを理由に斉彬様を藩主にする方向性に持っていくのが正しいことだ!』
様々な方向から意見が出てくる。
今回集まった薩摩人の中には、もちろん穏健派や中立派もいる。
強硬派が意見を言えば、靭負だけではなく、そう言った立場からも反論が返ってくるが、斉彬の安全を確実にするためには、斉彬に伝えることに対してだけは明確な反論ができないのか、強硬派の意見が出た後に、沈黙となった。
そして、全員が祐介を見た。
「意見は変えない。斉彬様には絶対に伝えない」
ガタッ!
祐介がそう言うと、1人真剣に手をかけて、祐介の目の前に来た。
「祐介!」
「大丈夫です」
それを見て、靭負が動こうとするが、それを祐介は制した。
『チェストー!』
そして剣を振った。
また全員が沈黙した。
剣は祐介の頭の手前で止まっていた。祐介はピクリとも動かなかった。
『…………、あなたにとっても斉彬様は大切な人のはず。なぜ安全を求めない?』
「斉彬様は才能も、知識も十分な人です。そして、人1倍やさしい人です。いえ、あれは甘いと言ってもいいです。非常さがないんです。自分の能力を生かすのに、いつも不安を抱えています」
『だから、私達がその非常さを背負ってあげればいいじゃないか。ならばなおさら私達が無理にでも藩主にしなければ藩主にはならないんじゃないか』
「いえ、だからあの人は甘いんです。人に自分の責務を負わせることすら嫌がります。そして、少しでも迷惑をかけると思えば、もう藩主になろうとは思わないでしょう。幸いにも、弟の久光さんが斉彬さんを尊敬していて、自分が斉彬さんを差し置いてまで藩主になろうとは思っていない、というよりも斉彬さんを支えて行く気持ちが強いですから、今何とかなってるんですよ」
『…………、だが、特例が無い限りは、藩主の斉興様が斉彬様を認めない限りは、斉彬様は藩主になれない。今回のお由羅の方の件はその特例にあたることじゃないか。これを逃したとして、何か手立てはあるのか?』
「ないです」
『……ないのに、私達の意見を否定するのか?』
「俺は、『今の斉彬様』に藩主になってもらいたいんです。純粋で、自信を持てないなりに、正しいことをできるあの人を尊敬しています」
『そんなきれいごとがまかり通るのか?』
「それは分かりません。ですが、今回お由羅の方は明らかに、『邪』の行動を取りました。今までも、斉彬さんに対して、明らかに邪魔するような行為をされてきましたが、それは多少変なことでも、義に反したことはしていませんでした。でも今回の行動は明らかに、悪い行動です。斉彬様はずっと正しいことをしてきました。『正は邪に勝つ』ものです。今回をうまく乗り切れば、きっと機会はあります」
『…………!!』
そこまで言って、剣を振るった人物含め、強硬派も止まり、全員が止まった。
薩摩人にとって、卑怯な行動を取ることは、何よりも忌み嫌われることである。
考えの違いがあるとはいえ、皆実直なのである。
「斉彬様が正しいのであれば、こんな邪には絶対に負けないはずです。ですから、今のままの斉彬様でいてもらうために、俺の考えに乗ってください。俺は斉彬様に今近くいられる人間です。俺の命に変えてでも、絶対に守って見せます」
祐介のまっすぐな言葉と瞳に、全員が言葉を呑んだ。
強硬派の人間も、顔をしかめたり、壁を叩いたりと不服そうな様子はあったが、なんとか了承をした。
「祐介、あんま無理すんじゃないよ。冷やっとした」
そして解散をした後にいつもの4人が残り、汗を拭きながら靭負が話しかけてきた。
「まぁ切るつもりがないのは分かってたので」
祐介はその気配も感じ取ることができた。
英二の訓練で気配を測る練習があったのである。
それは英二が祐介に剣道の装備をさせずに正座させ、木刀を持って祐介の前に立ち剣を振って、2回素振りをした後の3回目に祐介の面を叩くか叩かないか、当てるというものであった。
叩かない場合でも、本当にミリ単位の寸止めになるので、緊張感は強い。
だが、寸止めはなかなかレベルの高いもので達人とは言えどもやはり気を使うものである。要は、絶対に切らないという意識を持ったものである。
剣道の試合は本当に一瞬で決まってしまう。
その中には、フェイントなどの当てるつもりのない攻撃もあるため、その気配を感じ取れれば、確実に有利になる。
試合にも実用的で、実際の殺人剣においても重要な訓練であるため、幼少期からこの指導を受けていた。
面を叩くのに回避しなければ当然叩かれるし、叩かないのに回避したら、また叩かれる。
この訓練だけで、祐介以外の親族はほぼ全員逃げてしまったといわれている。
その研ぎ澄ました感性は、たとえ真剣であっても乱れることがなかったようだ。
「そうだろうが、あいつはまだ若いやつだし、手元が狂う可能性だってあったんだ。だが……」
「……?」
本当に心配をかけたようで、多少申し訳ないとも祐介は思い謝ろうとしたが、途中で否定文が入ったので、困惑した。
「あの本気で命をかける姿が、あいつらにも響いたんだと思う……。そうじゃなかったらあの後祐介が命に変えても斉彬様を守るといっても納得されなかったんじゃないかな……」
「靭負さん? なんか話し方が変ですよ~」
「いつも豪快にしゃべってるのに、そんなぼそぼそ詰まりながらしゃべるなんて似合わないんですけど? 体調でも悪いんですか?」
靭負は姉御肌で、周りには年上がいない。
それだけに、いつも周りを引っ張っていたし、剣術も強いので、周りは名前だけで萎縮する人間もいたくらいだ。
だが、少し頬を赤らめ、手をもじもじさせながら、小さな声で話す姿は、まるで少女のようであった。
「も、もしかしたら病気かもしれない……。心の臓が苦しい……。すまない。今日は私は引き上げるから。強硬派が変な行動を起こさないように監視するのは、私と私の部下が行うから、祐介は吉之助と正助と相談して、予定を組んでくれ。詳しいことが決まったら、また教えてくれればいいから」
そして、彼女はその場を去っていった。
「大丈夫だろうかね。靭負姉さんは?」
「私もちょっと前に心の臓がちょっとだけ苦しくなったことがあったけど、すぐに直ったから大丈夫だとは思うけど~」
「流行り病かな? 私がかかってないんだから、たいしたものじゃないとは思うけど」
吉之助も、正助も、靭負本人も、意味を理解していなかった。
薩摩にはずっと男性がおらず、時々顔を見せる男性に本能的な好意を示すことはあっても、特定の男性に対して、特別な感情を抱く、つまり恋という感情を知らずに育っていた。
江戸育ちの斉彬も、斉興により、かなり箱入りに育てられ、靭負のように、時々江戸に顔を出す身分でも、基本的には薩摩に在住しているので、経験はほとんどない。
だからこそ、彼女らはその感情を理解できないのであろう。
祐介は朴念仁ではあるが、なんとなく自分に向けられた感情の意味を理解しつつも、自分の立ち位置とかを考えて、複雑な気持ちにならざるを得なかった。




