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第14回 その男は調所広郷


『祐介さん! いえ、今は様ですか?』

『斉彬様にお認めになられたのに、私たちを見てくれるんですね』

『お忙しいのにありがとうございます』


二才や稚児は祐介が久々に顔を出してくれたので、かなり喜んでいた。


斉彬に祐介がつくようになってからは、祐介が目に見えて忙しくなっていて、指導してもらえる機会が減っていたことに寂しがっていたのと、吉之助の負担がまた増えてしまう不安があったからである。


「祐介さん、本当にありがとうございます」


「斉彬様がしばらく城内で仕事をするから、当分は俺も手伝うよ」


「助かります。二才頭ですから、しっかりしなくちゃいけないと思って、ご飯もあまり食べられなくなって……」


吉之助がそう言うが、あまりそうは見えない。


それを言うのは失礼だが、吉之助は、他の薩摩人と比べて、体格がいい。


太っているわけではない。ぽっちゃりとは言ったが、現代人と比べれば、適正体重に近いくらいだが、正助を筆頭に細い人ばかりなのである。


モデルの中に、1人普通の女性が入っている感じなのだ。何度もいうが、決して太ってはいない。他の人と比べて、胸もあるので、きっとそう見えるだけ。


「そうか、苦労させて悪いな」


「苦労なんて……、祐介さんの方が大変でしょう。斉彬さんが危なかったそうですし……」


「吉之助さんは、知ってるのか?」


「ええ、私と正助ちゃんは知ってます。靭負さんが話してくれました。それとなく怪しい動きをしている人がいたら、報告して欲しいって」


「なるほど」


「祐介さんも無理はしないでくださいね。私も頑張りますから」


「無理してまた食事ができなくなるなよ」


「大丈夫です。祐介さんがいてくれるなら安心です。ただ、祐介さんが、倒れたられたり、お怪我をされるのだけは嫌なので、お願いします」


「その優しさが嬉しいです。だから、吉之助さんは皆に尊敬されるんだな」



『祐介様! 吉之助様! いい雰囲気にならないでくださいよ!』

『そういうのは見えないところでやってください~』

『うらやましいです~』


「あ……すいませ~ん』


2人の空間を作っていたら、他の女性に冷やかされ、恥ずかしくなった吉之助はその場から走っていってしまった。




「すまないね。私もサボっていたわけではないんだが」


その日の仕事が終わると、祐介は正助のところにも顔を出していた。


「一応何かした形跡はあるからそうなんだとは思うが……」


この2人の話題に上がっているのは、祐介が作った畑のことである。


雑草は一応とった形跡はあるが取りきれていない。水はあげているようだが、畑の土はやや弱っていた。


「まぁこれくらいなら間に合うと思うが、ちょっと収穫する野菜が小さくなるかもしれんぞ」


「それはいいさ、どうせ私も母さんもそんなには食べない」


「それもそうか。じゃあ味を優先するべきか?」


「私はおいしいものは好きだから、量より質をとる」


「じゃあ小さくてもいい味になるようになるといいな」


さすがにそんなやり方は知らないので、どうしようもないが。





さて、斉彬が久光とともに、学び薩摩の知識を高め、祐介が吉之助や正助に靭負と共に斉彬のことを話した事で、斉彬の信頼度は非常に薩摩において高いものとなった。


久光と祐介が2人で話すときも、久光も斉彬を尊敬していて、斉彬を藩主にしてもいいという考えが本心であるということが久光の態度からよく表れていた。


祐介が薩摩に来てから、基本的に世間の流れは祐介に厳しくない流れであり、祐介も周りに認められていた。


ところが、そんな順調な日々に、とある日に1つ亀裂が入る。


「どうもお久しぶりです。お2人とも」


斉彬と久光の前に顔を出したのは、70を越えていると思われるかなり妙齢の老人であった。


「お久しぶりですね。調所」

「お久しぶりでございます、調所殿」


その老人の名前は調所広郷。ずっと借金に苦しんでいた薩摩藩を救った優秀な奉行である。


「本日から、斉興様の命により、奉行を勤めることとなりました。その関係で、久光殿を藩主代理にされよとの命令です」


「調所殿? 姉さまではなく私がですか?」


「何もおかしなことはありますまい。代々薩摩の藩主は基本的に男性が勤めているのですから。斉彬様はあくまでも、異国への対応として薩摩に呼ばれただけ、藩主の仕事をされていたわけではないでしょう」


「それはそうですが……」


「さて、私が来たのは他ではありません。斉彬様は薩摩の事情に詳しくないようですので、お金の管理を私がお手伝いするためでございます。では、お話を始めましょうか」




「ごめんなさい、急に呼び出してしまって」


「いえ、いつでも呼んでくださいといいましたし」


斉彬はその日、祐介を靭負を通じて呼んでいた。


「あの~、私もいていいんでしょうか?」

「私も、いいのかな?」


その日は、吉之助、正助も仕事が無かったので、祐介と共に訓練の指導をしていたため、一緒についてきていた。


「すいません、私が独断で連れてまいりました。この2人には知っていてもらいたかったので」


「いいわ。あなたたちのことは祐介からもよく聞くけど、頑張ってくれてるんでしょう。期待してるわ」


「は、はい~」


「そんな期待されると、ちょっと」


2人は恐縮していたが、斉彬からの期待を受けて、少し表情が引き締まった。



「それで、斉彬様、何の話ですか?」


祐介は斉彬に尋ねた。


斉彬は、祐介が吉之助達の手伝いをしている間、1度も祐介を呼ばなかった。吉之助達に気を使っていたのもあるだろう。その彼女が呼ぶということは、何かあったということである。



「ええ、実は、調所が戻ってきて」


「調所様ですか~? あのお金にうるさい人ですよね」


「ええ、あの人が戻ってきて、お金を使うことを完全に彼のものにされてしまったわ」


「なぜです?」


「お父様が、久光を藩主代理に命じて、その奉行を調所にしたからよ。だから、私は藩のお金を使うことがかなり制限されてしまって、大砲を作る話もなくなったわ」



「なんですかそれは! 久光様ももう既に斉彬様の考えに賛同されていたではないですか! なぜ久光様は反対されないのです!」


「久光も意見してくれたけど、あの子はお父様と調所には逆らえないの。お父様の言うことを聞く真面目な子だし、調所にはかなり勉強を教えてもらったそうだから。それに、調所は藩主から命じられた奉行だから、何を言っても覆らないわ」


「でも、今回の異国船への対策は斉彬様に命じられたものではないのですか?」


「私は対策を命じられたけど、その予算については大砲以外は薩摩の予算でやるものよ。久光しかいなかったなら、私と久光で相談してお金を使ってもよかったけど、調所が来てしまった以上は、簡単ではないわ。もちろん、幕府から許可を得ているから作ること自体は禁止されないけど、私の作りたい大砲の半分も作れないから、また考え方を変えなくちゃ……。だから、皆協力してね」


斉彬が落ち込みつつも、そう言うことについて、全員何もいうことができなかった。


「祐介だけ残って、少し話があるわ」


話を終えて、全員が部屋から出ようとしたときに、祐介だけ部屋に残される。


スッ。


他の全員が出たのを確認すると、斉彬は祐介の背中に手と顔を寄せる。


「ごめんなさい、背中を借りるわね」


「はい」


「祐介、どうすればいいかしら。さすがに困ったわ」


斉彬は少し参っているようであった。


自分が正しいと思ってやってきたことを、完全に否定されてしまったのである。


祐介は、優しい言葉をかけたくなった。斉彬を慰めたくなった。だが、それはこの場だけで、今後の解決にならない。まずは斉彬がどうしたいのかを聞かねばならない。


「斉彬さん、あの3人を見たら分かると思いますけど、薩摩の人は斉彬さんを次の藩主にしたいという考えがかなり強いです。久光さんも、斉彬さんが藩主になることには反対していませんから、最終的にそうなること自体には問題ないと思います」


「ええ。でももう……」


「今回のことは、たぶん靭負さんや、吉之助さんを通して、薩摩全体に伝わると思います。するとどうなると思いますか?」


「ええ、分かっているわ。何か問題が起こるかもしれないわね」


勝気な靭負はもちろんだが、温和な吉之助と正助も珍しくかなり怒っていた。


元気な女性の多い薩摩の中では、かなりおっとりしている2人が怒っているということは、薩摩全体では間違いなく怒りの感情が強くなる可能性が高い。


それにより引き起こされる事態は、容易に想定することができた。


「斉彬さんが、今回の物事を武力で解決してもいいんでしたら、俺はこのままでいいと思いますけどね」


「まさか。私は周りに迷惑をかけてまで、藩主になろうとは思っていないわ。久光が藩主でも構わないもの」


「ですけど、今の状況で久光様が藩主になっても、事実上斉興様の指示の下での政治になりますよね」


「ええ、あの子は真面目だもの。お父様の意見に逆らうことは無いわ」


「じゃあ考えはあるんですか?」


「まだ無いわ。だから、とりあえずは……」




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