第12回 異変?
「今日はここで宿をとりましょう」
祐介と斉彬と一向は、島津家が持つ宿のうちの1つに宿泊することになった。
途中で悪天候になり、鹿児島城に戻る余裕がなくなってしまったからである。
小さな部屋と2つ大きな部屋がある2階建ての家で、2階の小さな部屋に斉彬、大きな部屋に残りの人間が泊まる形となった。
食事をとってから、まだ寝るまでには時間があるため、斉彬の部屋に祐介は呼ばれていた。
「俺は剣しかありませんよ。銃の扱いは全然ですから、あまり過信しないでください」
斉彬の持つ護身用の銃を見ながら、2人で軽く話をしていた。
「剣だけじゃないわ。私の考えを良く分かってくれているし、久光をはじめとする薩摩の人間みんなに好かれているもの。祐介は魅力があるわ」
「斉彬様もそう思っているのですか?」
「ええ、あなたの気高い意思や強さは素敵だと思うわ。とても純粋でまっすぐで……。西洋のことにも詳しくて……。私は時代を先取って生きてきたつもりだったけど、同じ思いを持っている人がいて、それだけで、すごくうれしく思っているわ」
祐介が斉彬に、大砲を見せたほうがいいというような意見を言って、同調をしてから、斉彬は祐介を交えて久光と話すことが多くなった。
斉彬と久光だけだと、どうしても斉彬が一方的に話すだけになってしまうが、祐介が間に入ることで、力関係のバランスがよくなり、お互いに意見を言いやすくなるというメリットもあった。
「…………ありがとうございます」
斉彬に対して、祐介は歴史の偉人というものではなく、人として尊敬するようになっていった。
斉彬と話せば話すほど、この時代の人間とは思えないほどの高尚な考えや深い西洋への知識、近代化への考えを持っていることが分かり、話を聞いていてわくわくすることが多かった。
身分ではなく実力を大事にする人材の確保、アルファベットを学び、地球儀を眺めて世界のことを、靭負や吉之助や正助に話したりもした。
そして、様々な名言も聞いた。
『君主は愛憎で人を判断してはならない』
『十人が十人とも好む人材は非常時に対応できないので、採用しない』
『西洋人も人、日本人も人、薩摩人も人、屈することなく研究するべし』
そんな斉彬に、この時代で知っていてもおかしくないギリギリのレベルで祐介も話をした。
男尊女卑、尊皇攘夷、世の中で斉彬の意見に賛同する人は決して多くは無く、同じレベルで話をできる人となれば多くは存在しておらず、斉彬に意見をできるとすればなおのこといなかった。
斉彬は、自分の考えが正しい確信はあったが、それを誰にも理解されないことに不安もあった。
それだけに、祐介の存在は彼女にとって大きいもので、頻繁に祐介と話していた。
「本当にいつもありがとう。祐介は身分がはっきりしないのよね……。久光に頼んで武士にならないかしら?」
「いえ、俺は斉彬様についてたいと思います。久光さんの助けにはその位置からでもなれるでしょう」
「だけど、私は女子だから、藩主にはなれないと思う。久光についた方が祐介も出世できるわよ」
「俺は出世よりも、斉彬さんの側にいたいんです。高い理想と強い意思を持っている人にこそ仕えたいんです。あ、久光様がそうではないというわけではないですよ」
祐介は本気で斉彬の手助けをしたいと思っていた。いずれ元の世界に戻る以上は、あまりこの世界における自分の立場が高くなりすぎないほうがいいと思っているのもあったが、そのような損得勘定抜きで、斉彬を尊敬したのである。
常に皆の目標となり、強くあり続けた祖父英二の志を、斉彬から感じていたのである。
「……私のことが好きなのかしら?」
「はい、人として尊敬に値します」
斉彬が聞いたのは、女子として好きなのかという意味なのだが、祐介の答えはそういうものではなかった。
女子として、見た目ばかり見られてきた彼女にとって、内面を評価する祐介の言葉は、斉彬にとってうれしいものであった。
「本当に変わってるわね……。身分に興味がなくて、私を女子としてではなく、1人の人として尊敬してくれて……、他の人とは違いすぎるわ……。まるでこの時代の人じゃないみたいね……」
何気なく呟いた斉彬の言葉はもちろん冗談であったが、祐介にとってはひやっとする言葉であった。
その一方で、斉彬なら本当のことを話してもいいのではないかとも考える気持ちも合った。
「ふぁ~、もう私も寝るわね。祐介も隣の部屋に戻りなさい……」
可愛らしいあくびをしつつ、斉彬は就寝の準備に入ったので、祐介も部屋から出た。
祐介が部屋から出て、灯りも消されて、1人になった斉彬は、また祐介のことを考えていた。
(祐介……、私の考えに賛同してくれて、理解してくれて、尊敬してくれて、本当に素敵だわ……。あれでまだ17歳なのだから、きっと私と一緒に日本の未来に貢献してくれるわ……)
ずっと1人で考えていたことを共有できる人間が現れたことで、斉彬は心のもやもやがなくなり、とてもほかほかした気持ちに包まれるようになった。
(祐介が側にいると安心する……、今もできるなら横にいてもらって話がしたいわ……。出世よりも私が大切って言ってくれて……。うれしい…………?……)
ふとそう思ったとき、急に斉彬は胸が締め付けられるような感じがした。
その感情は、ずっと男子にチヤホヤされていた斉彬には、いくら博識でもまだよく分からなかった。
闇が深くなるにつれて、雨が止み、辺りは静寂に包まれた。
「ん……」
そんな中、祐介はふと目が覚めた。
「うぅん……、もう明るいのか?」
祐介は決して眠りが浅くない。
毎日厳しい訓練を積んでいるので、自然と寝つきはいいのである。
目覚まし時計がなくても体内時計がしっかりと管理してくれる。
だが、祐介はいつもと比べて明らかに自分が眠りきれていないことを感じた。
二度寝は健康にもよくないので、そのようなことはしてはいけない。
「思ったより疲れてるのか……」
そう言いつつ、外を見ると、外はまだ暗かった。
「あれ? でもさっきは……」
祐介が振り向くと、煙が上がっていた。
「煙……? 火事か!」
1階は既に半分が燃えており、既に消し止めるのが難しいほどであった。
祐介は急いで戻り、皆を起こすと寝ていた武士が目を覚まして、何事かと騒ぐが、祐介の説明を聞いて、皆が外に出る。
「! 斉彬さんは……!」
祐介が皆を起こした時点では、煙が1階に大きく充満していた。
前日の雨で家そのものが湿っており、燃えるスピードは遅かったのだが、それが煙だけを充満させることになった。
もし祐介が偶然目を覚まさなかったら、煙による火事ではなく、煙による一酸化炭素中毒になっていたかもしれない。
そして、煙は軽いので上にあがる。2階にいる斉彬はなお危険であった。
口元を押さえてゆっくり2階にあがる。走って煙を一気に吸い込んだら危険だからである。
2階に到達すると、斉彬は倒れていた。
眠っていた、という表現ではないのは、明らかに布団から起き上がって少し動いた様子が見られたからである。
明らかに気を失っていた。
「斉彬さん! すいません!」
寝巻き姿の女性に触れるのは少し躊躇があったが、緊急事態である。
膝の裏と腰を抱えて、斉彬を部屋から連れ出す。
斉彬の口元には自分が口を押さえていた布を渡し、祐介自身は息を止めて必死にこらえる。
「祐介殿! 斉彬様はご無事ですか!」
1階には危険を顧みずに部下が何人か残っていて、煙で視界が悪い中、順路を確保してくれていた。
外の人間は、バケツに水を汲んで、入り口近くの火をなんとか消して、外に出れるようにしてくれていた。
「ああ、ただ少し煙を吸ってます。急いで空気だけ」
「分かった。祐介殿は大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
話しながらもなんとか外に逃げることに成功した。
祐介達が離れたとたんに、爆発を起こして一気に家は燃え盛った。
さすがの祐介も肝を冷やして、のどを鳴らした。
幸い近くには民家が無かったので、家が単独で燃え盛るだけで二次災害は起こらなかった。
少し歩いた先にあった薩摩武士の家に、緊急に泊めてもらい、斉彬を養生させた。
「ん……、ここは……」
その日の早朝、斉彬は目を覚ました。
目に飛び込んできたのは、昨日寝泊りした家とは異なる風景。
一瞬自分がどういう状態なのかを理解しかねたが、徐々に頭が働いてきた。
(異臭を感じて、目を覚ましたら、辺りが煙に覆われていて……。逃げようとした辺りから記憶が無い……。でもここにいるということは、助かったのね)
少しだけ感じる頭の痛みと、けだるさは、自分が生きていることを実感するものだった。
ふと横を見ると、座ったままの姿勢で、寝ている人間がおり、頭を上げると、それが祐介であることが理解できた。
顔や服が少し黒くなっている。昨日の夜に会ったときは、綺麗な着物を着ていて、顔も汚れていなかった。
「……、はっ! ああいかん。座ったまま寝てしまった……。あ、斉彬様、目を覚ましたんですね。無事で良かったです」
祐介は目を覚まし、心配そうな顔で斉彬を見る。
「ここは……?」
「百姓の家です、俺たちの泊まっていたところが火事になったんですよ」
「……助けてくれたのは……、あなたかしら?」
「はい。あ、でも他の人も協力してくれましたよ。俺は斉彬様を抱えて連れ出しただけです。あ、気持ち悪かったりしませんか?」
祐介は身を乗り出して斉彬の表情を伺う。
ギュッ!!
すると斉彬は祐介の胸に飛び込んできた。
両手で肩をつかみ、顔を胸に押し付けてくる。
「な、斉彬様?」
火事でも冷静だった祐介だが、この斉彬の行動にはさすがに冷静になれなかった。
顔を赤くして、顔を左右に振って動揺している。彼を知っている人間なら、なんと珍しい光景なのであろうか。
「斉彬様、ちょっとまずいです。誰か来たら……」
何とかして斉彬を離そうとしたのだが、祐介にはそれができなかった。
単純に力なら祐介の方があるのだから、物理的にはできなくもないのだが、これはそういう問題ではない。
いつも余裕な斉彬が震えていたのだ。
彼にとって女性を抱きしめるのは吉之助についで2人目。
祐介が感じたのは、その時とまったく同じ気持ち。
だが、日本のために高尚な考えを持ち、強いイメージがあった斉彬にそうされたのは、少し意味が違った。
今度はなんとなくではない。斉彬は1人のか弱い女性であり、死に直面すれば恐怖することは当たり前なのであると感じ、頭と背中を両手で抱き寄せた。
一瞬ピクッとなりつつも、斉彬は抵抗しなかった。
抱いた体は華奢で、この体で頑張ってきていることを改めて尊敬せざるを得なかった。
斉彬が離れるまで、祐介は頭と背中を優しく撫で続けていた。
そして、斉彬に対して、尊敬とは違う愛おしい気持ち、守りたい気持ちを感じた。




