第11回 理詰めの剣
斉彬が薩摩に来てから、既に1ヶ月以上が経っても、斉彬は毎日のように薩摩を見て回っていた。
薩摩の内情の理解が1日で終わるわけもないし、大砲などの道具も1日で作りきるのは難しい。
斉彬も江戸暮らしが長く、決して活動的とは言えないので、薩摩を移動するだけでもなかなか時間がかかる。
その間、久光にも仕事はあるわけで、どうしても斉彬の元を離れなければならなくなった。
その間お目付けの人間が、自分の共をつれてずっとついていることにはなっていたが、久光は目付け人が斉彬にあまりいい感情を持っていないことから、不安に感じ、祐介にずっとついてもらうことを認めさせようとした。
お目付け人にも薩摩人はいたため、信用をされないのですか? ということで少し揉めたが、そこは祐介が強さを見せて、納得させた。
議論の末に、祐介が共の人間よりも強ければ、付いている意味があるという結論になり、模擬戦を行うことになったからである。
その結果は模擬戦のため真剣ではなく、模造刀を使って3人と戦った。
「薩摩じゃなかなか尊敬されているようだが、所詮女子供しかいない薩摩で強いだけの話だろう? 悪いが手加減はできないから、骨折してもうらむんじゃないぞ」
1人目は明らかに祐介を舐めていた。
さすが、江戸で警護を行ってきただけあり、体格は祐介に劣らない。
祐介が多少剣を知っていることは見れば分かるが、17歳の相手に大人が油断するなというのも難しい話である。
「びびって声も出ないのか? すぐに終わらせてやるよ!」
特に審判がいるわけでもないので、声を上げて突進する。
相手が狙っていたのは突きである。その時点で油断していたのは当然である。
突きは実際の剣道の試合でも使うタイミングが非常に難しい。
相手をきちんと攻め込まないうちに使って回避されてしまえば、大きく体が前のめりになって隙だらけになってしまう。
「は、速い?」
「俺がどうするかよく分かってないのに、そんな適当な攻撃でいいと思ってるのか?」
その突きに全力の力がこもっていれば、まだ別だったが、本気でない突きなど隙もさらに大きくなる。
前のめりになった相手を思い切り上から叩く。
「ぐえっ!?」
その一撃で顔面から地面にぶつかり、勝負あり。
はじめは余興程度に見ていたお目付け人の表情が険しくなった。
「大丈夫です、こいつは私たち3人の中で1番弱いんです。俺に任せてください」
2人目はきちんと構えている。まだ表情に笑みがあるのは、1人目が倒されたのは油断であると思っているからであろう。
「いきがってんじゃねえぞ。俺はあいつほど優しくないからな」
そう言って、さきほどの相手よりも速い動きで剣を振るう。
狙いは首元で、気絶させてしまえば終わりだと思い、余裕の表情であったが、手に岩を思い切り叩いたような衝撃が響いた。
それに驚いて飛びのくと、剣を首の前で構えてる祐介が目に入った。
「なんで分かった……」
祐介は、片方で柄を持ち、もう片方の手で、剣先を持っていた。痺れるほどの衝撃を受けたのは、両手で完璧に受けられたことによるものである。
祐介の動きが速いことは分かっていたが、首の前に下げ構えていた剣を首元で完璧に受けるというのは、速いとかどうとかそういう問題ではない。ただ速いだけなら、首の前に剣を持ってくることはできるだろうが、両手で受けられるはずが無い。はじめから、首元に来ることが分かっていなければ、このような回避ができるはずがないのだ。
「…………」
その質問には答えず、また中段の構えに戻して、一切攻め込まない。さきほどの動きとは大きく違う。
「くそ!」
相手は次々と攻撃をするが、すべて回避されてしまう。
かすりすらせず、完璧に受けられるか避けられるかどちらかである。
「はぁ……、はぁ……」
2人目はなかなか実力者であり、粘り強く祐介を攻撃してきたが、必要最低限の動きしかしてこなかった祐介に対し、次々と動きを変化させて戦ってきた相手は分が悪く、一瞬見せた隙に、剣を弾き飛ばされてしまった。
これで2人目も敗北である。
「もういいのではないか?」
久光は祐介の剣を見て、実力は十分示されたと判断してそのように言った。
「そうはいかん、これで帰ってしまったら、私たちの面子がない。斉彬様と久光様の目の前で醜態をさらしたままでは終われない」
もうこの時点で十分醜態をさらしてはいるのだが、武士というのは意気と見栄で生きているもの。
特にその地位が高ければ高いほどその傾向は強い。
17歳の未熟者相手に、負けたままでは終わることなどできなかった。
「私が相手になろう」
3人目は大柄で風格のある武士であった。
「……強いんですね。俺も久々に本気で行きます」
その祐介の言葉に、周りがざわついた。
薩摩の女性達に見せた姿も、2人の武士を圧倒した姿も本気ではないということである。
「……、あまり口が過ぎるのは評価できぬな」
「やってみれば分かりますよ」
「いざ参る!」
3人目はさきほどの戦いを見て、即効で勝負を決めねばならないと、自分のできる最高の攻撃をした。
3人目は祐介と比べても大きいかなりの大柄。手も長くリーチで大幅に有利であり、常に剣を動かしていれば相手の攻撃は届かないはずである。それを生かした完璧な攻めをしたはずであった。
ゴポォ!
しかし、その届かないはずの剣は、的確に頭を捉えた。
自分より身長の小さな相手に、脳天に攻撃を食らうとは思わなかったのだろう。完全に無防備で直撃した。
祐介の攻撃はいわゆる片手面というものであった。
原則中段で構える祐介には、片手技はあまり有効な技ではない。
だが、祐介には唯一弱点といえなくないものがあった。それは175センチの身長である。
剣道は実力が同等なら、体格が大きいほうがやはり有利である。
175センチは小柄ではないが、彼より大きい人間は剣道の世界には普通に存在し、今戦った相手のように、連続で隙を見せずに攻撃してくる場合はどうしても不利になる。
そのために彼は片手技を会得していた。
実際の戦いにおいて、身長は言い訳にできない。相手が誰でも勝てる手段を作るのが英二の考えであった。
中段の人間は普通片手面を使わないので、一本にはなりにくいが十分奇襲になった。
1度見せてからは、使うことがほとんどない片手面に対して勝手に相手は警戒して、連続で攻め込もうとはしなくなった。
それでも、彼は片手技の練習を欠かしたことは無い。今必要でないからといって、今後も必要ないとは限らないのだ。
そして、祐介は3人を打ち倒し、斉彬の警護をする人間として認められた。
祐介の剣は感覚や勢いに頼らない理詰めの剣。運に左右されない強さこそが彼を強くした。
相手に動く暇も無く一本を取ってしまう体術を1人目に見せたかと思えば、相手の防御を詰め将棋のように順に崩していく体力、集中力を2人目に見せ、様々な技を会得し、不意をついて倒す3人目のような戦い方もできる。相手の戦い方、年齢、癖、性格などに、勝敗は一切左右されない。偶然の作用をできる限り排除した理詰めの剣である。
彼に勝てるのは、純粋に祐介よりも実力が上である場合だけである。
現代の剣道はいくらスポーツや精神的な訓練をかねていると入っても、やはり強い剣は殺人剣。それを英二はよく理解していて、強さを求めるものは、どれだけ厳しくても英二の門下生となる。
まだ殺し合いのある時代の生まれとはいっても、祐介ほど剣に純粋に向き合い、剣を振ってきた人間はそうはいない。さすがに真剣での殺し合いであれば分からないが、技術勝負で彼には負けはない。
「私たちもまだまだだ。もっと精進せねばならないな」
負けた3人は素直に負けを認めたが、祐介の攻撃がかなり利き、警護は難しいということで、療養することになり、城に戻っていった。
お目付け人が連れてきた中ではもっとも強い3人が戻ってしまったので、祐介を断る大義名分がなくなってしまったため、斉彬の傍に祐介がいることをしぶしぶ認めざるを得なくなった。
「ふふふ、祐介は頼りになるわね」
その様子を斉彬は嬉しそうに眺めていた。




