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第9回 斉彬薩摩視察

「ふぁ~、緊張したよ~」

「あれがうわさの斉彬様か」


「ははは、お前らは緊張しすぎだ。吉之助、二才頭としての自覚はどうした? 正助もいつも余裕ぶってるくせにな。祐介を見習えよ」


その日は長い道のりを江戸からしてきた斉彬を久光がもてなすということで、詳しい話は明日ということになった。


そのまま祐介と吉之助と正助は、靭負の家に誘われて、食事を頂いていた。


「いや、俺も緊張してましたよ。さすがに身分のある方は迫力があると思いました」


まだこの時点では、西郷隆盛も大久保利通も、二才の中では身分が上でも権力者ではない。


つまり、ちゃんと身分がある人間は斉彬が始めてであり、そのオーラにさすがに気圧されていた。


「そうか? そうは見えなかったけどな?」


靭負は祐介が受け答えもしっかりしていて、余裕に見えていたので、祐介の謙遜に感じていた。


「というかな。オーラとか抜きにして、あれだけの美人に会ったら普通は男性なら緊張するもんだろ?」


「いや、そんなことはないですよ。吉之助さんに、正助さんに、後靭負さんに会ってるんですから」


祐介のこの言葉に他意はない。


女性との関係があまり多くない祐介にとっては、ここで女性と接し続けたことで、かなり慣れていた。


中でも、吉之助、正助、靭負はかなりずば抜けて美人であり、目が慣れていた。


「そ、そ、そんなこと急に言わないでよ~。恥ずかしい」


「殿方に褒められるなんて……。意外と悪くないね」


「な、何言ってんだ! バカ!」


3人は祐介の発言を聞いて三者三様の対応を見せた。


女性から見ても気圧されるほど美人な斉彬を見ても、祐介が緊張しなかったのは、自分たちを見たおかげであると言われたのである。


吉之助と正助はもちろんそんなことを男性から言われたことは無かったし、靭負もやや男勝りの姉御肌ということもあって、容姿を堂々と褒められることは無かったためである。


その3人の反応を見て『しまった』と祐介が思ったが後の祭り。


この後にお酒が振舞われたのだが、テンションのあがった靭負が一気に飲み、それに釣られて吉之助、正助も飲みまくって、ひどいレベルで絡まれた。


ちなみに祐介は一滴も飲めませんでした。飲まなかったではなく、靭負がほぼ飲み干して、吉之助は1杯でダウン。正助は無言で3杯くらいをかなりの時間かけて飲んでいた。


仮に薦められた場合どうだったのか。真面目な祐介は未成年だから飲まないのか、この時代に合わせるのか、勢いに流されるのか。それはこの時点では分からないことだった。


また、ものすごくお酒に弱い吉之助を背負って、足元フラフラな正助に肩を貸して帰宅する羽目になったことを考えると、お酒はもう飲まないかもしれない。


同時刻、鹿児島城にて


斉彬と話し合いを終えた久光が、斉彬を寝室に案内した後に自身も部屋に戻ろうとした。


「久光様」


「なんだ?」


久光に話しかけたのは、斉彬について来た武士である。


斉彬を薩摩に送る際に、斉興が斉彬の状況を把握するためにつけているいわゆるお目付け役である。


「斉彬様にあまり肩入れされないほうがよろしいと思われるのですが……」


「なんと、姉さまは正しいことを言われている。なぜそのようなことを言うのか?」


「斉興様から言われているのです。斉彬様は動きすぎることが多いので、ある程度諌めるようにと。久光様が斉彬様に賛同されるようですと、斉彬様を止める人間がいなくなってしまいます。それに、あの佐藤祐介と言う人物は怪しすぎます。これは久光様が裁かれたほうが……」


「……、姉さまは正しいことをされている。私はそれに協力するだけだ」


「ですが……」


「くどいぞ。もしやそなたは私が姉さまのやることが何でもかんでも正しいと思っているとでも言いたいのか? 私が姉さまに意見できない弱虫だと?」


「そうは言っておりませんが……」


「姉さまのやることがおかしいと思えば、私とて意見する! 賛同するのは、私もそのとおりだと思うからだ! 姉さまに恥をかかせるような真似をするな。もし姉さまに何かあれば私は腹を切るからな!」


現在薩摩を事実上収めているに等しい久光にそうまで言われては、もう何も言えなかった。


次の日、鹿児島城で、今後の行動について斉彬が久光と話していて、それに祐介も参加させてもらった。


吉之助、正助、靭負には仕事があり、毎回参加することはできないので、本当に祐介は1人であった。


「祐介。あなたは薩摩のことはよく分かっているのかしら?」


斉彬は第一声でそう言った。


「いえ、俺は吉之助さんと正助さんの家にお世話になっていただけで、あまり出歩けなかったので」


祐介は歴史をある程度知っていて、表舞台のことなら分かるが、それを言うことにメリットは感じないと思った。


斉彬も久光も真面目な印象を受けていたし、知らないことは知らないとしたほうがいいと思ったためである。


「そうよね。正直な人は好きよ」


微笑を浮かべて手元に扇子を持ってくる。1つ1つの仕草に品格のある動きがあった。


薩摩の女性が下品というわけではないが、やはり江戸で育ったことによる違いであろう。


「若輩者はここで知っている振りをしたりしますからね。姉さま。私もそう思います」


2人の笑顔を見て、自分の判断が正しいことを理解した。




「さて、今日は外を見て回るから、祐介もついてきなさい。久光、案内をお願いね」


「はい、姉さま」


今日は異国船への対抗を考えながら、薩摩全体を見て回るようで、それに祐介は帯同した。


もちろん3人だけではなく、お目付け役の人間も含めて3人ほど警護についてきていた。


斉彬と久光とお目付け役の人間だけ馬に乗り、祐介とほかの2人が徒歩である。


風景を見て回るのが目的なので、馬はあくまでも楽に移動するのに使うだけであり、馬に乗っていないほかの3人も走ったりする必要は無い。


馬の横を祐介は歩いていた。


斉彬が人を見つけるたびに、声をかけたり、ねぎらったりするのだが、皆恐れ多いのか、地面に頭をつけて、『ははー』という声を出すばかり。


これは一般的には一応正しいことなので、薩摩にきちんと教育が行き届いていることではあるのだが、一緒に歩いている祐介としては、なかなか居心地のいい光景とは言えなかった。


『あ、祐介様も一緒にいらっしゃる?』

『斉彬様に気に入られたそうよ』

『じゃあこれまでみたいに、稽古はつけていただけないのかしら?』

『力仕事も手伝っていただけないですね』

『それに、あんな美人が相手じゃ勝ち目ないよ……、3年後狙ってたのに……』


頭を下げている彼女たちからちょっとだけ自分のことも聞こえてきて、そのたびに説明をしにいった。


「俺は斉彬様の傍にいていいといわれているだけで、身分は変わってないから普通に話していいって。機会は減るかもしれないけど。それに、俺と斉彬様はそういう関係じゃないから」


いちいちこのようなことをするのは、大変なのだが自分に良くしてくれていた薩摩の女性達によそよそしくされるのは、彼の望むところではなかったので、斉彬に毎回了承してもらって、説明をしていた。



「いやぁ、祐介殿は好かれているのですなぁ」


久光が笑顔で祐介に話しかけてくる。


「冷やかさないでくださいよ。俺は一緒に訓練しただけです」


「それでも、好かれるのであれば魅力はあるのでしょう。姉さまもそう思われますよね」


「久光は見習わないと。あなたはもう何年薩摩にいるのよ。半年も経ってない殿方に負けてどうするの」


「お恥ずかしい限りです……」


「斉彬様、久光様は立場もありますし、俺みたいに自由じゃないですから、好き勝手に城から出て何かするというわけにはいかないじゃないですか」


「祐介殿、おかばい頂かなくても大丈夫です。私の努力が足りていないことは間違いないのですから」


久光はかたくなに自身に非があるとしていた。


言い訳をしないし、薩摩にほとんどいない斉彬からの意見を素直に受け入れる好青年であると思った。


逆に久光も、しなくてもいい発言をして、斉彬に意見をしてまで自分をかばおうとしてくれた祐介に好印象を持った。


「ふふふ、仲良くなれそうね。久光、私もちょっと言いすぎたわ。薩摩にずっと男性としてほとんど1人でいたから苦労もあったでしょう。私もこれから協力するから少しづつ頑張りましょう。祐介には薩摩人からの信頼はあってもまだまだ知識は足りない。でもあなたには、薩摩にずっといたことによる知識がたくさんあるわ。2人で協力して私に力を貸してくれればいいのよ」


「はい、姉さま! 祐介殿もよろしくおねがいしますぞ」


「俺に協力できることは何でもしますよ」



靭負からの推薦以外にも、祐介が2人から信頼される要素が増えていた。

薩摩の人間に好かれていること、それが薩摩を管理する人間にとってこれ以上なく信頼に値することなのである。



その日は1日薩摩を見て回っていた。


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