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第8回 斉興の苦悩と島津姉弟対面

さて、舞台は変わって江戸。


そこの一室に妙齢の夫婦が1組いた。


1人は現薩摩藩藩主、島津斉興。老いてはいるが、覇気はありそれはさすが権力者である。


そしてその傍らにいるのは、お由羅の方。夫の斉興と比べると若く見える。熟れた美人という感じで、表情も自信ありげだ。


その2人は薩摩の問題について話し合っている。


「あなた。そろそろ隠居して久光に後を継がせるわけにはいかないのですか?」


お由羅の方が斉興に話しかける。このことは斉興は耳にたこができるほど聞いている。



「その話は何度もしただろう。検討中だと」


「しかし薩摩では斉彬を押す声が日に日に強くなっているとのこと。このままでは薩摩にいる久光がかわいそうではありませぬか」


実は同じ子供でも、斉彬は江戸で生まれ江戸で育ち、久光は薩摩で生まれ、薩摩で育っている。


斉興としても、薩摩は久光に任せるつもりであり、斉彬が薩摩に顔を出したことはほとんどない。


こうすれば普通は薩摩にずっといる久光のほうが、藩主として望まれるはずである。


ところが、斉興や斉彬について、江戸に顔を出していた薩摩の人間が、斉彬の力量の高さを、薩摩で話し続け、まれに顔を出したときも、的確な指示を出していたことから、薩摩で斉彬が尊敬されていることになった。


「今回も異国船への対応を、あなたではなく、斉彬に任せるなどと言われているのですよ」


「まぁ、それはあいつのほうが、西洋に詳しいからだろう。あいつは器量もいいから悪く思われないだろう品」


斉彬は博識であり、早くから西洋のことを学んでいて、外国語も多少たしなんでいた。


老中である安部正弘が、フランスが薩摩の近くに現れたことに対しての対策を、斉興と斉彬の双方に尋ねたところ、斉彬の意見が採用されて、斉彬が薩摩に一旦戻ることになったのである。


今回斉彬が薩摩に行くのは、このことが原因である。


「また斉彬を褒める! やっぱり正室との子が好きなのですね……」


「ああ、もう分かった分かった。近く私も薩摩に戻れるようにするから」


「約束ですよ! 私も久光に会いたいですし」


そういうとお由羅の方は少し落ち着きと取り戻す。


薩摩に常駐している息子の久光にはなかなか会えないので、それだけで機嫌がよくなることを知っていたからである。


(まぁワシも斉彬のことは心配だからの)


またお由羅の機嫌を損ねてはいけないので、口には出さなかったが。






時を同じくして、再び薩摩。


多くの人間が薩摩に到着した。この兵士には、男性もいるが、この場合だけは薩摩に特別に男性だけの場所が準備される。


そしてその中心にある籠が下ろされる。


「斉彬様! 到着したしました!」


籠が開くと、中から女性が出てくる。


輝いているかと見間違うほど光沢のある髪は、肩までかかるほどで少しだけ長い。

肌は日の光を浴びたことがないのかと見間違うほど白い。

だが、病弱という感じではなく、瞳は大きくて意思を感じる。

その彼女が、最高級の着物を着こなしていれば、それはもちろん目立つ。


人であることを一瞬忘れそうなほどの見た目でありながら、それに違和感を感じさせない。

斉興でなくても、自分のの娘がこのような娘であれば、大事にしてしまうであろう。


「久しぶりね」


彼女は出迎えた薩摩の人間に声をかける。声も高くてよく通る。彼女の周りだけ違う世界のように静かになる。


「斉彬様、さっそく三郎久光様にお会いになっていただけますか?」


歓迎した人間の中には靭負もおり、声をかける。


「分かっているわ。今回の目的はそれだもの」


斉彬が当然であるというように言う。


「加えて、今回お時間がいただけるのでしたら、内密に会っていただきたい方がいます」


もう1つの用件は小声でこっそり言った。


「もう1つ? 分かった。後でその話はするわ」


一瞬表情を変えたが、すぐに取り繕って久光の下へ向かうことになった。





「姉さま! お会いしたかったですぞ!」


「久光、元気にしていたかしら?」


久光の居城である鹿児島城ではで、しっかりとした顔つきで体格のよさそうな若き好青年が斉彬を歓迎した。


彼こそ、島津久光である。


跡継ぎ問題で両親や薩摩の揉め事の原因となっている2人だが、久光は博識な姉である斉彬を尊敬しているし、素直な久光を斉彬はかわいがっていたので、仲は良好であった。


「靭負。それで、私と姉上に会わせたい人物がいるとの話だったが……」


「あら、久光も知らないの? どんな人か楽しみだわ」


「はい、この方です」


そして2人の前に祐介が顔を表した。


祐介にとっても、重要な対面であった。




(うわ~、美人すぎるよ~)

(あれで博識だって。私何も勝てないんだけど)


祐介の隣には、吉之助と正助もいた。


彼女たちは久光にはまれに会うことがあったが、斉彬をこれだけ近くで見ることは無く、完全に緊張している。


「そちらの2人は西郷吉之助と大久保正助ね。いつも薩摩をありがとう。私はずっと江戸にいたから、薩摩のことはあなたたちの方が詳しいはずよ。よろしくね」


「はぁん~」

「キューン」


名前を覚えられていた、感謝されていた、頼られた、そして満面の笑顔。その4つを2人は受けきれず、感動していた。


「あらあら? そんなに緊張しなくてもいいのに」


慣れているのか、特に斉彬に驚いた様子は無い。


「まったくこの2人は。すいません」



昇天しかかった2人を靭負は一旦別に部屋に移動させた。




「は、失礼しました」


「いいのよ。それで、私に会わせたいというのは、こちらの殿方かしら?」


「私も初めてです。お父様からの案内にしては若いですし、誰です?」


斉彬と久光が、祐介を見つめて質問する。


「こちらの方は佐藤祐介と申されます。実は路頭に迷っていらっしゃいまして、それを吉之助と正助が助けたのですが、この方はなかなか見所がございまして、薩摩の女性に好かれております。是非久光様と斉彬様を支える人材として使っていただけませんか?」


「あら、靭負にそこまで言わせるなんて。面白いわね。しかも殿方なのに私から目を逸らさないし、顔も赤らめていないなんて」


斉彬は自分の見た目がどのように見られているかをよく分かっていた。

常に誰かにいろいろな目線を向けられるが、目を合わせると避けられてしまう。

特に男性には、その傾向が強くあったが、今目の前にいる男性は自分としっかり目を合わせている。それだけでかなり好印象を与えていた。


もともと西洋文化に興味を示すだけあって、本来は好奇心旺盛な性格をしており、薩摩に珍しく男性がいるということも含めて祐介に興味津々であった。


「姉さまが使えそうならいいのでは? 薩摩の方でもなさそうですし」


久光も特に不満げではなかった。


斉彬のような身分の高い女性が、側近に男性をつけることは珍しいことではない。


薩摩だけは、薩摩の男性を側近につけてはいけないという決まりはあったが、祐介はどう見ても薩摩人の見た目ではない。なので、周りからの批判も受けにくいだろう。


その点から、久光にも不満は無かったし、男性のどう盛大の友人が身近にいなかったこともあって、むしろ歓迎する気持ちさえあった。


「祐介? でよかったかしら?」


「はい、そうです」


斉彬に声をかけられて祐介は返事をする。


「私は靭負を信じているわ。久光をよく補助してがんばってくれているもの。私ももう自分で付き人を決めていい頃だと思うし、お父様に付き人を決めてもらってばかりで頼ってばかりじゃ良くないしね。私は少し久光と一緒に薩摩を見て回りながら、対策を立てるから、一緒に動いてね。久光もお願いしていいかしら」


「姉さまの意見に賛成いたします。祐介殿、私からもよろしくお願いいたします。靭負殿の顔に泥を塗らぬよう精進してくだされ」



どうやら靭負はかなり2人からの信頼が厚いようだ。


薩摩ではかなりの実力者で、久光から信頼されているし、江戸にも顔を出して斉彬とも関係が深い。


そんな彼女を2人ともまったく疑っていないようで、祐介が何もしなくても、靭負が信頼に値するというだけで信頼に当たるようである。


祐介にとっては、むしろそのほうがプレッシャーであったが。


久光に言われたように、祐介の失態はそのまま靭負の信用問題にも関わるためである。


人間自分以外にも責任が及ぶとなると、よりプレッシャーを感じるものだ。



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