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魔法少女の鎮魂歌  作者: みにぼぶ。
0章 それは出会いの始まり
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0-3 デッド・リーパー

「――ホワイトッ!!」


 叫んだ。咄嗟とっさの事だ、もはや指示を出している時間などありはしない。

今、手摺てすりを掴んでいる建物を飛び降りたってホワイトとカーレッジの距離と、ホワイトへ迫る黒い大鎌ではどうしても大鎌の届く速度の方が早い。

 咄嗟の判断でホワイト自身が防げるなら良いが――きっとそれは無理な筈だ。ならばもう、選択など考えている余裕などあろうものか。


生成コール疾走剣アクセル・ソード!!」


 建物を飛び降りて、カーレッジは下から吹き付ける風を受けながら右腕を上空へと振り被り、叫ぶ。掌には青い魔力の粒子がその手に集まり、剣の形を形成していく。

瞬間、彼女の瞳は青に。真っ青な程の青に染まり世界もまたあおあおあおく、染まって行く。

 世界が次第にゆっくり、鈍足になる。だが、カーレッジの速度はおとろえない。息を止め、その世界の減速を――否、自らの加速を掴み取り、己が物へと変貌へんぼうさせる。


 ――世界が彼女の加速に敗北する。


(――ッ!!!)


 ゆっくりとホワイトの首元へ迫る黒い大鎌を生やす触手、その速度が衰えたとは言え辿り付けなければ容易く彼女の首を断ち切る物だ。しかし間に合わなかったのは、さっきまで。

 今のカーレッジに届かない物など無い。


――恐れる事はない、今の私ならッ!


 着地と同時、思い切り地を蹴る。人間の身体能力の限度を超えた加速はダイレクトにカーレッジへと襲い掛かるがここで呼吸を零せばすべてが水の泡。急加速するように迫る、ホワイトの側面から割って入るように。

 そして振るう、右手に呼び出した、蒼天そうてんの剣を。闇を導く黒い大鎌に目掛けて。


 叩き付けると同時に激しい火花が散る。これが接触、別の個体への干渉。

 世界の青が砕けるように消失、同時にカーレッジの握りしめていた蒼天の剣も粒子となって消し飛んだ。


 だが決して無駄な消失ではない。限度を超えた加速より放たれた斬撃は黒い大鎌を容易く跳ね飛ばし、奥にあった建物へと叩き付けられて動きを止める。無論それで終わりはしない、一時的に反動で怯んだだけだ、ここで手を緩める事は今カーレッジに許されてはいない。


生成コール双剣ダブルソード!」


 声を挙げると左右に降ろした両腕、掌に鉛色の剣が二本生成される。だがそんな姿に怯む事無く大鎌は建物から抜け出すと、まるで大鎌自体が加速するように暴れ出し、人の視力であったなら捉えられない程の速度で縦横無尽に建物を切り裂き、邪魔をしたカーレッジに怒り狂うように迫っていく。


「っ、ぁぁぁッ!!」


 そんな斬撃にカーレッジは対応する。側面から、頭上から、或いは正面から振り下ろされていく斬撃を両手に持った剣で切り落とし、弾き、彼女の後方に居るホワイトへ向かおうとすれば容赦なく彼女の斬撃が叩き付けられる。

黒い大鎌の触手はやがてその速度を落としていき、次第にその動きを鈍らせていく。対し、カーレッジは止まらない、息を切らしながらも地を滑るように駆け、大鎌の動きさえ先に詠む。追い付けさえすれば――もはやそれは己の独壇場どくだんじょう


「捕まえた――ッ!」


 大きく切り払い弱った触手は壁へと叩き付けられる。空かさず地を踏み締め、カーレッジは右手に持った剣を鎌ではなく触手部分へと叩き付け――前方で悲鳴が上がると同時にその大鎌を持った触手は黒い粒子となって粉々に消失した。



 ホワイトはただ、唖然と眼前で繰り広げられる戦いに魅入っていた。

彼女の視界を覆ったのは鎌による黒ではなく、飛び込んで来たカーレッジの長い黒髪によるもの。一瞬にして割り込んで来た彼女の纏った風圧によって耐えきれずに尻餅を着くような形で座り込んでいたホワイトは、上体を起こした状態のまま――ただ、動けなかった。

 カーレッジは擬きとの戦いは未経験、そう言っていた。だが実際に見てどうだろう。恐らくは擬きによるものと思われる鎌の攻撃を見事に捌き切り、挙句に触手へ武器を叩き付け一矢報いて見せた。明らかに、ホワイトなどよりも戦い慣れしている。人同士の争いではなく――人外たる者同士の戦いに。


「ほ、ホワイト……動ける!?」


 唖然としていた己に対し、息を途切れ途切れにしながら問い掛けて来る。そこでようやくく我に返ったホワイトは「う、ん。大丈夫」と、まとまらない思考のままで返答してしまった。だがそれに対して怒るでもなく、カーレッジは少し笑みを含んだ声で「なら、良かった」と呟いてみせた。

 どうにかホワイトは立ち上がると、そんな彼女の側面から前方の様子を覗き見る。すると、黒い影を纏って居る人型は苦し気に頭を抑えながら街の奥地へと向かって行こうとしているのだ。


「噂の擬き、に、しては…随分臆病、じゃない……後、追わないと……」


 だが一歩踏み出そうとしたカーレッジはバランスを崩し、その場に片膝を着いてしまった。咄嗟にホワイトは駆け寄るが、「大丈夫、ちょっと無理しただけ。すぐ動けるようになるわ」と、苦し気な声色だが顔を見せないように背けているのは目に見えて明らかだった。

 そんなホワイトの心配を知ってか知らずか、もう剣を持っていない右手で彼女は自らの携帯電話を取り出し、


「アフェと、フラタに、連絡入れて貰える、かしら。名前、分かり易くなってるから、すぐ見つかると、思う」


「…うん、わかった」


 今は一刻の猶予も無い。だがカーレッジは即座に動けそうにないし、ならば仲間に救援を頼むというのは道理だろう。受け取った携帯電話の画面を見て、覚束ない手付きではあったが彼女の言うアフェ、フラタという連絡先はすぐに見つける事が出来た。メッセージを送信した履歴がのこされていて、そこから送れば連絡は取れるだろう。

 ――だが、ホワイトはそこで目を疑うものを見た。


「………、カーレッジ。ちょっとだけ聞いてもいいかな」


 問い掛けに対して、力無く「なに……?」と問い返してくるカーレッジ。

疲弊ひへいしている様子だし、聞いたところできっと彼女も今すぐには動けないだろうけれど、もし事実なのだとしたら。


「『デッド・リーパー』……魔法少女擬き、彼女の情報が確かなら一体だけの筈、だよね?」


 再度の問いかけに対し、カーレッジは漸く顔を挙げる。やはり少し顔色が悪い、先程の戦いが原因なのだろうか。けれど今は、優先して聞かなければならない事だ。


「更新はついさっき。――アフェクションさんと、フラタニティさんのところにも、黒い大鎌を持った人型が現れたみたい」


「なんですって?!」


 本来。魔法少女擬きとは一つの個体に一つの名前が与えられているし、全く同じ個体というものは存在しない。能力もそれぞれに異なる、だが複数体同時に存在する事なんて、聞いた事が無い。それが今、複数体の出現が確認されている。

 カーレッジもまたそんな状況聞いた事もないかのように、気だるげな表情が驚愕に染まっている。「み、見せて!」と手を伸ばしてくるのでホワイトは膝を曲げてしゃがみながら彼女の携帯電話を返す。

 それと同時に、ホワイトの持っている携帯電話から振動。恐らく誰かから連絡が入ったのだろうが、この夜の時間帯に連絡を取ろうとしてくる者なんて、一人しか居ないし一人しか知らない。

 

 カーレッジが携帯電話をどうにか操作している様子から一度目を離して自らのポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出すとその液晶画面に浮かんだのは――やはり『bluerose』からのメール。問題は、その件名だ。


『緊急連絡』


 短いその件名のメール。開き、内容を確認すると――カーレッジとホワイトが声を挙げたのはほぼ同時だった。


「「――デッド・リーパーは人間のしかばねを駒として扱う事が判明……」」


 ホワイトは自分の目を疑っている。いや、恐らくはカーレッジも同じなのだろう。

画面から目を離した二人は互いに目を合わせ、その後に視線を正面へと向ける。

 黒い影を纏った人間。だがその様子は頭を抑え苦しんでいるかのような様子を見せる。

さらに纏った影は泡立つように何かを外へ出そうとしては弾けている、恐らくは先程の大鎌をもう一度出そうとしているのだろうが――


「何よそれ……それじゃあ、前線に居る魔法少女達はどうしたのよ……」


 カーレッジが声を震わせて携帯電話の画面を操作し、メールの内容をさらに確認しようとする。だが、現状それ以上の情報がメールには含まれていない。まるで走り書きかのような文章の打ち方、最初に送られて来たデッド・リーパーに関するものとは随分と情報量が少ないようだ。

 前線に居るであろう魔法少女達の情報はそこに記されていない、それだと言うのに目の前には敵によって操られた人の屍が街へ向かおうとしている。


「止めないと――」


 そう言ってホワイトは遠ざかっている人影に対して判断を下し、駆け出そうとして。

 腕を強く掴まれ、動きを止めざるを得なくなってしまう。


「一人で先走らない!さっきそれで危険な目に遭ったじゃないの!」


 叱責。建物の上でのやり取りとは違う怒声にホワイトは目を見開いて身をすくませてしまう。顔色の戻って来たカーレッジは瞳を微かに潤ませているのは、先程からの動揺の影響だろうか。

 ただそんな怒声に返答する言葉を持たない。竦んでしまった、叱られるなんていう事も随分と久方ぶりな気がして。


「……ごめん、ちょっと焦って声が強くなっちゃった。けど、とりあえずちょっと待って。あの速度じゃすぐに街には行けないだろうし、他のところも同じ状況だって言うなら、救援なんて見込めないわ」


 そう告げながら、「立つから少し手借りるわね」と言われ、足に力を入れてカーレッジを引き上げる。

少し視線を逸らしながら声色が弱弱しいのは怒鳴った事を気にしての事なのだろうか、ホワイトには分からない、分からないが。離れない手が、しっかりと己の手を握りしめている――その体温だけは、何故かとても確かに、明確に伝わってきていて。


「――あれは、私達二人でなんとかしなきゃいけないわ。けれど私はもう、さっきの大技は弾切れ……今度あいつに不意打ちを貰ったら避けれる自信も守れる自信もない。だから、その……協力、してもらえないかしらっ?」


 顔を挙げたカーレッジは真っ直ぐに、しかしやや頬を赤らめていてホワイトが視線を向けると驚いたように肩を跳ねて顔を逸らしてしまった。怒っているのとは違うらしい、というのが分かる。

何故かはわからないが――彼女の力になりたいと、そう認識した瞬間から。


「私に出来る事なら言ってほしい。今度は、先走ったりしないよ」


「……頼りになるじゃない、年下の癖に」


 拗ねるような口調でそんな言葉を発してから握った手同士が再び握り直される。それは握手のような形。


「なら、一緒にあいつを倒すわよ。互いに側面から回って挟み撃ちにするわ。けれどタイミングは私が注意を逸らしてから、貴女は出来る限り静かに側面から近付いてぶっ飛ばして。とどめは私がやるから、怯ませるだけでいい」


「でもそれじゃあ、カーレッジは」


 内容は妥当だと思う。カーレッジが先に出て行き、不意を突いて攻撃を受け流している間にホワイトが攻撃を仕掛け、怯ませ、動きを止める。そこまではいい、だが――とどめを刺すというカーレッジの言い分には食い下がった。幾ら元々が屍であったとはいえ彼は、


「いいからっ!……任せて、私に」


「…?う、うん。分かった、君がそう言うなら、従おう」


 突然強引な様子を見せたカーレッジにホワイトは戸惑いこそしたが、その意向には従った。見据えるその視線には決して譲る気はないと言うような意思を感じてしまって。反論する言葉を、持っていなかったから。

 この時はその意思の意味を、ホワイトは知る由も無かった。


*******************


「――」


 黒い影を纏った人間が一人、身体を引き摺るようにして歩いて行くのが見える。

人間ではある、頭髪もあるし目もあるし口も鼻もある。スーツのような衣服を上下に纏っていて、しかし体中がボロボロで、肌が黒く染まっているように見える。照らす光は街灯だけで、遠目に見てもその姿がはっきり見える訳ではない。


「魔法少女擬き……とは違うみたい」


 照明の消えた建物の屋上にて、そんな影よりもさらに深い、黒髪のポニーテールを靡かせる者が屋上から足を延ばし、片足を折り曲げて腰掛けて居た。色白の肌は遠目にしか存在しない明かりに微かに照らされているが、纏ったボロボロの黒いコートと首に巻き付けた少し傷んだ赤いマフラー姿は夜景には目立つ存在とは言えない。コートの前面は開き、黒い胸当てと黒いショートパンツの姿で白い肌の露出度が高いがその上には赤い文字のようなものが太腿、腹部へと無数に刻み込まれている。

 そんな少女は右手を真っ直ぐ正面に翳すと、黒い焔が吹き乱れるように現れ一本の槍を形成、形を固定すると槍の焔は消失して、一本の真っ黒な槍へと変わる。ただし、その槍は十字架のような十字の刃を先端から伸びていて、刃からは黒い焔がさらなる刃を形成するように燃え広がっていた。


「この街にはあの人が居るかもしれない。だから、」


 ふらりと左右に揺れながら両手で身体と建物を押して離れ、宙へと舞う黒き少女。

瞬間、彼女は黒い炎に包まれその場から喪失し、


「――」


 黒い影を纏った人間は虚ろな目で正面を見据え、目を見開いた。

だが、そこからの行動では、更なる『黒』を前に太刀打ち出来はしない。なぜなら、


「好きにはさせない」


 既に、薙ぐように振るわれた黒き槍の刃によって己の上半身と下半身が分断され。

 十字に振るわれた炎が上半身を焼き尽くし、伸ばした左の掌から放たれた焔に下半身は跡形も残さず消し炭となっているのだから。


 その場に残ったのは、もう一人の黒のみ。黒き少女は人の亡骸を容赦なく屠ったところでその表情は微動もしない。


「……擬きと同じ気配が他にも複数。けれど、今葬った奴と同じ程度の力か」


 一歩後ろに下がって後方を見遣る。そこには先程消し去った男の向かおうとしていた夜の照明が眩しい街へ続く道がある。

気配はその付近に先程の存在が持っていた気配は感じない。だが、南門やその他の、複数の個所から気配は街を目指そうとしているのだと、黒の少女は感じ取っている。


「使えない魔法少女ばかりって事か。いい、なら――」


 身を捻って黒いコートをなびかせると同時に、少女は地を蹴って宙を舞う。街灯だけしか頼れる照明の無い世界に向かって、右手に握りしめた黒き槍を携えて、


「私が全部、焼き尽くしてやる」


 擬きとは異なる、魔法少女の更なる力が、戦いへと乗り込んでいくのだった。

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