彼女の独白
きっとまた明日も同じ傷を増やす
あなたが来ない先の話
あなたには関係無い話
あなたは何も悪くないの。
全部私のせいだし、勝手になってしまう私が悪いの。
私はあなたの前では強くありたいし、弱さは邪魔だから要らないの。
それにあなたと私は恋人ではないわ。
言葉の約束すらない関係は不透明で不確かで、不安を煽るのには一番効果があるの。
寂しい恋しいなんて思うのは馬鹿げてると思わない?
だってそんな資格すら与えてくれないのに、勘違い野郎って思われるだけじゃない。
問うても逃げてしまうのに追わない私もいけないのだけれども。
私だって怖いのよ。
恐ろしいもの、あなたがこの先を決めてしまうのが。
大切な物を優先してしまうのは、私の立ち位置が低い証拠。
私なんて楽に切り離せる関係なんでしょ。
そうならそうとはっきり言ってくれれば、私も期待しないでいられるのに。
呆れた夢を抱かないで捨てられるのに。
本当に残酷な人ね。
会ってくれるだけで、傍にいてくれだけで構わないのに最近は声すら聞かせてくれない。
忙しいのはわかってるのに、どうしても当たり前になってる会話が無いのはすこしだけ心が重くなる。
少しずつ少しずつ重なり積もり増えて抱えきれないモノを体内に隠しては涙を出して、それでも痛くて嗚咽を漏らしても強がりは直らない。
あなたの前では今までの私がいいの。
優しい人だから困らせたくないの。
一緒にいてほしくないの。
突き放した方がお互いの為だし、迷惑が掛からないセフレは都合が良いでしょ?
私はお利口さんなのよ。
それくらいわかってあげないと、いなくなっちゃうの知ってるよ。
餌を与えられても本質は変わってないんだから。
媚びる若い猫はお好きでしょ。
いっそのこと、あなたが切り捨ててくれたら楽になれるのかもしれないけれど。
狡い言葉で繋ぎ止めて余所見させない狡猾さには馬鹿な私は何も抵抗できやしない。
あんな振り絞るような寂しい声で、触れた手は緊張で冷たくなってて、泣きそうに見えた横顔に私は決意をしてしまった。
寂しい思いをさせたくないって。
泣かせたくないって強く思ったのに、この様なんだから。
本当に救い用のない知恵無し野郎ね、私って奴は。
可哀想で可哀想でいっそのこと殺してあげたくなる。
見てられないわ。
昔みたいに首を絞めて、天井の模様を眺めて、飽きたら腕に線を引くの。
そしたらちょっとは気が晴れるかもしれないわ。
でもバレたら怒られそうだから薄くね。
どうでもいい関係なのにあの人怒るのよ。
変わってると思わない?
私ならほっとくけど、一度だけ電話しなかったら凄く怒られたのよ。
心配かけるな、って。
自分の物が他に取られるのが嫌なのかしら?
いっぱい持ってるんだから一つくらい無くしても構わないと思うのだけれど。
傲慢よね。
子供じゃないんだから。
ああ、思い出しただけで泣けてきちゃう。
慣れる為に思い出さないように努めていたのに。
あんな人、忘れちゃいたいのに。
手が震えてナイフが思うように握れないわ。
どうしましょう、どうしよう。
早く早く私を助けてあげないといけないのに。
痛みが救いを、血が命を確かめさせてくれるのよ。
邪魔しないで、私の中から消えてしまって。
もうやめてください。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!!
どうでも良いなら見ないでよ。
捨てられる奴なら触らないでよ。
優しくしないで、頼むから。
恋しくて泣くなんて犬みたい。
来なくて扉の前で待ち続けるのは家猫。
ずーっとずーっと自分で言ったくせに冷たい床に座り込み、鍵が回るのを期待するの。
赤くなった左手を見詰めて息を漏らして、鳴らないケータイを膝の上に置きながらぼーっとする。
それがすこし倖せだって感じちゃうんだから、とっくに毒されてたのね。
ちょっとだけ、寝てしまおうかしら。
朝になったらまたお仕事。
あの人はきっと別の所。
私の元へはきっと来ない。
それでいいの、それが理想。
私は独りが似合ってる。
寒い部屋で丸まってるのがその証拠。
さあ、明日も早い。
おやすみなさい。
【オマケ】**の問答
彼女が最近冷たい。
前まで返ってきた返事の内容よりも淡白だしそっけない気がする。
今日きたのもその一つ。
『再発したからほっといて』
彼女は病気だ。
治しにくい病気に侵されている。
高校生からずっと長いこと続いてるようで、彼女自身からこの前話してくれた。
付き合って一年とすこし経った日の夜、いつもの居酒屋で。
前々から様子がおかしいと思うところがあったから、やっと納得できた。
自嘲気味た風に、でも他人事のように淡々と語る彼女はどこか諦めている様子だった。
この前俺が言った台詞に怒っていることを隠すこともなく、どうでもよさげに昔話を続ける。
今との違い、昔の悪癖、思考、体のこと、病気のこと。
病気の時のことは最後濁らせた。
はっきり物を言う彼女にしては珍しく、喉を抑えながらまるで話すのを体が引き留めてる様だと思った。
無意識の自己防衛だろうか。
口を何度か開閉した後、気まずそうに目を逸らす。
俺は当たり障りのない言葉しか浮かばなかった。
せめて明るくかえそうとしたけど彼女の反応はあまり良くなかった。
さっきよりも一層寂しさを募らせたように目を伏せて、少ない返事に上の空。
言葉を間違えた気がした。
それがずっと気掛かりだけど、彼女が何も言わないから言えずじまいでズルズルと今に至る。
ヘタレとこの前言われた。
苦笑いで誤魔化したけど、すこしだけ自覚がある。
病気が酷いと彼女は家に入れてくれない。
会うことも拒絶される。
初めて聞いた時に、電話でこう言われた。
『一緒にいると迷惑掛けちゃうから』
心配で傍にいたい。
でもそれは俺の我が儘だ。
それに言い出したら言うことを聞かない頑固者を説得するのは難しい。
無理にでも詰め掛ければ怒られるのは必須。
電話もできないし、LINEの返事も返ってこない。
それが一週間。
長い長い拷問です、はい。
あの時何と言えば良かったのか。
どうすれば一緒にいることを許してくれたのか。
彼女がいない土曜日は過去を振り返るようになった。
きっと何かを期待していたのだろう。
それを得られず拗ねてしまった。
そう、あの言動の心意はきっとこうだ。
わかってるのに、まだ答えが見つからない。
言わなきゃいけない言葉がまとまらない。
静かなケータイを手に今日も電話ができずにいる。
また無視されるのが怖い。
なんて言ったら、また彼女にヘタレと笑われるかな。
だから一言だけLINEで送っとこう。
『治ったらまたいつでも連絡してね!』
横にいない彼女の寝顔を思い出しながら布団に入る。
待つことしかできないならいつまでも待とう。
返事がきたら直ぐに返そう。
電話が鳴ったら飛んで出よう。
またちょっと馬鹿にしたように柔らかく笑う顔が見れるなら、あの時握ってくれた小さな手に触れられるなら、俺を頼ってくれるなら。
意地っ張りがちょっとでも改善されることを願って、そっと瞼を閉じた。
おやすみ。