第8話
◎田島
素知らぬ顔で指輪をゲッツせしめた田島は、入室時に通った扉ではなく、対面に取り付けられたもう一つの扉から部屋を出ることにした。
この部屋は三つの扉によって廊下に接続されているようで、田島がノブに手をかけた扉の左手に、もう一つ扉がある。
こちらの方も、後で来ることになるかもしれない。
廊下に出る。
細い、人間が一人通れるが、二人通るのは厳しい。そんな廊下だ。
左右に分かれていて、右手には洗面台が、左手には広い部屋が見える。ソファやテレビが設置されているのを見るに、どうやらリビングルームらしい。
洗面台には用はないので、田島はリビングルームへと向かうことにした。
リビングルームは床が畳で、ソファの隣にマッサージチェアが一台置かれている。
田島は、変な倉庫で眠ったせいで凝っている肩を右手で抑えるようにして、羨ましそうな目でマッサージチェアを睨む。
テレビは今時滅多に見ないような、ゴツいブラウン管だ。
しかし、当然といえば当然だが、リビングルームには上着は見当たらない。
先ほどの部屋とは違って、盗みやすそうな小物が転がっているわけでもない。
田島は、リビングルームと直接つながっていたダイニングキッチンをのしのしと歩き、その隅に二階へと続く階段を見つけ、ほくそ笑む。
〜〜
▽長岡
長岡は通報があったというコンビニに、一人向かっていた。
いろいろと、目撃者に聞かなければならないことがあるからだ。
といっても、ほとんど主要な情報は蒔野が聞き出しているし、長岡は、自分が口がうまい方だとは思っていない。
ちゃんと働いてますよというアピール、つまりは体裁を整えるのが主な目的といってもいいだろう。
コンビニに行って情報を詳しく聞き、そのあとは近辺を軽く見回る。
可能なのは、せいぜいそれくらいだ。
そもそも、いったん目撃されて逃げ出したのなら、もうこの辺りからは移動してしまっているだろう。だから、見回りもダメ元だ。
署から応援が来て、捜索に使えるコマが増えたとしても、やることが劇的に変わるわけではないのだった。
歩くことしばらく。
コンビニに到着した長岡は、先に到着していた署の連中と合流し、痩せ男と鉢合わせたコンビニ店員や、客に詳しい店長などを中心に聞き込みを行った。
得られた情報は蒔野に聞いたものとほとんど大差ないものだった。
見るからに犯罪者といった雰囲気を持った男だったらしい。
しかし、わざわざ現場までやってきたのだ。
現場でしかできない調査というのもあるだろう。
ということで、長岡は店員から、痩せ男が逃げていった道筋や方角を実際の景色を見ながら聞きだし、そして、痩せ男が住宅街の方へ逃げた可能性が高いという仮説を立てた。
それを署の連中と蒔野に話すと賛同を得られたため、長岡は署の連中と連れ立って住宅街の捜索を始めることにした。
〜〜
◎田島
田島は階段を上っていた。
大きな家ではあるが歳には勝てないのか、田島が足を差し出すたびに軋むような音がなる。
ミシミシと染みて広がるような静かな音だった。
木は良い、と田島は思う。
腐っても、古びても、もちろん新しくても若くても、木には不思議な魅力があった。
古来より人類が木を用いるのは、こうした部分があるからではないだろうか。
そうこう考えているうちに、田島は二階へとたどり着く。
そこから上へと続く階段は見当たらないため、おそらくこの家は二階建てだろう。
二階は寝室や物置として利用されているようであり、すでに、ハンガーにかけられた上着が何着か目に入った。
そのいずれも女物であったが、田島の期待は確かに膨らむのだった。
ひとまず、女物がかけられている隣に箪笥が見えたので、そこから物色することにする。
が、一通り調べたところで出てくるのは下着や洋服といったものばかりで、田島のサイズに合う上着は見つからない。
「おっ」
そして、隣の部屋へまで足を運んでようやく、田島の求めているものは見つかった。
分厚い、長袖のジャンパーだ。黒い生地に何やら刺繍がなされているが、その蛇が這うような文字は非常に読み辛く、田島はすぐさま諦め、袖を通し始める。
季節柄、これを着て街中をうろつくと暑さでどうにかなりそうではあるが、手錠をそのままにしておくわけにもいくまい。
手錠をそのままにしておいたら、それはそれでまた冷や汗をかきながら走り回ることになりそうだ。
結局のところ、暑いものは暑いのだった。
田島は、あの私服警官が自分を探しているだろうことを予感している。
何故だか、そんな気がしていた。
『対になる超能力者同士は、惹かれ合う』
まさかな、と田島は首を振る。
そして友人の姿を思い出すように逆立ちをして、階段を降りてゆく。
どこか遠くで、その滑稽とも取れる姿を誰かが笑った。
〜〜
▽長岡
「あっ」
「あっ」
長岡が住宅街を捜索していると、このあたりでも有名な豪邸から、何やら怪しげな服装をした男がのっそりと出てきて、図らずも鉢合わせる形となった。
男は何故だか逆立ちをしていたが、長岡と目が合うと弾かれるように元の体勢に戻って言った。
「ご、ごきげんよう?」
(主にお前の所為で)ごきげん「じゃねーよ」
「ですよねぇー。はっはっは」
「待ちやがれ!」
日も傾き始めたそんな時間。
奇妙な二人は、走り出した。