第6話
◎田島
目を覚ますと同時に自分の肩が軋むのを、田島は感じた。
やはり、人一人が眠るにはこの倉庫は狭すぎたらしく、不自然な体勢での睡眠となってしまったようだ。
とはいえ、一番の問題だった精神的な疲れはほとんど取れ、肩の痛みも、動かすのに支障が出るほど酷くはなかったので、状態はそう悪くはない。
周囲を警戒しつつ倉庫の外に出て、怪しまれることがないようにと倉庫から距離をとる。
公園がガランとしていたので、砂を鳴らしながら中へ入った。
そこで田島は肩を回し始める。固まった体をほぐすためのストレッチだ。重たい肩や、腰、首の辺りを重点的に伸ばす。
朝の日差しが眩しい。9時ごろだろうかと、田島は推測した。
「さて、と。とりあえずは朝メシを確保しねえとな」
欠伸交じりに両手を伸ばし、歩き出す。
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▽長岡
未だに自宅へ戻らない長岡が目覚め、そして仮眠室から出てくると、そこにはすでに蒔野の姿があった。
ぼやけた視界で時計を見れば、どうやら9時前らしい。
「おはよー」
とりあえずは蒔野に挨拶をする。
「おう、おはよ」
蒔野は返事も適当に、なにやら作業をこなしているようだ。
「谷川先輩は?」
「谷川先輩なら、昨日の万引き犯を署に連れて行ったところだよ」
ああ、と長岡は頷く。蒔野の言う『署』というのは、隣町の大きな警察署のことだ。この街で捕まえた犯人は、いったんそこに連れて行くのがパターンとなっている。
「今日から、この街に署のヤツらが数人来てくれるから」
「ん? なんで」
「いや、お前が街で怪しいヤツを見かけたんだろ? なんか騒ぎを起こす前にどうにかしないとよ」
そのために呼んだんだ、と蒔野は続ける。自分の仕事っぷりに、誇らしげだ。
長岡としても、まだ大事が起きた訳でもないので、危機感は薄かった。
「んで、その『署のヤツら』ってのは、いつ来てくれるんだ?」
「んー、もうすぐ来ると思うよ」
「そうかい」
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◎田島
「ぜぇ、はあはあ、っふぅ」
田島は路地裏で、ひどく荒れた息を整えていた。
やべえよ、これは迂闊すぎた。しくじった。流れ出る冷や汗がすぐには止まりそうもない。コンクリートの塀に、背中を押し付けて座り込んだ。
背中の固い感触に、手錠を思い出して右手首を見る。
決して離してくれそうにない鉄の輪は、今の田島の状況の原因だったりする。
なにか食事でもと公園を出た田島は、団地の脇にある草むらに走る道を抜け、昨日のうちに見つけていたコンビニに入ることにした。
24時間経営のコンビニが随所に見られる近年の光景は、田島にとってはかなりの助けになっている。
自動ドアが開き、カラーンと来店を知らせる金属音が鳴る。
そして田島はコンビニ店内へと入った。
店内には人はほとんどおらず、店員と、それから数人の客が見えるだけだった。
「いらっしゃいませー」
背が高い、優男風の店員がレジから挨拶をしてくる。
それと同時に、ピタリと固まった。
田島は、店員の様子をほとんど気にとめず、そのまま店に入るつもりだった。多少反応が大げさだというのはあるが、普段の範疇に収まる程度だ。
しかし、田島はそこで、店員の視線が自身に向けられていないことを悟った。
「ん?」
違和感に引っ張られて視線を下ろす。
冷や汗がふきだした。
寝惚けていた所為で、手錠への対処を忘れてしまっていたようだ。
そのあとは、スーッと機械のようにコンビニを出て、ダッシュし、今に至る。
一連の流れがあって、田島の本日の目標が決定する。
手錠を隠すために、厚めの上着でも盗んでこよう。
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▽長岡
隣町の警察署からの増援を歓迎した後、長岡は蒔野と一緒に書類をまとめていた。昨日の若者の所為で、仕事が増えたのだ。
普段、書類等の仕事は蒔野が担当しているのだが、ダイエットによる空腹でぼんやりとしていたために逃げ遅れ、蒔野に手伝わされるハメになった。
「へいへいへーいっと。よし終わり。じゃ、俺パトロールに……」
「おいちょっと待て。お前、全然やってねーだろ。まったく、いいだろ、たまには手伝ってくれても」
「ちょ、おまッ、離せって」
立ち上がって逃げようとしたところをあっさりと捕まり、再びイスに腰を下ろす長岡。
先ほどから何度か似たようなやり取りが続いている。というのも、長岡は堅苦しい作業はからっきしなのだ。
同僚の蒔野も当然そのことは知っており、だからこそ、逃げ出そうとする長岡に対する反応がとんでもなく早い。
「なんだって俺がこんなことを……」
「俺はそれをほぼ毎日やってるんだけどな」
「そういわれるとそうなんだけどよ」
蒔野に言われて、さすがに申し訳無さそうに頭をポリポリと書く長岡。
そして再び、しぶしぶ書類に目を通しはじめた。
こうも言われると、少しは手伝ってやろうという気にもなるものである。
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