第5話
▽長岡
長岡が連行した若者に対し、先輩刑事である谷川が取調べを行っている最中、長岡は、蒔野に先ほど出会った痩せ男について話していた。
十分ほど前までは長岡も取り調べに加わっていたのだが、取調べに関しては実力不足であるため、今は谷川に任せている。谷川は、取り調べに関しては間違いなく天才で、そういう超能力でも持っているのかと疑いたくもなるが、驚くことに能力者ではないらしい。
ともかく、長岡のいた数分で、若者がショッピングモールからの窃盗の常習犯であることが判明した。
「へえ、そんなヤツがいたのか」
蒔野は痩せ男に関心を持ったようで、長岡の話を真剣な表情で聴いている。
長岡は相手の悪事を見破ることが出来る。それは、「分かるはずがない」と高をくくっている犯人の意表を容易に突くことが出来るということで、その長岡に怯む様子も見せずに逃走に成功した痩せ男は、その手の状況にかなり慣れていると考えられる。
どう考えても、只者でないのは明らかだった。
蒔野は、素早く隣町の警察署へと連絡を取る。
一刻も早く、痩せ男を捕らえるために。
この街には、今までどおりに平和でいてもらいたい。
誰もがそう望んでいるのだ。
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◎田島
「……ふへぇ、疲れた」
田島が体を揺すると、右腕の手錠がジャラリと音を立てた。
あれから田島は、結構な勢いで街を走りぬけ、そして辿りついた団地内に鍵がかけられていない倉庫を見つけ、その中で夜を越すことに決めた。
田島は私服警官に追いかけられたこともあり、体というよりは精神的な疲れを感じている。
今日はもう、これ以上動く気になれなかった。
右手首に目をやると、鈍色の手錠がギラつく。
気になるほど重くもないし、邪魔になるほど大きいわけでもない。
おまけに外す手段も無かったので、そのまま付けておくことにした。
体を倒す。
倉庫の薄い床が軋む音がなった。
狭く、息苦しい埃にまみれた倉庫は、田島に心地の良い眠りを提供する意欲に欠けているようだった。
眠れんのかな? と不安に思う心の声。
しかしながら、疲れがそれを洗い流す。
白んでいく頭の中に、夢が浮かんでくる。
田島は、そのまま眠りについた。
夢の中に、鮮明に景色が浮かび上がってくる。
どこだ、ここは? と目を凝らして、田島は、自分が何処にいるのかを理解した。
昨日も訪れた、あの広場だ。
芝生が敷かれた小山の上に、自分自身と、そして逆立ちのサカサがいる。
「対になる超能力者同士は、惹かれあう」
サカサが言う。その口調は、誰かの言葉を引用したようでもあった。
「はあ? なに言ってんだ、急に」
田島は、自らの口からひとりでに発せられた言葉に驚く。
そして、今言葉を発したのは過去の自分だと気付いた。どうやら昔の出来事を、夢に見ているらしい。どうりで夢にしてはハッキリとした光景だと、納得する。
「そういう風にできているんだ」
サカサは相変わらず、田島の言うことを聞いているのかも定かではない様子だ。どんどんと話を先に進めてしまう。田島が困り顔でも、お構いなしだ。
「田島君も、いずれは、そういう人と出会うことになるよ」
「対になる、ってことは、『悪事を見破る能力者』とかか?」
過去の田島は、とりあえずはサカサに付き合うことにしたようで、信じているのか信じていないのか、質問を繰り出す。
「そうとは限らないけど、何かしら関連がある能力をもっているんだろうね」
「ふーん。ま、どーでもいいけどさ」
じゃあな、と田島は踵を返す。
「またね」とサカサも引き止めない。
広場から足を一歩踏み出したところで鮮明だったはずの景色が崩壊し、辺りが暗闇に包まれる。
その暗闇に差し込む光へ、田島は右手を伸ばす。
既に過去の自分からは戻っているのか、その右腕には手錠がかかっていた。
右腕も、田島の意思で普段どおりに上下する。
光が手錠に反射して輝いた。さあ、新しい夢の始まりだ。
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▽長岡
長岡は、夜の見回りを兼ねて、またもランニングをしていた。
そうそう悪事が起こるとは思っていないが、人が多いところは必然的に悪意が芽吹きやすい。そういう考えで、長岡はこの街でも比較的人が多い、団地内の道を走っている。
夜中ということもあり、団地は静かだ。窓から漏れる光が、それなりに人の気配を演出しているものの、直接人影を確認することはない。
団地は広く、全てを確認しようと思えば時間がかかるが、ダイエットの一環と思えば大して苦にはならなかった。
団地内の、子供の遊び場として作られたであろう公園を金網に沿って一周する。
簡易なつくりの倉庫がちらほらと見えるので、それを避けるように進んでゆく。
息が軽く上がってくる。
暗闇が辺りを覆っている所為で、一つ、鍵がかかっていない倉庫があることに、長岡は気付けない。
当然、その中にあの痩せ男がいることなど、考えもしなかった。
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