第12話
◎田島
あら? あらららら。
着地した一瞬で見事に腕を取られてしまった。
えへっと美少女風に許しを乞うてみても、呆れられるだけで状況は良化しない。
田島は確認のために右腕に力を込めるが、動かない。
「ケーサツも忙しくて大変だね、まったく」
「普段はこんなに忙しくねーんだよ。かえって暇なくらいだ」
「じゃあ、忙しくしてしまって申し訳ない」
ごめんな、と田島が謝って「反省したから見逃してくれよ」とどこかずれたことを宣う。
もちろんそれで長岡が許すはずもなく、そのまま右腕をひねり上げた。
涙目になりながらも、田島が右腕の可動域を無視して体をねじる。
そのまま左腕で裏拳を打ち出した。
が、うまく防がれて私服警官の肩をかすめる程度に終わる。
そこで動きを止めず、頭を振って肩口にぶち当てる。
手が緩んだ隙にそのまま、ジャンパーから右腕を引き抜いた。
気付けば、私服警官の手元にはジャンパーがぶら下がっているのみとなっていた。
田島が自由になった右腕を突き出すが、その拳は間一髪で躱される。
しかし、田島はその拳を引き戻すことはしなかった。
「がッ!」
腕にかかっている手錠が間一髪の距離を埋めて命中し、私服警官は呻く。
「くそ、お前……一体なんなんだ……ッ!」
苛立った声で迫りながら、私服警官が訪ねてくる。
だから田島は当然、こう答えた。
「田島ですけど」
〜〜
▽長岡
「田島ですけど」
と痩せ男は言った。
長岡は手錠をぶつけられた顔を押さえながら、「いやそういうのが聞きたいんじゃなくてさ」と呟きながら、田島を塀に追いつめて逃げ道を潰していく。
前や横に塀があればうまく利用してくるのだろうが、背中に塀をつけさせればその跳躍力も半減だ。
その考えは的を得ているようで、田島はチッと舌打ちをする。
「なんだ、えらく警戒されてんのな。もっと優しくしてくれよ。社会が人間に厳しすぎるんだから、人間が人間を甘やかしてくれないと」
「残念ながら不可能だな。別の人に甘やかしてもらえ」
言いながら長岡は拳を田島の鼻柱に叩き込む。それを田島がいなして、左足で蹴りを放ってくる。
奥歯を噛み潰しながらその衝撃に耐え、その足を長岡が腕で掴み、引っ張り、ついに田島が地面に倒れこむ。
万全の体勢なら長岡とも力比べができそうな田島だが、さすがに片足では長岡の筋力には敵わなかったようだ。
そしてコンクリートに肩をぶつけて口から唾液をこぼしながら、田島が呻くように言った。
「お前もなかなかやるよな。名前、聞いていいか?」
「犯罪者に名乗る気はない」
「いやいや、俺に先に名乗らせておいてお前は名乗んないの? ロクでもない警官だな、あんた」
ろっくでーなし、ろっくでーなしと呻き交じりに呟く田島の喧しさに長岡が負け、ため息を吐く。「長岡だよ、長岡」
〜〜
▽◎田島・長岡
田島と長岡の男二人は先ほどとは打って変わって静かなものだった。
田島ももう逃げるのは無理だと踏んだのか大人しく地面に抑えられているし、長岡は田島がじっとしている以上は焦る理由がなかった。
このまま取り押さえて、今に追いついてくるであろう署の連中を待ち、四人で細心の注意を払って連行する。というのが長岡の考えだった。
田島の身体能力を考えたら、間違えても単独でどうにかしようとするのはマズい。
長岡は一連の騒動の中心に身を置いて、悔しいながらも田島を認めていた。
それは田島も同様で、今の体勢からではどれだけ力を振り絞っても長岡を振り解ける気がしなかった。
田島が暑いと身をよじり、右腕にはまった手錠がジャラリと地面に擦れる。
体は暑くて仕方がないというのに、手錠はどこか冷酷な冷たさを含んでいて、これが罪ってやつかと田島が笑う。
笑って、違うかと目を伏せる。
田島は自分がしていることを罪であるとは、どうしても思えなかったのだ。
まあ、どっちにせよ。
ここから逃げることは不可能なわけで。
だから最後は世間話に、自分を相手に健闘し、そして勝利した男を称えてみることにした。
「なあ、あんたって、結構男前だよな。初めて会った時よりも顔が引き締まって見えるけど、痩せてるほうが女ウケはいいんじゃないか? しかし、羨ましいね」
「……え?」
「だから、イケメンうらやましーって言ってんの。俺を追いかけたおかげで痩せられたんだから感謝しろよオイ」
「痩せた? おい! 俺、痩せたか?」
「ん? ああ、少なくとも初めて見た時よりは痩せてると思うけど」
田島が答えるが、事実、長岡の体は田島との鬼ごっこによって引き締まっていた。明や柚子に指摘される前よりも、むしろ学生時代に近い具合にまで。
それを聞いた途端に何やら真剣な表情に変わったかと思えば、長岡は、田島を忘れたかのように体を震わせ始める。
今なら逃げれる、と判断した田島が体に力を入れようとして、それよりも前に。
「やった、やったぞ! 明、ゆーたん! おうちで待ってろ!」
必死で田島を追いかけていた時よりもさらに目を血走らせて、長岡が田島を地面に転がしたまま走り去る。
「は? え……あれ?」
田島が隙を突こうと込めた力を持て余して、唖然とした。
長岡が向かった方向を見ると、両手を空に突き上げながらスキップする姿が見えて、田島は項垂れるように頭を押さえる。
とりあえず、逃げようと思った。
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