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第1話

 ◎田島 



 とある街の隅にポツリと建つ廃ビルは、ならず者たちに好んで利用されている。

 その中の一室、二階の角にあたるそこには現在、二人の若者の影があった。

「なあ田島、お前、場所を移す気はないか?」

 その中の、大柄な体躯に温厚そうな顔立ちと、到底悪人には思えない外見をした男がなにげない風に声を発した。

 それは、ガラガラと擦れた通りの悪そうな声だったが、もの静かなビルの中では十分、響いた。

「なんで」もう一人、田島と呼ばれた痩せぎすの男が一瞬、考えるような間を取るが、すぐに分からないという顔をする。

「いいか、これは確かなスジからの情報なんだが……」

 大柄の男が、今にもバラバラになりそうなパイプ椅子から、音を鳴らしながら立ち上がる。そして、「ぬぅぅう」と一回、軽く伸びをしてから続けた。「西には、警官が三人しかいない街があるらしいんだ」

「津山さん、あんたはそういう情報を真に受け過ぎだ。まーた同じような話じゃねえか」

 津山という大男は情報屋で、為になるような情報をどこからか仕入れてくるのだが、情報を厳選する能力には乏しいようで、度々突拍子もない、ありえないような子供の噂じみた物まで拾ってくる。今回、田島は何か耳寄りの情報でもないかと津山の根城を訪れたのだが、どうやらハズレを引いたらしい。

 ―――これでも、情報屋としては有能なんだがなあ。田島は態度と同様に、心中でもため息をこぼす。

 事実、津山は優秀な情報屋であり、近辺を活動拠点にしている悪党たちの多くは、津山を通じて情報を得ている。それは田島も同様であった。

「あんたには、信用できる時とそうじゃない時がある。今回はどうやら、後者みたいだ」とも、田島は付け加えた。

 相変わらず温厚な表情の津山は、それが一種のポーカーフェイスの役目を果たしているようで、表情が読み取れない。ただぼんやりと虚空を眺めているように見える。

「行くも行かないも、お前の勝手だよ。俺のはあくまでも提案だ」

 田島からのクレームは見事にやり過ごして、津山は再び、その擦れたような声をビルに響かせる。「お前には、勝手をやっても大丈夫ってくらいの、腕がある」

 田島は、盗みで生計をたてる、いわゆる職業泥棒というやつで、それもかなりの実力者だった。

「買いかぶりすぎだよ」田島は居心地が悪そうに、体を揺すった。



「他には?」しばらく『西の街』の話が続いた後に、その会話を打ち切るように田島が尋ねた。

「ほか?」津山は、キョトンとした顔で、田島に向く。その顔が、ぼんやりと暗い影に染まり出しているのを見て、田島は、日が暮れ始めていることを察した。

「他に、耳寄りな情報はあるか、ってことだよ」

 コンクリートの床の上に積もった灰色の煤を、靴で勢い良く踏みつける。雪の上を歩くのに似た、シャリシャリとした感覚が、靴から伝わってくる。「無いなら、とりあえずは帰る」

「なにかあったかな」津山はしばらく考えるそぶりを見せて、いいや、と首を振る。「無いな」

「そうかい」

「ああ」

「じゃ、また暇になれば来るよ」

 軽く手を上げるようにして、田島は津山に別れを告げる。

「西に行くんだったら、しばらくは会えないかもな」

 津山は、先ほどからほとんど変わりなく、いつも通りに温度のある無表情だ。

「西に行くんだったら、多分こんな街、二度と戻らねーよ」

 田島は、本日はてんで役立たずだった津山に背を向け、彼の根城を後にする。

 その背を、割れた窓から差し込んだ夕日が濡らした。



 太陽が、先ほどまでいた廃ビルに引っかかるような高度から、田島を照らしている。オレンジ色の草原の中を、田島はゆったりと歩いていた。

 先ほどの、津山の言葉が蘇ってくる。

「……西か」警官が三人しかいない街、と彼は言っていた。そんな街があるなら、それなりに楽ができるのだろうか。田島には分からなかった。

 津山の前では、噂を小馬鹿にしたような態度を取っていたのだが、実のところ、田島はそれなりの興味を抱いていた。

 その「警官が三人しかいない」というような馬鹿げた話を信じたわけではなく、ただ、10代の後半からずっとこの辺りに居ついている自分のことが気になってきたのだ。「場所を変えるってのもアリなんだよな」

 夕日に加えて、涼やかな風が肌に心地よく絡む。廃ビルの周囲に広がる水田の稲穂も、喜ぶように風にそよぐ。その中で、田島は口笛を鳴らす。

 今よりもっと若かった彼は、暇つぶしによく口笛を響かせていた。その癖が今も取れず、田島はしばしば口笛を吹く。慣れているからか、それなりの腕前だった。

 水田を割るように作られた砂利道を抜けて、川の上にかかっている橋を渡り終える。この辺りから少しすると、人口も増えてくる。

 しかし、彼は直進せずに、そこから右に伸びる道を進み始める。そこから先は、広場があるくらいで、夕暮れ時のため、おそらくは誰もいないだろう。すれ違うとしても、広場から家に向かっている小学生くらいだ。

 こんな誰もいないような時間帯に彼が広場に向かうのは、とある男と話すためだった。

 誰もいないような時間帯でも、必ず、そこに彼はいる。朝も、夜も。あまりにずっといるものだから、地球が無くなっても彼は広場に居続けるのではないか、なんて考えてしまう。もちろん矛盾だ。

 広場が見えてくる。まず、田島は、出入り口の周辺に目をやった。彼は、いつも広場にいるのだが、広場の中でも、出入り口の周辺、草むらの付近、軽い運動が可能な雲梯と、広い範囲をうろついている。

 目を彷徨わせると、今回は、雲梯に彼の姿を見つけることができた。草むらの付近には、校則を破って元気に遊ぶ小学生達の姿も、少数ながら、見受けられた。

 彼は、こちらには背を向けて、器用に足の指で棒を掴んでぶら下がり、懸垂のような動きをしている。否、彼にとってはこれが、通常の懸垂なのだ。その姿を見ながらも、ゆっくりと近づいていく。

「やあ」懸垂を続けている彼の元へ近づくと、背中側であるのにも関わらず、彼のほうから声をかけてきた。「田島君、だよね」

「正解。久しぶりだな、サカサ」

「本当、久しぶりだ」

 言いながら、彼は、棒から足の指を離して、両手で地面に立った。

 彼は、逆さま人間だ。手で歩き、足で物を使う変わり者で、名は『サカサ』という。サカサは、もう何年も、おそらく田島がこの街に来るよりずっと前から、この広場のみを活動範囲としている。

 広場から出るところなんて目撃されたためしがないのに、何故か服は新品同様に白く、何を食べているのか、体格も平均的だった。少し背が低いくらいだろうか。それも、彼が逆立ちをしているので、正確には測れない。

「聞きたいことがあるんでしょ? いいよ。暇だから」

 彼はいつも分かったような顔で、分かったような事を言う。しかし不思議なことに、それが大抵、本当に当たっているのだ。今回も、田島の用事は言い当てられてしまった。

「お前、俺から聞かなくても、もう、俺が何を聞きたいか分かってるんじゃないのか?」

「分かってるかどうかは、関係が無いんだよ。僕は、久々に訪れた友人と、『会話』を楽しみたいんだ。さっきも言ったように、暇なんだよ」

 サカサは、足を外側に曲げて、ゆらゆらと振る。それはどこか、映画の俳優がとる、「やれやれ」と肩を竦める動作と似通っていた。

「じゃあ、その『暇』を解消する方法を教えてやろうか」田島が言うと、

「ほんとかい? ぜひ、ぜひ教えてくれよ!」

 子供が喜ぶように、両手でぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「じゃあ、教えてやろう」

 田島は、少しもったいぶるようにした後に、言った。「この広場から出たらいいんだよ」

 サカサは、足を組んで、むむむと唸る。どうやら、悩んでいるようである。田島は、すっかり彼との会話に付き合う気になって、雲梯の周囲に並べられたベンチに腰を下ろした。「どうだ? きっと、暇は潰せるだろうよ」

 彼は、他人よりもかなり低い位置にある、首を振った。「実は僕、この広場から出られない呪いをかけられているんだ」

 それから、「昔、ある超能力者と決闘をしてさ。負けたんだよ、僕は」と続けた。

「それで、この広場に封印されたってのか」田島は、さっぱり分からない話だと思ったが、ふと気にかかったので、サカサに尋ねた。「じゃあ、それはいつだ。何年前から、お前はここにいる?」

 しばし、思い出すような間があって、彼は答えた。「大体、46億年くらい前だっけ。たぶんそれくらい」

「バカバカしい」田島は呆れ顔になった。そしてふと、過去にも超能力者の話をしたことを思い出す。



 まだ、田島がこの街に来て二、三ヶ月の頃だ。

 その時も今と同じように、彼の前には逆さまの男、すなわちサカサが立っていた。逆立ちをしていた。

「超能力者というのは実は、世界に何人も存在しているんだ」

 彼は、その頃から、座っている田島のさらに下から喋っていた。

「はぁ? 何言ってんだ、お前」若かりし頃の自分は、そんなことを言った。田島は覚えがあった。

 昔の田島は、今よりも活き活きと、そして棘々としていた。若者特有の、わがままでぶっきらぼうな態度である。

「初めて会った時から疑ってはいたけど、どうやら田島君は、超能力に類する力を持っている」

 間違いない、というような自信を感じさせる、ブレの無い口ぶりだった。「今、確信できたよ」

「初めて会った時から確信してたけどよ、やっぱりお前は、かなりの変人らしい」

 田島は、苛々を言葉に溶け込ませて、軽口を放つ。「さっきの見たろ。超能力なんか持ってたら、あんなことにはならねーよ」

 さっき、というのは、田島がこの広場に入ってきた時の話だ。広場では、十人程度の小学生たちがサッカーボールを蹴ったり、雲梯をしたりと、活力を撒き散らしていた。そこに、田島がやってきたわけだ。

 小学生たちは田島の姿を見ると、「あの人、泥棒だ」と真面目な顔で叫んで、逃げていった。小学生の遊びにはありえないような、鬼気迫る表情で、逃げた。

 田島には、そういうことが頻繁に起こった。道を歩いていると、道端の女性から「泥棒がいる」と通報を受けた警官がすぐにやってくるし、近くでゴミを漁っていたカラスが、突然「泥棒だ! 泥棒だ!」と野太い鳴き声をあげたりもした。

 まだこの街にやってきて少しなのだが、もう顔が売れてしまったのかな、と当時の田島は気にしていた。仕事がし辛いことこの上ない。

 今思えば、なぜこの街を何年も拠点としていたのか、分からない。この時点で移転を考えるのが、普通だろう。

 とにかく、田島は優秀な泥棒であることは確かなのだが、何故か、自分が泥棒だとよく見破られるのだ。

「だから、それ。それが、超能力なんだって」

「だから、どれだってんだ。何度も言うがな、超能力なんてもんがあれば、俺はもっと上手くやってる。大体、盗みなんてやってないかもしれねーぞ」

 田島の、かなり痩せた顔を見ながら、その声を聴きながら、サカサは言った。「だから、それだよ。キミは、『悪事を見抜かれる超能力者』なんだ」



「そんなこともあったねえ」

 田島が、思い出した昔の話をすると、サカサは懐かしむように、目を細めた。綺麗な、整った顔立ちである。

 ……こいつには、隙が無いよな。田島は思う。サカサは、逆さまであること以外は、ほとんど完璧な人間だった。あと、上下を反転さえすれば、どこに出しても上手くやっていくだろう。本人曰く、広場の外に出られない呪いがかけられているらしいが。

 とにかく、彼から何かを盗むのは、骨が折れそうだ。田島は、盗人の目でサカサを見るが、どうにも勝ち目が無さそうだった。もっともサカサは、盗まれるようなものは何一つ、身に着けてはいないのだが。

「なにが、『悪事を見抜かれる超能力者』だ。そんな力があったとして、だったらなんで俺は盗みなんてやってるんだ?まるで、馬鹿みたいじゃないか」当時も、そう返したような気がする。

「え、田島君はもちろん、バカだと思うけど」

「うるせーよ」サカサの足元に、もとい手元に、田島の足が吸い込まれていく。右足での、ローキックだ。もちろん、田島も本気ではない。が、しかし、それでも彼の足は、十分すぎる速度で動く。そもそも、田島の身体能力は常人のそれではなかった。

 田島の足がサカサの右手に、今にも接触しそうになる。足が大気を切る鋭い感覚と対照的に、ふわりと、柔らかい風が辺りを覆った。そして、その柔らかい風とまるで同質のもののように、サカサの体が持ち上がる。そして、体に引き付けられて両手も、宙に浮く。田島の出した足は、線のように空を切った。サカサが、跳んでかわした。

「ちょ、っと、危ないじゃないか」着地で少々声が乱れたものの、ほぼ平然とした態度で、口ぶりだけは焦りを含んでいる。

 田島の口から、仕方ないとばかりに息が漏れる。まったく、こいつには適う気がしない。



 しばらく、といっても十分程度だが、昔の話をした。ほとんど面白みのない話だったが、サカサは、微笑を崩さずに、聴いて、度々、懐かしむように返事をした。

 その姿に、普段とどこか異なったところを感じて、田島は、やっぱりコイツは俺が何の話をしに来たのかを把握してそうだ、と思った。

「で、暗くなってきたし、そろそろ本題に入るけどよ」

 気付けば、ビルに引っかかるくらいの高さだった夕日は、今度は地平線に引っかかり、今にも地面に引き篭もりそうになっていた。田島は、自分の膝くらいの位置にあるサカサの頭が、一足早く夜の影に浸されるのを、見た。

「うん」静かな返事が響く。周囲も静寂に包まれていて、しんとしていた。あまりの静けさに田島は、その声が、足元に広がる影から聞こえたものであるかのように感じた。

「俺さ、この街から出て、どこか別の場所を拠点にするのもいいかもなって、考えてるんだ」話を続ける。

「どこに行くつもりなんだい?」

 サカサの表情も、先の津山と同様、読めない。津山と違うのは、微笑を浮かべているのか、無表情なのか、はたまた眉にしわを寄せているのかも分からない点だろう。今、田島の体をゆったりと包み始めた夜闇に似ている。

「まだ、決めてない。ただ、津山さんから西の街の話を聴かされて、思いついただけだしな」

 だからお前に助言を求めて来たわけだ。と田島は続ける。「俺は日本地図もロクに知らない。この街から出るったって、一体、俺はどこに行けばいい?」




~~

 


完結を目標に書いていたら、とんでもない作品になってしまった気がする……

ま、まあまあ。まだまだ修行中だし!

これから上達していくんだい!

感想、ブクマ等、何でもお待ちしております。

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