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短編

作者: 夜つ七

 私には兄がいた。寂しがり屋で、それでいて一人を好むような人で。

 そもそも社交性の欠片もなく、言動は割と暴力的。そのくせ内面は臆病者で、何より自分の前で他人が傷付くのを異常に恐れているような、そんな人だった。

 小説が大好きだと笑いながら、自分も書きたいと筆を取り、夢は小説家になりたいと言いながらも、嫁さん出来たし頑張ろうとスーパーの店員になって働くような、一途な人でもあった。──そんな兄が、私は大好きだった。

 莫迦だった。とにかく莫迦だった。私が知らない様な事を自慢げに話すのに、話す内容がいつの間にかこんがらがって何を話していたのか質問するくらい莫迦だった。

 だけれども、優しい臆病者で、小心者で嘘つきで、子供に嫌われるのに子供好きで、動物とは相思相愛な、それでいて私の初恋の相手を射止めるような男だった。


 ──そんな男が、気が付けば若くして墓に入っている。

 死因は会社の上司から受けた暴力行為だった。虫の居所が悪いと周囲に当たり散らすような人間で、その時も会社で何かがあったらしく色々と荒れていたと後になってから聞かされた。

 そんな時に、不幸な事に兄は酔っぱらっていた。別に仕事の最中に酒を飲むような事をしたわけではないらしく、昼食に出たおかずの中に粕漬が入っていたのだ。

 本当にアルコール類を受け付けない兄はそもそも粕漬を食べた事もないし、──おそらくだが、あの兄の事だから塩辛か何かと勘違いして食べた可能性がある。兄の嫁さんに聞けば、その頃丁度風邪を引いていたせいで鼻も利かなかったらしい。

 そんな兄が一口粕漬を食べたせいで酔っぱらったらしいのだが、どうにも会社のメンバーに聞けば仕事だけは真面目にやっていたと言われた。

 マスクで顔色を隠して、何度かトイレに行きながらも言われた仕事を熟していたと教えてくれた。時間になって前出し作業を行っている姿を見たという知り合いもいた。

 そして、その件の上司に前出しをしていた事に対していちゃもんをつけられたのだ。

 時間で行う作業で、そもそも時間指定をしたのはその上司だった。兄は真面目にやっていたし、並べ方も普段通りだったらしい。

 だが上司は兄に「こんな時間に何前出しをしているんだ」と怒鳴ったらしい。──おそらくだが、兄は臆病者で、言葉遣いが乱暴と言うか、ボキャブラリーが少ないというか、ともかく喋るのが苦手だったこともあり嫌われていたのだろう。家に帰るとよく上司が仕事中にアプリゲームの話とかを振ってくるのに反応できないと怒鳴られて辛いと言っていたので慰めた事もあるほどだ。そもそもそのゲームを持っていない兄が反応できる筈もないと内容を聞いて毎度思っていたが。

 今までも何度かその様な事があったらしいのだが、今回は本当に洒落にならなかった。

 最初のいちゃもんも問題だったが、その後兄が酔っている事に気が付いた上司はそれを理由にさらに畳みかけた。

 酔っぱらっている理由を聞き、その理由を言ったあと酔っぱらっているから俺の話している最中にふらついていいと思っているのかと兄の顔を殴ったらしい。

 その後殴られて茫然としている兄の様子が気に食わないと更に殴り、──そして三発目を左目に受けた兄はその場で倒れ、病院で亡くなった。脳内出血と頭蓋骨骨折と言うのは覚えていたが、正直そんなのはどうでもよかった。

 ふざけるな、としか言いようのない事件で、私も当時は本当に、それこそ本当にその上司をぶち殺して、その家族までぶち殺してやるかと思う程だった。

 兄の嫁も精神を病み、離婚していた筈の両親も二人合わせて泣き崩れて、妹二人は真っ白い顔で仏壇の前で現実逃避をして、──そんな中、私だけ普段と同じように過ごしていた。認めたくなかった。考えたくもなかった。生まれた時から同じ時を過ごした兄が、ある日、唐突に、理不尽に奪われただなんて。

 それでも、時間は流れていって──気が付けば、3年も経っていた。

 兄の嫁は負うかのように病死して、両親とは以後連絡を取ってもいない。妹とも同様だ。

 無駄に広くなった我が家で、私は今日、あれから1度も入っていなかった兄の部屋に入った。埃まみれで見れたものじゃない。

 色々と転がっていた。掃除のできない人で、料理を作ってはよく自室で食べる人だった。鍋を落として焦げたテーブルに思わず当時を思い出して苦笑いした。

 ──一冊のノートがある。兄が書いていた小説だ。

 高校時代、私と一緒になって書いていた小説の続きが記されていたり、私の知らない物語が記されていたり、──嫁の可愛いところと言う恥ずかしすぎるポエムが合った時はそっと、見なかったことにした。

 久しぶりに読んだ小説の内容は酷い物だった。「俺の異世界物語」──所謂テンプレ、転生チートとか、美形とか、七つの大罪とか、今読みと悶えて頭を抱えてしまった。

 高校生の私達はこういうのが好きだった。正直今でも好きだ。兄も多分同じだったろう。──そう言えば、某白川郷を舞台にした漫画みたいな事を知り合いのユーザーの作品キャラとクロスして書いてみようぜ、なんて事を私が言い出して、途中で兄に放り投げた結果一話終了した事があったっけか。

 そんな話を新たに書き直して、二次創作禁止前に出来た事出来なかった事までまとめて、ひっそりと自分のノートに書き続けたいたのかと、兄に思わず苦笑してしまった。

 

「莫迦だった、だけど楽しかったよな」


 読んでいて漏れた言葉を理解するのに数秒ほど、理解してから兄との思い出が溢れて涙があふれた。

 もういないのだ。もう会えないのだ。もう一緒に笑えないし、もう揶揄う事も出来ないのだ。──3年経って、私はようやく泣けた。

 兄の死を受け入れる事が出来たのか、それは未だに分からない私だが、少なくとも、この日、私はようやく兄の死に対して、何か、一歩を踏み込めた。


 それから三日後、私は近所の神社に来ていた。

 理由は簡単だ、現在私は有給休暇を取らせてもらい、兄と遊んだ場所を回っていた。

 その途中で訪れた此処は、兄と共に遊んでいて、大人に怒られてシュンとして帰った苦い思い出のある場所で、──同時に、何故か兄が嫁さん相手に告白舞台に選んだ場所だった。多分、嫁さん──義姉を愛する事を神様にでも誓ったのではないだろうか。あの男はそういう事を素でやる猛者だった、本当に、そういう所は羨ましい。

 一段が割と大きく、長くはないが急勾配な石段は正直メタボにはつらいが、それでも神様とやらに金を払いに行くのに必要な事だしと頑張った。

 登り切ったそこは、相変わらずでかかった。八幡神社、──懐かしいと思うのは、昔何度か遊びに来ていたせいだろう。

 賽銭箱に、壱萬円を叩き込んで、──神主にそれを見つかって怒られるという壱幕があったが、とにかく一つ礼をした。

 別段意味はない。理由もない。ただ兄が死んだ後に神様の下に行くのなら多分此処だろうと、生活費を送る感覚で渡したので、莫迦を頼みますと言いに来ただけだった。

 ──礼をしたが、なんとなく気持ちは軽くなった。財布も当然軽くなった。

 よく考えると、賽銭箱入れても最終的に神主の物になるだけじゃないかと思ったが後の祭りだった。

 

「そうだった、俺もそういえば馬鹿だった」


 兄の真似をして馬鹿笑いをして、ようやく私は、俺は、前に進めたんだろう。

 ──さて、久しぶりに、小説でも書いてますかね。

 どうせ書くなら王道で、兄と書いてた頃のように書くとしよう。

 題名は、──<俺の異世界物語>でいいかな。

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