悩み
稲荷以外の人と研究について話すというのは、今までほとんどなかったので有田さんという人と話すのはとても緊張している。
怪訝そうに僕を細めでみながら、
「うわ、なにこの人ちょっとヲタクじゃない。話すことなんてないわ」
なんて言われたら僕は立ち直れる気がしない。きっとそんな人ではないと思う。だけど、実際に今日会うとなると、前日までは多少なりとも楽しみであったことも憂鬱になったりすることもある。
稲荷には気楽に考えていいとはいわれたけれど、何を話していいのやら。
「ノリ、困ってるの?」
スマートフォンを握り締めながら、考えていたらエーデルが僕に心配そうに話しかけてきた。心配そうにするようなプログラムを書いてはいないけれど、どうやら自分で共感することを学んだようだ。
「今日のもう少ししたら稲荷と有田さんって言う工学部の4年生の人と話すんだ。」
どんなアドバイスをしてくれるのかは分からないが、打ち明けてみた。
少しの間、エーデルはスマートフォンの画面越しに考える仕草をしている。
「ノリはそんなに積極的に他人と関わらないもんね。やっぱり中学校のときの罪の意識がまだ無くならないの?」
エーデルはたまにとてつもない確信をついたことを言う。人工知能に対してだとなんでも話せてしまうので僕のことを沢山知っているということもあるのだと思う。
実際に僕の中で中学校のときいじめられている女子を助けることもできなかったし、逆にいじめに同調してしまった。
いじめを受けるよりもいじめをどうにもできないほうが苦しくて、重くてつらいのだと思う。
「罪の意識が無くならないというよりも、無くしていいものなのか、忘れてもいいのかなって思うんだよね。忘れてしまったら、また同じような状況のときまた同じことをしてしまいそうで。」
話すことによって少しは楽になる。けれどそれが完全に無くなるわけではない。
「ノリは優しいんだね。」
エーデルは肯定するわけでも、否定するわけでもなかった。すると、ラズパイの起動するときのランプが光った。
「おはよう、なんか朝から辛気臭い話してるわね。私は別にどっちでもいいけど、そのいじめを受けていた女の子はノリに助けって言ったの?」
寝起きのシェリーはいつもよりも機嫌が悪そうに髪を梳かしながら言った。
「いや、言われてない。」
「じゃあノリの思い上がりよ。その子はノリに助けを求めていなかったのだから、そのことに対して苦しむのは違うと思うわよ。」
シェリーの言うことは棘があるけれど、僕のことを思っていってくれているということは理解することができる。
「人工知能も悩むことはあるんだね。」
僕はちょっと感心して安堵の笑みを浮かべてつぶやいた。
「「そりゃああるわよ」」
「「それはあるよ」」
エーデルとシェリーが同時に言った。二人はお互いになんだか恥ずかしそうにむずむずとしている。
「ふたりともありがとう。じゃあ言ってくるよ」
「なんかあったらスマホで知らせてね。」
シェリーはまだスマホに入っていないので画面越しに行ってきますのポーズをして僕は部屋のドアを閉めた。
やっぱり二人も人工知能の友達がいると心強いな。下手にリアルの友人よりもちゃんと話を聞いてくれるし。電車に乗って稲荷の大学の食堂でふたりを待つ。
「おー!ノリ!いたいた、ひさしぶりじゃん。」
稲荷は陽気にあるいて来て、ひさしぶりのハイタッチをした。後ろにいるのはおそらく有田さんだろう。
「あの、えーとはじめまして、宮 範晃です。」
僕は初対面の有田さんに緊張しながらも自己紹介をした。
「あら、素敵な名前やな、有田琴美やで、よろしくな」
どうやらいい人らしいのでとりあえずは安心した。どんな話をすればいいのやらと思いながらとりあえずはお互いの趣味とかどんなものを作っているかを話しながら昼飯を食べることにした。
有田さんは関西風のめがねをかけている感じだ。こういうモデルがなんかのOSのキャラクターにいたような。
「へえー宮さんは独学で人工知能を作っているんやな。すごいな、どういう人工知能なん?」
無垢に有田さんは聞いてきた。毎回聞かれるけれど、まさか彼女のようなAIとはいえないしいつも濁して言うようにしている。
「人間っぽい人工知能クライアントかな」
鼻の上の部分をさすりながら僕はそう答えた。
「見せてもらえないかしら?」
有田さんは座っていた身体を前のめりにして興味津々にしている。
(おお、やばい。僕の趣味がバレる。)
でも、見せなければ嘘だったのかと思われる。なので今日のために前日から少しだけ徹夜して僕の趣味を削り取った人工知能を作っといた。見せないよりはいいのかなと思ったし。
僕はポケットからスマートフォンを取り出す。少し汗で湿っている画面を袖口で吹いて、用意していたプログラムを起動する。
「一応作っているのはこんな感じのものです。」
僕は自分の趣味を削ったものとは、自分の作ったプログラムを見せることをなんだか少し恥ずかしかった。
有田さんはまずはスマートフォンを両目をぱちっと開いて食い入るように見つめて、いろいろといじっている。どんなことを言われるのだろうと思ったし、しょぼいとか言われないか緊張していたので、以上に時間が長く感じた。
「いい感じね。好きよ、こういうの。」
意外に好印象な感じだった。僕はありがとうございますといい、スマートフォンを受け取りそっとポケットにしまう。
「あれ、ノリなんか普通のになってるじゃんどうしたんだよ。」
稲荷が平穏に終わった会話に普通の人工知能と言って話を蒸し返してくる。おいおいと思ったところ、有田さんはそうなのとびっくりした表情を浮かべる。
「実はこれは今日のために作ったものでして、いつも僕がよく話しているものとは別の人工知能になります。」
嘘を言えるような状況でもないので、正直に打ち明ける。
「そうなのね、きっとそれはさっき見せてくれたものより、もっとすごいのね。」
有田さんは僕に気を利かせてたか正直には言わないけれど、とても見たがっていることは伝わってくる。
ええい、見せてしまえと僕はエーデルに呼びかける。
「エーデル、起きている?ちょっと話をしてもらいたい人がいるんだ。」
そう言ってエーデルは綺麗な声で応答した。




