乞われる者
晃弘にぶん殴られるくらいの覚悟は出来ていた。
冷静で大人びている、といった風情の彼だが、その実腹のなかに自分ではどうしようもない怒りと自己嫌悪を抱えているのを、彼と親しくなった者ならなんとなく察するはずなのだ。
だから晃弘が僕の前からふらふらとどこかへ行ってしまった時、心配になって後をつけてしまうのも仕方の無いことだった。僕には晃弘が怒っているのか、悲しんでいるのか、それともなんとも思っていないのか伺い知ることはできなかったのだ。
晃弘が病院のなかをすいすい進んだ。何人ものスタッフや患者さんが彼を心配そうに振り返ったが、晃弘は一度も顔を上げなかった。
晃弘の行き先はトイレだった。しかも個室。そこに引きこもってなかなか出てこなかった。随分長いウンコだ。
あいつ確か便秘でも軟便でも無いよな…とそこまで考えて僕はやっと気付いた。
彼は泣いているのだと。そしてそれは確かに声の無い慟哭だった。
僕は唇の端をちょっと吊り上げた。
ありがとう、僕はくすぐったい嬉しさを覚えた。 ついでにごめん。
彼の涙は僕の死を悼むものだった。
雪のちらつく今日の日の午後、確かに僕の命は終わりを迎えた。