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ショート・ショート(ファンタジー)

世界を救った勇者のエピローグ

作者: 横山ヒロト

「これは……お前が苦しめてきた人々が、それでも抱き続けた希望の……光だ――――――ッ!」

 勇者は両手に握る聖剣に残された全ての力を籠めた。

 閃く剣線。満身創痍の仲間達。そして、轟く断末魔。

 勇者は世界を恐怖と混沌に染め上げ、人々を苦しめ続けた魔王をついに倒した。

 力が抜け、そのまま後ろに倒れてしまいそうになった勇者の体を戦士が支える。パーティーの壁役(タンク)としてモンスターの猛攻から皆を守ってきたその鎧はボロボロになっていた。

「…………」

 無口な大男である戦士は、空いている右手でサムズアップする。

「すまん、助かった……」

 勇者は砂漠越えの旅を終えたばかりのように乾いた喉の奥から、どうにか言葉を捻り出した。

そんな勇者の元に他の仲間達が集まり、魔王の最期を見据えた。

「……クッ……この私が……人間なんぞに後れを取るとはな……」

 緑色の血を流す魔王は、鋭利な牙を覗かせる口を動かし、最期の言葉を吐き出す。

「し、しかし……これで平和が訪れるなどと思うな……勇者よ。真に恐ろしきは人間のほうだと……その身を持って知る事だろう……」

 そう言い残し、魔王は力尽きる。禍々しきその巨躯は闇の粒子となって四散した。

「ふん、負け惜しみじゃん!」

 まだ顔に幼さの残る勇者より更に幼い天才武闘家少女が頬を膨らませる。

「結局、魔王も人間を恐れていたのだろう」

 勇者より少し年上の魔法使いの青年は、その年齢に似合わず仙人のように達観した態度で、遠くを見詰めていた。

「とにかく、これで終わったんだ。 俺達は勝った! これできっと、世界は平和になるぞ!」

 新緑のような青さを内包した、どこまでも真っ直ぐな勇者の声は主亡き魔王城に木霊する。

 それは暗黒の時代が終わり、生まれ変わった世界が上げた産声の如き響きだった。

 




 王国に戻った勇者一行は魔王討伐の成果を王に伝えると、それはたちまち城中に広がり、その波は城から街、そして世界へと一気に伝わっていった。

 その晩から世界中で行われた祭りは三日三晩続き、人々は魔王から解き放たれた喜びを噛みしめ、歓喜に沸いた。

 その後、魔王によって支配されていた頃は困難だった国と国の貿易も盛んにおこなわれるようになり、人々の交流は日に日に盛んになっていった。

 勇者一行は魔王城で手に入れた宝や国王から与えられた報酬を持ち、それぞれが悠々自適に人々の――世界の――変わりゆく様を見届けた。

 


そうして、世界が多いなる変容を遂げた魔王討伐のあの日から数年が過ぎたある日。

「カルナ国とサバトル国で戦争が始まったらしいぞ」

「なんだって! ここ数年、治安が悪化していく一歩じゃないか……」

 村人達の間で交わされるそんな会話を、ベンチに座る一人の青年はただただ環境音のように聞き流していた。

 抜け殻のように覇気のない顔をしている彼は――かつて、この世界を救った英雄、あの勇者だった。いや、魔王から解き放たれた世界において『勇者』などという肩書はもはや存在しなかった。

 あれから、半年ほどかけてもう一度世界中を回った勇者達は、様々な国や村から熱い歓迎を受けた。世界中を回りきった頃には、勇者一行の財産は更に増えていた。それは勇者一行全員が死ぬまで遊んで暮らせるほどに。

 その金や宝を山分けした勇者一行はバラバラになり、各々が違う道を歩み始めた。

 風の噂によれば、戦士はその巨躯を活かし、大きな痛手を受けた国や街の復興を手伝い、魔法使いはその知識を次の世代に伝えるべく学び舎を作り、自らがその長となったそうだ。僧侶にいたっては、教祖として世界中の修道者を束ねているらしい。

 しかし、勇者は世界中を周り、仲間と別れたその日から、自らの存在意義を見いだせないままだった。

 精霊の力を得て生まれた彼は、まさに神の子と言うべき存在で、魔王を討伐する為だけにこの世に生を受けたようなものだった。

 だからこそ、勇者はわからなくなっていた。魔王亡きこの世界における自分の居場所、役割が。

 そんな彼の元に三人組の兵士達が訪れた。そのなかで隊長格と思しき荘厳な鎧を身に纏った兵士が一歩前に出ると、神妙な声色で言った。

「勇者様、御力を貸して頂きたく馳せ参じました」

「……やめてくれ」

 勇者――いや元勇者は、力なく呟いた。

 しかし、兵士に諦める様子はなく、更に言葉を重ねる。

「現在我が国は、隣国と停戦状態にありますが、いつこの均衡が崩れるやもわかりませぬ。故に、勇者様の御力でこの争いに終止符を打って頂きたいのです」

 元勇者は虚ろな目で兵士を見上げた。

「……俺に、人を殺せって言うのか?」

 兵士は更に一歩前に踏み出し、兜に包まれた顔を勇者に近付ける。

「そのような事は申しておりません。勇者様がこちらの後ろ盾をして頂いているとなれば、隣国も戦わずして平伏すでしょう」

「…………」

 元勇者は是も否も言わず、ただ黙して空を見上げた。色を失った虚ろなその瞳に、突き抜けるように蒼い空が映る。

 そして、その姿勢のままぽつりと漏らす。

「……嫌だ。俺はそんな戦争の道具にされる為に、魔王を倒したわけじゃない……」

「しかし、勇者様――」

「うるさい!」

 在りし日の鋭い眼光で睨みつけられた兵士は思わず怯み慄き、後退った。

「わ、わかりました。しかし、どうか御一考願いたい。全ては……世界の平和の為です」

 そう言い残して、兵士達は勇者の元を去っていった。

 元勇者は頭を抱え込み、ブツブツと何かを呟き始める。その声は少しずつ大きくなり、その前を通り過ぎる通行人達はチラチラと彼の方を見て嘲笑した。

 しかし誰も気付かなかった。髪の毛は乱れ、無精髭を生やし、薄汚れた服を身に纏った無様な男が、かつて魔王を倒し、世界に一時の平和を齎した英雄である事を。

「……何が平和だ……何が勇者だ……」

 怨嗟に似た淀んだ言葉は次から次へと口から零れ落ちる。

「俺は……いったいなんの為に……命を賭けて……きたんだ……」

 脳裏に浮かぶのは仲間たちとの冒険の思い出。モンスターを倒し、道中で得た微々たる金は全て装備などを揃える資金として消え、危険なダンジョンに挑み、時には大事な人を失い、それでも世界に平和を齎す為に仲間たちと一緒に乗り越えてきた辛く苦しく、そして輝かしい思い出。

 しかし、そうして作り上げたものは子供が必死に作った積み木の城を壊すように、全てあっさりと崩れ去ってしまった。

 


元勇者は逃げるようにして街を出た。

そして、暫く放浪し、浮浪者のような薄汚れた身なりで、過ぎし日に仲間と共に冒険した森を彷徨っている頃、ずっと一緒に旅をしてきた魔法使いと再会した。

 魔法使いは緑のローブに身を包み、共に旅をしていた頃にはなかった髭を蓄えていた。

「こんなところで何をしているんだ……?」

魔法使いはあの頃よりもずっと達観した様子で勇者を見た。勇者の姿はすっかりと変わってしまっていたが、それでも艱難辛苦を共に乗り越えてきた仲間である魔法使いはそれがすぐにあの勇者だとわかった。

元勇者は土で汚れた手で縋りつくように魔法使いの肩を掴んだ。どんなに外見が変わっても、その手から伝わってくる膂力、そして精霊の加護を受けた不思議な雰囲気は確かに勇者のものだった。

「俺は……俺達は、なんの為に魔王を倒したんだ? あんなに苦労して、犠牲も払って! なあ……教えてくれよ。世界は平和になんてならなかったじゃないか……」

 魔法使いは勇者の手に自分の手を重ねると、慎重に口を開いた。

「……あの時、魔王の言っていた通りになってしまったな……」

 元勇者は魔王の言葉を思い返す。

 ――これで平和が訪れるなどと思うな。真に恐ろしきは――――

「人間……だったんだな」

「ああ、そうだ。……だが、魔王は知っていて当然だったのかもしれないな」

「どういうことだ……?」

 元勇者の手をそっと下ろし、近くにあった岩に座った魔法使いは、髭をさすりながらゆっくりと語り始めた。

「私はあれから研究を続けた。初めは魔法の研究だけだったが、その為には古文書や遺跡も研究対象だったのだ。そうして研究を続けていくなかで、私は真実の歴史を知ってしまった」

「真実の……?」

「そう、長い長い歴史に埋もれ――いや、隠匿され続けてきた歴史だ」

 魔法使いは血を吐きだすように苦しい顔で、言葉を紡いでいく。

「私達が生まれるずっと前にも、世界は同じように混沌の渦に堕ちていた。しかし、世界は一人の英雄によって救われたのだ。その後、世界がどのように変わったのか……それはもう、お前が一番良くわかっているだろう。その英雄はいまのお前のように酷く悩んだ……」

「それで、そいつはどうなったんだ……?」

「その英雄は私と同じように真実に辿り着いた。世界は――歪んだ歴史を繰り返しているという事に。その英雄が生まれるずっと前にも同じような事はあったのだ。絶望した英雄は偶然とある禁呪を見付けた。それは世界を闇に染め上げ、自らも強大な魔の力を手に入れる禁呪だった」

「まさか……」

「そうだ、その英雄とは私達が苦しい旅の末に討ったあの魔王だったのだ」

「そんな……」

 凶悪な禍々しい形貌を持ち、強力な闇の力を宿していた魔王が元々は自分達と同じ人間だったとは到底思えなかった。

 しかし、魔法使いの話が本当だったとするならば、確かに異常なまでの人間に対する深い憎悪を持っていた事にも納得が出来る。今の自分が、全く同じ心情だったからだ。

 暫し考え込み、伏せていた顔をハッと上げた元勇者は魔法使いに詰め寄った。

「まさか、お前……その禁呪とやらにも辿り着いたのか?」

 魔法使いは目と口を固く閉じたまま頷いた。

 そして、まるで独立して意志を持っているかのように重い唇を動かし、こう告げる。

「そうだ……それも、もっと強力なものへと作り変える方法にも、辿り着いてしまった」

「………」

 元勇者は黙して考え込んだ。脳内に溢れる感情や思い出や思考がどんどんと膨れ上がり、頭がはち切れてしまいそうだった。

 やがて勇者はゆっくりと顔を上げ、小さく頷いた。

 魔法使いも頷き返し、二人は怪しき森のなかへと消えていった。





 数年後、世界は新たな魔王の出現により、恐怖の底へと落ちていた。

 争い合っていた国も魔王軍に対抗する為に手を取り合い、共に戦い始めた。

 そんな混沌とした世界の片隅に、一人の男がいた。

 その男は新緑のローブに身を包み、長い髭を蓄えていた。年の頃は四十程なのだが、数百年も生き続けているような雰囲気を醸し出していた。

 そして、その男は鉛色の空を見上げながら呟く。

「人は同じ敵を持つ事で、初めて手を取り合える……。そうして同じ方向を向いていれば……。しかし、一度向かい合ってしまえば、醜い部分が見えてしまう。同族であるからこそ、優劣をつけようとしてしまう……。だから、必要なのだ。強大な敵が……」

 苦渋に満ちたその言葉は、暗雲のなかへと溶け込むようにして消えていった。





 それから時は経ち、世界は新たな勇者を生みだした。

 絶望へ立ち向かう希望の象徴――人柱として。


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