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3/3

Because mother

あの頃は一体何を考えていたんだろうな僕

救いだったのは、私の愛は一方通行で、他に向く事がなかったからだろう。それからは、私は家に帰ってきた夫妻の驚かれたが、私が食べたという事は信じてくれなかった。私は普通の少女だと思われていたから。そんなことはないだろうと思われていたのだろうか。


それからは、私は庭に家庭菜園を作って、野菜を育てた。楽しかった。私の注いだ愛情に確かに応えて実を実らせてくれる。それを、私は愛を感じながら口に運ぶ。ロクな調理もしないで、私は生で食べたりしていた。野菜で止まればよかったのに、私は止まらない。一度感じた満足感が恋しくなっていた。


中学二年の夏、私は豊作だった作物を埜乃さんに渡した。胡瓜や茄子、ピーマン、とうもろこしなんかも、私は埜乃さんに渡して調理を依頼した。美味しかった。野菜に注いだ私の愛と、埜乃さんの愛が感じられる料理か格別だった。満足していた。


事件はその年の晩夏に起こった。夏最後の収穫で、今回はトマトだ。私はスキップで家庭菜園に向かった。私は埜乃さんの作るサラダが大好きだった。そして、そのサラダに私が作ったトマトが入る。そう考えるだけで幸せだった。


しかし、菜園にあったのは、食い散らかされた残骸と黒い羽。カラスの羽だった。その日は大泣きした。悲しかった。ただ悲しかっただけでそんなにも泣くとは思っていなかった。理由は悲しかったからだ。怒りはない。自分の注いだ愛情が他に持っていかれた事が純粋に悲しかった。部屋で独りで泣いていた。


慰めてくれたのは、埜乃さんだった。埜乃さんはサラダを持って私の部屋に入ってきた。


「達美さんは……とても優しい子です」


そんなことを、埜乃さんは言った。顔は見ていないけど、優しい顔に違いない。埜乃さんは優しい人だから。


「優しくなんか……ない。私がカラスに対策を取っていなかっただけです。愛情が足りなかっただけ」


そう。私の未熟さがそうさせた。今までそういう事がなかっただけで、もしかしたらそれより前に起こったかもしれない事だった。私は泣いた。今までの注いだ愛情が足りなかった。精一杯の愛はまだ完成していたものではなくて。


「やっぱり、優しい子。さ、とりあえず食べなさい。お腹が減ったら悲しくなるわ」


私は言われるがままに埜乃さんの作ってくれたサラダを口に運んだ。私の好きなトマトとレタスのサラダ。ドレッシングには粉チーズとマヨネーズに牛乳を混ぜたシーザードレッシングがかけられている。後少しだけにんにくが入っているかな?私はレタスを食べながら、シャキシャキという新鮮な野菜の音とトマトの甘味と仄かな酸味を感じていた。そして、埜乃さんの愛情も感じられた。


「美味しい?」


「美味しいよ。トマトもレタスもドレッシングも全部美味しい」


即答だった。間違いなんてない。確定している。埜乃さんの愛情が不味い訳ないじゃないか。


「よし。じゃあ、達美さんはこのトマトが自分が作った物だったら、もっと美味しかったのに、って思う?」


「そ、それは……」


思っていたけど、決して口には出さなかった。それは、全部埜乃さんが作ってくれた料理を否定しているような気がする。埜乃さんのサラダはとても美味しい。愛がこもってる。でも、私の愛も食べたかった。今回は愛が足りなかったのだ。対策を取らなかったのだから。未完成な愛は、食べるべきではない。


「私の愛はまだ未熟だから……もっと美味しくなったかは解らない。だけど、私の作ったものは食べてみたかった。私の愛を注いだ大切な物だったから」


そう答えるしかなかった。


「今回失敗した理由は何?」


「私の愛が足りなかったから。本当に大切なんだったら、あらゆる危険を考えて対策を取るべきだったの」


「ふぅん……カラスのせいじゃないのね」


「私が悪いの。カラスは私の足りないところに来ただけ」


埜乃さんははぁ、と息と吐いて私を抱きしめた。柔らかい母のようなぬくもりを感じる。確かに温かい母の人肌。こんなにも深く埜乃さんは私を愛してくれたのか。


「やっぱりすごく優しいわ。だって、他人の所為にしないもの」


どうしてそれが優しい事につながるのか解らなかった。私の愛が足りなかった故の原因からの結果だっただけだ。


「そんな貴女が大好き。娘として、私は愛してる。だから、もっと年相応の事をしてもいいの。だって、貴女はまだ中学生よ。もっち笑ってちょうだい」


「埜乃さん……私も、埜乃さんの事、大好きだよ」


「もぅ……貴女には両親がいるでしょ?私たちは義理でも、家族なんだから。引け目なんて感じなくてもいいわ。我が儘だって、ある程度なら聞いてあげる。年相応に笑って、泣いて、怒って。なんでもいいの。どんな貴女でも愛してあげる」


私の愛は、埜乃さんへと向いてしまった。



この出来事の所為で、私は始めて殺人を犯した。人を食べてしまった。義母を食べたのは、義父が出張で家を開けている時だった。私の義母への愛はその時点で限界点を突破していて、私の体はその、食べたい。という欲求に従うままに動いていた。


夜、私はよろよろと部屋を出て、義母しかいない部屋に向かった。私は無言で義母の隣に潜り込み、その体に抱きついた。義母は微笑みながら私を優しく抱きしめる。柔らかい母の匂いと感触に、私は確かな愛を感じていた。


やがて母の眠りに就く。私は母の指を手に取り、口に含んだ。ちゅぱちゅぱと音を立てながらしゃぶり、舌の上で転がしながら愛を感じていた。


母の匂い、母の味、母の感触。味わっていたかった。味を感じなくなると、指を変えてしゃぶり続ける。甘いような、酸いような、そんな味だった。


全て指をしゃぶり終えて、私の涎でテラテラと光る。私はもっと確かな場所を味わいたかった。鼻を使って一番匂いの濃い場所を探した。


腕を伝って、腋、方、首に最終的に辿り着いた。そこに優しく口を付けて、汗の味を楽しむ。しょっぱい様な、甘いような。そんな味が私の脳を痺れさせていく。トクトクと規則的な動きを舌で感じる事ができた。小さく歯を立てて、その動きがあった場所ーーー血管に穴を開けた。そこで母は目を醒ました。


だからと言って止める私ではない。開けた穴からは血が吹き出し、私の口内に血の味が広がる。味。鉄の味。血の味。母の味。私はその血を飲みつづけた。腹が満たされていく。愛と幸福感に満たされていく。母が私は体から引き剥がそうとしたが、私はその微弱な力では離れなかった。


一体どれくらいの量の血を飲んだだろうか。もうその穴からは血が出てこなくなった。私はもっと満たされたかった。そのまま首筋に噛みついた。肉を噛み千切って、肉を咀嚼する。血の味はほとんどしなかった。ただ、愛の味がした。


「っあハァ………」


歓喜。愛を食す時のこの満足感。母の体は体温を失っていく。だが、私にとっては、愛の温かさが先行して、その冷たさを感じる事はなかった。その時には既に母は絶命していた。目は白目を向いていて、生気を感じられない。些細な事だった。


「んっ………はぁっ…………ひぁっ…………」


くちゃくちゃと口の中で肉を転がす。確かに罪悪感はあった。人を殺めてしまうという芽生えていた悪への気持ち。しかし、それに勝る感情が私の中にあった。愛。たったそれだけ。歪んだ物だったが、私は愛する人を口にして胃の中に放り込むということにしのような感情を抱いていた。首の肉を飲み込む。また肉を口に含んで咀嚼を始める。生の肉は嫌な匂いがする。それにさえ愛を感じられる事が出来た。


と、進めている間に肉がなくなり、骨に当たった。ネネの時には気にならなかったが、さすがに人間の場合はそうはいかないらしい。私は骨を残して肉を食べ進める。胸、腹、脚、臓物まで。顔を残して私は骨のまわりの肉すらもしゃぶり尽くした。


冷たくなった母の唇に口付けをする。唾も分泌されなくなり、血の気も失せていた。母の唇はとても温かく感じられる。そして、楽しんだ後は、歯で噛み切って咀嚼を始める。血が少しそこに溜まっていたのだろうか、その傷口からは、血が吹き出し私の体にこびりついた。


「っ………かはぁ………」


そんな事にさえ、私は喜びを感じていた。楽しい、ではない。悲しい、でもない。悔しい、でもない。悦びだ。これから死ぬまでずっと、私の血肉として生きつづける母。こんな時に限って、私は吐き気に襲われた。胃が肉を拒む。下から込み上げてくる。血の味と酸の味があった。舌が焼けるように熱かった。でも、吐きたくない。母であるから、私は食べたのに。


「うぅっ…………う゛ぅっ…………ううううううううう!!」


私は上を向いて、手で口を押さえる。折角体内に受け入れたあいを外に出したくない。この愛は、一滴残らずに、私の体として吸収する。一生一緒に生きていく。そう決めたのだ。必死で抗った。


「うくっ………ゴクッ………はぁ、はぁ………」


飲み込んで、私は母の顔に手をかける。目玉を吸い出す。舌を噛み千切る。脳をすする。味は表現できる様な物ではなかった。ただ、愛を感じていたのだ。きっと美味であった事には間違いない。髪と骨だけを残して、私は母を体に受け入れた。


「ぷはっ………はぁ……ごちそうさまでした、お母さん」

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