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Because Dog

マジキチだわこりゃ本当に。諦めろ

来栖家には小型犬がいた。名前はネネ。ゴールデンレトリバーの雌で、年は二歳。私が引き取られると同時に来栖家に飼われた犬だ。家事や仕事で忙しい夫妻が、私が寂しくない様にと飼ったものだ。そんなネネは夫妻の代わりに遊んでくれる大切な家族だった。


私は初め、ネネと言えずに、『ねぇ』と呼んでいた。私が『ねぇ』と呼ぶと、ネネは尻尾を振って私の元へと走ってきた。とても可愛らしい家族だ。


しかし、ネネは死んだ。私が12歳の時だ。その理由は、私にあった。


冬の寒い日、埜乃さんと彰さんの二人は温泉旅行に行った。私は夫妻の水入らずで楽しんで貰おうと、家に残ることにしたんだ。ネネがいるから怖くない。寂しくないと言って、無理矢理夫妻を送り出した。そう思っていた。私の為に、埜乃さんはサラダを作ってくれた。丁度二日分。二人が旅行に行っている間だけ、きっかり6食分。しかし、問題が起こった。6食分全て食べきって、食料が無くなって、3日間、来栖夫妻は帰ってこなかった。理由は旅行先でも事故。夫妻に怪我はなかったが、山奥だったために3日間帰って来れなかった。つまり3日間もの間私は空腹に飢えていた。野菜しか食べられなかった私は、庭の雑草を食べて、水を飲んで、腹に油を流し込んでいた。


タンパク質が、足りなかった。


私は徐々に衰弱していった。痩せていく。動けなくなった。それでも、家族であるネネの世話を怠る事はなかった。水とドッグフードを入れるだけだ。私とネネはこの時には姉妹の様な関係になっていた。もうお腹が空いて立てなかった。這ってでもドッグフードを入れて、私は力尽きる。そして、そのまま眠ろうとした。5日目の昼だった。


このまま静かに死んでしまうのかとも思った。でも、ネネはそれをさせなかった。私の頬を舌で舐めて私を寝かせようとさせなかった。


「えへへ………くすぐったいよ……ねぇったら……」


私の意識は覚醒された。眠気は無くなったが、そのせいで激しい空腹感に襲われる。その所為だ。私が悪い。だけど、そうしるしか。そうなるしか、出来なかった。お腹が空いたから、仕方なかったんだ。そう。私がネネを殺した。


食べた。


記憶は鮮明に残っている。私は最初に耳を引き千切った。ネネは鳴いて血を流す。その耳を投げ捨てて、千切った傷口から血を啜る。血を吸い、最後の一滴まで飲みきった。喉にこびりつく様な粘ついた血液が私の飢えと喉の渇きから解放する。その間、ネネは抵抗しなかった。まるで、


「どうぞ、食べてください」


と言っているかの様に、私に体を差し出した。私は肉が食べられない。その筈なのに、ネネの肉は食べられた。短い間だったけど、私の姉の様な、妹の様な立場だった。その時は解らなかったが、私はネネを愛していた。心の奥底から、大好きという感情しか沸かなかった。そんな状態だった。


鼻に軽く口付けをして、カリッと噛む。さすがに鼻は食べられず、私はそれをプッと吐き出した。そして、ネネの体を口の中に放りこんでいく。味は最悪だった。骨は硬いし、肉は何だか臭い。だけど、私は吐かなかった。飢えの所為でもなく、肉を食べられないという体質からも、不味いからという訳でもなく。だけど、ネネは食べられた。吐かなかった。吐けなかった、が正しいかもしれない。私を助ける為に命を差し出すほどに私を愛してくれたネネを吐き出す訳にはいかなかった。そんな感情が、私の顎を動かし、ネネを咀嚼していく。骨まで砕いて、私は噛んでいた。臓器も、目も、尻尾も、全て私が体で受け止める。血は全て飲んだ所為で、余り汚れない。服も大して汚れない。


その方が好都合だった。私は罪悪感と共に、異常な感情を感じていた。それは確かな満足感。私を助けた愛犬は、私の血肉として一生を共にするということを何処かで理解し、心は満たされていた。


私は異常者だ。


そう解っていながら、私は愛犬を咀嚼し続けた。もっと、もっと、もっと感じていたい。肉にこびりついた血で口まわりを汚しながら、私は愛犬を食べ続ける。吐けない。大好きだから、大好きだから、食べられる。愛を食べていた。私は愛を食べていたんだ。常人にとっては、愛とは何だろうか。


互いに、信頼出来る事だろうか。互いに体を許せる事だろうか。互いの事を思える事だろうか。互いの事を思える事だろうか。


私にとっては、愛することは食べることと同意だった。野菜しか食べられないはずの私は、ネネを食べていた。


野菜しか食べられない理由は、愛のこもり方ではないか。そう私は思った。牛や豚、鳥……全は家畜として、肉になるために育てられ、愛情を注がれていないのだろうか。例え愛が注がれていたとしても、私がそう思っているのだから、仕方ない。野菜には思い入れがあったのだろう。


食べること。それが私にとっての最高の愛情表現だったのかもしれない。大好きだから、食べられる。愛を感じるから、食べられる。私は歪んでいた。


ネネを食べて(あいして)、それからだ。私は、愛を感じると、その対象を食べたくなった。

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