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Sceneシリーズ

Scene-9~好きになってもいいですか?/ずっと一緒…~

作者: 日下部良介

『好きになってもいいですか?』の番外編です。

そろそろ行くか。


12月31日。

毎年、紅白歌合戦が終わると近所の神社へ初詣に出かける。


子供たちが小さい頃は家族4人で出かけたものだ。

今では僕が一人お札と破魔矢を交換するために行く。

妻はおせちの下拵えで台所から離れられない。

子供達はそれぞれ彼女や彼氏と別の場所へ初詣に出かけた。


日付が変わると同時に参拝が始まり、並んだ列が動き始める。

僕の位置は神社の入り口から100メートルくらい離れた辺り。

神社の入り口近くまで来たときに声をかけられた。

「トシさん、紅白最後まで見たでしょう? それじゃあ、遅いですよ」

みぃこ!

彼女は既に参拝を終えたらしい。

「ひとり?」

「はい。子供達は主人とジャニーズのカウントダウンライブを見ています」

「みぃこは何時に出て来たの?」

「私は11時過ぎには出ました。 おかげで今年は最前列でしたよ」

「寒かったんじゃない?」

「はい。 でも、もしかしたらトシさんに会えるかなと思っていたので、何だかドキドキして寒いのは感じませんでしたよ」


話をしている間にも列はどんどん進んでいく。

彼女は僕の横に並んで一緒に列を進んでいく。

彼女の手が僕のジャンパーのポケットに入ってきた。

僕はポケットの中で彼女の手を握りしめた。


誰かに見られたらまずいんじゃないか…。

普段は彼女がいちばん気にしていること。

なのに、今日の彼女はとても大胆だ。

もしかして、夢…。

そう思った瞬間、ポケットの中の彼女の手が僕の手をつねった。

「夢じゃないよ」

彼女はそう言って僕を睨みつけた。

何だか不思議な感じがした。

彼女の目を見ていると、誰にも見られていない様な気になった。


僕達は流れに従って列を進み、参拝の順番を迎えた。

僕は賽銭の百円玉を放り投げて、願い事を心の名かで唱えた。

「何をお願いしたんですか?」

彼女が聞く。

「みぃこは」

僕が聞き返すと、彼女は答えた。

「このまま、トシさんがずっと眠り続けていてくれますようにってお願いしたわ」

「えっ?」

「分からない? これは夢なのよ。 だからこうして一緒にいられるの。 だから、私はトシさんの夢の中に入ってきたのよ。 ずっと一緒にいたいの。 だから、お願い!目を覚まさないで」

そう言うと彼女は僕に抱きついて唇をふさいだ。


そんな僕達が見えているのかいないのか、他の参拝客たちは何事もないように参拝を終えて通りすぎて行く。

僕は彼女の言ったことが理解できない。

本当に夢なのか?


彼女の唇の感触はいつもと同じ。

彼女の体もいつもと同じで柔らかくて温かい。

しかし、深夜の冷たい空気が体にまとわりついて来る。

そこへメールの着信音。

陽子からだ。

『破魔矢の色は赤がいいわ』

その瞬間、彼女が唇を離して僕の携帯電話を奪い取った。

「もう、これはいらないのよ。 これからはずっと私と一緒にいるんだから」

そして、彼女は僕の携帯電話を神社の池の中に放り投げた。


僕は開き直った。

どうせ夢なんだ。

じゃあ、いいや!

このまま、みぃこと二人で暮らすのも悪くはない。

「わかったよ。 寒いからもう帰ろう」

「だめ! 家には帰れないわ」

「どうして?」

「私の家には私の家族がいるし、トシさんの家にはトシさんの家族がいるでしょう」

「バカだなあ! こういう時のために、実は部屋を借りているんだ」

もちろん、そんな事実はない。

しかし、そう思えばそれが本当のことになっているような気がした。

「そうなんだ! じゃあ、早く帰りましょう。 私とトシさんの二人だけの部屋なのね?」

「そうだよ」


僕達は腕を組んで歩きだした。

気が付くと、そこはマンションの入り口だった。

僕は何も考えずにオートロックのテンキーを押した。

すると、入口の自動ドアが開いた。

僕達はエレベーターに乗った。

エレベーターは階数表示ボタンを押していないのに勝手に動き出した。

10階で止まるとドアが開いた。

僕はエレベーターの正面の部屋のドアに手をかけた。

鍵がかかっている。

ズボンのポケットに手を突っ込むと鍵が入っていた。

それを手に取りシリンダーに差し込んだ。

開いた。

僕は彼女を招き入れドアを閉めた。


部屋はホテルのスイートなみの広さで、豪華な内装と家具が置かれていた。

「素敵なお部屋ね。 私のために頑張ったのね」

「そうさ。 みぃこのためなら何でもするよ」

「私、おそばが食べたい。 トシさんが昨夜から出汁を取ったおつゆで」

「いいよ。 今、作ってあげるね」

どういうわけか、思ったことがすべて現実になる。

本当に夢なのだろう。

それにしても、リアルだ。

いつも見る夢のようなふわふわしたところがまるでない。


僕がそばを作ってあげると彼女は満足そうに食べ始めた。

「僕はみぃこの手料理が食べたいなあ」

「いいわよ。 作ってあげる。 何がいい?」

「みぃこが作るのなら何でもいいよ」

「わかったわ」

そう言うと彼女はキッチンへ行った。

そして美味しそうな料理を運んできた。

「どうぞ」

僕はその料理を一口食べた。

とても美味かった。

けれど、その瞬間、体中がしびれて来た。

「み、みぃこ…」

「なんでもいいって言ったでしょう。 これでもう、トシさんは永久に目覚めることはないわ。 私はずっとトシさんと一緒にいられるわ」

彼女はそう言って微笑んだ。


意識が薄れて行く。

そして、彼女が僕の頬を叩き始めた。

「ちょっと…」

彼女の声が断片的に聞こえる。

いや、彼女の声じゃない…。

「みぃこって誰よ!」

陽子?

陽子の声だ…。

僕は思わず飛び起きた。


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