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◇◇◇

 黒いスーツ姿に身を包んだゴンさんは、取り引きの会場に着くまでに安心しなさいね、怖がらなくて良いのよ、と励ますように声を掛けてくれた。

 けれど、実際はそんなゴンさんも余裕無く緊張しているように見えた。

 ただその中で真白だけがいつもと変わらぬ平常心だった。

 途中で彼女を降ろすと、ボクたちはそのまま会場へ向かった。別れる直前に彼女はボクの唇に口付けをした。いきなりの展開にどぎまぎしてしまったけれど、その瞬間、どこか真白の纏う雰囲気が変わった気がした。

 会場は端から見れば貴族の抱える立派な豪邸のようだった。実際にそうなのかもしれない。この場所で人身売買が行われている……。金を持った大人の汚い部分を見た気がして、ほんの少し吐き気がした。受付でやり取りを済ませると番号札を首にかけられて奥の方に進まされる。二十八番という数字だった。そこにはボクと同じようにさらわれた子達の姿があった。そのほとんどがまだ年端もいかないような少女だったのが痛々しかった。ボクは身近にいた売り物の少女に大丈夫だよ、と声を掛けた。けれど、少女はうつろな瞳のまま、ボクを見ただけで返事がなかった。その時、喉にみみずが這ったような傷跡を見つける。少女は声帯を切られていたのだ。自分ももしかしたら、あの男に同じようなことをされていたかもしれないと思ってゾッとした。幸い男の姿はなく、見つかるような心配はなかった。

 番号札はその売られる数字の順番というわけではなく、くじで決まるランダムなようだった。

「二十八番、前へ」

 不安なボクの様子が分かったようでゴンさんが励ますように肩をポンと叩いた。一人じゃないと感じて、嬉しくて少しだけ安心した。

 道を進んでいくと、目の前に大きな扉が現れてきた。おそるおそるその扉を押す。急激な光が目を刺した。

 シャンデリアの付いた天蓋、ホールのステージのような場所、そこにいたのは一見すれば、清潔な紳士淑女の団体のようだった。しかし、その実態は想像するのもおぞましい倒錯した世界の住人なのだろう。穏やかな微笑の中で、その眼だけがじろじろと品定めをしているのが感じられた。

「ふむ、これはこれは……」

「なるほど、なかなかですな」

「えぇ、可愛がる甲斐がありそうですわね」

 紳士淑女の手が近づいてくる。もうすぐ触れそうなくらいに近づいてきたところで、その手が払われた。

「一体、何をするッ!」

「失礼、売り物に手を出していただけるのは購入者のみの権限となっておりますので」

 そう言ったのは、ゴンさんだった。手を伸ばしてきた白髭の紳士は渋々といった様子で、その手を下げた。

「さて、お目にかけますこちらの商品。見目麗しき白磁の肌、美貌を讃えたその肉体は穢れなき処女でありますッ」

 朗々とした声で、ゴンさんがボクのことを宣伝する。そんなに大それたことなのか分からないけど、おおっと、どよめく声がそれに続いた。

「それでは最初の売値は一万からになります、さぁお買い求めのお客様はお手を挙げて下さいッ!」

「二万!」

「三万!」

「五万出そうッ!」

「私は十万を出すわッ!」

 手を挙げて、醜いお金の競り合いが始まる。どんどん釣り上がっていく額に驚く。ゴンさんの言葉では処女ということにも何故か価値があるようだった。そして、ここでは自分は必要とされる存在なんだ、と感じた。

「人の価値なんて、お金じゃ決められないわ」

 その時、凛とした冷たい声が場内に響いた。思わず、皆は口をつぐむ。次の瞬間、天蓋のシャンデリアが割られ、閉ざされた世界は闇に包まれた。

「キャァッ!」

「何だ、一体何が起こったんだ!?」

 シャンデリアの代わりに用意された非常灯が点き、ようやく何が起こったのか分かった。ボクと買い手を隔てたその中間に一人の少女の姿があった。

「貴様、何者だ?」

「私? 私は真白ましろよ」

 天使にも似た容姿の白の少女は自らのことを名乗る。出会った時と変わらない、その美しく可憐な姿。しかし、唯一異なる点はその両手に携えた銃だった。右手にハンドガン M19、左手にサブマシンガンのイングラムをそれぞれ構えている。

「まずいッ! 銃を持ってるぞ」

 逃げ出す者が大半だったが、幾人かは護衛の人間に銃を構えさせた。真白はあまりにも無防備だった。単身にも関わらず、まったく防御する素振りを見せなかった。その隙にボクはあらかじめ緩く締められていた鎖を振りほどき、ゴンさんを追って、柱の陰に隠れた。ゴンさんは後ろ手に縛っていたゴージャスな金髪をほどいて、髪の毛を振る。そして、スーツの中に隠し持っていたハンドガンのグリップを握った。

 偶然、同じ場所に隠れた紳士風の姿をした男は、

「アンタ、何者なんだッ?」

と、カチカチなる歯の音の合間に震える声で訊ねた。

「私? 私はオカマバーのマスター、ゴルゴンゾーラよっ、ゴンさんとお呼びッ!」

 ゴンさんは銃を頬の近くに寄せるとにんまりと笑んだ。


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