第五章 ウサギと幻想⑧
ウォスカはそれを見取った後、懸命に彼女を瓦礫から引っ張り出すと、ラビエルを抱き寄せる。
その瞳からは大粒の涙が零れた。
「おじいさん…………」
「すまないな。君たち…………ラビエルを許してやってくれ」
ウォスカはそこに居た全員に頭を下げる。
「いきなり頭を下げられても困りますわ。どういうことなのか説明して下さらない?」
「だからね。ラビエルはオリビアさんが好きでたまらなくて、動き出しちゃったの」
「オリビア? だからそれが誰なのか聞いているのですわ」
「だから――――」
オリビアの事を伝えようとフェルトは必死に言葉を発する。
しかし、漠然とした情報のみが得られるだけで、
そこに居たメンバーは良く理解ができなかった。
「お譲ちゃん。君はラビエルからオリビアのことを聞いたのか?」
しばらくしてウォスカが横槍を入れてくる。
「んー。聞いたというか…………見えた、みたいな感じ?
なんかラビエルになっちゃったんだよ。私」
「は?」
フリルはまた首を傾げる。
「そうか…………なるほどな」
ウォスカは一人納得をし、もう一度フェルトを見た。
「ウォスカさん…………何故、ラビエルは動き出した? それにこの力、どうやって」
コマチは真剣な口調でウォスカに問いかける。
その質問はここに居る全員が聞きたいものであった。
「そうだな。はっきりは言えないが、
ラビエルのオリビアに対しての強い気持ちがそうさせたのかもな…………」
「なんか、はっきりしませんわね。じゃあ、グリズが私を同じぐらい思えば、
他のぬいぐるみを動かせる能力を得られるのですの?」
「どうだろうな…………それは私にも分からないな」
ウォスカの態度は曖昧だ。まるで知っている事を隠しているかの様にも見える。
「とにかく! こんな場所出ようよ。臭いし、狭いし、暗いしさ。
コマチちゃんも彼らの供養をしないといけないんでしょ?」
フェルトの指差した先には無数のぬいぐるみたちが静かに横たわっている。
「確かに――――大仕事。フェルト、フリル、手伝う」
「はぁ…………そうですわね。分かりましたわ」
そこに居た四人はぬいぐるみを拾い上げる。
「ありがとう。ごめんね」
フェルトは自分を守ってくれたぬいぐるみに感謝の声を掛けながら、彼らを集めるのだった。
「フェルトちゃ―んっ!」
丁度、その時、トンネルの奥の方から声がした。
その方向を見ると、スティングとレースの姿が見えた。
「あっ、スティングくん! それにレースちゃんって、なんで二人とも肩を組んでるの!」
嫉妬でそんな声を上げたフェルトだが、すぐにレースの状態を知り、
今度は逆にレースを心配し、気遣う。
当のレースはフェルトが無事だと知ると、緊張の糸が切れたのか、その場にうずくまってしまった。
相当無理して歩いてきたのだろう。
スティングに連れられ、彼女は急いで病院へと運ばれるのであった。
全員が下水道を脱出した時にはもう時刻は夕刻過ぎ、コマチの家、
つまり神社までぬいぐるみを運んだ後、現地で全員が解散する結果になった。
その帰り道、フェルトとウォスカが一緒に帰る事になる。
彼の手にはウサギのぬいぐるみが大切に抱えられていた。
一緒に供養をするというコマチの提案を断ったのは彼なりに考えがあるからだろう。
「ねえ、おじいさん。私、ラビエルの記憶が見えたの。これってどうしてかな?」
フェルトはさっき聞けなかった質問を彼にしてみる。
「そうだな…………アーティファクトってのは生命を司る技術。言ってみれば、
神の御業とも言える技術だ。そのアーティファクトとペアを組む針師。
どちらに不思議な力を持って生まれて来てもおかしくない」
「へー。そうなのかなぁ…………」
フェルトはパートナーである、いぬくんを見つめる。
背中で寝息を立てている涎顔からは、そんなすごい存在であるとは想像もできなかった。
「昔、オリビアもそんな体験をしたことがあると言っていた事を思い出したよ」
「えっ、そうなの?」
「ああ、オリビアも君と同じようにパートナーを大切にする優しい子だったからね」
「そっか…………」
フェルトはウォスカの腕の中に居るラビエルを見つめる。
おそらく彼女も、パートナーの愛情をたっぷり受けて育ったのだろう。
「ねぇ、ラビエルって幸せだったのかな?」
「幸せ――――であったと、私は思いたい。この子は誰よりもオリビアに愛され、
そしてオリビアを愛していたからね」
ウォスカはそう言って、もう動かなくなったラビエルの頭を撫でた。
その顔は心なしか嬉しそうである。
「さてと、ここでお別れだ」
フェルトが十字路を行き過ぎた所でウォスカはそう言った。
「ラビエルって、この後どうするの?」
気になっていた事をやっと質問するフェルト。
「一度、家に持ち帰り、綺麗にした後でオリビアと共に葬ってあげるつもりだよ」
彼はそう言った。
「うん。それがいいね…………ラビエル、オリビアさんに会えるといいけど」
心配そうにしたフェルトの頭をウォスカは撫でた。
まるでパートナーを撫でるような優しい手つきで。
「フェルトちゃんは優しいな。一流の針師になるならば、その気持ちを忘れずにな」
「うん」
フェルトが頷いた所でウォスカは歩き出す。フェルトが手を振ったのに応え、
彼もまた手を振り返してくれた。
そして、その姿が見えなくなるのを確認し、フェルトは家に向かい足を踏み出すのであった。