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第一章 針師フェルトちゃんの一日①

教室の窓からは春先の陽光が流れ込んでくる。

教室の温度は丁度良く保たれ、ついつい欠伸が出る。

いけない――フェルトはそう思い、自分の頬を抓った。

痛い――が眠気は少し飛んだ気がする。


(あーあ、最初からこんなんで、私、大丈夫なのかな?)


彼女は栗色のショートヘアを掻き揚げそんなことを思う。

新学期が始まって早一週間。

すでにフェルトは授業についていけなくなっているのだ。

授業の内容はまだ去年までの復習だというのに、

黒板に書かれるのはチンプンカンプンな単語ばかり。

それもそのはずだ。昨年はギリギリの単位で合格したこの教科。

春休みの中でその知識をどこか果てしない場所に置いて来てしまうのは至極当然のことであった。

それでも何とか理解しようと、黒板の文字列を作業的にノートに写すのだ。


横をチラリと見る。

自分のパートナーである赤い蝶ネクタイをしたイヌのぬいぐるみは机に突っ伏して寝息をたてている。


「ちょっと、いぬくん! 黒板の半分写してって言ってるのにっ!」


小声でそう囁くが彼は無反応。

そればかりか先ほどには出ていなかった、ヨダレすら垂らしている。余程眠りが深いらしい。


「このっ!」


持っていた待ち針で彼のわき腹を突き刺す。


「うぐっ……」


いぬくんは少し呻き声を上げるが、相も変わらず、ヨダレを垂らし眠り続ける。


「もうっ!」


そんな彼の様子に苛立ち、フェルトは声をあげてしまった。

だが静かな教室内でその行為は愚の骨頂である。


「どうかしましたか? フェルトさん」


彼女の声に気づいた教師は黒板の方から向きを変え、フェルトの方を睨む。


「す、すいません……」


中年女教師の睨みの迫力に押され、フェルトは平謝りをし、ノートに目を落とした。

だが彼女の視線は何度もフェルトの方を向いてくる。

どうやら完全にマークされてしまったらしい。

その授業が終わるまで前からの厳しい視線を受け続ける羽目となった。



「おーっ、ほっほっ! フェルト、授業中、怒られて〝ざまぁ〟でしたわね」


休み時間に入るや否や、フェルトの聞いた台詞はこれであった。

目の前に現れたのは、背の低い白銀の髪を二つ結いにした少女である。

この顔は少々見飽きている。いや幼馴染なのだから少々どころではないのだが。


「何よ、フリル! そんなことをイチイチ言いに来たの?」


「そうですわ! 無様なあなたに一言、言葉を差し上げたくて」


彼女は高笑いをし、フェルトを見下す。

とはいってもほとんど背丈は変わらないので迫力も威圧感もない。

そもそもこんなことは日常茶飯事なのだから慣れたものである。


「フェルトが注目されてなかったら、フリルが怒られてたわよね。

 寝てたし。涎垂らしてみっともなかったわよ」


彼女の後ろからカジュアルな格好をしたシロクマのぬいぐるみが顔を出す。

彼女の名はグリズ。フリルのパートナーでありオシャレセンスに定評のあるレディーだ。


「ちょ、ちょっと、グリズ。余計なことは言わなくていいの!」


フリルは自分が寝ていたことをバラされ、腹を立てたのか顔を膨らましながらグリズを睨む。

しかしその怒りを受け流し、グリズは教室の入り口のほうに向かう。


「はい。はい。それよりもランチにしましょ? 食堂混むわよ」


「ちょっと、グリズ! 置いて行かないで!」


彼女を追い、フリルは廊下へと消えていった。



取り残されたフェルトに残ったものは空腹感だけであった。

いつの間にか教室の中では級友たちがお弁当タイムを始めている。

そのいい香りはお腹の虫の動きを活発にするようだ。


「はぁ……私たちもお弁当にしようか。いぬくん……」


そう言ったものの、いつも横に居るはずのパートナーが見当たらない。

後ろを振り向くと、机に突っ伏し、彼はまだ夢の中に居た。


「はぁ……」


ため息をつきながら、彼女は机に座り、鞄の中を探る。

フェルトはいつもお弁当を持参している。

母が作ったお弁当を食べること、それは彼女が学校にいる時の至福の楽しみでもあるのだ。


「あ、あれっ?」


だが、今日はその至福の箱の手応えが無い……


「ま、まさか……」


ガバッと鞄の口を開ける――無い、ない、ないのだ!


「嘘っ? 忘れてきちゃった!」


状況から推測するに今日は朝から急いでいたから、

机の上に置いてあるお弁当を忘れてしまったのだろう。


「ど、どうしよ! いぬくん。起きて!」

「うん? どうしたの?」


鬼気迫る彼女の態度が伝わり、いぬくんも目を覚まし、寝ぼけ眼で慌てる少女を見つめる。


「お弁当、忘れてきちゃった!」

「ええっ! ボクの分も無いってこと?」

「う、うん……」

「そ、そんなぁ……」


フェルトは途方に暮れる。これで昼飯という最大最強の楽しみが絶望的になってしまったのだ。

最終手段で食堂を使うという手段もある……

しかし、今月のお小遣いは、もうほとんど残っていない。

せいぜいパンを一つ買うので精一杯だろう。

いぬくんも居る手前、自分のカラッポの胃を満たす量には到底及ばない。


「こうなったら……」


彼女の頭に一つのアイディアが浮かんだのだ。

それを実行するためにフェルトはある教室へと向う。

そこは四年生教室。つまりフェルトの一つ上の学年の教室だ。


「あの、お姉ちゃん……キルト呼んでもらえますか?」


そこに居た女子生徒に声を掛けると、彼女は快く依頼を請け負い、

一人の女子生徒を連れてきてくれた。



「あら? フェルト、何かしら?」


彼女の名前はキルト。フェルトの姉に当たる人物だ。

姉妹ということもあり、顔立ちは似ている。

ただ決定的に違うのはその茶色の髪と背丈だろう。

キルトとフェルトの身長差は十センチほどある。それだけで別人に見えてしまう。


「あのぉ……申しにくいんですけど……」

「はぁ……」


彼女は無言で自分の席へと戻る。

そして往復して戻ってきた時にはその手に何かを持っていたのだ。

まさか、と思い、フェルトはその物体を凝視する。


「ママに感謝しなさいよね。わざわざ学校まで届けにきてくれたんだから」


キルトが持っていたのは見慣れた水玉の弁当包み。

そしてその中には当然、最大最強の楽しみが詰まった箱が入っているのだろう。


「あっ、ありがとうっ!」


あまりの嬉しさに、フェルトは彼女へと飛びつく。


「わっ、フェルト!」


妹の激しい抱擁にたじろぐキルト。


「キルト、最高っ!」


彼女に飛びついたのは妹だけではない。

足元のイヌのモコモコまでが彼女の胸目指して飛びついたのだ。


「させるか!」


だが、いぬくんは空中で何者かの力により、その身を床に叩きつけられた。


「いたたた……」

「ふん。油断も隙もないな」


そこに居たのは、大型犬のぬいぐるみ。

そんな彼とは顔馴染み。キルトのパートナー、ウルフィーだ。

ちなみに犬種はシベリアンハスキーっぽい

(とはいってもぬいぐるみなので血統証明書はないわけだが)。


「こんにちはウルフィー」


フェルトはその頭を撫で挨拶を交わす。


「ああ。今日もフェルトは元気だな」


ウルフィーは、ぶっきらぼうに、そう返事をする。

そして床にうつ伏せになっているぬいぐるみを冷ややかな目で睨みつける。


「まったく。フェルトもいつまでこんなやつを飼っているつもりなんだ?」

「あはははは……いつまでだろ」


フェルトは苦笑する。


「うわぁぁぁん! 痛いよ! フェルト。ボクを励ましてー」

「はい、はい。痛かったね」


いぬくんはフェルトの腕の中に飛んでくる。それを優しくキャッチし、頭を撫でてやる。


「ちっ……」


ウルフィーは舌打ちをし、教室の中に姿を消す。

甘えるいぬくんを見ると、いつも、なんだか機嫌が悪くなるのが彼だ。

同じ犬(の、ぬいぐるみ)として何か感じるモノがあるのだろう。


「ふう……あなたといるといつも騒がしくなるわね」


キルトはポリポリとおでこを掻きながら複雑そうな顔をする。


「じゃあね。お姉ちゃん、ありがとう」

「あっ、フェルト! 廊下は走らないの!」

「はーい」

「まったく……」


廊下を去っていく妹の様子をキルトは見守るのであった。




フェルトはご機嫌だった。念願の昼ごはんをゲットできたのだから。

そんな彼女が探すのはお弁当を食べる場所である。


「食堂……は、混んでるよね? たぶん」

「うん。ボクはそう思うよ」


いぬくんは、コミカルな足音を立てながらフェルトの横を歩いていた。

その時、ふと、窓の外にある人物の姿が映る。


「あっ!」


その顔を確認できた瞬間にフェルトは猛ダッシュ。その反応速度は稲妻よりも早い。


「あっ、置いてかないで!」


急いでいぬくんも、その後を追った。

だが、歩幅の関係上、すぐに彼女の姿は見えなくなる。

そんな状況をそっちのけ――彼女が目指すのは中庭。

二階の廊下から確かに見たのだ。今あそこに行けば……


「はぁはぁはぁ……」


居た。その人物を探し出し、フェルトは息を整える。

目の先には中庭のベンチにひとり座る金髪の男子生徒の姿があった。

彼の名はスティング。フェルトのクラスメイトである。

そして密かに――いや、クラスで大々的に人気のある生徒であった。


只でさえ、男子が少ないというのに、彼はルックスも能力も秀でていて、

女子の間ではアイドル的存在として崇められている。

実はフェルトも彼に憧れるひとりである。

そんな彼が一人で昼食をしているのだから、止まれるはずがないのが恋する乙女というものだ。


「あのぉ……スティングくん」


いつもの積極性とは掛け離れたモジモジモードで彼に近づくフェルトだが、


「ん? ああ、フェルトちゃん。何か用かな?」


柔らかい口調と笑顔で彼は迎えてくれる。そんな彼に胸キュンの乙女フェルトであります。


「えっと、今、お弁当中?」

「うん。そうだよ」

「ひとり?」

「ひとりじゃないよ」


そう言うが、彼の周りには誰も居ない。誰かを待っているというのだろうか?


「姿を現しなよ。ルーシー」


その言葉をスイッチにしたように彼の肩が歪む。

いや、彼の肩には何の変化も無い。歪んだと見えたのは、彼の肩の空間。

何も居ないはずの場所からカラフルなぬいぐるみが現れた。

彼女はスティングのパートナーの虹色カメレオン、ルーシーだ。

ギョロっとした目が、フェルトを睨む。

その目はぬいぐるみらしからぬ不気味さを漂わせている。

スティングの人気から比べて、そんなぬいぐるみは女子から不評だ。

しかし、フェルトは嫌いではなかった。

女子の天敵である虫や爬虫類への耐性がフェルトには存在するのだ。

だからクラスに虫が飛来すると大活躍のフェルトちゃん。


「それでフェルトちゃんはどうしてここに?」

「あっ、えっと……」


スティングに会いに来たなんてことを言えなく、フェルトは黙ってしまう。


「それってお弁当? 僕と一緒に食べる?」


スティングはお弁当包みを見せ、フェルトをベンチへと誘う。

気遣いが出来るのも彼の人気の一つだ。


「いいの?」

「うん。大勢で食べた方が美味しいでしょ?」

「うんっ!」


フェルトの内心は万歳三唱。超ご機嫌的笑顔で彼の隣りに座った。


(うわぁ……スティングくんとお昼食べられるなんて、ラッキー……)


顔の二ヤケを抑えながら、お弁当を広げた。

今日のメニューは三色ソボロご飯、ミニハンバーグ、ポテトサラダ、卵焼き、というものであった。


「フェルトちゃんのお弁当っていつも美味しそうだね」

「うん。ママのお弁当美味しいんだよ」

「そっか。ボクも見習わないとね」


自分の弁当箱を見せながら、スティングは苦笑する。

口ではそう言っているものの、彼のお弁当も彩り豊かで美味しそうだ。


「スティングくんは自分でお弁当を作ってるんだっけ?」

「うん。一人暮らしだからね」

「えらいねー。私なんか野菜炒めぐらいしか作ったこと無いのに……」


同じ十四歳なのに、こうも違うと自分が少し恥ずかしく思えてくる。

スティングは家事から何まで自分で行っているし、

成績も優秀だというのに、フェルトといったら、成績も不十分で家事も親に任せっきりだ……

そんな自分と彼を比べ、彼女は少し肩を落とした。


そんな様子に気づく様子も無く、スティングは食事を続ける。


「あれって、いぬくんじゃない?」


スティングが指差す方向を見ると、

中庭の中をキョロキョロとしながらこちらに向ってくるぬいぐるみがいる。


「あっ! 忘れてた……」


先ほど廊下を走ってパートナーを置いてきていたことをすっかり忘れていた。


「うわぁぁぁ……ん……フェルト」


いぬくんはトボトボと彼女の元に寄って来る。

どこかで転んだのか、その胴体部分は黒く汚れている。

ただでさえ汚らしいのに、酷い状態である。


「あはは……ごめんね」


いぬくんを抱き上げると、その汚れを払い、頭を撫でてやる。


「フェルトちゃん、パートナーとは一緒にいなきゃ」

「そ、そうだよね……反省します」


憧れの人の前で見せてしまった失態。

彼女は自然と顔を伏せる――だがつい先ほどまで泣き顔だった、


いぬくんはすっかりと表情を取り戻している。どうやら嘘泣きだったらしい。


「ちょっと……なに噓泣きしているの?」

「ボクを置いてった罰だよ。ほら、さっさとそのチョコを渡しな」

(くっ……完全にやられた……)

「ほらっ、また噓泣きしちゃうぞ」

(ここで泣かれたら、スティングくんに失態を見せちゃうかも……)


何も無いように食事をするスティングの横で行われる壮大な心理戦。

それに勝ったのはぬいぐるみの方であった。

フェルトはお弁当包みにあった、一口サイズのチョコレートを三つ、

包装を剥いてお弁当包みを敷いた膝の上に乗せる。

いつもなら、このうちの一つがフェルトの口に入るのだが……

いぬくんは、〝全部寄こせ〟とばかりの目をしている。


「へぇ、いぬくんはチョコレートなんて食べるんだ」

「う、うん。そうなの――あっ!」


いぬくんは隙をついてフェルトの膝の上からチョコレートを強奪した。


「どうしたの?」

「いや……なんでもないよ……」


スティングのいるせいでいつものように罵倒も暴力も振るえない。


(こんな時ばっかり、頭良くなって!)


後でこっ酷くお返しをしよう。そう心に決め、フェルトは食事を続けるのであった。





食事が終わると談話タイムが始まる。スティングが振ってくるのはごく普通の話題。

昨日のテレビが面白かったとか、最近ハマっていることとか……

とにかくそんな普通の話題でも面白おかしく話す彼はフェルトにとって、とても魅力的であった。

フェルトが会話している間、いぬくんはルーシーをつついで遊んでいた。

調子に乗り過ぎて手を飲み込まれているが、無視してやろう。

今は自分の方が大事なのだから。


こんな会話がずっと続けばいい――そう思っていた。


しかし、平穏が続くなど、所詮、幻想でしかないのだ。

その証拠に、ほら、遠くから足音が聞こえてくる――


「スティング、探しましたわよ!」


一人のツインテールがいきなり生垣の裏から飛び出してくる。


「げっ、フリル……」


邪魔者の登場に悪態をつくフェルト。


「一人でスティングを独占できると思いましたの?」


フリルはその小さい身体を生かし、スティングの隣へと身体をねじ込む。


「ちょっと、狭くなるでしょ!」


当然ながらフェルトは抗議。


「ならばフェルトが出ればいいでしょ? あなたが太っているから悪いんですわ」

「ふ、ふふふふ、太ってなんかないもん!」


フェルトはまたまた抗議する。

確かにこの頃、お菓子の食べ過ぎでちょっと体重が増えたのは秘密だけれど、

それでもフリルとほとんど体格の差はない。太っているなんて言われる筋合いはない。


「まあまあ、二人とも」


スティングは和やかな笑みを見せ、その場を丸く収めようとする。

しかし、フリルにこの手の効果が薄い。


「スティング! 今日という今日は、私たちのどちらが好きかはっきりと答えてもらいます」

「えっ……また? まいったな……」


彼女がこの質問をするのはこれで数回目だ。

その度にスティングは茶を濁し、どこかへ行ってしまっていた。

だからこそ、フェルトもその答えを聞くために、スティングの顔をじっと見つめる。


「スティングくん。フリルよりは私の方がいいよね?」

「ふん。貴女のようなチンチクリンよりも私を選ぶに決まってますわ」

「チンチクリンって! 二センチしか変わらないじゃん!」

「それでも負けは負けですわ!」

「むーっ、でも胸は私の方が大きいもんっ!」


フェルトは強調するように胸を張る。その二次元が、辛うじで三次元に変わる。


「ふ、ふん……私だってすぐにボイン、ボインになりますわ!」


フリルもフェルトに見習って胸を張る。

しかしそこには何の膨らみも見当たらない。ボインボインには、まだまだほど遠いようだ。


「あはは……本当に参ったな」


彼女たちに板挟みにされ、逃げ場を失ったスティングはひたすら苦笑をするのみである。


「はぁ……無意味な争いね」

「そうだね」

「ペロペロ(前足を舐める音)」


三人のペットはそんな光景を眺め、日なたで横になっていた。


「もうはっきりしてっ!」「もうはっきりしなさいっ!」


スティングはついに二人の少女に腕を掴まれる。

さすがに彼にも焦りが出始める。そんな時、ある女性が中庭を通過する。

それは三人全員が顔見知りの娘であった。


「委員長、いいタイミングに!」


腕を振り払うと、スティングはその少女の後ろに隠れるように寄る。


「いいんちょー。どいてよ」

「そうですわ、レース! そこをどきなさい」


二人は身長差のある少女を見上げるように睨みつける。


「何があったか知らないけど、スティング、困ってるじゃない」

「困らせてなんてないもん! スティングくんには質問してるだけだもん」

「そうですわ。私たちには〝知る権利″というものがありますわ!」

「知る権利って、マスコミじゃないんだから……それに彼にもプライバシーはあるわ」

眼鏡を光輝かせ、彼女は理論武装で攻めてくる。頭が〝可愛そう〟な二人にとってそれは脅威である。


「と、とにかく、そこをおどきなさい! さもないと――」


フリルは右手をスカートの横のホルスターに近づける。

そこにはグルーガンと呼ばれる縫物に使われる銃器がある。

グルーガンの用途は基本、接着、穴埋め、装飾用だが、

時折、それを武器として使用するのが彼女たち針師である。


「いいの? グルーガンを使うようならば、私も容赦しないけど」

「当てられるもんならっ――」


フリルは小さい身体を生かし、

サイドステップで横に飛びながら右手をホルスターの中に入れた。

そしてその中からは小ぶりなグルーガンが現れる。連射が利くハンドガンタイプだ。

そして標準を合わせ、トリガーに指を置く――

だが委員長も負けていない。咄嗟の行動に追いつき、グルーガンが既に握られている。


バシュ……


グルーガンの発射音は一つのみ……


「きゃっ!」


その甲高い悲鳴で勝負の行方が分かった。


「うわぁ……やられましたわ……」


フリルは草原に倒れたまま動かない。

いや、動けないのだ。

グルーガンから発射された粘着弾は彼女と大地をひとつなぎ(ワンピース)にしている。


「まだまだ、遅い」


その様子をみて満足そうにレースはグルーガンの先に息を吹きかけた。

彼女が持っているのはウェスタンタイプのリボルバー銃なのでその決めポーズも良く似合う。

そして、残ったフェルトの方を向く。


「フェルトも私と勝負する気?」

「うっ……やめておきます……」


呆気なくフェルトはその手をあげて降参のポーズをとった。


「フェルト、チキンすぎ」

いちいちうるさい、いぬくんは後で殴っておこう。


「あちゃ……委員長、やりすぎじゃない?」

「別にいいのよ。たまには頭も冷やしてもらわないと。さ、行きましょ」

「ごめんね。フリルちゃん」


そう言い残すと申し訳なさそうに彼らは去っていった。


「ふええええーん……制服汚しちゃった……ママに怒られる……」


フリルは泣いてそんなことを叫んでいる。さすがに可愛そうである。


「ほら、フリル。私も手伝うから泣かないで」


グリズは彼女を立ち上がらせ一緒に更衣室の方へと連れていった。

残されたフェルトは、ただただ、立ち尽くすしかなかった。


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