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第五章 ウサギと幻想⑥


「オリビア? まだ泣いているの?」


 先ほどのウサギがここに、目の前にいた。

彼女は依然としてフェルトの頬を撫で続けている。


「もう……もう、いいんだよ、ラビエル」


フェルトは自ら前に出る。その手に持ったいぬくんは床へと横たえてある。


「フェルト!」


コマチとフリルは同時に声を上げる。


「大丈夫だよ。この子は……この子は逢いたかっただけなの」


彼女はさらに前に出て遂にラビエルの身体を抱きしめる。


「オリビア……ずっと、ずっと逢いたかったの……」


ラビエルは頭を埋めて嗚咽を漏らす。フェルトはその頭を撫でてやる。


「もういいんだよ。悲しまなくても。だから眠っていいんだよ……」

「うん……」


それからしばらくの間、フェルトは目の前の小さなぬいぐるみを抱きしめた。

彼女はオリビア本人ではない。

しかし、懸命に自分をそう思い込ませ、愛情いっぱい抱きしめたのだ。




先に身体を離したのはウサギの方であった。

彼女は俯き、フェルトの顔を見ようとはしない。


「……」


何かを呟く。

耳に届かないほどの小さな声で。

でもその囁きとも取れる叫びにフェルトの背中はゾクりとした感覚に包まれたのだ。


「ラビエル……どうしたの?」


そんな心情を悟らせないようにフェルトは優しい声で言う。

しかし、ウサギは顔を上げずに黙ったままだ。


「オリビアじゃない……」

「えっ?」

「オマエはオリビアじゃナイ!」



叫びと共に殺気とも言える空気が周りに広がった。


「うあああああああ……痛い……ですわ」


誰かが叫びを上げた。顔を回すとぬいぐるみに乗られたフリルが苦痛の表情をしている。

彼女の表情とは裏腹にぬいぐるみたちは無表情で容赦なく圧を掛ける。


「フリルっ!」


すぐさま、あのぬいぐるみたちをどけて彼女を助け出したい。そう思った。

しかし、前のウサギがそれを許さない。

先ほどまで無かったハサミをチラつかせて、フェルトを威圧する。

ここで動いたら、背中からズブリとやられてしまうだろう。

つまりこの状況で、できることは一つ。


「お願い、ラビエル、止めて! こんなことしてもオリビアは喜ばないよ」

「そんなことないわ。オリビアは笑ってくれる。ずっと傍に居てくれる――」


ウサギは跳躍し、フェルト目掛けてハサミを振るう。


「きゃっ!」


それを間一髪で避けるのが今のフェルトには精一杯であった。

だが、地面に広がるゴミのせいでそれも長くは続かない。

あっという間に退路が絶たれてしまった。


「フェルト!」


その時、誰かが叫んだ。

地面に何かが落ちる音がした。

それはグルーガン。コマチが投げて寄こしたものであった。



「拾って! フェルト!」

だが、反応が早かったのはウサギの方だ。

気を取られたフェルトに向かってハサミを振り被る。


「うわあああああっ!」


雄たけびを上げ、飛び込んできたのはパートナーの姿であった。

いぬくんはウサギに飛び掛かり、その動きを懸命に止めに入る。


「いぬくん!」

「早く、拾って――――うわっ!」


ウサギの力によって、いぬくんは壁に叩きつけられる。

だがフェルトがグルーガンを拾うまでの猶予は十分にあった。


「止まって!」


銃口をウサギの方に向けるフェルト。だがその両手は震えている。


「また、私にそれを向けるの? オリビア? あれ? あなたはオリビア? 

 分からない……どこに居るの?」


グルーガンを向けられたことで何やら奇妙な挙動をするウサギ。

引き金を引けばいつでも当てられるだろう。だが彼女は一向に撃たない。


「何をしているの? 撃ちなさい。フェルト!」


叫びはグリズの声だ。フリルの身を案じたのか、その声は荒々しく、

フェルトの背中を押すようであった。

それでも彼女はトリガーに指を置いたまま動かない。



「う、撃てないよ……だってこの子だってこんなに苦しんでいる……」


目の前で頭を抱えて唸っているウサギを慈愛のこもった眼で彼女は眺めるのだ。

それは痛いぐらいの優しさ。しかし今の状況では…………


「やっぱり、ダメ……オリビアは、私のもの……」


フラフラした足取りでウサギはフェルトへと近づく。


「こ、来ないで……お願い」


指が折れそうなほど力いっぱいグリップを握り、フェルトは叫ぶのだ。

だがウサギにその言葉は届いていないように見える。そんな彼女にたじろぎながら後退する。


「きゃっ!」


ゴミで足を取られ、フェルトは見事に転びそうになった。

地面に着く前に背中に痛みが走る。

どうやら壁に当たったらしい。


だが、その壁はただの固いコンクリートの壁ではなかった。

粗大ごみの山という表現がピッタリな無機質な物体の集まり。


大きな音と共に、その頂上から何か落ちてくる。

それはまるで本物の雪崩のようにフェルトに襲いかかる。


「きゃああああっ!」

「オリビアっ!」


悲鳴と叫び――何かが崩れ去る音の中、二つのだけは声ははっきりと聞こえた。


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