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第五章 ウサギと幻想⑤

「オリビア、入学おめでとう」

「わぁ、ありがとう」


自分の目の前には手を広げて自分を受けとめようとしている少女の姿が映った。

背丈はフェルトより小さい。おそらく10~12歳というところだろう。


「ねえ、ママ。このウサギさん。何て名前なの?」

「それはね。あなたが名づけ親になるのよ」

「私が決めるの? どうしよ……どんな名前がいいかな?」


少女は手を顎に当てて悩む素振りを見せる。


「ほら、何でもいいんだよ。ウサ太郎なんてどうだ?」

「もーっ! パパ、そんな可愛くない名前、嫌! それにこの子、女の子だよ!」

「そうなのか?」

「そうだよね? ウサギさん」


視野が動いた。どうやら首を縦に振ったらしい。


「んー……ラビエルなんてどうかな? 天使のウサギさんなの」

「へぇ、いいじゃない。ね。パパ」

「そうだな。さすがオリビアだ。ネーミングセンスが良い」

「というわけで、よろしくね。ラビエル」


目の前の少女の手が伸びて、それが頭に触れる。

そこからはこそばゆい感覚が伝わってきた。


まるでテレビの砂嵐が起こるようにして、少女の姿が消える。

そして次に目に飛び込んできたのはパジャマ姿の少女であった。


「今日から一緒のお布団だね。ラビエル、おいで」


その言葉に従い、布団へと入る。

自分を寝かし付けるつもりか少女は子守唄を歌い、腕で同じテンポを刻む。

メトロノームのように一定であった振動も少しずつ遅れ、

そして次第に止まってしまう。


横を向けば、寝息を立てて安らかな寝顔を見せる少女の姿があった。


また目の前に砂嵐が起こり、場面が変わる――――


「えーん、膝を擦りむいちゃったよ……ラビエルぅ……」


少女は泣き顔を見せた。


「えへへ、ラビエル。楽しいね」


少女は笑顔を見せた。



映画をチャプターごとに飛ばし見するかの如く、様々なシーンが目の前に映し出されていく。


これがウサギ、ラビエルの記憶であるということをフェルトは容易に想像できた。

なぜ自分がこんなものを見ているのかは分からない。

そんな状況下でも一つだけ言えることがある。

それは、ラビエルが飼い主であるオリビアを大切に思っていたということであった。



フェルトが推測を深めている間にも、場面は進む。



砂嵐の先には赤い建物が現れた。そこから上がる黒い煙。

空までもが赤と黒の二色に染められ、そこにあるはずの星明りをかき消していた。

火災というものを見たことがなかったので、その勢いと熱気に思わず身体が竦む。

しかし、そんな火災現場に飛び込もうとする少女の姿があった。

背は高くなっているが、彼女があの小さかった少女の成長した姿だということはすぐに分かった。


「オリビアっ!」


隣に居た青年が叫ぶ。しかし、彼女の足は止まらない。


「みんなを助けないと!」


彼女はそう言い残し、煙に包まれた玄関に向かって行く。



途端、視点が動いた。向かっているのだ。彼女を追って燃え盛る一戸建ての中へと――――


家の中の状況といえば悲惨であった。

見慣れていた思い入れのある物、すべてが火に捲かれ黒い灰になっていくのだ。

そしてそれを燃料として火炎はさらに大きく成長する。


少女が向かった先は分かっている。自分の部屋だ。

火によって浸食された階段を一気に駆け上がる。

全身の皮膚が炎の接触を受け、悲鳴を上げている。

しかし、止まることなく二階の廊下の角を曲がった。


居た。部屋の中には少女の姿があった。

彼女は懸命に窓からぬいぐるみたちを投げ捨てている。

二階という高さを怖がって、彼女にしがみ付く者もいる。

しかし、懸命に彼らを窓から投げるのだ。


よく見れば、炎に焼かれ黒く変色し、もがき苦しんでいるぬいぐるみも部屋の中にはたくさんいる。

そんな彼らを少女は悲しそうな目で見つめるのであった。


「ラビエル! どうして来たの!」


剣幕をあげ、彼女は言う。その声に心臓は跳ね上がる。


怒られた――――それが最初の感想であった。

怒る時は自分を”ぶつ”彼女だから、怖くて目を瞑った…………

しかし、次に感じたのは温もり。彼女がその身体を抱きしめたのだ。


「もうっ……こんなになっちゃって……」


何の事を言っているのだろう――――ああ、そうか。

自分の身体を見ると、片腕は焼け焦げ、足もボロボロになっている。


「オリビア……怒ってないの?」

「うん。うん。怒ってないよ……大丈夫だから……私がすぐに治してあげるから……だから帰ろ」

「うん……」


ギシギシ――――

 

彼女の腕の中に居ても、その不気味な音は聞こえた。自分の近く。上の方から。


パンッ――――


何かが弾けるような音。そして、次のコマには身体は投げ出され、

先ほどの位置から50センチほど遠くなっていた。


「オリビア?」



床に彼女が倒れている。なぜだろう? それに彼女の上には瓦礫が乗っかっている。


「オリビア? ねえ? どうしたの?」


動かない……目の前の少女は動かないのだ。


「うぅ……ラビエル……逃げなさい……その窓から……」


懸命に目線をあげ、こちらを見る少女。その眼は強い耀きを秘めている。


「でも……オリビアも一緒に……」

「私は、後で行くから……大丈夫……だから、早く」

「でも――――」

「早く行きなさい!」


彼女はグルーガンを抜き、それを突きつける。


あの銃で撃たれたことはある。ベタベタになってしまう。

ベタベタになったら後で大っきらいなお風呂に入らなければならなくなる。


窓辺に足を掛け、もう一度、倒れている少女の方を見る。彼女はこちらを見て――――

でもその顔には笑顔があって…………二階から飛び降りるのは怖かったけど、跳べたのだ。




次のシーンで最初に目に入ったものは光。

だが太陽のように眩しくも優しくもない光であった。

ここはどこだろう? 

畳の間にたくさんの人が集まって――――泣いている。

正面にはオリビアの笑顔が見える――――だけどその表情は変わらない。


最高の笑みのまま、静止している…………


気分が悪い。どうして彼女は笑っているのに他の人は泣いているの? 


ドウシテ……


考えようとしても頭が回らない……動けすらしない……

そんな状況で浮かんでくるのは彼女のこと。あんな写真ではなく本物の――――


あなたはどこにいるの?



アナタハドコデスカ……

ナンデワタシヲ、オイテイッタノ?

カナシイ……アイタイ……


一筋の涙が頬を流れた――――


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