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第五章 ウサギと幻想③


「ううっ……みんなの前では強がっちゃったけど……怖いよぉ……いぬくん」

「はぅぅ……早く家に帰りたい……」

「私もだよぉ。でも、もう少し頑張ろう」

「うん……」


雨の中、フェルトは暗い路地をひたすら歩いていた。

傘を差し、いぬくんにはレースから貸してもらったレインコートをかけ長靴まで装備している。

それでも、いぬくんは本調子ではないようで、フェルトの手の中でうずくまっている。

傘をさした状態でぬいぐるみを抱きかかえると両手が使えなくなる。

これでは咄嗟の出来事が起きても、グルーガンさえ素早く抜けないだろう――――


「フェルト、聞こえる?」


携帯電話からはレースの声。

少し心が強くなる気がするけれども……なんとも扱いにくい。

少し濡れながらも、フェルトは懸命に受話器を耳へと当てる。


「こちらフェルト。異常ないです」

「そう……気を付けてよ。私たち後ろに居るけれども、油断しないでね」

「後ろ? 見えないけど?」

「ええ、気付かれない程度に距離を取っているから――――」

「うう、そうなんだ……大丈夫かな? 助けに来れる?」

「今更、弱気なら、辞めてもいいんだよ?」


レースは優しいトーンでフェルトに語りかける。

この作戦に最後まで反対していたのはレース本人だ。その気持ちは今も変わらないのだろう。


「うん――――でも、私がやらないと……じゃあ、一端切るね」

「ええ、頑張って」


声が途切れた瞬間に、かなり心が重くなるのを感じる。

だがやらなければならない。

その気持ちのみでフェルトは雨にぬれた道を一心に歩くのであった。


作戦を決めた日から二日、その日は奇しくもあの老人が言っていた赤月が出るという日であった。

さらに降る雨は、初めて事件が起きた日を再現しているようである。


この条件で出ないはずがない……

そのプレッシャーもあり、フェルト以外のメンバーも高い緊張感を感じていた。


「やっぱり、出ないんじゃないですの? もう今日は止めにしましょう?」


路地の角からフェルトの様子を窺いながらそんなことを漏らしたのはフリルであった。


「怖い?」

「別に怖くはありませんけど……」


フリルの先には心細げに辺りをキョロキョロとする少女の姿がある。

あんな姿を見たらば、フリルでなくても止めてあげたくなるのは当然である。

しかし、本人がやると言っている以上このチャンスを無駄にするわけにはいかないのだ。



フェルトは地図を見ながら襲われた現場を次々と回っていく。

だが、今のところは異状なしだ。半ば諦めかけ、最後の場所へと辿り着く。


一度現場検証で訪れていたこの場所も今日は雰囲気が違う。

太陽を遮る雨雲とフェルトの心がそうさせたのだろう。


曲がり角を曲がり、最後の路地を確認するがそこには何も居なかった。


「居ないね……今日は駄目だったのかも」

「そうだね。帰ろうよ。フェルト」


いぬくんはウンザリした様子でフェルトのことを見つめる。


「そうだね――――あれ? いぬくん、マンホール、開いてるよ」

「本当だ……フェルト、近づくと危なくないかな?」

「ちょっと、中身を見るだけだから……」


恐る恐る、地面に開いた穴を覗く。

そこには外には無い暗闇が広がっており、

地下から上がってきた何かが腐ったような臭いを吐き出していた。

だが、それ以外に何の変哲も見当たらなかった。


「今度こそ帰ろ――」


言いかけたセリフ。それがすべて出る前に彼女は背後から異様な気配を感じ取った。

そしてその気配の方へと身体が引っ張られるのを感じたのだ。



「きゃあああああっ!」

目線の先の曲がり角の向こうで、悲鳴が聞こえた。

その声に後方のメンバーは慌てて角を曲がる。


「フェルト? どこ?」


だが、曲がった先の路地にはフェルトの姿は無い。

残っていたのは彼女の差していた黄色い傘と鞄だけであった。


「そこのマンホール、開いてますわ! そこに落ちたんじゃ?」

「私が行く」


先陣を切ってコマチが走り出す。しかしその脚は急に止まる。

それとほぼ同時に物陰から何かが飛び出してきた。


「ちっ……」


瞬時に地を蹴りバックステップし、腰にあるグルーガンを抜く。

発射音を響かせ、一発の弾丸がその物体の身体を正確に捉えた。


粘着弾によって空中から地面へと叩き落とされたのは

狐の形をしたボロボロのぬいぐるみであった。


「なに? この子……?」


狐のぬいぐるみはしばらく地面で、のた打ち回ると、静かに動かなくなった。

コマチはそのぬいぐるみを一瞥するとすぐに目線をマンホールの方へと向けた。


「ちょっと、コマチ。一人じゃ危ないわよっ!」


後ろからかかるレースの声を無視し、彼女は百太郎を抱え、マンホールへとダイブする。


「僕も行くよ。二人は警察に連絡って――」


スティングが言っている間にフリルは彼を追い越してマンホールの方へと向かって行っていた。


「フリルちゃん!」


叫びも空しく、フリルの身体はマンホールの中へ消える。


「もう、みんな勝手だよ……委員長、早く連絡を」

「ごめん。そんな余裕はないみたい……」


引きつった顔のレースの視線が捕られていたのは無数の妖しく光る眼であった。

いつの間にやら完全に囲まれていたらしい。


「ちょっとヤバいわね」

「そうだね……」


そこに居るのは五、六匹のぬいぐるみであった。

大きさや種類に違いはあってもその虚ろな瞳だけはすべて同じであり、

手にはリッパーや鋏など凶器になる物が握られている。

そんな状況に追い込まれ、パートナーを含めた四人は後退せざるを得なかった。


「いい、スティング。私の合図でグルーガンを撃ちながら後退して……

 それでマンホールに飛び込んで、蓋を閉めるの」


「それしかないみたいだね……はは、参ったな」


スティングとレースはそれぞれグルーガンを握る。


「行くわよ! 走って!」


その声をスイッチにレースは後退しながら、マンホールの方へと走る。

少し時間を置いてスティングも。走りながらの射撃じゃ正確に的を撃つことはできない。

当たったかも分からないまま、レースはマンホールへと飛び込む。


「スティング! 早くっ!」

「ああ!」


スティングはマンホールの梯子へと足をかけ、その蓋をずらしにかかる。

しかし、重い蓋は中々動かない。


「ルーシー、手伝って!」


パートナーも加わり、少しずつ、蓋は横にスライドしていく。

しかし、それを拒むように上からは騒がしい足音と、唸り声のようなものが聞こえてくる。


「ワタクシも手伝います」


ピョンとレースの手から飛び出したペンギンのぬいぐるみは梯子に登りながら

器用な体制で蓋を押し上げる。

完全に閉まるまであと数センチ、その時、スティングの目に、遂にぬいぐるみの姿が映し出された。

そして、彼は持っていたリッパーを空高く振り被る。


「閉まれぇ!」


最後の力を振り絞り、蓋を滑らせる三人。


ガキン―――― 


完全な闇の訪れと共にすぐ真上から金属音が響いてきた。

どうやら間一髪で間に合ったらしい。スティングは冷や汗を拭いながら、梯子を完全に降り切る。


「委員長、どこに居るの? 大丈夫?」

「ええっ、ここよ」


少し前の方からはレースの声が聞こえるがその姿はまだ見えない。

目が暗闇に慣れていないせいだろう。


「早く三人を追わないと……」


スティングが少し歩くとレースが居た。だが彼女はやけに小さく感じる。

目を凝らしてよく見ると、どうやら通路に座り込んでいるらしい。


「もしかして、どこか怪我した?」

「ごめん……飛び降りた時に足を挫いちゃったみたい……」

「えっ? それは大変だ!」

「大した怪我じゃないから……スティングは三人を」


口で強がっていても息が荒いことからその痛みを容易に理解できた。


「駄目だよ。委員長。ここに居たら――――」

 

ガンッ、ガン――――

 

「この音ってまさか……」


レースは怯えた顔で頭上の重い蓋を見る。

あの上ではまだ狂気に駆られたぬいぐるみたちが自分らを探しているのだろう。


「ほらっ、だから、肩を貸してっ! ペンギルはこれ先導を」

「はい、了解です」


スティングから携帯電話を受け取ったペンギルは先に広がる闇を照らしだす。

少々頼りない光だが、無いよりはマシだろう。

スティングはコマチに肩を貸しながら底知れぬ闇へと向かって足を踏み出した。






「ううっ……酷い臭いですわ……コマチはどこまで先に行ったのかしら?」

「さあね? まあ、急ぎましょう。フェルトが心配だわ」


グリズを背負いながらもフリルは壁伝いに通路を歩いていた。

携帯電話のライトで闇を照らすことをパートナーにアドバイスされたのは良いが、

この暗さでは走ることもままならない。

級友をさらわれた焦りに対して、急げない自分が情けなく思う。

それでも足を前に進めることが今の彼女にできるすべてのことだ。

その一心で暗い一本道を進み続けた。


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