第五章 ウサギと幻想①
「ふあああ……ねむーっ」
フラフラと通学路を歩くフェルト。
その危険な足取りは彼女の前からくる対向自転車を平均より二周りほど大きく避けさせるほどだ。
そんな主人に声を掛け注意を促す、いぬくん。
「フェルト、前、前! 電柱っ!」
「ふえっ――? ぐわぁっ!」
思いっきりコンクリートの塊と正面衝突。
乙女らしい、かわいい声が出ないほど見事に。
「いたたた……ごめんなさい」
目の前の無機物に頭を下げ、彼女はそう言った。
「ダメだこりゃ……」
寝ぼけ眼のご主人さまを情けない目で見るいぬくんであった。
そんな通学の一コマを終え、フェルトは教室へと足を踏み入れる。
いつもならば元気よく教室に飛び込むところだが、今日はその気力すらない。
「フェルトちゃん。どうしたの? 具合悪いんじゃないの?」
何も言っていないのに、クラスメイトたちが集まってくる。
「あー。フェルト眠いだけだから、心配しないで――」
机に突っ伏す主人の代わりにいぬくんはクラスメイトたちに彼女の現状を報告する。
それが幾度と繰り返され、説明がクラスに行き届く頃にはHRが既に始まろうとしていた。
扉が開く――――先生にしては乱暴な開け方だ。
「はぁはぁ……セーフですわっ!」
そこにいたのは担任教師ではなくフリルであった。
髪がボサボサになり、息を切らせていることから急いできたことが容易に窺える。
「ああっ、もうっ! フリルのせいで毛がボサボサよっ!」
「仕方ありませんでしょうが。寝坊しちゃったんですから」
二人の遅刻組は言い争いながら席に着く。
そんな中でもフェルトはずっと夢心地であったのだ。
そんな彼女はやっと本調子に戻ったのは放課後のこと。
いつもの様子で彼女は部室へと一番乗りする――――はずだったが、部屋の中にはもう先客がいた。
「あれっ? コマチちゃん。早いね? いつの間に来たの?」
「ついさっき。フェルトも十分早い」
「えへへ。まあね。昨日の調査の結果を早く知らせたくてね」
「ならば、教室で、言えばいい……」
幾度となくフェルトは昨日の出来事について質問されたのだが、
睡眠中ということもありまともに答えを返していないのだ。
「あーあ。まだ、みんなこないのかなぁ?」
「少し待つ……フェルトはお茶を」
「うん、淹れるよ。今日も緑茶でいいかな?」
「フリルのリクエスト。紅茶。引き出しの二番目」
「はーい。了解」
フェルトがお湯を沸かし、
コマチがパソコンを立ち上げているうちに所定のメンバーが続々と集まってくる。
「お帰りなさいませー。ご主人様」
「あはは。どうも」
トレイを片手にスティングを部屋へと招き入れるが、
軽く流されてしまった。その様子を見て、フリルは
「あら、メイドさん。私たちにお茶を淹れてくれないかしら?」
「いーやーだっ!」
「なんですって? 私の言うことが聞けないの? メイドの分際で!」
「私はスティングご主人様のメイドなの」
「あら、じゃあ妻の私にも忠義を尽くすべきですわ」
「勝手に結婚しないでよっ! メイドとご主人様の禁断の恋で私がゴールインするんだから」
二人はヒートアップし勝手な言い分を並べて争う。
「いいの? 言わせておいて?」
「まあ、いつものことだから」
コマチの質問を軽く流し、彼は入り口からほど近い椅子へと腰を下ろした。