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第四章 フェルトと黒い針⑧


ぴろぴろ、ピロリラーン――


「わっ!」


先ほどの学校での恐怖体験もあり、懐から聞こえた電子音にも飛び上がるほど驚いてしまった。

冷静に考えれば、昨日ダウンロードしたばかりの着信メロディーではないか。


「とと、メールだ。スティングくんからだ……」


内容を要約すると、〝気をつけて帰りな〟と言うものだ。

そんなメールにも丹精を篭めたフェルトの文章を映し出すディスプレイ。


だが彼女の間接視野は画面越しに何か異様なものを捉えた。

見間違い――――彼女もそう思った。

暗い路地で明るい画面を見ているのだから、目が正常に働かなくてもおかしくはない。

しかし、それは何度見ても消えはしなかった。


通路の向こう側に居るのだ――――

紅い兎が…………


「あっ…………ああ…………」

メールを打つことも忘れ、彼女はその兎の後姿に釘付けになる。


その姿は目視できる。

しかし、どこか、かすれて見える。

まるで砂漠の中の蜃気楼を見るかのように…………


その状態が数秒、もしくは十数秒続いた後に、動いた。

兎はフェルトに背を向けたまま路地の方へと姿を消す。


「っ!」


怯んだ足を無理やりに意思で動かし、フェルトはその路地へと向かう。

怖がりのフェルトならばここで踵を返し逃げ帰るところだが、今回は違う。

追わなければならないのだ。兎の後を…………


出来るだけ足音を立てないように、距離が開かないように、

フェルトはゆっくりと足を進める。

兎は未だに後姿しか自分に見せていない。

しかしここで振り向かれたらどうなるのだろう?

そう思うとフェルトは気が気ではなかった。


こんな時間であるからか、道には通行人はいない。

それだけではなく烏一匹すらいない。


遠くから聞こえてくる車のエンジン音だけがフェルトの耳に聞こえる。

その微妙な静寂が一層不気味さを漂わせていた。


ピタリ――――

どちらが先に足を止めたのかは分からない。

袋小路になった道で二人は立ち止まる。

兎を追って――――

それからのことはまったく考えていなかったフェルト。

ただ静止して兎の背中を見ることしか出来ない。


兎もそれを許すかのように動かずにその場に居座っている。


「――――――」


音がした。


最初は風の音かと思った。けれど違った。


目の前に居る兎が何かを口走ったのだ。

その言葉はフェルトに向かって放たれたものではない。

ただ口から零れた心のヒトカケラ――――


小さな小さなそんなピースだが、空気に乗り、その言葉はフェルトの耳へと届いた。


「えっ?」


頭でその言葉の意味を整理している間に兎の姿は無くなっていた。

まるで白昼夢を見せられたかのようにフェルトは兎の居た目の前の路地を、

ただただ見つめるのであった。


しかし、その状態は長くは続かなかった。自分の後ろからは何かの気配を感じたのだ。

反射的にグルーガンを構え、瞬時に転回する。


「おい、おいっ、撃たないでくれよっ!」

「お、おじいさん!」


そこにいたのは以前、店で会った、あの怖い話をした黒髭の老人であった。

両手を前にしてフェルトに発砲を止めさせる。


「どうしてここに? おじいさんも兎を追ってきたの?」


グルーガンを降ろし、フェルトは問う。

緊張の糸が解けきれず、その口調は厳しいものとなる。


「まあ、そういうところだな」


フェルトを追い越して、彼は兎が消えた辺りの地面へと屈む。

何をしているのかは分からないが、彼女はその作業を凝視していた。

何か声を掛けたい気もしたのだが、言葉が浮かばなく、フェルトは黙ったまま。


「あのウサギを見てしまうとは君は相当運が悪い。いや、運がいいのか」


軽い口調でそんなことを言いながらも彼は作業を進める。


「おじいさんはあの兎のことを知っているんですか? なら何か教えて――――」

「悪いが、私は何も知らない。知っていても君には教えられない。聞かないでくれ」

「で、でもっ! あっ、ちょっと!」


彼は作業を終え、フェルトの横を通り過ぎる。

フェルトの言葉にも足を止める気配はない。


「次の赤月は三日後だ。その日は注意するんだな。気をつけて帰りな」

「え? それってどういう意味!」


叫びも虚しく、老人の背中はフェルトから遠ざかっていく。


「もう何なのよ、まったく…………」


一人ポツリと言葉を漏らすフェルト。



カタンっ――――


彼女の正面で物音がした。油断していた彼女は一気に緊張感を思い出す。

そして手のグルーガンを再度構え、真正面を見据えた。


「フェルト、居るー?」

その声は聞きなれたものだ。フェルトはグルーガンをしまい、声の主へと歩み寄る。


「いぬくん、どうしてここに?」

「それはボクの台詞だよっ。どうしてこんな所にいるのさ」

「兎を追ってたの。私、見たんだ! 紅い兎を!」

「うさぎぃ?」


いぬくんは辺りをキョロキョロするがその姿を見つけられなかったようだ。

疑いの目でフェルトのことを見てくる。


「いぬくんは何でここに? 家に帰れって言ったでしょ」


「学校で怖がって動けなくなってるフェルトを助けようとして、

 そしたら道の奥から叫び声がして、来てみたらフェルトが居た」


「もうっ、私、そんなに怖がりじゃないもん」


いぬくんを前に急に強がるフェルトだ。だが、彼が来てくれてよかったと思う。

これで帰り道は一人ではないのだから。


「それより、鞄持ってきたんでしょ? 早く帰ろう。ボクお腹すいちゃったの」

「そうだね。私もペコペコだよぉ」


ことの詳細をいぬくんに説明しながらフェルトは帰路に付いた。


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